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不遜な騎士と仮面の王子  作者: 狼花
1章 英雄の帰還
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08.やだね、涙脆い奴らは

「な、なんだ貴様ら……ぐわっ!?」


 シャルの剣が唸り、テオドーラ騎士の生命を断ち切った。そのすぐ傍でアレックスも同じように、敵を馬上から斬り伏せている。


 テオドーラ騎士の一隊は混乱した。それは当然だろう。奇襲を仕掛けようと思っていた自分たちが、まさか奇襲を喰らってしまうとは思わなかったのだ。しかも彼らの任務は、敵後方に回り込んで糧食に火を放ち、敵陣を混乱させること。すぐ戦場を離脱する手筈だったので、身軽さ第一の装備だ。そのため、あっという間に斬撃を喰らって地に崩れ落ちてしまう。


 四人目までを斬ったシャルは、さっと戦法を変えた。敵は明らかに、シャルより技量の劣るアレックスを集中的に狙っている。シャルはアレックスの援護に回ったのだ。アレックスの攻撃を間一髪避けた騎士を、横合いからシャルが討ち果たす。彼は忠実にアレックスの背中を守った。突っ込む前に「自分の身は自分で守れ」などと言ったが、不可能なことであった。


 さすがにシャルも息を切らしてきたところで、甲高い鳥の鳴き声が響いた。ぱっと上空を見上げると、ヴェルメが旋回している。シャルの表情が不敵に緩む。あのヴェルメを追って、ここまで駆けつけた人間がいるのだ。


「頭を下げて」


 たいして緊張感のない声が、横合いからかけられた。懐かしい友の声だ。シャルは刃を交わしていた敵を斬り倒し、アレックスに合図して引き下がった。


「攻撃開始!」


 その一言が聞こえたと同時に、凄まじい音が響いた。羽虫の大群が飛び立っているかのような、不快な音。しかし飛来してきたのは羽虫の群れなどではなく、数十本からなる矢の大群であった。


 雨のように降り注いだ矢は、残っていたテオドーラ騎士を貫いた。騎士たちは避けようもなく、人馬共に身体中矢を突き立てた状態で息絶えた。残酷な仕儀ではあるが、戦争なれば仕方のないことである。


 何本か流れてきた矢を打ち払ったシャルに、庇われていたアレックスが「有難う」と告げる。シャルが微笑んで頷き、剣を収めると、いつものあの余裕にあふれた声が近づいてきた。


「貸しておくよ、シャル」

「……これだからお前を呼びたくなかったんだよ」


 シャルは舌打ちして視線をそらす。穏やかな笑みを湛えている彼こそ、探し求めていたレオンハルト・E・アークリッジ中将であった。


「レオン!」

「王太子殿下、ご無事でようございました。この男に何か無礼な扱いを受けませんでしたか? 何分礼儀に疎く、敬いを知らぬ奴でして。友に代わり非礼をお詫びします」


 表情を明るくして前に出てきたアレックスに、慇懃にレオンハルトが頭を下げる。レオンハルトは弓箭兵なので騎乗はしない。そのため見下ろす形になっているアレックスとシャルは、とりあえず馬から降りた。シャルが口元を引きつらせる。


「お前に詫びてもらうような真似は何一つしてねえよ」

「れ、レオン、そうですよ。彼は本当に丁寧に接してくれました。だからそう、喧嘩腰にならないで」

「ああ殿下、どうも誤解させてしまったようですね。私たちはこれが通常ですので、お気になさらず」


 レオンが楽しそうに笑う。と、シャルは自分に向けてレオンハルトの部下たちが身構えていることに気付く。ほぼ同時に気付いたレオンハルトが片手を上げて制した。


「構えを解きなさい。彼は私の友人だ」

「し、しかし中将。こんな平服姿の男が戦場に入り込むのは……」

「心配は無用。シャル・ハールディン元騎士隊大佐だからね」

「ええっ!?」


 レオンハルトが連れていた部下の弓箭兵は二十名ほどであったが、その全員が一様に同じ反応をした。声に出して驚き、次いで疑念と畏怖の目でシャルを観察する。得物が違う騎士隊と弓箭隊では強さを比較しようもないが、それでもシャルの武勇伝は今もなお語り継がれているのである。


