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86 入学式

ご飯食べたので本日二話投稿の二話目です!

85話を先に投稿していますので、まだの方はそちらからお読みください。

 本格的な秋になり、首都ファンデルの早朝は吐く息が白くなるくらい冷え込む。今日は学院の入学式。リリはアルゴと共に徒歩で学院へ向かった。体型や体重が気になるお年頃なので、リリは出来る限り歩いて通うつもりだ。


 二週間前に作った学院の制服で颯爽と歩くリリ。この世界に来て初めて着る制服である。詰襟になった上衣は、前面三分の一が白、残りは紺色。ボタンは縦二列、八個で金色。スカートはひだ付きのロングスカートで同じ紺色だ。下はスカートだが軍服のようにも見える。


『背に乗れば良いのに』

「間に合わない時はお願いするね」

『うむ』


 相変わらずアルゴはリリを乗せたいようだ。だが、リリの歩調に合わせてゆっくり歩くのも嫌いではない。いや、むしろ好きだ。要するにリリが傍にいれば、アルゴ的にはいつも満足である。

 そのアルゴだが、学院には従魔として学院内で一緒に行動する許可を申請し、受理された。教室にも一緒に入れるそうだ。アルゴは神獣(フェンリル)だから、これ以上心強い護衛はいない。


 アルゴと雑談しながら歩くこと約一時間。学院の正門が見えてきた。同じ制服に身を包んだシャリーとアリシアーナが正門前で待ってくれていた。少し離れたリリに近い場所で侯爵家の馬車が停まり、セバスが心配そうな顔をして立っている。


「セバスさん、おはようございます」

「おはようございます、リリアージュ殿。アリシアーナお嬢様のこと、くれぐれもよろしくお願いいたします」

「えーと、任されました?」


 何故自分がお願いされるのかよく分からないが、友達として、ということだろう、恐らく。


「おはよー、姉御!」

「リリ、おはようございますわ!」

「シャリー、アリシア、おはよう!」


 二人はそれぞれアルゴにも挨拶し、三人と一体は並んで歩き出す。


「アリシア、セバスさんは付いて来ないの?」

「ええ。私も子供ではありませんから」


 貴族の子女は申請すれば侍女や侍従の同伴が認められているが、アリシアはセバスの同伴をきっぱり断ったらしい。


「それよりも、お母様の手が凄いことになっていますわよ?」

「凄いこと?」

「娘の私もびっくりしましたわ。私の手よりも綺麗なんですもの!」

「それは、よかった、のかな?」

「良かったなんてものではありませんの。お母様は全身をやるために、鬼気迫る勢いで仕事をこなしていますわ! そう遠くないうちに、マリエルに連絡が行くでしょう」


 スケジュールを空けるため、どうしても外せない仕事を前倒しで行っているらしい。女性の美への執着は凄い。マリエルの商売の才覚も。


「手がどうしたって?」

「フフフ。私達にはまだ必要ない話ですわ」

「そうなのか?」


 シャリーが真っ赤な髪を揺らして振り返り、アリシアーナが明るい金髪を靡かせながら答えている。系統は違うが二人とも文句なく美少女だ。女の自分でも見惚れてしまう。

 リリはこんな風に思っているが、外から見ると美少女三人組として認識されていた。一番小柄で華奢なリリは二人のように目立つわけではないが、よく見れば小動物のような可愛らしさに溢れている。


 こんな美少女たちがいるのに、誰も声を掛けてこない――どころか遠巻きにしているのは、偏にアルゴのせいだ。いや、三人とも声を掛けられたい訳ではないので、アルゴのおかげと言うべきかも知れない。馬ほどもある巨大な狼を見て怖がらない方がおかしい。リリ達は慣れてしまって何とも思わないが、普通は怖い。


 だが、周りが怖れをなしているからこそ声を掛けるべきだと考える強者(バカ)が稀にいる。


「メイルラード侯爵令嬢。そのような平民やケダモノと一緒にいたら、貴女の品位が疑われますよ?」


 サラサラのプラチナブロンド、明るい青の瞳をしたその青年は、左右に学院の制服を着た男子を侍らせているが、声を掛けてきた青年自身も制服姿。つまり学院生だ。

 瞬間湯沸かし器の如く頭に血を上らせたシャリーを、リリが後ろから必死になって止める。


「あら、バスミエラ伯爵令息。彼女たちは瘴魔祓い士科の試験を一位と二位で通過した、大変優秀なお友達ですの。それと、この従魔はどこかの誰かさんよりよっぽど賢い子ですわ。とても良い匂いがしますし」


