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カノン・レディ〜砲兵令嬢戦記〜【書籍1巻発売中/コミカライズ配信中】  作者: 村井 啓
第七章:戦雲未だ収まる所を知らず
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第六十四話:英雄へ、そして戦友へ(前編)

「我らがコロンフィラ騎士団長様のご帰還だ!」

「オーランドが誇る最精鋭部隊のお通りだ!」

「遊撃騎馬砲兵隊の凱旋だ!」


 タルウィタの目抜き通りを進む遊撃騎馬砲兵隊の周りを、新兵達が喝采と共に出迎える。タルウィタ市民達も、いつかのパルマの時と同じ様に屋根に登り詰め、眼下を行く遊撃騎馬砲兵達を拍手や指笛で鼓吹している。

 たった一門だけ残った四ポンド砲を光輝の如く隊列中央に牽引しながら、遊撃騎馬砲兵隊は練兵場へと邁進していた。


「いつの間にやら、凄い人気ね」


 四ポンド砲を一頭で悠々と牽引する愛馬(パイパー)に跨ったエリザベスが、隣で併走するオズワルドに話しかける。


「リヴァン辺境伯様が、新聞で俺達の事を宣伝してくれたんだとよ」


 何処からか手に入れてきた新聞をエリザベスに手渡すオズワルド。タルウィタポストと題刷られた新聞には、今までのエリザベス達の活躍が、最大限に脚色された形で掲載されている。


「オーデル湖で敵兵三千を包囲殲滅……ラカント村で敵将軍三名を捕縛……」


 紙面に所狭しと踊るゴシップの数々を目にし、口をへの字に曲げながら苦笑するエリザベス。


「大衆向けの新聞だし、色を付けたくなるのは分かるけど、これじゃ殆ど嘘っぱちじゃない」


 面白いだろ?とでも言いたげな顔をするオズワルドに新聞を突っ返す。


「タルウィタポストだけじゃないぞ。そのへんコーヒーハウスが撒いてるビラにも遊撃騎馬砲兵隊の名前が踊ってるんだ。おぉ、これとか傑作だぞ?カノンレディ、またの名を銀髪の魔女、エリザベス・カロネードが織りなす砲撃の魔術とその可憐な素顔に迫る――」 


「やめて、読み上げないで!聞いてるこっちが恥ずかしいったら……」


 握った手綱を上下にバタバタ振りながら、オズワルドの声を遮るエリザベス。他にも何本か新聞を手にしていたオズワルドが、イッヒッヒと笑いながら紙束を懐に仕舞う。


「書いてある内容は出鱈目もいい所だが、結局はこうして戦意高揚に寄与してるんだ。おおらかに行こうぜ?」


「戦果を弄るのはご勝手になさって結構ですけど、わたくしのある事ない事を好き勝手に書かれるのは勘弁してほしいわ……にしても、リヴァン辺境伯様の宣伝効果は凄いわね」


 大通りに敷き詰められた石畳とほぼ同じ密度で群がる兵士や市民達の顔を伺いながら、稀有に満ちた表情で言葉を漏らす。


「リヴァン辺境伯様はこういうやり口が得意らしい。大衆文化やら大衆芸術やらに精通しているとか何とか」


「何よその凄いふわっとした情報」


 又聞きに又聞きを重ねた情報を鼻で笑うエリザベスだったが、ふいと顔を落とす。


「……一つ、頼んでみましょうかね」


「何を頼むって?」


「何でもないわ。こっちのお話」


 眼前で手を振り、会話の糸を断ち切るエリザベス。すると今度は、道路脇で彼女の話が一段落するのを狙っていた新兵達が、肩にマスケット銃を担いだまま、飛び出して来た。


砲兵令嬢(カノンレディ)殿!オーランドの英雄と名高い貴女と握手をさせてくれ!」

「俺も中尉殿の活躍を聞いて軍に志願したんだ!共に戦う事が出来て光栄だ!」

「貴女の気高い振る舞いを見て目が覚めた!今こそオーランド連邦の団結力を見せる時だ!」


 歯の浮くような台詞の数々に内心眉を顰めつつも、努めて笑顔と握手で応えるエリザベス。彼らが担ぐマスケット銃の切先には、青地に金葉の連邦国旗が固く結び付けられていた。隊列が進み、自分の姿が見えなくなるまで、彼らは千切れんばかりに手を振っていた。

 

「あれが、御国の為に、とかいうヤツね」


 隣のオズワルドも、自分は国の為に戦っていると述べていた。


「……ご立派な事ね」


 パルマの丘で戦った時から。

 私は、私の為に命を賭けてくれた人の為に戦っている。


「私は、」


 いつになったら、国の為に戦える様になるのだろうか。



「おぉ!カノンレディではないか!先たる邀撃戦ではかくも見事な戦果を築き上げたと聞いているぞ!」


 大量に積み上げられた木箱の前で、リヴァン伯が大手を振っている。


「見たまえ、貴殿とランドルフ卿の交渉が産んだ成果だ」


 練兵場広場の過半を覆い尽くす様に積み上げられた木箱が、兵士たちの手によって次々に開梱されて行く。バールで上蓋が引き剥がされると、その中から真新しいマスケット銃の数々が顔を出した。


