第二十五話 占い
カロの発言にアリスは凍りつく。
並行世界にて、彼女は死んでいるというのだ。
「ど……どういう?」
「死んでます、はい。自殺ですね。
何か気に病まれる事でもありましたか?」
アリスは困惑していた。
朝霧たちもどうしていいのか分からなくなっていた。
そんな彼女たちを無視するように、
カロは第二の並行世界に観測先を移した。
「おや、こちらでは生きてますよ。
ただ、両眼を自ら潰してしまったようで。
生まれた村にてひっそり穏やかに暮らしています。」
「……!? ……!」
アリスはすっかり動揺してしまっていた。
足元を大きく震わせ、今にも倒れそうなほどだ。
しかし、カロは続けて第三の世界に移る。
「ふむ? こちらも両目を潰していますね?
しかもその後に周囲から孤立し、結局自殺を。」
突如、アリスの体が崩れる。
呼吸は乱れ、足から力が抜けたように倒れ込む。
だが、彼女の体が地面に着くことは無かった。
「あ……すみません…………朝霧さん。」
朝霧が彼女の体を抱き止めたのだ。
その後、朝霧はカロを睨むように見つめる。
「もう……やめてください。」
「止める? ここでやめて解決になりますか?
彼女は何やら、眼にコンプレックスがあるようですが?」
その言葉に朝霧はハッとした。
アリスの祝福は『厄視の眼』は厄を見せる眼である。
そして以前、その眼の写す靄が嫌いだと言っていた。
気分を酷く害し、頭がおかしくなってしまうほどだと。
(自死を選んでしまうほどなの……? アリス……?)
「案外次の並行世界では良い生活しているかもですよ?
何せ『地続き』のコースは現実と似通うはずですから。
どうします? それでもやめますか?」
カロはティーカップの黒い液体を啜りながらそう問うた。
アリスは肩を大きく動かし呼吸を整えようと必至だ。
そんな彼女に、これ以上の苦痛は不要だ。
「必要無いです。終わりにしてください。」
「そうですか。では料金は三回分で結構。
あとこちらコーヒーです。多少はマシになるかと。」
そう言うと憔悴しきったアリスにコーヒーを用意した。
「誰のせいで……!」
淡々としている占い師にアランは激昂した。
しかし、やはりカロは落ち着いた口調で受け答えをする。
「どんな並行世界が出るかは結局その人次第。
ワタシはあくまで、その中からクジを引いているだけ。
それに結末を知っていれば回避も可能かと。」
億面も無く占い師はそう告げた。
すると今度はフィオナが前に出る。
「なるほど、確かに正論ではある。
だが……自身が死ぬ結末はやはり不快だ。
さっさと要件を済ませて帰らせて貰おう。」
「要件? 占い師のワタシに何をお求めで?」
「当然、占いさ。まずは彼女の親族についてだ。」
そう言うとフィオナは朝霧を指名した。
朝霧はアリスをアランに託すと占い師の前に立つ。
「私の父親を知りたいです。
並行世界では……父親はどうなっているのかを。」
「ふむ? まぁどのみち貴女を視るしか出来ない。
運良く並行世界のご家庭を見られれば良いですね。
では……コースはどれにいたしましょう?」
朝霧は熟考する。知りたいのは自分の父親。
並行世界の距離が近すぎれば現状とあまり変わらない。
かと言って遠すぎれば存在そのものが無いかもしれない。
「じゃあ……『対岸』を……五回。」
占い師は祝福を発動する。
選んだコースは『対岸』。現実との乖離は大きい。
朝霧が父親と生き別れたという現実から離れていく。
「一回目……残念、ハズレです。
そもそも貴女が生まれていない。」
「……次を」
「二回目……こちらもハズレです。
やはり貴女の存在がそもそも無いようだ。」
三回目、ハズレ。ここにも朝霧はいなかった。
四回目、ハズレ。こちらも同じ結果のようだ。
コース説明の欄には『現実と大きく乖離』とあった。
朝霧は選んだコースを間違えたのだと落胆する。
「五回目……ラストですね。」
(……ダメ、だったか。)
「! おや、アタリです。貴女の存在があります。」
ゴクリと朝霧は喉を鳴らした。
何年も探し続けた父親の手がかり。
それが今、目の前まで迫っている。
