85 リリの誕生日、マリエルの天恵
昨日はメンテナンスで投稿できなかったので、本日二話投稿します。
こちら(85話)は一話目です。
もう一話はご飯食べてから投稿します(笑)
リリは十三歳の誕生日を迎えた。
先週一週間で、美容治癒のデモンストレーションを終えた。メイルラード侯爵家以降のカンライド伯爵家、ジークハルト子爵家の二家は面識がないので、無理に低い声を出す必要もなくリリの喉は平和だった。
そろそろ最初に施術したキャスリー・メイルラード侯爵夫人の右手がツルツルすべすべになる頃だ。貴族のご婦人方は社交や仕事で人と会う機会が多く、肌が生まれ変わる一週間という期間を設けるのが中々大変らしい。手だけなら誤魔化せるが、さすがに顔を隠して人と会うことは難しい。そのため、全身の施術を望んだとしてもスケジュールを調整する必要がある。これはマリエルの弁だ。
ということでしばらく美容治癒の予定もない。今日は訓練もせず、家でのんびりする――つもりだった。
元いたアルストン王国、そしてここスナイデル公国も、平民は毎年の誕生日を祝う風習がない。祝うのは成人となる十五歳だけ、というのが普通だ。普通のはずである。
だが、オルデン家は昼の少し前くらいから騒然となった。ミリーとミルケ、ジェイクの三人は元々一緒に住んでいるのでそこにいるのは全く不思議ではない。しかし、アルガン、ラーラ、アネッサ、クライブの四人、マリエルとプリミアの母娘、それにシャリー。ここまではまだ許容できた。
アリシアーナと侍従のセバス。何故セバスさんまで? いや、アリシアがいるからっていうのは分かるけど、そんな浜辺に打ち上げられた魚のような目でいられても……私のせいじゃないよね? そもそも侯爵令嬢って平民の家に来たりするもの?
『人が多いな』
『たっくさんいるね!』
階段の上からアルゴが、そしていつの間にかやって来てリリの右肩に乗っているラルカンが、階下の様子を見て念話を飛ばしてくる。
「なんだこれ」
いや、誕生日で集まってくれたのは分かる。分かるが、主役であろう自分を差し置いて既に宴会が始まっているのはどういうことだろう。
大人達はセバスを除いて全員が酒の入ったグラスを持ち、顔が薄っすらと赤くなっている。シャリーはミルケを膝に乗せながら、マリエルやアリシアーナとピザを片手に談笑していた。
何コレ。みんな楽しそう。
前の家に比べたら数倍広いはずのリビングが非常に狭く感じる。セバスが壁際に虚ろな目で立っているのも頷けるというものだ。階段を下りるのがちょっと怖い。
「お、リリ! 誕生日おめでとうな!」
ジェイクが目敏くリリに気付いた。それをきっかけにそこにいる全員が口々に「誕生日おめでとー」と言ってくれる。
なるほど。これは私の誕生日を口実に集まった宴会だな。そう考えれば恐縮しなくて済む。うんうんと一人頷きながらリリは階段を下り、宴会の輪に加わった。アルゴが人の多さに困り顔で、どこに身を置こうかと悩んでいる姿にほっこりする。リリは床に座っているシャリー達に少し詰めてもらい、アルゴを呼ぶと彼はほっとした顔で移動した。
もうそこからは何がどうなっているのか良く分からなかった。大人達は昼間から酒が飲めるのが嬉しいのか、次々とワインのボトルが空になっていく。リリ達は思い思いに食べたい料理をつまみ、果実水を飲んで盛り上がる。ガールズトークの真ん中でミルケが時折困った顔になるのが可笑しくて、みんなで笑って盛り上がった。
夕方近くになると、まずプリミアが夕飯を作るために帰った。間を置かずにアリシアーナがリリとミリーに招待の礼を述べて帰る。ちなみに招待した覚えはない。セバスが心からほっとした顔になっていた。次にシャリーが遅くなると家の人が心配すると言って帰る。両手に山盛りの料理を抱えていた。そしてマリエルも二軒隣の自宅に戻った。
残ったのは「金色の鷹」のメンバー。もう、これが何の集まりだったか覚えている者はいなさそうだ。ミリーも珍しく酔っ払っている。リリは空いたお皿を片付け、新たにおつまみを作り、甲斐甲斐しく大人達の面倒を見る。
