第二十一話 序
――死合会場――
天井が高い。
ここが室内であることを忘れるほど、高い。
壁面が遠い。
いくら走っても辿り着きそうもないほど、遠い。
何も存在しない。
ただ二人の戦士を除き、何も存在していない。
一人は封魔局員、朝霧桃香。
その高い身体能力を生かし高速で動き回る。
もう一方は暗殺者、ガバルバン。
少ない動きで攻撃を見極め対応していた。
ただの船内では出来ない激しい動き。
この空間だからこそ実現できる猛攻撃の応酬。
攻撃特化の二人のための『死合会場』。
朝霧の大剣が空を斬ると、
その隙をガバルバンは鉄拳で打ち抜く。
(――ッ重たい! いや、それよりも……!!)
攻撃を大剣で受け止めた。
至近距離まで近づいたガバルバンを捉え、
大きく、そして鋭く蹴りを加える。
が――
ヴォン!
(まただ! 攻撃が当たらない!)
「――やはり、不合格だな。」
落胆の感情を大きく見せたガバルバンに
大剣で追撃を行うが、やはり全て当たらない。
……いや、正しくは当たった直後に
存在が揺らいでいる。
陽炎のように実態が揺らぎ、
直後に攻撃の無効化が行われているのだ。
(これが……こいつの祝福か!?)
≪拳闘士≫ガバルバン。『陽炎化』の祝福。
その効果を端的に言うなれば絶対回避。
ガバルバンが意識している場合、
その体は実態のない陽炎へと切り替わる。
その間は一切の魔法効果を受けることが無い。
――厄視の眼も含め。
(恐らくこの祝福が誰も気づけなかった要因。
これを攻略しなきゃ勝機は――)
「――隙ありだぜ?」
「なっ!!!?」
――廊下――
ジャックと影が交差する。
影が持つ刃を躱し、狙いを定めて発砲する。
サイレンサー代わりの魔術刻印が光り、
船内に銃声は響かない。
しかし、確実に影に当たったことを知覚した。
「――! ジャックさん! そいつまだっ――!」
「あぁ、分かっている。」
影がズズズと体を引きずり起き上がる。
動きはぎこちないが、
まだ機能停止に至っていないことが見て取れた。
そして影はもう一体。
ジャックと背中合わせに立つアリスと対峙し、
二人の様子を伺っている。
背中合わせの二人と対峙。
即ち、現在二体の影が、
二人を挟み込む形となっていた。
「これは良くねぇな。
アリス、お前は何が出来る?」
「え?
得意なのは『厄視の眼』と治癒魔術と……
すみません、それくらいです。」
申し訳なさそうにアリスは話す。
「いや、なら良い。その代わり、殺られんなよ?」
「――! 了解!」
(朝霧やアランが強力すぎて忘れてたが、
コイツらは新人だ。分かってる……
ここは先輩として格好つけなきゃ、
だろ、ミストリナ?)
影が二体とも急接近した。
アリスの戦闘能力がほとんど無いことが
バレたのか二体の顔は彼女を向いていた。
(コイツらは打たれ強い、
というかダメージがあまり通らない。
朝霧みたいな大剣でぶった斬るとかじゃなきゃ
手応えは無い……ホントにそうか?)
地面に銃弾を撃ち込む。
二体の影の足下目がけそれぞれ打ち込む。
影は突撃を停止し防御の構えを取った。
(回避の反応を見せた!
さっきの起き上がる動作もそうだ!
全く効いていないわけじゃない!
なら――)
ジャックは近くの影に突進する。
高速の低空飛行。一気に距離を詰める。
「オラオラオラ――っ!! 食らいやがれっ!!」
感情に任せるように二丁の拳銃を乱射する。
しかし、狙いは的確。頭、心臓、腹、足。
人間の急所を的確に射貫く。
(遠隔操作の影数体でこのパフォーマンス。
あり得るのは完全自立型。
朝霧の話を参考にするのなら、
『ダメージ量』もしくは『核の破壊』で――)
影は倒れ、消滅した。
リロードの代わりとなる魔術刻印が光る。
消滅を確認しジャックは残る影に銃口を向けた。
「アリス。先輩の活躍しっかり報告しろよ?」
「フッ、了解!」
――死合会場――
(…………うっ、あれ? 私……何を?)
ぐらつく頭を働かせ、
朝霧は自身が地に伏しているのを理解した。
体を起こし呼吸を試みた時、全身に激痛が走る。
「ッ!? かぁっ!!」
「ん? 生きている……のか? お前の祝福か?」
扉へと向かおうとしていたガバルバンが
その体を向け直す。
恐らく、既に朝霧は始末したと思ったのだろう。
朝霧の生存に少なからず驚きを見せた。
「フン、やはり俺は、
暗殺者という家業が向いていないな。
対象が生きていました、では話にならん……
だが今回は、お前の祝福が異常だ。」
そんな巨漢の声など
半分も聞き取れていない朝霧は、
ゆっくり体を上げ立ち上がる。
地面に落ちた大剣を拾おうと手を伸ばすが、
力が入らず零れ落ちる。
「……効いてはいるな。当然か。
必殺を歌われる『殺人拳』を受けたのだ。」
(……声、出せない。…………殺人……何?
聞き取れない……)
眩む五感から少ない情報を受け取る。
かろうじて、ガバルバンが再び
その『殺人拳』とやらの構えを取り、
先ほどとは比較にならないほどの
魔力を込めているのが理解できた。
(あぁ……またコレだ……)
既に大剣を持とうとする気力すら
薄れている中、彼女は思う。
(戦って、ピンチになって、
それで暴走してハイ勝利。
そんな戦い方じゃいつか死んじゃうよね。
それに、今みたいに隊長や森泉さんがいなきゃ、
その暴走すら自力じゃ出来ない。)
今の朝霧は理解していた。
今の状態ではこの巨漢には勝てない、と。
朝霧の攻撃は全て回避され、
ガバルバンの攻撃は一撃で勝敗を決める。
――朝霧は決意を固めた。
(コレを貰ってたった数日……
もう使うのは私の『弱さ』だ。)
袖をまくる。露出したのはブレスレット。
大した装飾も無い機械的な腕輪だった。
何かの異変を察知し、
ガバルバンはすぐさま仕留めにかかった。
朝霧は力と声を絞り出し、
ブレスレットの唯一の装飾に指を掛ける。
「――狂気限定顕在・≪序≫」




