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95 新メニューを作る!

 年末年始は学院も一か月の冬期休暇となり、特務隊の任務も入らなかったため、リリはこの期間をゆっくりと過ごすことが出来た。


 「群狼の迷宮」から帰った後、リリはアルゴに千年前の聖女メルディエールについて尋ねてみたが、アルゴはあまり多くを語りたがらなかった。転生者であったことはほぼ確信していたが、リリ自身も転生者であることをアルゴに伝えていない。メルディエールも伝えなかった可能性はある。アルゴが語りたくないのは理由があるかも知れないので、無理に聞き出すのは止めた。


 この休みの間、マリエル、シャリー、アリシアーナと一緒にカフェ「アンティクース」に何度か行ったほか、その近くにあるいくつかのお店を開拓した。確実に女子力が上がった、と一人ほくそ笑むリリであった。

 ミルケとは、以前も訪れた南門前市場や、アルゴお勧めの北区にあるファンデルを一望できる展望台を訪れた。


 そして、リリはこのまとまった休みを利用して、ある挑戦を行っていた。


 南門前市場で、大量のスパイスを扱っている露店を見付けた。そう、この世界ではまだ見た事がない「カレー」を作ってみようと思い立ったのだ。

 マルデラには、塩・胡椒、肉の臭み消しに使ういくつかの香辛料くらいしか手に入らなかったのでカレーは諦めていた。せっかくお米があるのに、と悔しい思いをしたものだ。


 クミン、コリアンダー、ターメリックの基本三種、辛味を加えるチリペッパー、さらにカルダモンとシナモン。全部で六種類、失敗を見越して多めに購入した。


 リリは、いわゆる「カレーライス」ではなく「スープカレー」を作ることにした。リリはカレーの美味しさを知っているから、白いライスに茶色のカレーが掛けられたものを当たり前に受け入れられるが、初めて見る人がどう感じるか不安に思ったのだ。しかしこの世界でも一般的な「スープ」なら、きっと受け入れられやすい。スープカレーが受け入れられたらカレーライスに挑戦しても良いだろう。


 まずは大鍋を二つ用意し、鶏がらスープを二種類作ってみる。沸騰させて白濁した、いわゆる鶏白湯スープと、沸騰させないようじっくりと旨味を引き出す透明なスープ。両方とも、臭み消しに生姜やネギの青い部分を入れておく。これらは時間がかかるので大量に作っておいた。


 スープを作った翌日には、いよいよスープカレーの肝、スパイスの配合に取り掛かった。クミン、コリアンダー、ターメリックの基本三種を弱火で炒め、じっくりと香りを引き出す。この三種類には辛味がないので、味を見ながらチリペッパーを加える。スープでのばすことを考えると濃厚な味にしなければならない。


 炒めたスパイスに、みじん切りにした玉ねぎとニンニク、細かく乱切りにしたトマトを加えてさらに炒める。また味を見ながら、シナモンやカルダモンを隠し味に使い、チリペッパーも足していく。トマトの原型がなくなったら鶏がらスープを投入。少しずつのばしてスープっぽく仕上げて行く。


「う~ん……何か物足りない?」


 塩少々、細かく砕いた黒胡椒を加える。ピリッとした刺激と食欲をそそる香り。なかなかの出来栄えだ。


「白湯スープの方が合うかな……」


 リリの好みとしては白湯スープでのばした方だが、これはミリーやマリエルにも味見してもらった方が良いだろう。


「具は……お野菜の素揚げかな?」


 彩りを考えてピーマン、赤パプリカ、カボチャ、ヤングコーンを具に選択。メインの具はお肉系か海鮮系か迷ったが、とりあえず骨付きの鶏もも肉をチョイスした。塩・胡椒をして竈に入れておく。その間に野菜を適度な大きさに切っておいた。


