第三十八話:大砲を求めて(前編)
「……なんでアンタが来るのよ」
「先輩に向かってアンタとはなんだ。イーデン中尉殿が急用で来れなくなったんだから仕方ないだろ」
むくれっ面をしたエリザベスと、顰めっ面をしたオズワルドが、タルウィタの職人街を練り歩いている。
二人の両肩に付けられた階級章には、少尉を表す小さな一つ星が輝いていた。
「同時に少尉に昇進したんだから、もう先輩も後輩も無いでしょ。これからは対等にいきましょうよ対等に」
「昇進したからといって今までの軍歴が無くなった訳じゃないぞ?俺は士官学校での二年間分、お前より軍歴が長い!」
胸を張って自分の方が優位であること示すオズワルド。
「士官学校での在籍は軍歴に含まれないでしょうに。配属後の従軍経験こそが軍歴よ!」
負けじとエリザベスも慎ましい胸を張って優位を示し返す。
「士官学校も軍歴に含まれるだろ!」
「含まれないわ!」
「含まれる!」
「含まれない!」
「含まれる!あ!行き過ぎた!」
言い合いがヒートアップしていた所為で、目当ての物件を通り過ぎていたことに気付くオズワルド。
「……中尉殿が言うには、どうやらここみたいだぞ」
後ろ歩きをしながらオズワルドが指差す先には、鋳物師職人組合の看板がぶら下げられた、木造平屋の建物があった。
「本当にここなの?」
「看板にはそう書いてあるから、多分間違い無いだろう」
自信なさげにオズワルドが言うのも無理はない。
営業しているのかしていないのか、外観からでは殆ど分からない程に閑散としており、人の声も、金床にハンマーを打ち付ける音も聞こえてこないのである。
「あんまり繁盛してなさそうね。言われてみれば、オーランド製の鋳物品なんて、ラーダ市場でもあんまり見た事なかったかも……」
商人時代の記憶を探りながら、オーランド製の鋳物について心当たりを探るエリザベス。
現代の鋳造品として最も有名な物と言えば教会の鐘である。しかしオーランドの職人が作った鐘の噂など、てんで聞いた事もない。大砲に関しても、大方ラーダ王国製かノール帝国製である事が殆どである。
「もしや、オーランドの鋳物師ってあんまり腕が宜しくないのでは……?」
一抹の不安を抱えるエリザベスをよそに、オズワルドは半開きになっていた扉を開け放した。
エリザベスも後から入ってみると、強盗に荒らされた後の様な風景が広がっていた。床に散らばった青銅製の鉄輪や、壁にもたれる様に並べられた真鍮製の筒の数々。鋳型として使う粘土特有の鼻につく匂いや、冷えた鋳鉄が内側にへばりついた鍋。確かに鋳造を行う者の住処ではあったが、この薄暗さと荒れた様では、碌に依頼も入っていないのであろう。
「誰かおらんか!?連邦軍少尉のオズワルド・スヴェンソンだ!鋳物師組合に依頼を申し込みたい!」
こういった場所ではむしろ心強い、オズワルドの声が響く。その残響音が聞こえ無くなると同時に、部屋の奥から立派な白顎髭を蓄えた老人が顔を出した。髪の毛と口髭が一繋がりになっており、まるでライオンの立髪の様相である。
「軍人が何の用だ?銃でも作って欲しいのか?」
殆ど口を動かさず、喉元からしわがれた声を漏らす老人。
「いいえ、作って欲しいのは大砲ですの……申し遅れました、わたくし、同じく連邦軍少尉のエリザベス・カロネードと申しますわ」
「大砲だぁ?……いや、待て、カロネード?」
オズワルドの名乗りには全く反応を示さなかった老人が、エリザベスの名前には興味を示した。
「お前、カロネード商会の関係者か?」
商売敵の名を耳にした老人の目が、薄暗がりの中で鋭く光る。
「関係ありませんわ。偶然の一致ですわ」
「あれ?でもお前って商会の――痛ッてェ!」
自分の正体をバラそうとしたオズワルドの足を軍靴の踵で踏みつける。一度商売敵として認識されてしまったら最期、依頼そのものを受けて貰えなくなってしまう。職人のグループは得てして排他的なのだ。
「まぁいい。どちらにせよ、ウチは大砲や鐘みたいなデカい代物は扱ってない。小さい鋳型しか無えんだ。他所の国……それこそカロネード商会なんかをあたってくれ」
鼻で笑いながらそっぽを向くと、また部屋の奥へと引っ込んでいく老人。
「ま、まってくれ!話を聞いてくれ!国防の規定上、我々は連邦国内の鋳物師からしか大砲を買えないんだ!何とか検討してくれないか?」
