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不遜な騎士と仮面の王子  作者: 狼花
5章 決戦の時
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03.さてそろそろいきますか

 シャルの脅威の治癒力でも、怪我がある程度治るまでに二週間がかかった。その間ヴァンドールに動きはないし、国境のラーディナ城塞からの報告もない。ヴァンドールが抜けたとはいえ、あれだけの戦力を相手に味方は戦い続けているのだ。戦況は膠着しているだろう。フロイデンや、残してきたイルフェたちの状況も気になるが、シャルは目の前の戦いに集中するしかない。


 中庭に出て、ヴェルメを呼ぶ。上空を散策していたらしいヴェルメはすぐに降下してきて、傍の木の枝にとまった。シャルは彼女のもとへ近づき、その足に手紙を括りつける。


「ヴェルメ。ヴァンドールを探してきてくれ。もし奴が剣を抜こうとでもしたら、すぐに帰ってこい」


 ヴェルメは一声鳴き、再び空へ舞いあがった。おそらく、ヴァンドールはヴェルメに手を出さないだろう。その足についている手紙を見れば、すぐシャルからの知らせだと思うだろうから。


 ヴェルメの姿を見送っていると、レオンハルトが歩み寄ってきた。


「……ヴァンドールのところ?」

「ああ。三日後にあの旧市街の広場で、ってな」


 シャルは遠ざかるヴェルメの姿から視線を外し、木に立てかけていた剣を手に取ってレオンハルトに見せる。


「そういえば、これ有難うな。研いでくれたんだろ、わざわざ教会まで行って」

「うん、まあそれくらいしか君のためにできることがなかったからね。……ずっと持ってるね、その剣」

「手に馴染ませておきたいからな」


 レオンハルトは優しく微笑んだが、その笑みはふと消える。彼は金色の前髪を搔きあげると、ちらりとシャルの顔色を窺う。その様子にシャルは思わず吹き出した。


「お前とアシュリーって、ほんとに血筋なんだな。言いたいことがあるなら言えよ、お前らしくもない」

「……君の考えを、聞かせてほしくてね」

「うん?」

「前に殿下は、民衆の前でこう言ったね。『みなを欺いた責任を取る』って」

「言ったな」

「あれは……やはり、王位継承権を返上するということ、なのかな」


 意外な言葉にシャルは瞬きした。ここまで歯切れが悪く自信なさげなレオンハルトは初めて見たのだ。


「俺はそう認識してたけどね」

「シャルは、それでいいと思ってる? 民を欺いてきたというのは彼女の意志ではない。彼女が責任を感じることなど、何もないのに――」

「そうだ、アシュリーの意志じゃねえ。……だからな。アシュリーにも言ったが、アシュリーには選ぶ権利がある。王座を蹴るも王座に座るも、俺はあいつの意思を尊重したい」


 シャルは木にもたれかかりながらレオンハルトを見やる。


「お前が言いたいことは分かるぜ。アシュリーの意志はお前も尊重したい、でもそうなって負担を背負うのはシルヴィア殿下だ。……そうだろ」

「ほんと、君に隠し事はできないね」


 微笑んだレオンハルトは、傍にあったベンチに腰を下ろす。


「シルヴィア殿下は、そのことについてなんて言ってるんだ」

「自由にしてやりたいと。もし殿下が王位継承権を返上するなら、シルヴィアがその座を埋めると意気込んでいるよ」

「あのお姫さんなら、史上初の女王としてうまくやるだろうな」

「うん。支えてあげたい、と思うよ。けど、おそらくアシュリー殿下は臣籍に降るだろう。大人しく離宮にこもるような御人ではない。もしかしたら軍に戻られるかもしれない。結局、アシュリー殿下は妹姫に仕えることとなるんだ。……これもまた、王家のゆがみの原因になるだろう」


