幕間の二 特別
――三十分後・海上――
真っ黒な海の上に浮かぶ大きく損壊した客船。
既に豪華客船と呼ぶには無残な姿となった
その船を、周りで救助隊が照らしていた。
「意外に早い到着だな。」
「どうやら船長殿が呼んでいたらしい。
ガイエスが逃亡する前には既に
救助隊は出発していたのだろうな。」
ひどく荒れた甲板で、
ミストリナとジャックが会話をしていた。
そんな彼女たちの元に、
ボロボロのハウンドが現れる。
片方の肩をアランに抱えられ、
もう片方の腕で、ある男を引きずっていた。
「ハウンド!? その怪我は!?
それにその男……ガバルバンか!?」
その男はガバルバンだった。
意識を失い、脱力していた。
「自爆紛いの攻撃で、
なんとかギリギリでしたがね。」
「そうか……だがその怪我では、
次の戦闘には参加するのは困難か。」
そう呟くとミストリナは隊員たちを召集した。
「今後の動きは決まった。
ハウンドとジャックは引き続き
マナちゃんの護衛をし、ゴエティアへと向かえ。
そして、朝霧、アラン、アリス!」
三名の顔を見つめる。
彼女の背後に接近したヘリのライトが
後光となり、巻き上げる突風が空気を変える。
三人に、新たな試練を予感させた。
「君たち三名は私と共にマランザードへ戻る。
――特異点≪強欲魔盗賊≫ガイエスの追跡だ。」
――とある森――
夜天の暗がり、木々の隙間。
至るところに黒が広がる。
人気は無く擦れる葉の音すら鮮明に聞き取れた。
その木の影にゲートが開く。
中より現れたのは、黒い狐面の男。
マサヤを抱えた厭世であった。
ゲートは消えると同時に
彼の手の中で銀の鍵は輝きを失った。
(便利な物よな、この鍵は……
使い捨てなのがもったいない。)
そんな事を思いながら厭世はマサヤを落とす。
その衝撃からか、マサヤは目覚め絶叫した。
「う、うわぁあ!? ここは!? 俺は!?」
「集合場所だ。
命が繋がったことをまずは喜ぶべきであるな。」
そんな彼らの元に、あの男が現れる。
『おっつー。』
「――!! 黒幕様!!」
マサヤは地面を這い黒幕に駆け寄った。
そんな彼に目線を落とし、黒幕は――
『ほい、これ。』
「え?」
一枚の紙を落とした。
マサヤはその紙を月明かりを頼りに読み込む。
「こ、これは……?」
『君の採点結果。
今回の仕事を終えての総評だ。
まぁ、結果から言えば……不採用です。』
「は? ……は? どういう?」
地に伏すマサヤは自分の採点用紙を注視する。
・自己顕示欲でわざわざ姿を現した。減点三。
君の祝福なら本体はひたすら隠れましょう。
・逃亡ルートを用意していなかった。減点四。
適当に逃げてはいけません。常に意識を。
・仲間の存在をほのめかした。減点十。
助けを求めたことで隠れた仲間が危険に。
死ぬときは一人で死にましょう。
「な、なんだよ、これ!?
一人で死ね? 不採用?」
『見込みあると思ったけど無かったわ。
君いらないから明日から来なくていいよ、
ってこと。わかった?』
マサヤは大きく動揺する。
「まてよ! 俺は特別なんだろ!
あんたも俺の祝福をすげぇっていったよな!?」
『……あーね? なんで事ある毎に
自分は特別なんて言うのかなって思ってたが、
俺が君の祝福を凄いって誉めたからか。』
マサヤは頷き、自分の有用性を主張する。
捨てられまいと必死に。
「有能な能力を持つ人間をッ!
そんな簡単に捨てるのは愚の骨頂!
俺は――」
『――どうやら知らないみたいだな。』
「?」
『「凄い」ことと、「特別」なことは違う。
特別なやつは皆必ず、何かしら凄いんだろう。
だが凄いやつが、必ずしも特別とは限らない。
……そして君は、俺にとって特別ではない。』
マサヤは口元を震わし、怒りに顔を歪めた。
ワナワナと肩を揺らし、地面を握る。
「お前も、同じか……」
『は?』
「向こうの世界のクソ上司と同じか……っ!
俺の本当の能力も引き出せずに……っ!
最初からなんでも出来るわけねぇだろ……!!」
『一般企業なら、育成も必須だろうな。
ただここは闇社会。そして俺はその黒幕だ。
必要なのは、最初からなんでも出来る有能だ。』
瞬間、マサヤは叫ぶ。
思い付く限りの罵倒を吠え、
無数の影を生み出し、黒幕を襲った。
『あーあ。別に生きてても良かったのに……』
グシュッ!
マサヤは、
自らの視界が大きく回転したことに気づく。
何かに頭を掴まれ、首もとに熱を感じる。
そして、その視界の端に、
頭部の無い自身の体を発見した。
この間、僅か三秒。マサヤは絶命した。
「新人殿。
拙者も自分がリーダーより強いと思っておるし、
詩興が湧かねば任務に手が付かないことも
止む無しと思っておる。」
『困るが?』
「だがな、冥土の土産に覚えておけ。
それでもリーダーはこの男だ。
尊重出来ぬ者は亡霊達には要らぬ。」
骸骨頭は鼻で笑うと、
その場を離れようとした。
「して、リーダー? 次はどうする?」
『そりゃあ、もちろん――』
――船上――
「うぉ!? なんだこの武器、重てぇ!」
「あーすみません! 私の大剣です。」
投げられた赫岩の牙を回収する船員に、
朝霧とアリスは駆け寄った。
「もー朝霧さん! 赫岩の牙は貴重なんです!
むやみに投げ飛ばさないでくださいよ!」
「ごめんって。あの時は焦ってただけだから!」
雑談をしながらも、
武器を整えミストリナの元へと向かう。
魔法で作られたヘリポートに停まる、
封魔局の軍事ヘリ。
その前でミストリナは立っていた。
朝霧たちがヘリに近付くと、
彼女たちの元へマナが駆け寄った。
「アリス! 負けないでよ!
朝霧! 貴女もね!
あとあと、ミストリナ!」
「どうした?」
「大好き!」
ミストリナは優しく笑うと、
私もだ、と声を発する。
「さて、では行こうか!
特異点の一つを、落とすぞ!」
「「「了解!」」」
戦士たちを乗せたヘリコプターが、
戦地に向けて飛び立った。




