第四十五話 二種の最強
――ゴエティア・封魔局本部――
夜間にも関わらず、
多くの局員が慌ただしく動いていた。
豪華客船襲撃。強欲のサギト出現。
マランザード領主邸の襲撃。
情報のみは伝わっているが、それだけだった。
現在、部隊単位で動かせる戦力が不在なのだ。
局長室では、マクスウェルが対応に追われる。
(やはり……戦力不足が響いているな。
二十六まであった魔導戦闘部隊も、
今やたったの六つだけ……。)
「失礼しますよ、局長。」
ノックも無しに、ズカズカとその男は入室する。
金髪に整った顔立ち。三番隊隊長ドレイクだ。
「おお! 来たかドレイク隊長!
非番の日だというのにすまない。
三番隊員たちはどうだ?」
「全員じゃないが、じき集まれる。
けど……向こうに着くころには夜が明ける。
もしかしたら、全て終わっているかもね?」
局長の顔が険しくなった。
彼は席を立ち、窓からマランザードを望む。
「予告状が来た時点で、
劉雷にマランザードでの待機を命じた。
彼がいて完敗するなら、
封魔局の戦力ではもう勝てない。」
「そういえば……結局彼の祝福は何ですか?
前に聞いたらはぐらかされてしまって……」
――マランザード・上空――
二人の魔法使いが激突する。
その戦いは、正に次元が違った。
これまでの戦闘が遊びかと思えるほどに。
ガイエスが電撃を放つ。
劉雷はその雷を容易に曲げる。
劉雷の周りに氷の槍が形成される。
襲いかかる氷柱をガイエスは砕く。
劉雷は弾丸を取り出し、回転をつけて殴った。
螺旋回転し撃ち出された弾丸が一筋の線を描く。
ガイエスは硬化し、自身の体を加速させる。
流星の如き強力な魔力の塊となり突進した。
二つが激突すると衝撃波が周囲を吹き飛ばす。
劉雷は、強欲のサギトを相手に拮抗していた。
「頭領ぉ! これが……封魔局最強……ッ!」
先に地上に降りたレベッカは、
二人の戦いを下から見守った。
遥か上空での戦いだが、
その余波が肌で感じ取れた。
ガイエスは戦いの中で劉雷を観察する。
(流石に強いな、劉雷。
飛行、湾曲、氷槍、弾丸……祝福はどれだ?
まさか……俺の権能と似た複合能力か……!?)
――祝福には明確な分類が無い。
発動条件も、使用制限も、効果内容も、
規模も、威力も、範囲も、対象も、
その一切が祝福によって様々である。
そのため、
例えば『祝福を新たに作り出す祝福』のような
反則級の能力が現れる可能性も、無くは無い。
だが、劉雷の祝福はこれでは無い。
祝福には共通点も存在している。
一人につき、一つだけということ。
そして、覚醒すれば魔力を生み出すこと。
その生み出した魔力で、
誰でも扱えるように開発された人工の神秘こそ、
魔術である。
一部の魔術は下手な祝福よりも強力で、
たとえ祝福に恵まれなくとも、
魔法使いとしての生活になんら支障は無い。
だが、ごく希に、
祝福が生み出す魔力が特殊すぎるために、
魔術に転用出来ない者がいる。
その者は生まれ持った祝福のみで、
この魔法の世界を生きなければならない。
ある者は、その祝福を使い探偵となった。
ある者は、その祝福を隠し修道した。
そしてこの男は、その祝福を極めた。
封魔局最強の男が有する神秘は、たった一つ。
その名は……『念動力』。
ただ、物を動かすだけの祝福である。
――局長室――
「念動力? サイコキネシスって事?」
「あぁ、だが最初は小石を浮かせる程度が
限界だったらしい。だから――」
まず彼は鍛えた。最初は出力を上げた。
人を浮かせれば便利だろう。
岩を吹き飛ばせれば強いだろう。
次に彼は鍛えた。精密な動作を習得した。
針に糸を通せるようになれば便利だろう。
複数を同時に動かせれば強いだろう。
最後に彼は鍛えた。というより、思いついた。
空気中の水分を固めれば氷が作れる。
空気中の酸素を動かせば真空が作れる。
発火出来る。製氷出来る。発電出来る。
消火出来る。解氷出来る。避雷出来る。
そのためには……
「彼は自身の体を改造した。
大気中の分子の動きが知覚出来るように。」
「おうぅ……なぜそこまでして……?」
「詳しくは知らない。
だが……強さが欲しかったらしい。」
局長は机にあったガイエスの資料を手に取る。
ガイエスは人外の域へと到達した
世界を滅ぼす災害――『強欲のサギト』。
対する劉雷も、最早人外の域の魔法使い。
その力で秩序を守る封魔局員となった彼は、
いつしか人々からこう呼ばれるようになる。
――≪救世神仙≫、と。
だが、彼らの在り方はむしろ正反対。
ガイエスはその権能を駆使した。
多くの祝福を集めることで万能となった。
対する劉雷はその祝福を駆使した。
ただ一つの出来る事を極めて万能となった。
「彼らは似た者同士であり、
それでいて真逆の存在なのだな。」
――――
「ハッハッハッ! どうした劉雷!?
