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87 華麗に解決(とはいかない)

 リリのラバーブレット(ゴム弾)で不意打ちされた三人が数メートル後ろに吹き飛ぶ。


『アルゴ、このまま講堂の周りを走って!』

『承知!』


 アルゴは講堂を中心に時計回りに駆け抜ける。それは人間がギリギリ視認できるくらいの速さ。にも関わらず、リリの視界は時間が引き延ばされ、小走り程度の速さに見えていた。そして、動きながらでも自分のゴム弾がどんな軌道を描いて目標に到達するかがはっきりと分かった。


 騒ぎに気付いて学院に勤める人々が講堂の近くに集まり始めている。その人数は百人を下らない。それでも、リリは正確に襲撃犯だけを次々に仕留めていく。周囲の人々は、近くにいた人間が突然後ろに吹っ飛ぶのを見て思わずその場に蹲った。


 講堂の周りを一周するのに要した時間、四秒。その間に十二人が吹っ飛び、無力化された。


「倒れている人を拘束してください! その人達が犯人です!」


 誰も気付かないうちにその場に現れた巨大な狼、そしてその背に乗る少女が蹲る人々に向かって大きな声で指示を出した。人々は訳も分からず、だが有無を言わさぬ少女の口調に気圧されて、倒れている者を拘束し始めた。


 その様子を確認し、リリは講堂に向かう。伯爵令息が吹っ飛ばそうとしていた扉には八つの魔道具が仕掛けられ、近くには大きな樽が十個積み上げられていた。


『油の臭いだ』


 もし令息の放った獄炎(フォルテ)が扉を吹き飛ばしていたら、恐らく大爆発が起こっただろう。多くの人が犠牲になったかも知れない。


『アルゴ、他に安全な出口がないか探そう』

『うむ』


 リリはアルゴの背から降り、講堂の壁に沿って歩き出す。これだけ大きな建物なのだから、出入り口は一か所ではないはずだ。


 爆発物が仕掛けられていた一番大きな出入口から左の方に向かうと、すぐに小さな扉を見付けたが、そこにも魔道具と油の樽がある。そのまま一周したが、全ての出入口が同様だった。


「殺意高過ぎでしょ……」


 絶対に逃がさないという執念をひしひしと感じる。さてどうしよう? アルゴの魔法なら、講堂の壁に穴を開けるのは容易いが、向こう側に誰かがいたら無事では済まない。いっそ爆発させて即座に水魔法で包んでみる? いや、爆発の威力が分からないから水魔法で抑えられないかも知れない。


『俯瞰で見えるであろう?』

『え? あ、そっか』


 屋根がないから講堂の中まで見えるんだ。うっかり忘れてた。早速俯瞰視で講堂内を見てみるが、見事に人がばらけている上にほとんどが壁際にいるではないか。


『まいったね、こりゃ。魔法を撃って壁を壊そうかと思ったけど、ちょうどいい隙間がないや』

『そうか。では仕方あるまい。奴を呼ぶか』

『ヤツ?』

『呼んだー?』


 リリの右肩に、虹色に光る小さなトカゲが突如現れる。


『ラルカン!』

『リリー。あ、今日はいつもと違う服だね!』

『あ、うん。アルゴ、ラルカンを呼んだの?』

『うむ。そやつに魔道具と油を転移させればよい』

『あ……なるほど!』


 アルゴは最初からこの方法を思い付いていたが、出来るだけラルカンの力は借りたくなかった。それは神獣(フェンリル)のプライドによるものである。だが困った主を放っておけないのも神獣の性。これが一人ツンデレか。違うか。


 リリは正面出入口の魔道具と油の入った樽だけを転移出来るか尋ねる。


『出来るよー! どこに転移させる?』


 これらは犯罪の証拠品だ。人知れぬ荒野にポイっと捨てるという訳にもいかないだろう。リリはキョロキョロと辺りを見回し、だだっ広い運動場の真ん中なら大丈夫そうだと当たりを付けた。そもそも魔力が流れない限り魔道具は起動しないはずだし、火の気がなければ油にも引火しない。うん、変な所に転移させるのは止めよう。後で色々聞かれるに決まってる。すぐ近くでも大丈夫、なはず。