 アリシアーナが汚いものを見る目を向けているので、つまりはそういうことだろう。アルゴも伯爵令息とやらをアリシアーナと同じ目で見ている。


「フン。瘴魔祓い士科だからと言って優秀と思われるのは去年限り。この私が魔術師科に入学したからには魔術師科こそ至高と言わせてみせましょう」

「それはそれは。ご活躍をお祈りしておりますわ」


 ではごきげんよう、とアリシアーナがプイっと背を向けた。リリは羽交い絞めにしていたシャリーを離し、その腕をとってアリシアーナの後に続く。アルゴよりシャリーの方がケダモノっぽい。


「なんなんだ、あのいけ好かねぇ奴は!?」


 シャリーは聞こえるのも構わず大声を出す。


「あら、名前を覚える価値もありませんわよ?」

「ガッハッハ! そうか、そうだな!」


 アリシアーナがさらりと毒を吐き、シャリーの機嫌がコロッと良くなった。シャリーは恐らく、アルゴをケダモノ呼ばわりされたことが許せなかったに違いない。

 リリは靄を可視化していて、なんちゃら伯爵令息の悪意がほんの僅かだったので気にしなかった。それよりも彼はアリシアーナに懸想しているようで、ピンクの靄がたくさん出ていたのに辟易した。彼女が全く相手にしなかったのが爽快である。


『アルゴ、怒らなかったね?』

『リリは蟻が喚いたら怒りを感じるか?』

『ぷっ! な、なるほど』


 リリは笑いを堪えて肩を震わせる。生物としての格が違う神獣にとって、先程の一幕は蟻が喚いているのと等しいらしい。アルゴの場合は毒を吐いている訳ではなく本音であろう。


 そうしているうちに入学式が行われる講堂に着いた。かなり後ろから伯爵令息一行も付いて来る。三人とも新入生らしい。同じ科じゃなくて良かった、などと思っていると、アルゴがピタッと止まって何やら空気の匂いを嗅いでいる。リリは慌てて周囲を見回すが、見える範囲に強い悪意を持つ者はいない。


『どうかした?』

『うむ……気のせいであろう』


 最終試験で襲われてから、リリとアルゴは少し神経質になっているかも知れない。人から殺意を向けられたのが初めてだったので仕方のないことであろう。気を取り直して講堂に入る。


 前世の体育館のような広さの講堂は、内側を見る限り木造のようだ。アーチ状の梁が何本も渡されて巨大な屋根を支えている。これだけ広い空間で柱を使わずに屋根を支えるというのは、建築技術が発達しているのではないか。

 初めて見る木造の大きな構造物なので、リリはキョロキョロしながら一番右端の席に向かう。


 正面に向かって右側が瘴魔祓い士科、二十人。真ん中が魔術師科、八十人。左が騎士科、百六十人。総勢二百六十人が新入生である。壁沿いには教員と思しき人達がずらりと並んでいた。


 人数が少ないため、瘴魔祓い士科は縦に二十席の椅子が並べられている。十人ほどが既に座っているが、ほとんど後頭部しか見えないので最終試験で見た顔か分からない。リリは一番後ろの席、その前二つにアリシアーナとシャリーが座る。アルゴはリリの右隣の空いているスペースに陣取った。直ぐ近くにいる教員っぽい人がギョッとした顔になる。リリは軽く目礼しておいた。


「アリシア、最終試験で見た人いる?」

「たぶん、一番前とその後ろの方は一緒に試験を受けた方だと思いますわ」


 さすがのアリシアも後頭部だけでは断言できないようだ。


 最も人数の多い騎士科は早々に席が全て埋まった。さすが騎士の卵、時間にきっちりしている。瘴魔祓い士科の席も埋まり、最後に魔術師科が埋まる。しばらくすると初老の男性が壇上に上がり、騒めきが静まった。


「これよりデンズリード魔法学院の第二百八十五回入学式を始める」


 二百八十五回! 建国して間もなく設立されたということか。


「学院長から祝辞を賜る。学院長、お願いいたします」


 プレストン長官よりずっと高齢に見える男性が壇上に上がった。高齢だが矍鑠としていて眼光も鋭い。


「学院長のベレスティード・グラドリア・スナイデルである。今年もこの学び舎に前途ある者達を迎えることが出来て嬉しく思う」


 学院長については事前にアリシアーナが教えてくれていた。名前に「スナイデル」が入るのは公爵家の者のみ。公爵家は全てスナイデルが入るので、区別する為に一つ前の家名で呼ばれる。学院長はグラドリア公爵家ということだ。二期前の大公を輩出した家らしい。


「この学院は、将来我が国にとって有益となる者を育成するために存在する……」


 年齢に見合わない良く通る声で話し続ける学院長。このような学校自体が初めてだが、どの世界でも校長先生の話は長いと相場が決まっている。言いたいことが沢山あるのだろうが、長い話はなかなか記憶に残らない。聞く気がないとも言う。