「父は……!? 父はどんな人ですか!?」
「…………残念ながら、もう亡くなっていますね。」
「……ッ!」
朝霧は再び落胆した。
先ほどとは比にならないほど肩を落とす。
そんな彼女にカロは言葉を掛ける。
「まぁこれはあくまで『対岸』の世界の話。
現実でどうなっているかは分かりません。」
「そう……ですか。ありがとうございました。」
収穫は……無かった。
アリスが嫌な思いをしただけだった。
朝霧たちはその場を後にしようとする。
「そういえば最後にお聞きしたいが……
アンブロシウスの守護者について知っていますか?」
フィオナが立ち止まり問いかけた。
占い師はコーヒーを啜る手を止め疑問に答える。
「メセナちゃんですか? えぇ存じております。」
「――!?」
朝霧たちは帰る足を止めカロに迫る。
「『メセナ』! それは名前ですか!?」
「はい、そうです。以前占った事があります。」
突如として大きな収穫が舞い降りた。
守護者を占った、つまり直接話をしたという事だ。
朝霧はカロに対して必死に問う。
「その人はどんな方ですか!? 居所や性格とか……!」
「流石にお客様の個人情報は出せません。」
「我々は封魔局員です。捜査のご協力を。
占いの内容だけでもお教えして頂きたい。」
そう言うとフィオナは手帳を取り出す。
カロはそれが本物だと理解した上で未だ口を閉じていた。
「『占いの内容』とは『心の弱み』と等号です。
なのでそれをそのまま回答することは出来ない。」
カロはティーカップに口をつけるとニコリと笑う。
「そこで……直接占いの内容とは関係の無い、
少数の人間のみが知りえる『事実』をお教えします。」
「! それは……一体……?」
「アンブロシウスの守護者はたった一人ですが……
恐らく領主が滅んだ十五年前からでしょうか?
彼女をサポートする相棒が存在しています。」
アンブロシウスの守護者、その相棒。
もしその人物を発見出来れば大きな手がかりとなる。
魔王軍が本格的に動く前に何としても守護者を調べ、
敵か味方か、その旗色を確認しなければならない。
「その人は……今何処に?」
「ワタシは知りませんね。
ただワタシはその存在をある人物に伺いました。」
「それは……誰ですか!?」
「カジノホテルのオーナー。
元領主の弟君にあらせられるお方です。」
朝霧たちは互いに顔を見合わせる。
目的地は決して間違いでは無かった。
彼女たちは料金を払うとその場を後にする。
「――もし、アリスさんでしたか?」
離れようとするアリスをカロは呼び止める。
「……何ですか?」
「いえね。少しだけお話を……」
僅かな時間の後、朝霧たちのもとにアリスへ合流した。
朝霧はアリスの事を不安がり声を掛ける。
「大丈夫だった? また何か不快な事を……?」
だがその問いにアリスは笑顔で返答した。
「大丈夫です! それよりドレス買いましょう!
ドレス選びは私に任せてください!
朝霧さんをバッチリ、コーディネートします!」
いつものアリスだ。朝霧は安心して笑みをこぼす。
四人はそのまま服を求めて歩き始めた。
――――
占い師はカップに三つ、砂糖を投げ入れる。
スプーンをかき混ぜる手は何処か楽しそうだ。
空いた片方の手には携帯が握られている。
「もしもーし、カロでーす。久しぶりー。
え? 今忙しいから掛けて来るな?
またまたー。忙しく無い時の方が無いでしょ?」
砂糖は既にコーヒーに混ざる。
それでも占い師は黒い液体をかき混ぜ続けた。
「分かったー、要件だけね。
貴方が言ってた女の子……そう、朝霧ちゃん。
彼女が父親についてワタシの所に来たわ。」
ようやく砂糖が溶けた事に気付いたのか、
占い師はカタンとスプーンを置いた。
「占い結果ァ? かなり悲惨で胸くそ悪い物だったわ。
まぁ……あくまでこれは『対岸』のお話。」
コップにキスをし、液体を啜る。
「本題? 今日の要件はそれだけよ? そう、雑談。
単純に知り合いの知り合いが来たから報告しただけ。
ワタシは別に貴方の部下じゃないしね?」
コトンとカップを置くと占い師は静かに囁く。
「それじゃあお元気で――≪黒幕≫さん?」