決定打に欠くようだなァ!?」
光線で地上を焼きながら叫ぶ。
「うるせぇよ……
見えただけでも祝福、十八個。
そんなに貯め込んでどうする?」
瓦礫を撃ち出しながら応答する。
「んなモン、勝ち続けるために決まってんだろ!
勝者こそ肯定され、敗者は否定される!」
全力の闘争に気分が高揚しているのか、
ガイエスは声を大にして叫んでいた。
「分かるぜ、劉雷! お前も同類だろう?
俺たちには力こそ全て、最強こそ全てだ!」
ガイエスは空高くまで昇ると、
魔力で作り出した禍々しい紫色の槍を放った。
だが、迫る殺意の塊を、
劉雷は少ない動作で打ち消すと、
返しに小さな氷の塊を撃ち込んだ。
「なんだそのカスみたいな攻撃はッ!」
容易に回避し劉雷へ視線を戻すと、
彼はまっすぐにガイエスを見つめていた。
その目にあったのは呆れに似た感情だった。
すると……
「……ある日突然、
一人で他の全てを淘汰出来る強者が現れたら、
既存の支配者たちはどうすると思う?」
「あ?」
突如、劉雷は問いかける。
「何、これは単なる寓話、いわゆる故事だ。
で、支配者たちはどうすると思う?」
ガイエスは罠や陽動を警戒しつつも、
頭の中ではその話に興味を持っていた。
だが、これまでの彼の人生からでは、
答えは一つしか導き出せ無かった。
「その強者が……次の支配者になる。」
その答えを聞き、
劉雷は情けなさそうにため息を吐く。
「いや、それは既存の支配者たちが許さない。
彼らは結託してでも、その脅威を取り除く。」
「ハッ! 戦うってか? 相手は最強なんだろ?
完膚無きまでに叩き潰されるだけだ!」
「勝てないなら、戦わなければいい。
戦わなくても排除する方法はごまんとある。
今がダメでも、耐え忍んで機を伺う。」
ガイエスの目を、ギリッと睨みつける。
「強いだけで『心』までは落ちないということだ。
最強に幻想を抱くのは十歳までにしておけ。
――人は『力』には屈しない。」
ガイエスの表情に、
先ほどまでの高揚感は無かった。
思い出すのは、前に見た寓話。
そして、社会から転落したあの日。
「何奴も此奴も……俺の人生を否定しやがる。」
――収集祝福、全開放。
ガイエスの肉体から、
過去最大の異常魔力があふれ出す。
「来い、劉雷! ぶっ殺してやる!」
「……もう既に、攻撃は行っている。」
雷鳴が轟く。
ガイエスが驚き背後を見ると、
彼らの上空にのみ小さな雷雲が立ちこめていた。
劉雷はその祝福で雲をかき集めていた。
雷とは、雲の中で氷の粒が動き回ることで
発生する静電気による自然現象である。
(氷の……粒!)
ガイエスは思い出す。
劉雷は先ほど既に、氷の粒を撃ち込んでいた。
「――まさか!?」
劉雷の氷が雲の中を駆け回り、帯電する。
「神罰だ。ありがたく受けろ。」
劉雷は、帯電した氷を振り落とす――
「――『静竜雷』ッ!!」
爆音と共に、落雷がガイエスを撃ち抜いた。