 既にリリも学院長の声が左から右に素通り状態だ。シャリーが船を漕ぎださないか心配である。


「……国民の模範となるよう努めなければならない。常に何を求められているか……」


 今日は早起きして一時間かけて歩いてきた。学院長の低い声は心地が良く、疲れとその声によってリリもボーっとし始める。


『リリ、屋根が崩れるぞ!』

「ふぇ?」


 うつらうつらしていたリリの頭に、突然アルゴの声が響く。思わず間抜けな声を出してしまい、慌てて口を塞ぐ。アリシアーナがチラッとリリの方を振り返った。


『アルゴ、なんて?』

『梁にいくつか魔道具が仕掛けられているようだ。先程魔力が流れるのを感じた。あれは爆発の魔道具――』


 アルゴの言葉を遮り、上の方で小さな爆発が立て続けに起こる。巨大な屋根を支える梁、その両端全てから灰色の煙が上がっていた。小さな悲鳴と騒めきが講堂に広がる。


――ミシリ


 上から嫌な音が届いた。ビシッ、バキッと大きな音が鳴り、梁が折れて落下しようとしている。


『アルゴ!』

『任せておけ。支えておくから、その間に逃げよ』

『アルゴは!?』

『この程度では傷一つ付かん。心配は要らぬ』


 アルゴは講堂の巨大な屋根、そして今にも落ちそうな全ての梁を風魔法で下から支えた。何が起こったか気が付いた者達は、我先に講堂の出口へ向かう。教員も新入生を避難させるために出口へ向かったが、何かがおかしい。


 開け放たれていたはずの出口の扉が閉まっている。そして、何人かがそれを力任せに押し開けようとするがビクともしない。つまり、梁に魔道具を仕掛けた何者かは、全員ここに閉じ込めて屋根で圧し潰すつもりなのだろう。


 だが、ここには強力な魔法を使える者がたくさんいる。単に出口を塞いでも――。


「そこをどけ! 私が扉を吹き飛ばす!」


 なんちゃら伯爵令息が怒鳴っている。そして、まだ扉の近くに人が残っているのに、炎魔法を発動しようとした。


『リリ、扉周辺にも魔道具が仕掛けられ――』


 伯爵令息の手から上位炎魔法、獄炎(フォルテ)が放たれ、その直後に巨大な水球に包まれた。アルゴが最後まで言う前に、リリが水魔法を発動したのだ。


「なっ!? 誰だ、邪魔するのは!」


 水球が獄炎を相殺し、前も見えないほどの水蒸気が発生する。リリは令息の言葉を無視し、アルゴに念話を飛ばす。


『アルゴ、屋根を安全に吹き飛ばせる?』

『こちらに落ちないようにすれば良いのだな?』

『うん。屋根がなくなったら、私を乗せて外に飛び出して』

『うむ、よかろう』


 リリの俯瞰視は建物の外まで見ることが出来ない。今回の襲撃犯はかなり用意周到だ。二重三重に罠を仕掛けてるかも知れないし、逃げ出す者を外で待ち構えている可能性だってある。一度外に出て、俯瞰視と靄の可視化を使えば周囲の敵意ある者を見付けることが出来る。

 屋根が落ちる心配さえなくなれば、しばらくの間は安全なはず。その間に、リリとアルゴで襲撃犯を見付けて排除すればいい。


 講堂内に満ちた水蒸気の真っ白な靄が、アルゴに乗って外に飛び出すリリの姿を隠してくれるだろう。


「アリシア、みんなが勝手に出ないようにして」

「どうしてですの?」

「出口に爆弾が仕掛けられてるみたい」

「っ!? 分かりましたわ。リリはどうするのです?」

「外から危険を取り除いてみる」


 アリシアーナなら、この場を任せても冷静でいられるだろう。リリはシャリーにアリシアーナの傍を離れないように告げた。


『アルゴ、お願い!』


 リリが自分の背によじ登ったのを確認し、アルゴは上に向けて数万の風刃(ウインドエッジ)を放った。屋根と梁は爪の先の小ささにまで細粒化され、すぐさま放たれた風爆(ウインドバースト)により講堂の周囲に飛ばされた。その風を追うようにアルゴは講堂の壁を駆け上がり外に飛び出す。


 一瞬の浮遊感。わずか二、三秒の間に、リリは俯瞰視で周囲に敵意を示す靄を探す。世界がスローモーションになり、アルゴが細粒化した破片が太陽の光を反射してキラキラと舞うのが見えた。


 リリの俯瞰視が捉えられる範囲で黒に近い靄を纏う者は……十二人。講堂を取り囲むように、距離にして講堂から五十メートル以内にいる。


 リリはまず、自分の左手にいる三人に向けてゴム弾(ラバーブレット)を放った。

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