 つまりそれは、アシュリーが王位継承権とともに『インフェルシア』という名も捨てるということだ。


 レオンハルトは身体をずらし、やや後方に佇むシャルを振り返った。



「だからね、シャル。僕とシルヴィアから、君に内密の頼みがある――」



 そうして親友の口から飛び出した言葉に、シャルは近年稀に見るほどの驚愕を味わったのだった。



★☆



「……ほんとにお前らは、とんでもないこと考えやがって」


 レオンハルトと肩を並べながら城内を歩くシャルは、呆れて溜息をついた。レオンハルトは朗らかに笑う。


「でも妙案でしょ? だから承諾してくれたんだよね?」

「ったく……ま、アシュリーにはそれがいいのかもな」


 等間隔で設置された廊下の窓からは、先程までいた中庭が見える。レオンハルトは窓の外に視線を送りつつ、呟く。


「――ねえ、僕たちって、出会ってから仲良くなるまで随分時間かかったよね」

「そうだったか? すぐ喋るようになっただろ」

「違うよ。君、最初は僕のこと避けてたでしょ。まず最初に僕が貴族だから。そしてうるさいくらいに君に話しかけたから」


 同期で同い年。シャルとレオンハルトの関係というのはそれだけだ。しかしレオンハルトはその時、クライス・ハールディンの勇名を知っていた。シャルがその弟であるということから、シャルと親しくなろうと試みたのだ。しかしシャルは一目見てレオンハルトが貴族であるということに嫌悪感を覚え、さらに国内随一の貴族の御曹司であることを知ってもっと嫌悪した。しかし、追い払っても粘るレオンハルトに「変人」と思いつつも興味を覚え、嫌悪感はそのうち霧散したのである。いつの間にかレオンハルトはシャルの日常に必ず存在するようになった。


「稽古でペアを組むとき、いつも僕らで組まされたでしょ。実力が同程度だからって。それすごく嫌がってたよね」

「そういえばそんなことも……」

「で、そのたびに騒いで拳骨喰らった。クライスさんにフロイデン中将、ラヴィーネ先輩、シュテーゲル元帥にもね」

「一日一回は喰らってたかもなあ」

「騒いでたのはシャルだけだったけどね」

「それはお前がいちいち癇に障ること言ってくるからだ」


 レオンハルトはにっこりと微笑む。


「……それを考えるとさ。アシュリー殿下と打ち解けるの、異様に早かったね、シャル」


 結局言いたいのはそれか、とシャルは苦々しく顔を背けた。


「そりゃ、あの時とは違うだろ。貴族がみんな一緒じゃないって教えてくれたのはお前だからな」

「そう思ってくれるのは光栄だけど、ぶっちゃけシャルって一目惚れだったんじゃないの?」

「は!?」

「フォロッドで何があったかは詳しく知らないけど、やっぱりシャルの割には心を許すのが早かったんだよねえ。だから」

「うるさいうるさい!」


 歩調を速めたシャルは、すたすたと廊下を歩いて行ってしまう。その顔が真っ赤なことに気付いたレオンハルトはふふっと声に出して笑い、小走りに追いかけた。そしてぐいっとシャルの左腕を掴んで引き留める。


「ちょっ、なにっ」

「お昼ご飯食べに行こうよ。お腹空いたでしょ」

「外にいるときに言えよ」

「今思ったからね」

「変わってねえ。お前、ほんと変わってねえ」

「今更何言ってんの、ほら」


 レオンハルトに腕を引かれ、愚痴をこぼしつつもシャルは来た道を戻ることとなったのだった。


「……そんな心配しなくても平気だよ。俺、ちゃんと帰ってくるって決めたから」


 思い出話をしたり、アシュリーの話を持ち出して――レオンハルトは、シャルの気を引きつつも、いつもと変わらない風に接している。迫る決戦の日に、この図太い男も緊張しているのだということがシャルには伝わってくる。


 レオンハルトは視線をくれないまま、呟く。


「念押しだよ、念押し」

「……そうかい」


 シャルはふっと目元を和ませ、頷いたのだった。



★☆



 レオンハルトとの食事を終えてから、シャルはメディオ・ケルスナードのもとを訪れた。彼は足や肋骨など複数カ所を骨折しており、その意味ではシャルより重傷であった。


「よう、メディオ。具合はどうだ?」


 声をかけながら部屋に入ると、ベッドに身体を起こして座っていたメディオが破顔した。


「シャルか。すまない、忙しいだろうにわざわざ」

「そんなこと気にしなくていいよ。調子は?」

「だいぶ良くなってきているが、まだ時間はかかりそうだ」


 シャルは頷き、ベッド脇にまで歩み寄った。


「……まだ、ちゃんと話せてなかったな。改めて礼を言う、戦ってくれて有難う」


 軽く頭を下げたシャルに、慌ててメディオは首を振った。


「とんでもない。私はこのざまで……」

「それでもあんたがいなきゃ、シルヴィア殿下は無事じゃなかったと聞いた。俺たちがヴァンドールに早く追いつけたのは、あんたとじいさんが善戦してくれたからだ」


 メディオはティグリアの人間で、インフェルシアの人間を守るために戦う義理など、本当はどこにもない。それでも彼は戦ってくれた。救ってくれた恩を返すためか、留守を頼んできたシャルのためにか。どちらにせよそのことで助かった命があったのは確かだし、何より『戦う』という意志そのものがシャルには嬉しかったのだ。


 照れたように微笑んだメディオだったが、ふとその笑みは曇る。


「……皮肉なものだな。用無しとされた私はここで生きていて、ウォルディス公爵は海へ沈んだ。もしシャルに出会わなければ、私もあの場に行って死んでいたのだろう」

「……」

「いくら悪事とはいえ、エルファーデン公爵を裏切った報いだと分かっていても……まさかアジールに裏切られるとはな。口約束から誓い、協定まで……そんな簡単に破ってよいものではないのに、最初から破るつもりでそれを結んだんだな」