「誕生日ってこんなんだっけ?」
宴会はその後も続き、なんやかんやで気疲れしたリリはさっさと風呂に入り、自室で先に休むのだった。来年の十四歳の誕生日が少し不安である。
学院の入学式を五日後に控えた日。今日はマリエルが祝福の儀を受ける日だ。
リリやマリエルが住むファンデルの東区には神殿が二か所ある。そのうちの一つ、中央区寄りの神殿でマリエルの祝福の儀が執り行われる。ダルトン家はもちろん、オルデン家も一緒に参加することにした。オルデン家と言うがジェイクもちゃっかり付いて来ている。
神殿は歩いて行ける距離なので全員徒歩で向かった。今日のマリエルは薄い黄色のワンピースで、袖や裾に純白のフリルが付いている。快活なマリエルにとても似合っていた。リリも紺色のワンピース姿で、いつもより少し大人びた格好である。アルゴが先頭を歩き、その後ろをリリとマリエルがお喋りしながら付いて行く。
「私、祝福の儀を見るの初めて」
「そうなんや。ウチは兄姉がおるから何度も見てんで」
マリエルには兄が二人、姉が一人いる。ダルトン家で祝福の儀を受けるのはマリエルで最後だ。今のところは。
「ウチもアルストン王国のは見たことない。たぶんやけど、国によってやり方が違うと思う」
「そうなんだね」
前を行くアルゴのゆらゆら揺れる尻尾を見ながら、リリは以前聞いた話を思い出す。マルデラでは神官詰所で祝福の儀が行われる。年に一回、その年に十四歳を迎える子供とその家族が集められ、神官がそれぞれが授かった天恵を告げ、その後に魔法適性を測る。いずれも専用の魔道具を使うらしい。
「だいたいの国では、天恵と魔法適性は集まってるみんなの前で告げられるみたいやねん。でも公国では個室で本人にしか告げへんねん」
「ほほう?」
「つまり、言いたくない人は秘密に出来るってことや」
「あーなるほど。個人情報保護だね」
「コジンジョウホウ……なんやそれ?」
「ごめん、忘れて」
思わず頭に浮かんだ言葉を口にしてしまった。
「ただ、稀少な天恵は神官が国に報告するんやって。滅多におらんけど、勇者とか賢者とか」
強大な力を持つ者を国が把握しておきたいと考えるのは理解できる。
「それって、国の管理下に置かれたりするの?」
「ほかの国は知らんけど、公国ではそれはない。あくまで個人の意思を尊重するって聞いたで?」
その話が本当なら安心だが……リリは最近色々と疑い深くなっている。物事の一面だけを見るのを止めたと言うべきか。稀少な天恵を持つ者を国は野放しにしない気がする。他国に渡られて利用されたりすれば大きな損失だ。何かしら国からアプローチがあるだろう。
「まぁそういうのは百年に一人いるかいないかっちゅうレベルや。心配しても疲れるだけや」
「フフフ! そうだね」
やがて目的地の神殿に到着した。神殿、と聞いてリリが想像していたパルテノン神殿のような建物とは違い、どちらかと言うと教会のような雰囲気である。尖った屋根、白い外壁、窓にはステンドグラス。ただし大きく張り出した入口上の屋根を支える太い円柱もあって、リリの目にはどこかちぐはぐに見えた。
「はよ入らなもう時間やで」
「「はーい」」
後ろから聞こえたガブリエルの声に押され、リリはマリエルの背に手を添えながら中に入る。大きな建物の中にはたくさんの人がいて狭く感じる。これを見ると、やっぱりファンデルは都会なのだなぁと思う。
神殿内に椅子はなく、みんな立ったまま。正面に子供サイズの女神像が置かれ、その前の祭壇にはたくさんの花や果物が捧げられている。女神はこの世界で広く信仰されているミュール神だ。
リリが転生する前に見た金色の球体、そしてそこから聞こえた声は確かに女性の声だったような気がする。あの声はミュール様だったのだろうか、とリリはぼんやりと考えた。
「マリエル・ダルトンさん」
「はい! 呼ばれたから行ってくる」