「おいこら。他人の許可なくあっさりばらすな」

「嫌だな、僕は君の疑いを晴らしてあげたというのに。むしろ感謝して欲しいくらいだよ」


 レオンハルトはさっと踵を返す。


「さあ、いろいろ積もる話はあるけど、こっちへ来てくれるかい。ここじゃ敵の目につく可能性が高い」


 シャルはアレックスに肩をすくめて見せて、馬に乗りレオンハルトの後を追った。




★☆




 レオンハルトがやけに早くシャルたちの加勢に駆けつけられたのは、彼が自ら敵の様子を探るために近くを移動していたためだ。なんでもテオドーラ軍は、もはや巨大な池と化した水溜りを挟んだ向かい側に待機し、攻撃を仕掛けようとしてこないらしい。


 そうして本陣の天幕に入ると、室内にいた数人の人間が一斉に振り向いた。そのうちの一人が、入ってきたアレックスを見て驚いて立ち上がる。もう老年に近く、しかし眼光は鋭く背筋も張っている。若者たちに威厳と貫禄を感じさせる堂々たる姿だ。


「殿下……! ご無事であられたか」

「はい。ご心配をおかけしました」


 アレックスが微笑む。と、目立たないように入り口付近で足を止めたシャルが、思い切りレオンに突き飛ばされた。態勢を崩してよろめき、姿を見られてしまう。


「うげっ」

「……シャルか!?」


 アレックスに声をかけたその男性、フェルナンド・シュテーゲル元帥である。インフェルシア陸軍を統率する最高司令官でもある。


「お前、生きておったのか!」

「ああ、生きてるさ。そっちこそまだ腰は曲がってねえようだな、安心したぜ」


 皮肉たっぷりにシャルは返す。いつもなら「馬鹿者!」とでもお叱りが飛んでくるはずなのだが、どうしたことが一向に罵声が飛んでこない。おや、と不思議に思いつつシュテーゲルに視線を向けると、なんと剛直で知られた叩き上げ軍人シュテーゲルが、目に涙を浮かべているではないか。さすがにこれにはシャルもぎょっとした。


「ちょっ……おい、じいさん!?」

「……貴様ぁ……元気でいるなら手紙の一つでも寄越しやがれっ」

「いっ!? わ、悪かった、悪かったよ! だから引っ付くな、おいっ……普段とのギャップでみんな引いてるぞ!?」


 シャルは必死で、自分を窒息死させる勢いで抱きしめてくるシュテーゲルを引き剥がす。彼の言った通り、豪胆で奔放なこの元帥が涙まで浮かべてシャルの無事を喜ぶ様子に、みな呆気にとられていた。彼らの目には、祖父が孫を抱きしめているとしか見えなかったのである。そんな中でレオンハルトは、慣れた様子でしれっとしている。


「……ったく、年寄りは涙もろくていけねえよ」


 シャルはぽつりと呟いたが、口元には若干嬉しそうな笑みが浮かんでいた。というか、シャルは定期的にレオンハルトとは手紙をやり取りしていたのである。その情報がシュテーゲルに行っていないということは、レオンハルトが黙っていたということになる。こうやってシャルとシュテーゲルが再会したとき、『そのほうが面白そう』と考えたのであろう。


 ――いつからこうなることを予想していたのだ、あの弓兵は。


 シャルは天幕の中にいる、他の軍人に目を向ける。四十代半ばでがっしりとした体格の男が、槍歩兵隊隊長のアーデル・キーファー中将。その隣にいるのは三十代と若く、優美なレオンハルトとはまた違った意味で軍人らしからぬ男だった。騎士隊長ハーレイ・フロイデン中将といい、シャルの直接の上官だった人である。そしてもう一人、この場で唯一の女性軍人がいる。ラヴィーネ・F(エフ)・ヘッセラング准将。騎士隊所属で、フロイデン中将の副官だ。