 エルファーデン公爵も、ウォルディス公爵も、そしてアジールも。裏切りに裏切りが重なり、いったい今何が起きているのかを把握できている人間は数少ないだろう。


「誓いを破らない国を、ティグリアに戻ったらあんたが目指せばいい。まずは身内からでいいんだ。小さな輪でも、いずれ大きなものになるはずだ」

「私が、か……?」

「あんたはこの戦争と陰謀の裏も表も目の当たりにしてきたんだ。あんたにしかできないよ。個人の私欲で国が動かないように、支えてやれればいい。ウォルディス公爵とヴァンドール、どっちも私欲で動いて戦争を起こしたんだ。そんなことが、ないようにな」


 シャルは目を伏せた。


「インフェルシア、テオドーラ、アジール、ティグリア……完全じゃなくていい、でもほんの少しこの四か国が変わったら……兄さんとの約束が、本当の意味で果たせる」


 戦争を終わらせる。それは一時的なことかもしれない。恒久的な平和など、人々が剣を手放さない限り訪れないだろう。現にアジールとの停戦期間はたったの五年で破られ、その間にもテオドーラとの戦争は繰り返されていた。敵を倒して撤退させるだけではいけない。国内の政治体制や国情を変えなければ、戦争は終わらないのだ。そのことをシャルは痛感していた。


 だから――もしシャルの願いが叶うのならば、その時やっと、クライスの願った「戦争の終わり」が訪れ、「自由」が手に入る。


 シャルは顔を上げ、若干話題を変えた。


「見つかる可能性は低いかもしれないが、ウォルディス公爵やその部下たちの遺体の引き上げは、俺からハルブルグ大将に掛け合うよ。いや、大将のことだからちゃんと考えてるだろうな。あんたと一緒に、できるだけティグリアに帰せるようにする」

「インフェルシアは……そこまでしてくれるのか? 海に沈んだ遺体の引き上げなど……」


 唖然としたようなメディオに、シャルは微笑んで見せた。


「俺らにとっては悪人でも、あんたにとっては命を救ってくれた恩人と仲間たちなんだろ」

「……有難う、シャル。有難う」


 どことなく声が鼻にかかっていたのは、きっとシャルの気のせいではなかっただろう。


「出会えてよかった。心からそう思う。……どうか無事に帰って来てくれ、シャル。色々と礼がしたい」

「おう」


 満ち溢れた自信。久々に、『不遜』と呼ばれたシャルの笑顔がそこには浮かんでいた。



★☆



 ヴェルメはその日のうちにシャルのもとへ戻ってきた。了承する旨を書いたヴァンドールの返事を携えて。



 そして三日後の早朝――シャルはインフェルシア軍の制服に剣を一本提げたという身軽な服装で、城門へやってきた。


 城門にはすでにレオンハルトとアシュリーがいた。他には誰もいない。見送りというには寂しいものであるが、シャルにしてみれば「わざわざ来なくても」と苦笑したくなる気分である。


 アシュリーが最初にシャルに気付き、レオンハルトもこちらを見やる。シャルは軽く片手をあげた。


「よう。早いな、お前ら」

「緊張して、なかなか眠れなくて」

「はは、なんだそりゃ。お前が緊張することじゃないだろ」


 シャルは朗らかに笑ってアシュリーの頭を撫でる。アシュリーはそっと、空いているシャルの手を両手で包み込んだ。


「……本当は傍にいたいけど、それだとまたシャルの負担になりますよね。分かっています……だから、我が儘言いません」

「……ああ」

「信じて、待ってますから。絶対、帰ってきて……」


 シャルは頷くかわりに、ぽんぽんと二度アシュリーの頭を軽く叩く。そして顔を上げると、場違いなほど穏やかなレオンハルトの笑みがそこにある。


「ま、夕飯までには帰っておいでよね」

「軽いなおい」

「いつもは割り勘だけど、今日は奢ってあげるよ。焼き肉でも食べ行こうよ、ぱーっとお祝いにさ。あ、アシュリー殿下も一緒にどうです?」

「帰ってからそんな元気あればいいけどなあ」


 苦笑したシャルに、逆にレオンハルトは笑みを消して至極真面目な顔になる。


「……冗談はともかく。これは君の戦いだから僕も手出しはしないよ。でも、夜までに君が帰って来なかったら……その時は、勝手にする」


 要するに、軍を動かしてヴァンドールを討つ。


「……ありがとよ」


 レオンハルトが手を差し出す。シャルがその手をぱんとはたいた。これがふたりの挨拶だった。


 シャルは何の躊躇いも見せず、早朝の朝靄のなかを歩いていく。アシュリーとレオンハルトは、黙ってその後ろ姿を見送ったのだった。

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