第十九話 スケアクロウ
――二日目・深夜――
「四番トロールからの通信が途絶えました。」
暗い部屋の中で魔王軍の兵士たちが集まっていた。
末端兵士の報告に反応するように五人の人間が動く。
「おやおや……機構とやらの破壊は成功したのか?」
「恐らく、失敗してるでござろう。
低脳なトロールに任せたのが、
そもそもの間違いだったのでござる。」
「剣士サマは差別意識が強いネェ?
亜人種にも優しいのが魔王軍の魅力デショ?」
「黙ってろ、半魚人。お前の声は耳障りだ。」
「とにかく……我々の計画にも修正が必要だ。
この街には既に、封魔局の≪騎士聖≫もいる。」
この場のリーダーらしき人物に視線が向く。
魔王軍の面々に向い、その人物は呟いた。
「我らの現地協力者にも頑張って貰う必要があるな。
あの女……アンブロシウスの守護者にな。」
――三日目・バーアムリタ――
「ッ……! ぅう……ここは?」
見慣れぬ天井を見つめながら朝霧は目覚める。
ここはバーアムリタ。そのソファの上に彼女は寝ていた。
起き上がると傍らにいたフィオナが声を掛けた。
「おはよう、そしてお疲れ様、桃香。
昨夜の事は覚えているか?」
「昨夜……そうだ! 怪物に……あの暴走族の子は!?」
朝霧の大声にフィオナはシッと指を立てる。
そのまま眠るグレンのもとへ指を向けた。
「全く色々と驚かされたよ。
騒ぎを聞いて浮遊補助機構に行ってみれば、
彼が君を抱えて救助を求めて来たんだ。
自分だって片腕が折れていたというのにね。」
「彼……大丈夫なの?」
「あぁ……全く以て問題なし、だ。
欠損ならともかく、骨折くらいならすぐに直せる。
今は疲れてしまってぐっすり寝ているがな。」
「そっか、良かったぁ。」
心底安心したように、朝霧は胸を撫で下ろした。
そんな彼女らのもとにバーのマスターが歩み寄る。
彼の持つトレイには水が入ったコップが乗っていた。
「朝霧さん、こちらサービスです。
フィオナさんの分も用意していますよ。」
「ありがとうございます! マスター!」
「んっ……ぬるいな、この水。」
「寝起きの朝には常温水がいいのですよ。
若い時から健康に気を付ければ将来苦労しませんよ?」
んー、と気のない返事をフィオナは返す。
かなり危ない夜を過ごした朝霧は、
その平和な光景に口元が緩んだ。
「そういえば……あの場所にいた怪物は……?」
「トロールだな。
今ではかなり数を減らした亜人種だ。」
コップに口をつけながらフィオナは答えた。
彼女曰く、トロールは吸血鬼や人狼と同じく
魔法世界に以前から存在している亜人種らしい。
しかし、今回出現したトロールは異質だった。
「桃香も体感しただろう。あのトロールは……
全身を機械化する改造が施されていた。」
ゴクリ、と朝霧は息を飲みこんだ。
なにせ改造された亜人が街の重要機構へ攻撃したのだ。
明らかな敵意。明らかな悪意。明らかな陰謀。
「フィオナ! あのトロールは――」
「――魔王軍の尖兵、でしょ、朝霧隊員?」
彼女の発言を遮るように入店してきたのは
二番隊の女性隊員メアリーであった。
「ご苦労でした、メアリー隊員。」
「お疲れ様、フィオナ隊員。私も一杯貰おうかしら。」
「かしこまりました。何にいたしますか?」
「何でもいいわ。勿論ソフトドリンクね?」
マスターは注文を聞くと冷蔵庫へと向かった。
その間にメアリーは朝霧のもとに歩み寄る。
「魔界主戦力、改造亜種。通称――『人工怪異』。
朝霧隊員、貴女が出会ったのはその一体よ。」
「スケ……アクロウ。」
メアリーはマスターから飲料を貰うと
それを啜りながらさらに説明を付け加えた。
「魔王軍は従えた亜種を機械化して支配しているの。
従来の身体機能に加えて、更に強化する目的でね。」
朝霧は昨晩のトロールを思い起こす。
トロールの攻撃力、防御力に加えて、
焼却砲による遠距離攻撃に外付けの飛行能力。
兵器目的に利用しているのが良く分かる。
「魔王軍には……あんなのが他にも?」
「えぇ、今まで何体も確認されているわ。」
(あんなに厄介なのが複数……!
恐らく……このアンブロシウスにも潜伏されている。)
不安の気持ちが表情に浮かんだ。
今この街にいる封魔局員は二番隊員たち、
そして朝霧とフィオナの二名のみだ。
アンブロシウスには領主の私兵は存在せず、
アンブロシウスの守護者も旗色が不明瞭。
こんな状況で魔王軍兵士と人工怪異複数を
対処出来るのかは疑問が残る。
そんな朝霧の不安な気持ちを察したように、
フィオナはメアリーに向け話題を振る。
「そろそろ本題を聞こうか。
ここに来たのはアーサーさんの指示だろ?
なら、何かしらの進展を確信しているはずだ。」
「流石フィオナ隊員。その通りです。
ここに来たのは……そこの少年に会いに来たんです。」
そう言うとメアリーはグレンのもとに歩み寄る。
そして、彼の寝顔を見てニヤリと笑った。
「起きてるね、少年。盗み聞きは良くないぞ?」
「……さっきまで話掛けられなかっただけだ。」
グレンは起き上がった。
目もパッチリと開いているので
かなり前から起きていたのだろう。
「で、何だよ? 俺に用って?」
「なに、ちょっとした確認だよ。
……昨夜のトロールは魔王軍について発言したのね?」
質問の意図が読めずにグレンは眉をひそめる。
疑問に思いながらも率直に回答を返す。
「あぁ、間違いなく『魔王様』って言ってたぜ?」
その言葉をしっかり聞くと
メアリーはニッコリと笑い頷いた。
「証言確認、っと! これで確定ね!」
「? ねぇ、フィオナ。どういう事……?」
「簡単なことさ。今まで、魔王軍の関与は
あくまで憶測の範囲を出ていなかった。
しかし、今回の件で民間人から言質が取る事が出来た。
――アンブロシウスに魔王軍の手先がいる、とね?」
優しい口調でそう答えたフィオナは
再び自身のコップに口を付ける。
「憶測と確定では丸っきり意味が違う。
魔王軍の存在が確定した今、我々は呼べるんだ。」
「――! まさかそれって……!」
「そう、頼もしい本部からの『援軍』だ。」
――ゴエティア・封魔局本部――
「二番隊アーサー隊長より伝達。
空中都市アンブロシウスにて魔王軍確認!
至急応援を要請するとのことです!」
オペレーターが大声で報告した。
それと同時に本部内では局員たちが走り回る。
「……という訳で、行きたい人ー?」
待機していた三番隊の隊長が声を上げる。
彼の目の前には別の隊の若い男女がいた。
「朝霧さんとフィオナさんもいるんですよね!?
行きます! 行きます! 私もアンブロシウスに!」
「遊びじゃねえぞ?
まぁ俺も……朝霧にだけ手柄を渡す気はねぇけどな!」