「ご無沙汰しておりますわ、リヴァン伯様。閣下直々のご宣伝も相まって、先程は身の丈に余る衆望を受けて来た所ですわ」


 それとなく虚名を着せられた事に言及しつつ、その辺に放られたマスケット銃の空箱をひっくり返すエリザベス。


「いやはや、もう新聞の内容が耳に入っていたとは……」


 リヴァン伯の赤ら顔が輪をかけて赤くなる。


「庶民は()()()()内容を好んで読みたがる習性があるのでな。彼らに戦火の到来を知らせるには、役人によるご大層な声明文よりも、ゴシップに頼った方が圧倒的に浸透が早いのだ」


 言い訳らしく早口で述べた後、彼はいつものビーバーハットを脱いで頭を掻いた。


「その結果……というか代償として、記事に載った人物に良くも悪くも巨大な尾ヒレが付いてしまった。近年の情報の拡散力には驚かされるばかりだ」


 今更噂の撤回などできようも無いリヴァン伯が、後ろめたさそうに笑う。

 どちらにせよ、名が売れた事は確かである。無料で自身の名を広める事が出来たと、エリザベスは前向きに考える事にした。


怪聞(かいぶん)の回収が不可能である事は承知しておりますわ。名を上げる為の、ある種の税金だと思う事にしますわ」


 引き続き空箱をひっくり返して行きながら、不問に付すエリザベス。


「貴殿の本心はどうあれ、形だけでもそう言ってくれて大変助かる……。して、先程から何を確認しているのかね?」


「カロネード商会の紋章を探してますの」


 木箱の底面を観察しながら答える。


「紋章とな?」


「ええ。カロネード商会が作った兵器であれば、必ず何処かに紋章が刻印されている筈ですの」


 それが地図であれ、銃であれ、砲であれ、カロネード商会は自らの作品には必ず紋章を刻む。数多くの職人を抱えるカロネード商会にとって、紋章はブランドの誇示であり、また品質担保の証でもある。


「やはり、何処にも紋章は見当たりませんわね」


「急ぎの武器供与ゆえ、刻印を失念してしまったのではないかね?」


「カロネード商会がそんな初歩的なミスをするとは思えませんわ。もしもし、銃の方を見せてくださる?」


 近くで開梱作業を行っていた兵士から、一丁を譲り受ける。


「ふーん……」


 意味深な含み笑いを漏らながら、銃床、撃鉄、当たり金、槊杖、銃口と、舐めるような手付きで触れていく。


「どうかね?もしや、何処の馬とも山とも知れぬ出処の銃かね?」


「いえ、カロネード商会のモノで間違いありませんわ」


 手際よく銃を縦に一回転させると、引き金を手前側にしてリヴァン伯へと手渡すエリザベス。


「シルバーベティ・マスケット、五十五年式、初期型ですわね。もっと苔むした骨董品が送られて来ると思っていましたけど、この型式なら全く問題ありませんわ」


 エリザベスの鑑定を受けて、ホッとした様子で銃を受け取るリヴァン伯。


「それは何よりだ。となると、紋章が抜けていた理由が分からんな」


 受け取った銃を上下左右に眺めつつ、紋章の有無を確認するリヴァン伯。

 

「それも分かりましたわ。まぁ、大した理由じゃありませんわね」


 銃床の一面、やや色褪せて裂傷の様になっている部分を指差すエリザベス。


「シルバーベティの場合、本来であればその銃床部分に紋章が刻まれますわ。見た所、後から故意に紋章が剥がされているみたいですわね」


 ザラザラと、他の部位とは触感が異なる銃床部分を撫でながら、感心したように頷くリヴァン伯。


「カロネード商会の紋章付きの銃なんて送ったら、あからさまにオーランドを支援していると見られちゃうからでしょうね。ラーダとしては、あくまで外交上は中立を維持したいという意思表示でしょう」


「となると、ラーダ王国にこれ以上の支援を望むのは難しそうかね?」


「うふふふ。いえ、まだまだ支援は引き出せますわ」


 下衆な笑いを口に手を当ててごまかすエリザベス。

 

「借金は大きければ大きいほど、債務側に有利ですので。貸し倒れを防ぐ為に、更なる大金を貸し付けてくれる事でしょうね。そうなれば最早、ラーダとオーランドは一蓮托生ですわ~。うふふふふ」


 遠回しに嫌いな父親を困らせる事が出来て、満足げな笑みを浮かべる彼女を、一歩引いた顔で称えるリヴァン伯。


「良き商人、いや、頭の良い商人が居ると大変心強いな」


「その頭の良い商人から一つ、芸術に深く通じるリヴァン伯様へお願いがありますの」


 銃を彼から受け取り、兵士へと返却したエリザベスは、振り返ってリヴァン伯を笑顔で見つめる。その笑顔からは、あのパルマ女伯と同じ雰囲気が醸し出されていた。


「……お願いとは思えん圧を感じるが、良いだろう。新聞の件での借りもある」


「流石は北部二大辺境伯様の一角。お話が早いですわ」


 パチパチと手を二三度叩いた後、エリザベスは申し訳無さそうに口を開いた。


「……もしお持ちでしたら、画材一式をお譲り頂けません事?」


 イーデンに恩を売りたいと思った訳では無い。

 一つくらい、戦友へ贈り物をしてもバチは当たらないだろうと、そう思ったのだ。

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