 ここまではシャルも知っている顔ぶれであるが、残りはシャルが軍を去ってから入れ替わった人々である。しかし予想はつけられる。陸軍副司令官、軍参謀、剣歩兵隊の隊長、投石隊の隊長である。


 だがそこに、肝心の国王がいない。


「あの……父上は? 国王陛下は、いかがされましたか?」


 アレックスが問いかけると、一瞬でこの天幕内の空気が重くなった。アレックスがシュテーゲルを見ると、老将軍は重々しく告げた。


「……国王陛下は、亡くなられました」

「……ぇ?」

「敵軍からの投石が本陣を直撃し、そのまま……我々がファルサアイル湿原までの撤退を行ったのは、それが理由です」


(投石で圧死。国王の戦死にしちゃ、……いささかまぬけだな。まあ、最前線に出て華々しく散るよりも、味方のショックは少なかったかもしれないが)


 とんでもないことを考えていたが、国王の死はシャルにしてみれば半ば予想していた展開である。だがアレックスは目を見開いて硬直している。後ろから出てきたレオンハルトが、アレックスに深く頭を下げる。


「殿下を送り出す際に大口を叩いておきながら、陛下をお守りすることができず……申し訳ありませんでした。この処罰は、いかようにも」

「……レオンのせいではありません。どうか顔を上げて」


 アレックスは自失から立ち直り、レオンハルトの肩にそっと手を置く。王太子は毅然として顔を上げ、シュテーゲルを見やる。


「それで、元帥閣下。戦況はどうなっているのですか」

「敵方は、前方の窪地を挟んだ向かい側、約三キロの地点に陣を置いたまま一向に動こうとしません。一体何をたくらんでおるのやらと、迂闊に動けない状況です」


 すると、騎士隊長ハーレイ・フロイデンが口を開いた。この国では珍しい黒の髪は、彼の祖先が異国の者であることを示している。剣などより読書のほうを好むフロイデンは、実力があるからこそ騎士隊長、中将という位を授かっているのだが、温和な人柄から部下たちに慕われていた。シャルが現役時代、フロイデンはまだ少将で万騎隊長を務め、シャルはその旗下にいた。兄の同期でもある。だからシャルにとっては気心知れた相手だ。


「シャル。テオドーラ軍の様子は見てきたはずだ、報告を」

「……テオドーラ軍が動かないのは、別に何か壮大な策を練っているからではありません。ただ、奴らの軍の糧食が尽きつつあるのです。周辺の街から物資を徴収しているのをこの目で見ました。主にロゼリアの街からですが……今は、その徴収が完了するのを待っているところでしょう」


 シャルがそう答えると、隣にいたレオンハルトがぶるっと身震いした。シャルがじろりと横目で友人を睨む。


「なんだよ」

「シャルがそんな仰々しい口を利いているのを聞くと、寒気がしてくる。ああ、久々に懐かしい気分になったよ」


 レオンハルトが悪びれずにそう言い、アレックスをはじめとした幹部たちは唖然とした。その中で大笑いしたのは、シャルに報告を促したフロイデン本人である。


「ははは、いやあ、相変わらずだな君たちは」

「さすが陸軍の問題児二人組」


 そう微笑みつつ補足したのは、フロイデンの女性副官であるヘッセラング准将だ。見れば、シュテーゲル元帥も槍歩兵隊長のアーデル・キーファー中将も笑っている。


「私まで問題児ですか? それは少し不服なのですが」

「大体の場合、アークリッジが火に油を注いでいるんだろうが」

「キーファー中将、私は別に……」


 レオンハルトが抗議したが、そうした時点で彼も問題児のひとりである。シャルと顔を合わせるのが初めての面々は渋い顔をしていたが、いつもは真面目なレオンハルトがお茶目なことに唖然としているのと、最高司令官たるシュテーゲルが笑ってしまっているので何も言えない。そのシュテーゲルは腕を組んだ。


