第五十話 砂漠の朝
――ゴエティア――
「――!!」
「どうした、ジャック?」
マナを連れ、
ジャックとハウンドはゴエティアに到達する。
そんな中、ジャックは体の変化に気付く。
「祝福が……戻っている!」
「まさか! 強欲が……消えたのか!」
ハウンドは遥か遠くの戦場に目を向けた。
(無事なんだろうな。お前ら!?)
――マランザード――
ガイエス・ファルブルト。祝福『神秘崩壊』。
この効果は単純。全ての神秘の無効、及び破壊。
それが魔術であろうと祝福であろうと、
果ては魔力を有する超常現象でも、壊せる。
では、迫り来る凶星は破壊出来るのか。
これはガイエスに取っても掛けだった。
だが、破壊出来る根拠はあった。
この世界は、三百年以上前に造られたもの。
偉大な三人の魔法使いの魔法によるもの。
(ならあの宙も! 星すらも!
全て彼らの作成した魔法人工物だ!)
この世界の宇宙がどう作られたのか、
それは未だ解明されていない神秘だ。
だが、何かしらの魔術要素はあるはず。
ならば――
「俺が壊すッ! この命を燃やしてでもッ!」
ガイエスの放つ閃光が隕石に亀裂を生む。
巨星の内部に侵食し、崩壊を開始させた。
同時に、ガイエスの肉体にも崩壊が起きる。
サギトの肉体を失ったことで、
蝕む毒に耐えられなくなったのだ。
「ガイエス!」
「俺はもう満足だ。――砕けろ!」
凶星は、崩壊した。
小石程度の礫となって、
夜天を彩る流星雨として降り注ぐ。
領主邸に降り注ぐ。砂漠に降り注ぐ。
マランザード全域に降り注ぐ。
しばらくして、ガイエスは力尽きた。
――星見展望台――
戦闘が終了した。
フィオナたちが魔王軍を撃破し、
ガイエスが隕石を砕いて壊した。
サジタリウスを収納していたこの空間で、
ライアンは驚愕していた。
「こりゃ……ひでぇ。大失敗。
魔王に取り入るのは……断念か。」
荷物を纏め、逃亡の準備を急ぐ。
早くここから逃げなければ。
その一心で鏡の片割れを握り絞める。
(……よし、ここから逃げ――)
その時彼は気付く。
足が動かない。いや、体全体が動かない、と。
まるで、固定されているかのようだ。
彼が焦っていると一人の女の声が聞こえてきた。
「リーダー? こちらシックス。
一応兵器のとこまで来たけど、
今の装備じゃ破壊は無理ね。」
『そっか。じゃあ鏡だけ回収して。』
「了かーい。」
気だるそうに、シックスは返答した。
そして、ライアンに視線を向ける。
(ッ! 口が動かせる! この女の力か?)
顔のみ、動かす権利が戻った事に気付くと、
ライアンは交渉を持ちかけた。
「あんた亡霊達だな!?
協力する! 情報も出す! だから……!」
パァン
その脳天に風穴が空く。
そして、女は鏡を取り上げた。
――朝霧たちの戦場――
「無事か! 朝霧!」
アランとフィオナが駆け寄った。
武力衝突は封魔局が勝利していた。
朝霧も仲間に無事を知らせる。
だが……
「おい……ガイエスは何処だ?」
「え、あそこに……」
いない。あるはずの体が無かった。
そして、鏡と少女もいなかった。
――マランザード砂漠――
ガイエスの体が揺れる。
本人もそのことを自覚する。
(あの世、じゃあねぇな。これは……)
ガイエスは、白い狼の背中にいた。
揺れる背中で寝そべっていた。
狼が砂漠を疾走している。
その背にガイエスと、少女を乗せて。
「レベッカ?」
「……! 頭領! 良かった。
待ってて、今安全な場所に運んで、
それから……手当てを……!」
もう遅い。既に手遅れ。
それはレベッカも理解していた。
だが、それでも、死んで欲しく無かった。
「レベッカ……もういい。
ヘラウスも重てぇだろ? 俺を下ろせ。」
「何を……ッ!? 助けるから! 頭領ォ!」
悲痛な叫びが虚しく響いた。
その時――
狼が急停止した。
慌てて少女が前を向くと、
そこには、ドラゴンの骸骨を被った男がいた。
「――ッ!? ≪黒幕≫!」
骸骨頭がユラリと、
二人の様子を眺めている。
『一応殺しに来たんだが、不要だったか。
こっからの生還は無理だろ。』
レベッカはナイフを取り出した。
制止も聞かず黒幕目がけて飛び掛かる。
だが、突如現れた霧が、それを阻む。
「無駄である。それは拙者が許さん。」
霧はたちまち実体を持ち、
少女のうなじを掴んで地面に抑えこんだ。
そしてすぐさま、その意識を落とす。
少女は倒れた。
残る狼が獰猛に敵を威嚇するが、
背中にガイエスがいるため戦えない。
つまり、ガイエスを守る盾は無い。
黒幕が近づき、ガイエスを見つめる。
右手は完全に取れ、顔も酷く損傷している。
体の一部には、反対側が見える穴が空いていた。
「よぉ黒幕。予告状を出したのはお前だな?」
『あのままではお前の一人勝ちだったからな。
ちゃんと中身にも「虚飾」って書いたよ。
それより、どうだった? 朝霧桃香は?』
「……若ぇのに生き急いでやがる。
だがまぁ……人望の話は面白かった。」
人望の話? と聞き帰す黒幕に語る。
人を心から動かすものは何か。
そして、強欲が何故負けるのかを。
「そりゃ勝てる訳ねぇよな……
無欲は心から助けてくれる仲間がいて、
強欲にはそれがいないんだから。」
『?』
「……なんでピンと来ない?」
黒幕は首をかしげる。
少し考え、その上でガイエスに聞き帰す。
『いるじゃないか? お前にも。』
「は?」
『そこで寝ている少女だ。
この黒幕に迷わず飛び掛かって来たぞ?