「ただいまー。あら? とってもいい香りがするわね!」

「いい匂い! おねえちゃん、何か作ってるの?」

「二人ともおかえりー。丁度よかった、ちょっと味見してくれない?」


 帰宅したミリーとミルケが香りに誘われてキッチンにやって来る。小皿を四つ用意し、白湯スープと澄んだスープで作ったスープカレー(具なし)の味を見てもらう。


「ミルケにはちょっと辛いかも」

「……からーい!! でもおいしい!」


 コップに冷たい水を入れてミルケに差し出す。


「これは……スープ?」

「うん。スープだけど、メインの料理になるんだよ」

「独特だけどとってもいい香りがするわね。お腹が空いてくるわ。こっちは少しあっさりで、こっちの方が濃厚ね。これをおかずにパンやライスを食べるのよね?」

「そうだよ」

「それなら濃厚な方がいいと思うわ」


 ミリーの好みはリリと同じようだ。母娘だから当然とも言える。


「帰ったぞー。お、すげぇいい匂い」


 そこへジェイクも帰って来た。ひょこっとキッチンに顔を出す。


「味見する?」

「いいのか?」


 小皿を二つ追加してジェイクにも飲んでもらう。


「うお、何だこりゃ!? 物凄く美味い。これで酒が飲める」


 スープカレーはおつまみにもなるようだ。


「どっちが好き?」

「う~ん、難しい質問だ……どっちも美味い」


 ジェイクは頼りにならなかった。

 いや、そうとも言い切れない。実際、リリだってどっちも美味しいと思うのだ。


「合わせる具材によって変えてもいいかもしんない」


 濃厚な方にはあっさり目の具材を……いや、いっそ濃厚×濃厚の方がいい? この辺りは試行錯誤だな。


「よし。試作だから、とりあえず仕上げちゃうね。食べてから改善点を教えてね」


 熱した油に切っておいた野菜を投入する。熱を通し過ぎると野菜自体の味が損なわれるので、カボチャ以外はすぐに油から取り出す。カボチャを揚げている間に竃からお肉を取り出すと、良い感じに仕上がっていた。余熱で火を通している間にカボチャも引き上げる。


「えーと、パンとライス、両方試してみようか」


 買い置きのパンを一センチ厚にスライスし、炊いておいたお米と一緒に皿に盛りつける。スープカレーはシチューの深皿に取り分け、焼いた骨付きの鶏もも肉、素揚げした野菜を彩りよくトッピング。ミルケの分には辛さがマイルドになるよう、生クリームを少し入れてみた。うん、我ながらちゃんとスープカレーっぽく出来たよ。


 ダイニングテーブルに運ぶのはみんなが手伝ってくれた。


「どうぞ、召し上がれ」

「「「いただきます!」」」

「パンやライスをスープに浸して食べてみて?」


 それからは「むー!」とか「うっふぅ!」とか、言葉にならない唸り声と食器とスプーンが当たるカチャカチャ音がしばらく続いた。


「リリ、おかわりあるか?」

「あるよ、ちょっと待ってて」


 ジェイクが真っ先に平らげ、お代わりを要求。


『我もお代わりを所望する』

『少し待ってね』


 アルゴも遠慮がちにお代わりを要求。自分が作った料理をお代わりまでしてくれるのは作った甲斐があるというものだ。リリはニコニコしながらお代わりを用意する。


「パンに染みるのもいいけど、このライスを浸す感じがいいわぁ」

「おねえちゃん、生クリーム入れたらぼくも辛くないよ!」

「リリ、この肉余ってねぇか?」

『我は米と一緒に食べるのが気に入ったぞ!』


 スープカレー、大好評。


「今日はメインをお肉にしたけど、具材は色々変えられるの」


 リリが一言口にすると、三人と一体は食べる手を止めて驚愕に丸くなった目をリリに向けた。いや、そんなにびっくりすることかな?


「お野菜は素揚げじゃなくて焼いてもいいし、お肉じゃなくて海鮮も合うと思う」

「なんてこった……」

「組み合わせは……無限?」


 無限ではない。ミリーが少しおかしくなっている。


「リリ、これは絶対に売れるわ! 味のバリエーションも簡単に増やせるし。お客さんが行列を作るわよ!」


 「鷹の嘴亭」の新メニューに決定した。リリもそのつもりだったので否やはない。


 次の日の昼、ダルトン家にスープカレーを持って行くと大騒ぎになった。ガブリエルがスープカレーの専門店を出そうと言い出し、マリエルは原価を聞いて売値を算出し、プリミアは焼いた青ガリーダ(車海老)を入れたいと夢を膨らませる。控え目に言って大好評である。


 白湯スープとあっさりスープの使い分けは、今後「鷹の嘴亭」の料理人とミリーで研究を重ねるそうだ。今は休みで時間があるけれど、普段はスープから作るのは大変である。だから店でいつでも食べられるようになればリリも嬉しい。


 こうして、リリは休みを有意義に過ごしたのであった。





 冬期休暇が終わり学院の授業が再開して数日。マルベリーアンの邸宅で訓練を終えたリリが自宅に帰ると、マリエルが門の前で待ち構えていた。


「マリエル、何かあったの?」

「何かあったの、やあらへん。凄いことが起こってるで!」

「そ、そうなの? とりあえず家に入ろうか」


 アルゴ、マリエルを伴って二階の自室へ。マリエルは早く話したくてうずうずしている。


「何があった?」

「聞いて! 商会の方に、美容治癒の申し込みが四十六件も来たんや!」

「よんじゅう……」

「四十六や! 月三件こなしても一年と三か月かかる。それだけ先まで予約で埋まったんや!」


 年始を祝うパーティに集まった国中の貴族。伴侶や子息令嬢を伴って参加する貴族が多いその場で、メイルラード侯爵夫人たち三人は注目の的だったそうだ。それはそうだろう。まるで少女のようなきめ細かい肌は、見ればすぐに分かる。四十代の三人が二十代、いや十代後半のように若く美しい姿になっていれば、どうやったのか気にならない方がおかしい。そこで最先端の美容治癒を受けたこと、ダルトン商会のマリエル・ダルトンがそれを取り仕切っていることを貴族のご婦人たちは聞き付けた。それで申し込みの書状がダルトン商会に殺到したというわけだ。