「要するに、気味が悪いとか言っていまテオドーラに手を出さないのは、馬鹿らしいってことだな?」

「というか、いましかないと思うけどね」


 シャルが平然と告げる。シュテーゲルも頷き、アレックスに向きなおる。


「殿下。もう貴方は陸軍中佐ではありません。どうかインフェルシア軍の旗印として、戦闘継続のご指示を」


 アレックスは頷き、この場にいる将軍たちを見回した。


「……これより我が軍は、反撃を開始します。緒卿、最善を尽くしてください」

「はっ!」


 将軍たちは一様に頼もしく頷き、慌ただしく準備を始めた。みなが天幕から出て行ったのを追うようにシャルも外に出て、陣営とは逆の方向に歩いていこうとする。と、目の前に巨大な影が立ちはだかった。長身のシャルが僅かに見上げなければいけないほどの巨躯。間違いなくシュテーゲル元帥である。元帥は意地の悪い笑みを浮かべる。


「どこへ行く気だ? シャル」

「俺の任務は、あの王太子さまを軍まで護衛することだ。お役御免だろ?」

「馬鹿を言え! ただでさえ人手不足なんだ、働いてもらうぞ!」


 シュテーゲルはシャルの肩を掴んで押す。よろめいたシャルを背後から支えたのは、騎士隊長フロイデンである。彼もまた笑顔だ。


「やあ。ちょっとこっち来ようか」

「……はいはい」


 ようやくシャルも、諦めたのであった。




★☆




 夕方になり、レオンハルトは自分の天幕で弓の整備を行っていた。すると入り口の垂れ布が揺れ、シャルがひょっこり顔を出した。彼の服装は、先程までの私服ではなく、インフェルシア軍の群青の制服だった。レオンハルトは急な訪問に特に驚くでもなく、床に胡坐を掻いたままにっこりと笑う。


「やっとしっくりくる姿になったね、シャル」

「全然しっくりこねえよ。息苦しいし、ったく……フロイデン少将、いや中将は変わらねえな」


 どうやらフロイデンに無理矢理着させられたようだが、シャルは早くも制服の首元を緩めている。昔から堅苦しいのが嫌いで、公式式典以外では常にその格好だった。


「みんな変わったのは階級くらいさ。シュテーゲル元帥も、フロイデン中将も、ラヴィーネ先輩も、キーファー中将も……五年前、君がいたころと変わらないよ」

「嫌というほど思い知ったぜ」


 シャルはレオンハルトの向かい側に、同じように胡坐を掻いて座った。弓箭隊隊長の私的空間に、許可なく堂々と入れるのはシャルだけだろう。


「にしても、よくもまあ国王が死んだってのに軍の秩序が保たれているな。普通なら壊滅しているぜ?」

「それはもう、元帥閣下らの血の滲むような努力の賜物だ。インフェルシア軍は、恐怖ではなく絆をもって団結することができる。これでもう少し耐久力があれば、最高の軍隊だと思うよ」

「……お前も相当酷いこと言ってるの、自覚しているか?」


 シャルは溜息をつき、話題を転じた。


「アレックスはどうした?」

「殿下なら、元帥に引っ張りまわされている。……それよりも『アレックス』、か。君が身分ある方を名前で呼ぶのは珍しいね。それだけ認めている証拠?」


 レオンハルトはそう尋ねる。シャルは現役時代から貴族たちをよく思っていなかった。だからこそ出会った当初はアレックスのことを「王子様」だの「王太子様」だのと皮肉っぽく呼んでいたのである。


「王子様という割には、度胸もあるし腕もたつ。何よりあいつは、フォロッドの住民のために戦ってくれた」

「……そうか」


 レオンハルトは指先で弦を弾く。


「今でこそ殿下は冷静さを保っておられるが、それはこの忙しさゆえだ。戦争が終わり、陛下の死と向き合うことになったら……さぞ、悲しまれるだろう。本当に、仲の良い親子だったからね」

「それは俺も思う、が、その前にひとつ確認しておきたい」

「ん? なんだい、改まって」


 シャルはじっとレオンハルトを見つめる。そして、尋ねた。



「アレックスは、……女か?」



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