白い詰襟の上衣を着た男性が名前を呼んでいる。マリエルは両親と軽くハグしてから、右手奥の扉へ向かった。チラッと見えた印象では扉の向こうは廊下になっていて、個室へと繋がる扉がいくつか並んでいるようだった。恐らく複数の神官がいて、同時進行で何人もの祝福の儀が行われているのだろう。
こうなると「儀式」というよりも役所の手続きのようだ。個人情報保護よりも効率を求めた結果このような形式になったのかも知れない。人口の多い都市ならではという気がした。
僅か三分ほどでマリエルが戻って来る。頬が少し上気して、心なしか目がキラキラして見える。どうやらマリエルにとっては良い結果だったようだ。
「おかえり、マリエル!」
「うん! 後で話そうな!」
子供の名を呼んでいる神官の前に、賽銭箱のような大きな木箱が置いてあり、ガブリエルがそこに幾ばくかのお金を入れていた。祝福の儀は基本的に無料なのだが、感謝の気持ちで寄付を行うものらしい。
何と言うか、もっと厳かなものを期待していたリリは拍子抜けした気分だ。神官と神殿にとっては慣れたものでも、本人にとっては一生に一度の儀式。もう少し神秘的な演出があっても良さそうなのに。だがマリエルは疑問を感じていないようなので、兄や姉も同じだったのだろう。
未だ多くの家族が入ってくる神殿から、リリ達は一列になって退出した。外で隠密を使って待っていたアルゴが合流し、全員で帰路に就いた。
ミリー、ミルケ、ジェイクの三人はそのまま自宅へ戻り、リリとアルゴだけがダルトン家に招待された。マリエルから昼食を一緒にと誘われたのだ。
「リリちゃんを誘ったっちゅうことは、天恵を教えたいんやな?」
「そうそう! リリには知って欲しいねん!」
「僕らにも教えてくれるんか?」
「当たり前やん」
ガブリエルとマリエルの会話に、リリは瞬きを繰り返す。
「もしかして、自分の親にも秘密にする人がいるんです?」
「そうやなぁ。一生秘密にする人もいてるみたいやで?」
「そうなんだ……」
これまで天恵を秘密にするものという概念がなかったので、リリは驚いた。
「まぁでも、普通は聞かれたら答えるかな。特技は何ですって聞かれるのとあんま変わらんから」
そんな話をしていると、プリミアがテーブルに料理を並べ始めた。
「あ、手伝います」
「ウチも」
リリとマリエルも料理を運び、あっという間にテーブルがご馳走で埋まる。
「これでようやくマリエルも一人前やな!」
「「「おめでとう!」」」
祝福の儀は前世の成人式のようなもの。十四歳の誕生日とは別に、簡単なお祝いをする家庭もある。ダルトン家はお祝いする派のようだ。
「じゃあ発表するで! ウチの天恵は『直観』や!」
「おお! そりゃええ天恵やな!」
「良かったわねぇ、マリエル!」
三人がとても嬉しそうな顔をする一方で、「直観」がどんな天恵なのか分からないリリがポカンとした。
「『直観』はな、物事の本質を瞬間的に捉える力やねん。商売やと、この商売は上手く行きそうとかダメそうとか感覚的に分かんねん」
「へぇ、それは凄い! マリエルにぴったりじゃん!」
「ファーハッハー! 大商人マリエル様、爆誕やで!」
椅子から立ち上がり、腰に手を当てて魔王のように高笑いをするマリエル。リリはそんなマリエルに惜しみない拍手を送る。アルゴも伏せの姿勢でブンブンと尻尾を振った。
長らくガブリエルと行動を共にしていたマリエルは、商売人としての知識や考え方を叩き込まれてきた。自らも商売人になりたかったマリエルは父の教えを懸命に吸収した。新しい「鷹の嘴亭」も順調だし、美容治癒の商売も滑り出しは上々。それは決して天恵の力ではなく、マリエルがこれまで努力してきたからこその結果だろう。
女神ミュール様は、ちゃんと努力してる人を見てくれてるんだなぁ。ちゃんとその人に相応しい天恵を授けてくれるんだ。
リリは、マリエルの努力が神様に認められたようで胸の奥が熱くなった。親友として誇らしい気持ちになる。
高笑いし過ぎて咳き込むマリエル。それでも、リリは目の端に涙を浮かべながらずっと拍手を送り続けるのだった。
そして五日後。デンズリード魔法学院瘴魔祓い士科の入学式で事件が起こった。