「す、すごい……マリエル、そんなに予約が入って大丈夫?」

「これだけ予約が入れば、さらに価値が上がる。受けたいのに受けられへん、順番を待つしかない、この状況が噂になれば、もっと予約が入る……滾ってきたでー!」


 忙しくて大変ではないかと気遣ったが、マリエルはそんな状況の方が燃えるらしい。さすが生粋の商売人。


「リリの負担にならへんようちゃんと調整するからな!」

「うん、頼りにしてるよ!」

「任せときぃ!」


 申し込みした人全員が施術を受けるかは分からない。それでもこの先二年くらいで四十件は固いのではないだろうか。

 リリの取り分は一件二十万スニード。そこから二割を税金として国に納めるので、手取りは十六万スニードである。四十件だと六百四十万スニード――日本円にして約六億四千万円。

 二年で六億四千万……金額が大き過ぎて実感が湧かない。リリは倹約家ではないが浪費家でもない。あまり物欲がないから、自分のお小遣いは月百スニードと決めている。十三歳で月一万円なら結構多い方ではないだろうか。余ったら貯めて、足りない時の補填にしている。それくらいの金銭感覚だ。


 お金は無いよりはあった方が良いとは思う。だが身の丈を超えるお金は怖い気がするので、リリは冒険者ギルドと商業ギルドに作った口座にいくら入っているのかを把握していない。その気になれば残高はすぐに調べられるのだが、リリは現実から目を背けている。


 いつか大きなお金が必要になった時に知ればいい。などと考えているが、単なる現実逃避であった。自分がいくら持っているか知って気絶しそうになるのは、まだ先の話である。


 こうして、マリエルの手によって美容治癒のスケジュールが組まれ、リリはそれを淡々とこなしていった。学院に通い、マルベリーアンの所で訓練し、たまに瘴魔討伐の任務に赴き、その合間を縫って美容治癒の施術を行う。

 襲撃事件については進展が見られない。リリが知らない所で事態が動いているのかも知れないが、少なくとも講堂の襲撃以来、リリや周辺の人たちが襲われることはなかった。


 冬が過ぎ、季節は春に変わる。

 昼休み、学院のカフェテラスで食事を済ませたリリは、シャリー、アリシアーナの二人とお茶を飲みながら話していた。


「来週はもう演習かぁ。なんかあっという間だね」

「姉御と一緒の組になったらいいな!」

(わたくし)はリリと一緒にはなれないから寂しいですわ……」


 年に二回行われる瘴魔祓い士科の「演習」。二十人の学院生は、五人ずつ四組に分かれる。浄化魔法を使う者はリリを含めて四人しかいないため、この四人はバラバラに組分けされるそうだ。


 シャリーは炎魔法組のトップだから、私と同じ組にはならないだろうな……。たぶんアリシアとも別の組だろう。


 四つの組がなるべく同じくらいの実力になるように、魔法の習熟度に応じて組分けがなされる。この演習で瘴魔を倒すと、資格を得るのに必要な討伐数にカウントされるのだ。三体倒せば瘴魔祓い士になれる。祓い士の資格を得たら即卒業しても良いし、学院で学び続けても良い。ほとんどの人は即卒業を選ぶそうだ。つまり演習とは実戦形式の卒業試験である。


 実力のある者が一つの組に偏ると瘴魔の取り合いになったりするらしい。それで実力者をばらけさせると聞いた。


「私たち三人、バラバラの組になりそうだよね」

「そうですわね。仕方ないですわ」

「なぁ、祓い士になったら、一人でやらないとダメなのか?」


 そうだった! 瘴魔祓い士でパーティを組むって話をプレストン長官にしようと思ってたんだった。


「シャリー、それは私も疑問に思ってたの。瘴魔祓い士も、冒険者みたいにパーティ組んだ方がいいんじゃないかって思うんだ」

「まぁ。たしかに、リリが言う通りかもしれませんわね。何故瘴魔祓い士はパーティを組まないのかしら?」

「何人かで一緒にいた方が絶対楽しいんだぞ!」


 うん、一人だと寂しいよね。でもね、シャリー。遊びじゃなくてお仕事だからね?


「今度プレストン長官に相談してみるよ」

「何か分かったら教えてくださいまし」

「ダメって言われても勝手に組めばいいんだぞ!」


 シャリーの言う通りかも知れない。自分の生存確率を上げるためにパーティを組むんだから、それを拒否されるのはおかしな話だと思う。


「パーティを組むなら、私はシャリーとアリシアと組みたいな」

「いいですわね!」

「ものすごくいいぞ!」


 おおぅ。最強パーティ結成の予感。この二人と一緒にやれたら楽しいだろうな。


「とりあえずは演習だね!」

「そうですわね。がんばりましょう!」

「姉御はほどほどにな?」


 シャリーからまた釘を刺され、三人の笑い声がカフェテラスに響いたのだった。

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PVアクセスもそうですが、やはり読者様からの反応が一番の喜びです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] スープカレーは17話ですでに作ってるけど
2024/06/13 22:38 退会済み
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