『ラルカン、その辺に転移してもらってもいい?』

『こんな近くでいいの? 分かった! じゃあやるよー』


 目の前で、出入口に仕掛けられた魔道具と油の樽が消える。しかし、いつまで経っても指定した場所にそれらが現れない。


『……どうしたの?』

『…………転移させた瞬間、爆発した』

「ええっ!?」

『残骸もないのか?』

『いや、まだ燃えてて危ないから。火が消えたらそこに出すね』


 どんな仕組みだったのか、とにかく扉から離れた瞬間に魔道具が小爆発を起こし、油に引火して大爆発が起こったらしい。ラルカンが気を遣って出現を止めてくれたようだ。


 こわっ。下手に触らなくて良かった。


 リリは慎重に出入口の周りを見直した。他にも仕掛けられているかも知れない。


『リリ、もうないぞ?』

『うん。ないよー』

『そ、そうなの? ほんとに?』


 腰が引けたリリだったが、神獣二体から大丈夫と言われたので恐る恐る扉を開けた。すると目の前に魔法陣が複数出現し、リリに向かって火矢(ファイアアロー)が放たれ――る寸前で魔法が消えた。


「姉御だったか! 大丈夫か!?」

「シャリー! 大丈夫だよ。扉を守ってくれてたんだね!」

「そうだぞ! アリシアが誰も出ちゃいけないって言うから、オレがここを見張ってたんだ!」


 扉が開いたから敵かと思ったのだろう。撃たれなくて良かった。


「他の出入口には、全部爆弾が仕掛けられています! ここは大丈夫なので、落ち着いて順番に外へ出てください!」


 リリは中の人達に大きな声で伝えた。一時はパニックになりかけていたが、既にみんな落ち着いたようだ。教員の指示に従って順番に外へ向かっている。

 教員も含めて全員が外へ脱出する頃には、大勢の衛兵が到着していた。野次馬で集まった人々から拘束された襲撃犯を示され、どう対応しようか思案しているようだ。衛兵に指示を出していた人物が野次馬と何か話しながらリリの方を見ている。そしてこちらに近付いて来た。


「第六衛兵小隊の小隊長、ザルケス・ブランだ。周りの人は君に指示されて彼らを拘束したと言っているが、話を聞かせてもらえるか?」


 シャリーとアリシアーナがリリを守るように左右に立ち、アルゴもすぐ傍に控えている。


「みんな、大丈夫だから。リリアージュ・オルデンと申します」


 リリはそう言って、上衣の内ポケットから二枚の紙を出した。三級瘴魔祓い士の資格証と瘴魔対策特別任務隊の隊員証である。自分の見た目はごく普通の少女だから、身分をしっかり明かした方がちゃんと話を聞いてくれると思ったのだ。二枚の身分証を渡されたザルケス小隊長はじっくりとそれを検分してからリリに両手で返し、姿勢を正した。


「オルデン殿、失礼しました! 状況の説明をお願いします!」


 おぉぅ……。まるで上官に対するような態度に変わってしまった。そういうのは求めていない。


「どうか普通にお話しください……一応ここの新入生でもあるので」

「そうで――そうか。ではそうさせてもらおう。一体何が起きたんだ?」


 良かった、これで普通に話せそう。……いや、普通には話せないな。アルゴのことや自分の能力のこと……ほとんど話せないじゃん!


