第二十話 次に目指すは
――バー・アムリタ――
フィオナたちは依然バーの中にいた。
朝霧は立ち上がり腰や首を動かして体調を確認した。
「よし……! バッチリ。」
万全に回復した朝霧を確認すると
メアリーはフィオナに向け語り掛けた。
「それで、貴女たちは今後どうします?」
「どう、とは?」
フィオナは訝しむ。
既に魔王軍の存在が確定した今、
封魔局員のすべきことは決まっているはず。
即ち、潜伏した敵の発見と陰謀の未然阻止だ。
メアリーは飲み物で口を潤すとその質問に答えた。
「もちろん、二番隊はこのまま警戒を行うわ。
けど貴女たちは二番隊では無い。
もっと言えば……貴女たちは非番中。
隊長の命令に貴女たちへの強制力は無いの。」
「――当然、二番隊に協力して捜査します!」
朝霧は食い気味にそう答えた。
元々ニックの事件についての捜査協力もしている。
魔王軍との戦闘に何ら抵抗は無い。
「ありがと。けど本当にそれでいいのかは
しっかり考えた方がいいと思うの。」
「?」
「状況が変わった今、直接魔王軍を探すことになる。
そうなれば……ニック氏殺害事件については
捜査を打ち切ってしまわなければならないわ。」
朝霧はハッとした。思えばこれは当然だ。
ニック殺害に魔王軍が絡んでいるかもしれない、
そういった疑念のもとに二番隊は調査に踏み切った。
しかし、既に魔王軍の存在が確定した今
実行犯も判明している事件など構っていられない。
二番隊は全力を魔王軍にぶつけるべきなのだ。
「な、の、で! もう一度聞くわね?
貴女たちは二番隊で無いので自由に動けます。
今日以降……何をしたいですか?」
朝霧の脳裏にはこれまでの事が思い起こされる。
仮に善人では無かったにしてもニックの殺害には
正当な理由が無ければやはり納得が出来ない。
そして、犯人であるアンブロシウスの守護者は
どうにも正常な状態には見えなかった。
(まだ何一つ解明出来ていない……!
ニックさんも、守護者も……若い男の正体も……!)
であるならば、朝霧の心は決まった。
フィオナと目を合わせてみると、
どうやら彼女も同じ気持ちであるようだ。
コクリと頷き、朝霧は答えた。
「私たちは……引き続き事件の捜査を行います!」
――とあるカフェ――
「いらっしゃいませ!
お一人様でよろしかったでしょうか?」
「…………」
男は無言で店内を見回した。
そんな彼を見つけ若い男が手を挙げる。
「こっちですよ、探偵さん。」
「……ん。」
男はその人物のいる席に座った。
店員の注文にもぶっきら棒に答える。
「いやー、来てくれないんじゃと思いましたよ?」
「…………」
「雑談はお嫌いですか? では本題に入りましょう。」
探偵は男の顔を無言でジッと見つめる。
男は落ち着いた口調で声を発した。
「アンブロシウスの守護者と呼ばれる彼女。
……その正体を探って欲しい。」
――――
バーアムリタでは朝霧たちの作戦会議が始まった。
議題は当然、アンブロシウスの守護者への手がかりだ。
若い男や旅行者であるニックよりも
この街での情報収集がしやすいと考えたのだ。
「でも……昨日は手がかりなんて一つも……」
朝霧は不安そうな声を漏らした。
そんな彼女に賛同しながらフィオナは続ける。
「だからこそ、聞く人間は変えなければならない。」
そう言うと彼女はマスターとグレンを見る。
何かを察したようにマスターは口を開く。
「なるほど、ウチの店に来た理由はそれですか。
しかし、残念ながら私は詳しくないですよ?」
「俺もだ……昨晩朝霧にも言ったが、
アンブロシウスの守護者について何も知らねぇ。」
二人は口を揃えて情報は無いと答える。
しかし、それは想定済みと言わんばかりに
フィオナは続けた。
「だろうな。
二十年も前から活動しているのに、
よくもまぁそこまで情報を残さないものだ。」
「フィオナ?」
「だが、逆に言えば僅か二十年前の出来事だ。
当時の関係者が存命でも不思議じゃ無い。」
朝霧はハッとする。
二十年前に守護者は活動を始めた。
五年前まで戦争をしていたため、
必ずしも生きているとは限らないが、
可能性としては十分なはずだ。
「そういう事でしたら……うーむ、どうでしょう?」
マスターは思考を巡らせた。
守護者の知人など知っていればすぐ話す。
なので彼が今考えているのは
あくまでも知っていそう、な人物である。
「……なぁおい、あそこはどうだよ?」
「あそこって、グレン?」
「アンブロシウスの守護者に最も助けられた奴がいる。
そいつはもう……この世に居ないが
そいつの弟が今もこのアンブロシウスにいる。」
朝霧たちはその言葉に食いついた。
アンブロシウスの守護者に助けられた人物。
何度も接触しているのであれば有益な情報はあるはず。
本人で無いのは残念だが、それでも希望はある。
「その人物って……?」
「没落貴族、アウレリアウス家の生き残り。
十五年までこの街を統治していた領主の一族だ。」
朝霧とフィオナは互いに見つめ合い頷いた。
次に目指すは、アンブロシウスの元領主家。
朝霧たちのもとにマスターが歩み寄る。
「こちら、当店からのサービスです。」
二人のもとに出されたのは
キンキンに冷えた水と、住所の書かれた紙。
朝霧たちは水を飲み干しコップを置く。
「助かる、マスター。」
「ありがとうございました! 行ってきます!」
「えぇ、お気をつけて。」
朝霧たちは扉を開き階段を駆け上がる。
その表情には進展に対する期待があった。
彼女たちの背中を見つめメアリーは微笑んだ。
「いいなぁ、友情ってやつ?」
自身の飲み物を空にすると、
余韻に浸りながら彼女も扉に向かう。
「では、私もこれで……」
「あ、お待ちください。」
立ち去ろうとする彼女をマスターは必死に引き止める。
「何かしらマスター?
そこの少年でしたら今回は初犯として大目に――」
「――いえ、ドリンクの代金をお支払いください。」
「…………ん?」
「ですから、今飲んだドリンクのお代を。」
「あれ? 私だけ? フィオナたちは?」
「はい。あれはサービスでしたので!」
マスターはニッコリと笑顔を向けた。




