51.『鉄壁令嬢』は代官と会話を交わす。①
「君が噂の『鉄壁令嬢』か。……驚いた。本当にただの少女にしか見えない」
「ん? 私は年齢的に言えば少女であってますよ」
「そういうことではない。『鉄壁令嬢』の逸話は私も耳にしている。その噂を聞いているともっとこう……男と見間違うような見た目でもしているのかと思っていた」
ドゥニーは代官の部屋へと案内されていた。その代官は三十歳ほどの茶色の髪の男性である。
ドゥニーを見る目は困惑や警戒心でいっぱいのようだ。
それも当たり前のことと言える。『鉄壁令嬢』などという存在に近づきたいと思う者は、そうそういない。
出来れば関わらずに一生を終えたいと考える者は多い。
「そう。見た目だけでは分からないものよ。だって加護持ちや魔法を使える人だって沢山居るもの。それよりも話があるの」
満面の笑みである。
ドゥニーは、いつだってこの調子だ。怯えたり、不安がったりすることはまずない。
ドゥニーは代官の前にただ大人しく座っている。ただ覇気のようなものは醸し出されており、代官は話を聞いているだけで冷や汗が流れてしまっていた。なぜなら『鉄壁令嬢』がこんなことを言い出すなんてただ事ではない。
「……話とは? 聞いたところで私にもどうしようもないことはあるが」
「あなたならばどうにか出来ることだよ。だからお願いね? やってくれないと私は怒っちゃう。少なくとも王様には報告することになるわ」
可愛らしく怒っちゃうなどといっているが、それが恐ろしいことであるとは代官だって分かっている。
軽い調子でこんなことを言われて、代官は胃が痛くなっていた。
どちらにしても貴族に関わりのある存在が意図的に商会を潰そうとしているのだ。それは国としても望ましいことではないだろう。
ただドゥニーにとっては国のことなどあまり関係がない。ただ国にとっても困るでしょう、と理由付けをしているだけである。
彼女はただ自由気ままに、自分のやりたいように思うがままに動いているだけである。本人が気に食わないからという理由で、こうして行動しているわけである。
「……分かりました。それでどういった御用件で?」
代官からしてみても、『鉄壁令嬢』の意思を無視するわけにもいかない。彼女自身の地位などが高いのも当然だが、例えば彼女の身分が平民だったとしてもその意思は通ることだろう。それだけ彼女が圧倒的な強者であるから。
「冒険の最中に出会った商人が危険な状態にあるの。あなたとしても善良な民が危険な目に遭っているのは望むところではないでしょう? それも相手側は貴族と関わりがあるからという理由でどうにでももみ消せると思っているようだわ」
ドゥニーは簡潔にそう告げて、にっこりと微笑む。
彼女はこういった説明をする時でさえもいつも通り楽しそうである。そんな説明をされた代官は、はぁと大きくため息を吐く。明らかな面倒事であるというのが分かったからだ。
「……なるほど。確かにそれは問題ではあります。それにしても貴族の名をかたって、そんなことをしようとするとは……その者は命が惜しくないのでしょうか。それとも貴族側が許容しているとかですかね」
「どちらかは知らないわ。その貴族とは会ったこともないもの。それに貴族はあなたという代官にこのあたりの街を任せている状態だもの。もしかしたら勝手に名前を使われていることなんて知らないのかもしれないわ。だからまずはあなたの名で、好き勝手している者に注意をしてほしいの」
「それは構いません。しかしそれで止まらない場合は……?」
「貴族側が商人の殺害までを許容しているというのならば、それはそれで問題だわ。王族や貴族は私刑を行うことはあるけれど……それはあまりやりすぎない方がいいと思っているの。そんなことをしても良い事は何一つないでしょう? 法律にのっとったものならともかく、そうでないなら駄目よ」
ドゥニーはそう言って、じっと代官のことを見つめる。
王族や貴族は私刑を行ったところで咎められない可能性もある。彼らは権力者であるので、民は反抗が出来なかったりもする。ただしあまりにもやり過ぎれば牙をむくだろうが。
「……まぁ、そうですね」
「注意をしてもどうのこうの言うようなら、私が力づくで辞めさせて王様の判断を仰ぐことにするわ。問題が解決するまでの間は、商人たちのことは私がちゃんと守る予定だからそこは安心してくれていいわ」
「はい。かしこまりました。……少なくとも『鉄壁令嬢』が守っていると知れば、下手に手を出すものはいないと思いますが」
「でも貴族側の力を借りられないと知ったら、自棄になって突拍子もないことを起こす可能性だってあるでしょう。全てを道連れにしようなんてそんなことを企まれたらたまったものじゃないわ」
ドゥニーはこれまでの経験から、自棄になってしまった存在がやらかすことが一番恐ろしいと知っている。何をするか想像も出来ない相手の行動への対処はそれだけ大変なのだ。