勝算なんかあるはずも無いのに、だ。』
ガイエスはハッとし、
意識の失った少女の顔を見る。
『お前のために命を捨てられるのだろうよ。
まさかこの子が、お前が特異点やサギトだから
今まで着いて来たと思ってないよな?
この子は、お前だから命を張ったんだよ。』
意識の無いレベッカの、
無邪気に彼を呼ぶ声が聞こえて来た。
――頭領! 頭領! 次は何するの?
――元気出してよ、頭領!
――いつもみたいにいこ? 強欲に!
「こんなに近くにいたのか……ッ!
はは……あはは! こんな事も気づけないなんて。
――あーあっ! 負けた! 負けた!」
ガイエスは笑い、夜空を見上げる。
もうじき夜が明ける。長く辛かった夜が明ける。
「黒幕……特異点のよしみで聞いてくれ。」
『ん? そんな仲良かったっけ? 俺ら?』
「……レベッカを、連れて行ってくれ。」
黒幕と厭世は少し驚くと
その申し出をすぐさま断る。
『亡霊達は託児所じゃないぞ?
それに、俺は部下を酷使する男だ。』
(自覚あったんだ。)
「それでもいい! 余所よりマシだ!」
ガイエスは自らのボロボロの肉体を
狼から引きずり下ろし、頭を地面に押しつけた。
「レベッカは有能だ!
情報収集に実地での下見。
金庫の封印も彼女が解析した!」
今度は自分が守るとばかりに懇願する。
「頼む! 黒幕!!」
『……取りあえず預かり、
使えなかったら捨てる、それでいいな?』
「――! すまない……ッ!」
気迫に押されてしまった。
そう思い、ため息を吐いて背を向けた。
『あ! いや、そうだ。
サギトのお前に聞きたいことが……』
黒幕が振り返ると、泥棒は既に死んでいた。
『チッ! 自分の勝手通して逝きやがった。
……強欲なことだ。』
戦闘は終わった。
夜の暗がりが照らされていく。
――翌日・封魔局支部――
マランザードの支部にて朝礼が行われる。
劉雷、ドレイク、ミストリナの三人が前に立つ。
「えー諸君。ひとまず昨夜はご苦労だった。」
ミストリナがマイクに向かい話し始める。
「さて、現状報告のある被害だが……」
領主邸をはじめとする建物の倒壊。
秘宝『合わせ鏡』の破損および紛失。
封魔局と私兵の人的被害。
朝霧を始め、多くの隊員が視線を送る。
劉雷はどうやら眠そうだ。
「で、ここからは戦果の確認だ。」
まず隕石による都市崩壊の阻止。
そして『流星襲落の弓』の回収。
および、魔王軍の撃破、逮捕。
「そして今朝、
付近の砂漠で主犯ガイエスの死亡が確認された。
即ち、特異点の一つを落としたのだ!」
労うように、誇るように局員を見渡す。
朝霧を始め、隊員たちは熱い視線を送った。
劉雷は眠そうだ。
「これは完全勝利では無い。
だが! 諸君らも、この街も健在だ!
そこで私は、あえて言おう!
――この戦いは、我々の勝利だ!!」
局員たちは喝采した。歓喜した。
朝霧もこの喜びを、頼れる仲間と分かち合う。
砂漠に朝が訪れた。