踏まれてない方の足を一歩踏み出しながら嘆願するオズワルド。それに対して老人は、面倒臭そうにため息を吐いた。
「……大砲ってのは中身が空洞だろう?中身が空洞な鋳物を作る時には、本体の鋳型とは別に、中空部を埋める為の中子っちゅう名前の鋳型も必要なんだ」
その辺に落ちていた鉄の棒を拾うと、床にガリガリと大砲に見立てた円柱を描く老人。続いて今度は円柱の中に、砲身内部に見立てた細い四角形を描いた。
「この細長い長方形が中子になる部分だ。お前ら若造も薄々気付いていると思うが、中子の出来が大砲の精度に大きく関わってくる。中子の形が、そのまま砲身内部の形状になる訳だからな。教会の鐘なんかとは鋳造難易度が段違いなんだよ」
中に舞った埃を吸い込んだのか、言い切った後に細かく咳き込む老人。
「作れないと言う割には、大砲の構造については良くご存知ですのね?」
辺りに散らばった部品達をしげしげと眺めながら尋ねるエリザベス。
「……話し過ぎたな。さぁ帰った帰った」
持っていた鉄棒を放り出し、しっしっと手で払いのける仕草をする老人。ガラガラと部品の中を転がる鉄棒の音を背に聞きながら、二人は鋳物師の住処を後にした。
◆
「……どうするよ?」
「どうするも何も、タルウィタの鋳物師組合はあそこにしか無いんだから、あのお爺様に頼むしかないでしょ」
パン屋のテラス席でモソモソと黒パンを食べながら、オズワルドと作戦会議をするエリザベス。
「いやだから、そもそも大砲は取り扱ってないって話だったろ?」
「そう?少なくとも、取り扱おうとした形跡はあったけど」
「形跡?」
エリザベスとは対照的にガツガツと黒パンを食べながら、肘付き姿勢で話すオズワルド。
「床に転がってた鉄輪は、砲身を補強する為に使う帯状金具だし、立て掛けてあった真鍮の筒は多分砲身の失敗作だと思うわ」
「じゃあ何で取り扱って無いだなんて……」
「十中八九、職人としての矜持でしょうね。自分の技術不足で作れませんでしたなんて、職人の口からは滅多に出てこないわ」
千切った黒パンの破片達を、皿の上で横一線に並べながら述べるエリザベス。
「私の勝手な所感だけど、あの口振りから察するに、技術的な課題はあるけど、鋳造不可能って程では無いと思うわ。ちゃんと頼めば対応してくれる可能性は全然あるわよ?」
「頼むっつったって、あの鉄頭ジジイが聞く耳を持ってくれるとは到底考えられんのだが……」
「そう?職人の方では大分話しやすい性格してると思うけど」
「はぁ?あの偏屈さで!?」
そうよ?と足が歪んで不安定になったスツールを、わざとギィギィ言わせて遊びながら答えるエリザベス。
「職人は口じゃなくて腕前で話す人種よ。最近はよく喋る職人さんも増えて来たとは思うけど、やっぱり無口な人が多いわね。話してくれるだけ有難いと思った方が良いかもね」
「商人時代の経験か?職人事情に詳しいな」
「そりゃ商人なんだから職人の事は良く知ってるわよ。二人三脚でお互いの生計を立ててる様なものだから、相方の機嫌を損ねると共倒れしちゃうわ」
「なるほど……ん?まてよ」
手に持っていた黒パンを皿に置くと、まるで妙案を思いついたかの様にエリザベスを指差した。
「職人の機嫌を損ねない様にしてたって事は、逆に言えば職人の機嫌を取る方法も知ってるって事だよな?」
「な、何よ急に」
「大商人令嬢たるエリザベス殿のお力で、何とかあのジジイの心を開いてくれぃ〜」
ははーっ、と両手をテーブルの上に置いて頭を下げるオズワルド。面倒だからお前がやってくれ、と言いたい様だ。
「はぁ。まぁ良いけど……その代わり、コロンフィラから人を呼んで来てくれない?」
「おっし、恩に着るぜ!人を呼んでくる位お安い御用だぜ!……で、誰を呼ぶんだ?」
手を叩いてガッツポーズしながら尋ねるオズワルド。
「ああいう職人と仲良くなるには、その業界に詳しい人間に間を取り持ってもらうのが一番よ。身内には甘いタイプの人が多いから」
誰を連れてくるのか、勿体ぶる様な論調で話すエリザベス。
「詳しい人?鋳造……というか大砲の製造に詳しい人間がコロンフィラに居るのか!いつの間にそんな人脈を広げてたんだ!?」
「あ、ちなみに貴方も良く知ってる子よ」
「え?共通の友人……?俺とベスが知ってて、大砲に詳しい……あっ」
五日後。
オズワルドに連行される形で、エレンがタルウィタに到着した。