「……見ての通り、入学式が行われていた講堂に複数の爆発物が仕掛けられていました。私には犯人が分かったので無力化し、周囲の人に拘束してもらいました」

「……いや、何で彼らが犯人って分かったんだ?」

「えーと、詳しいことを話していいか分からないので、特務隊の人――プレストン長官か、無理でしたら秘書官のラムリー・ファルナスさんを呼んでいただけませんか?」


 ザルケス小隊長が眉間に皺を寄せて渋い顔になる。そうだよね、面倒臭いよねぇ……。


「ザルケス小隊長殿、(わたくし)はメイルラード侯爵家が三女、アリシアーナと申しますわ」

「侯爵家のご令嬢でしたか」

「口出しするようで申し訳ないのですが、リリアージュさんは特級瘴魔祓い士のマルベリーアン・クリープス様のお弟子さんですの」

「お……すぐに特務隊に連絡を入れます!」


 ザルケス小隊長は慌てて走り、衛兵を一人捕まえて何やら指示を出した。その衛兵も慌てて走り去っていく。リリはその様子を見て目を丸くし、続いてアリシアーナを見た。


「フフフ! クリープス様のお名前は効果覿面ですわね!」


 あれか。アンさんの名前は印籠みたいなもんか。そんな風にマルベリーアンの名前を使うのは悪い気がして、リリは心の中で謝罪した。


『リリ、爆発したのどうする?』


 ラルカンから聞かれるまですっかり忘れていた。アリシアーナはリリの肩に乗っているラルカンに気付き、目が釘付けになって両手をワキワキしている。


『あー、まだしばらく出さないでおける?』

『いいよー。出したい時は言ってね』

『うん。ありがとうね、ラルカン』


 リリはそう言って人差し指の腹でラルカンの頭から尻尾の付け根を優しく撫でた。


『リリ。犯人のうち四人から精神操作系の魔法を受けている気配がする』

『そうなんだ……前と一緒かな?』

『おそらく同じだ』

『どの人か教えてくれる?』


 ちょうどそこへザルケス小隊長が戻って来たので、リリはアルゴが教えてくれた四人を示す。


「ザルケスさん、あの人達は特に注意してください。目が覚めたら自害する可能性があります」

「なんだって!?」


 最終試験の襲撃犯と同じであれば、目が覚めた途端に自害する恐れがある。小隊長は再び走って行って、別の衛兵に指示を出していた。


「ふぅ。取り敢えず、学院内の応接室を借りたからそちらに移動しよう」

「あの、友達と従魔も一緒にいいですか?」


 アリシアーナとシャリーが小隊長に満面の笑みを向けた。アルゴも出来るだけ体を小さくして可愛く見せようとしている。


「……分かった」


 リリ達は講堂の隣にある建物に向かった。





 応接室で待つこと十五分。待ち人ではなく、入学式で司会をしていた初老の男性と、ベレスティード・グラドリア・スナイデル学院長がやって来た。

 来るかもなとは思っていたが、来て欲しくなかった。面倒臭い予感しかしない。心中を顔に出さないように注意し、リリ達三人はソファから立ち上がる。


「あー、リリアージュ・オルデンは?」

「はい、私です」


 リリが小さく手を挙げて名乗り出ると、初老の男性が学院長に目配せした。年齢にそぐわない鋭い眼差しでリリを一瞥し、学院長はコホンと咳払いする。


「学院長のベレスティード・グラドリア・スナイデルだ。オルデン君、新入生や教員たちを窮地から救ってくれたこと、感謝する」


 感謝の言葉を述べた学院長だが表情はピクリとも動かない。リリをずっと見つめたままである。


「アルマー、この子達だけと話したい。少し外してくれるか」

「かしこまりました」


 学院長にアルマーと呼ばれた初老の男性が部屋から退出する。そこで初めて学院長がニッコリと微笑んだ。ついさっきまでの厳しそうな雰囲気が一気に和む。


「すまないな。どうか掛けてくれたまえ」


 学院長がソファを示したので、リリ達は再び腰掛けた。


「職員の前ではどうしても厳格な学院長でいなければならんのだよ。君達とは本音で話してみたかったから、彼には外してもらった」

「そうなんですね」

「厳しいフリをするのも疲れる」


 そう言って学院長はヘラっと笑った。こちらの方が素なのだろうか?


「リリアージュ・オルデン君、リリ君と呼んでも?」

「はい、構いません」

「改めてリリ君。今日は我々全員の命を救ってくれて本当にありがとう。誰のおかげで助かったのか、ほとんどの者が分かっていないと思うが、彼らに代わって感謝するよ」


 学院長が頭を下げるので、リリは慌てた。


「学院長、どうか頭をお上げください! 感謝のお気持ちは十分受け取りました」


 リリがそう言うと学院長はようやく頭を上げ、既に出されていたぬるい茶を一口啜った。


「お二人のお名前を聞いてもいいかな?」


 学院長の問いに、アリシアーナとシャリーが名を告げた。


「ふ~む……瘴魔祓い士科の新入生、トップスリーという訳だな。君たちは前から知り合いかね?」


 シャリーとはおよそ二か月前から、アリシアーナとは一次試験で知り合ったことを伝える。


「実はね、マルベリーアンから弟子が入学するからよろしくと言われていたんだよ。それがリリ君だね」

「ええ、そうです」

「君は既に三級の資格を持っているから、本来は学院に通う必要がない。瘴魔祓い士の資格を取るために学び、技術を磨くのだからね。それでも学院に通うのは、何か目的があるんだろう?」

「あ……それについては、私の口からは何とも」

「儂から話そう」


 応接室に入って来たのはプレストン・オーディ長官、そしてリリの担当秘書官、ラムリー・ファルナスの二人だった。ナイスタイミングです、長官。後はよろしくお願いします! 面倒な話になりそうだったのでホッとした。リリは学院長の対応を長官たちに丸投げした。


 プレストンと学院長は知己のようで、断りもせずに空いたソファにどっかりと腰を下ろす。ラムリーは学院長に目礼してから長官の隣に浅く腰掛けた。


「オルデン隊員が学院に通うのは、瘴魔祓い士としての戦い方を誰からも学んでいないからだ。学院で基礎から学ぶのが良いだろうと判断した」


 何か言いたそうな学院長に向かってプレストンが大きな掌を向け、その言葉を押し止める。


「次に聞きたいことは、どうやって襲撃を食い止めたかであろう。これは、特務隊が掴んでいた情報によってオルデン隊員が迅速に対応できた。ただ情報があやふやだったせいで講堂の爆破は阻止できなかった」


 リリは目が泳ぎそうになるのを必死に堪える。どれもこれも初めて聞く話だ。


「オルデン隊員の従魔であるアルゴはグランドシルバーウルフの特異体だ。かなり強力な魔法が使える。それによって屋根の崩落を止めた。全ての出入口に爆発物が仕掛けられている可能性にはオルデン隊員が気付いた。だから、安全が確保できるまで学院生や教員に外に出ないよう指示した」


 プレストンはふぅ、と一度息をついて続ける。


「襲撃犯は講堂から逃げ出す者を待ち構えていたはずだ。そのような人間は野次馬と容易に区別がつく。特務隊の隊員はそれくらい出来て当たり前だからな。それでオルデン隊員は襲撃犯の可能性が高い者を無力化した。これが今回の事件の顛末だ」


 一息で説明を終わらせ、ソファに背もたれに背中を預けるプレストン長官。ほとんど、と言うより全て作り話なのだが、一応、ギリギリ、なんとなく筋が通っているように聞こえる。当事者であるリリは誰か別の人が巻き込まれた事件のように聞いていた。


「…………プレストン、それが特務隊の公式見解ということか?」


 納得できず、不満を露わにした表情を隠すことなく、ベレスティード学院長が長官に確認する。プレストンはそれに対して鷹揚に頷いて見せた。


「これ以上聞いても無駄、ということだな」

「そうだ。まぁ機会があれば話してやることもやぶさかではない」


 長官がニヤリと笑う。ああ、これが大人ってやつか。よく分からないけれど。


「さあ、オルデン隊員。それにアリシアーナ嬢、シャリー君。ひとまず退散しようか」

「「「はい」」」


 リリ達三人は学院長に向かって深く頭を下げて応接室から退出した。廊下で待ってくれていたアルゴを伴い、プレストン長官とラムリーの後ろについて歩き出す。誰もいなくなったところで、長官が低い声で宣言した。


「リリ君、説明してもらうぞ?」


 リリは頭を抱えたくなった。

ブックマーク、評価して下さった読者様、本当にありがとうございます!

ポイントが増えると少し震えるくらい嬉しいです。

今後もよろしくお願いいたします!

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