78 二次試験は楽しめる?
アリシアーナ・メイルラードは侯爵家の紋章が入った馬車に乗って帰って行った。友達になる件は保留である。リリ的には断られていないので、あくまで保留だ。
リリとシャリーは東区行きの乗り合い馬車に乗った。そこで五日後の二次試験について話す。
「二次試験は、より実戦に近い形式……ってどんな試験なんだろう」
「毎年変わるって聞いたぞ?」
「へぇ~。魔法を使うから模擬戦じゃないよねぇ」
浄化魔法では勝敗を決められないし、炎魔法は命懸けである。対人の模擬戦はないだろう。最終試験では以前プレストン元会長と行った演習場で、実際に瘴魔と戦うことになる。
「まぁオレと姉御ならどんな試験でも問題ないぞ!」
「フフフ。そうだね」
今更ジタバタしても仕方ない。シャリーのように大らかに構えていた方が良さそうだ。
「ね、シャリー。一次試験に二人とも合格したから、ちょっとお祝いしない?」
「お祝い?」
「どこかでご飯でも食べて行こうよ」
「それいいな!」
リリとシャリーくらいの年頃の女の子なら、友達同士で食事くらい行く筈。最近女子力不足について少し危機感を持っているリリは、この機会に女の子らしいことをしようと画策した。
時刻は少しお昼を回ったくらい。受験者は多かったが、試験の内容が内容だっただけに思ったよりも早く終わった。東区中央部付近の停車場で馬車を降りた二人は、シャリーが最近知ったというカフェに行くことにした。
カフェ! まさに女子! カフェと聞いただけで女子力が上がった気がするリリである。
停車場からシャリーがお世話になっている家の方向へ少し歩くと、左手にお洒落な外観の店があった。外壁は下半分が赤茶色のレンガ、上はクリーム色に塗り分けられている。窓の下には外側に張り出した部分があり、そこに置かれたプランターに色とりどりの小さな花が咲いていた。全体的に古びた感じが良い味を出している。
店内は床から天井まで全て木で作られ、経年劣化なのか飴色に変色している。所々に観葉植物が置かれ、席はゆったりと配置されていた。あちこちに飾られた小物は品がある。前世のアンティークっぽい感じ。一言でいうと、とても雰囲気がいい。
一人称「オレ」のシャリーがこんな可愛くてお洒落な店を見付けていたと思うと、リリは激しく負けたような気になった。
テーブルにつき、シャリーに尋ねる。
「シャリーはどうやってこのお店を見付けたの?」
「伯母さんが連れて来てくれたんだぞ!」
ふぅ。女子力が高いのはシャリーじゃなくて伯母さんだった。リリの心に平穏が訪れる。
「メニューも多いねぇ」
「この前食べた、このミートパイが美味かったんだぞ」
「せっかくだから、別のメニューも頼んでシェアする?」
「しぇあ?」
「分けっこして一緒に食べるの」
「いいな、それ!」
ミートパイとベーコンとほうれん草のクリームパスタ、季節野菜のサラダを注文。取り皿をもらい、二人でお喋りしながらシェアして食べる。ミートパイはゴロゴロしたお肉がたっぷり入っていて食べ応えもあり美味しい。パスタは割とあっさりした味付けで丁度良い感じ。食後にメロナートのシャーベットと紅茶も追加で頼んだ。メロナートはメロンに似た果物だ。
「ふわぁ、美味しかった!」
「美味かったな! また来ようぜ!」
「うん!」
今度はマリエルも連れてきたい。それに学院で友達が出来たらその友達も。店の前でシャリーと別れ、リリはそんなことを考えながら家に向かって歩いて行く。この辺りにはあまり来たことがないが、道の左右を眺めると色んなお店があることに気付く。カフェ、料理店、洋服屋、アクセサリーショップ、雑貨屋。外から眺める限り、可愛いお店が多い気がする。
はわわ、もしかして、この辺って女子力が上がるゾーンなのでは!?
そんなゾーンはないのだが、何となくお洒落なお店が集まっている場所というのはあるものだ。リリには是非ともそういう場所を頻繁に訪れて女子力を高めていってもらいたい。
家に帰ると、ミリー、ミルケ、ジェイク、そしてアルゴが待っていた。
「あれ? みんな勢揃い?」
「リリ、おかえり」
「お母さん、ただいま」
「それで、試験はどうだったの?」
「え? 合格したよ?」
「「「……おめでとう!!」」」
「わふぅ!」
考えてみれば、この世界で「試験」というものを受けるのは初めてだった。学院の試験に落ちたとしても、既に瘴魔祓い士の資格を与えられたので痛手はない。だから試験をあまり重要と考えていなかったのだ。
だが家族は違った。リリ以上に試験の結果を心配していたのだ。そして、リリ以上に合格を喜んでくれた。
……こんなことなら真っ直ぐ帰ってくるんだった。みんな、なんかごめん。
シャリーと一緒に女子力の底上げに勤しんでいたことに胸がチクリと痛む。
「まぁ、リリだからな! 合格するのは分かってたけどな!」
ジェイクが嬉しそうに顔を綻ばせながらリリの背中をバシバシ叩く。
「お姉ちゃんすごいね!」
ミルケはそう言ってリリの腰に抱き着いてくる。くっ、なんて可愛い弟なんだ。
『我は見ていたぞ! 大した者はいなかったな!』
リリの予想通り、アルゴは隠密を駆使してこっそり試験の様子を見ていたようだ。尻尾をブンブン振りながら体を擦り付けてくる。
「頑張ったわね、リリ。今夜はご馳走よ!」
ミリーはそう言ってリリをぎゅっと抱きしめてくれた。
「みんな……ありが、と」
「おいおい、何で泣いてんだ!?」
「だ、だってみんな、優しいんだもん……」
ぐすっと鼻を啜り上げると、ジェイクが頭をくしゃっと撫でた。リリは手の甲で涙を拭う。
「どんな試験でも初めて受ける時は緊張するだろ? そのせいで実力を発揮できねぇ奴もいる。リリは大丈夫だと思ったが、万が一ってこともあるじゃねぇか。だから合格したって聞いてみんな安心したんだ」
すみません。これっぽっちも緊張してませんでした。何なら特務隊の業務だと思ってました。
今日試験を受けた者達の家では、同じような光景が繰り広げられているのかも知れない。不合格になった者は慰め励まされ、合格した者は褒められて家族と一緒に喜ぶ。そう考えると、リリの胸にも少しずつ喜びが込み上げてきた。
「私……合格したんだ」
「さっき聞いたわよ?」
「違うの。一次試験だし、他の人たちは何と言うか……なんかぬるい感じだったし、合格するのが当たり前かなーって思っちゃって。私、いまさら嬉しくなってきた」
合格したから嬉しいんじゃない。家族がこんなに喜んでくれてるから嬉しいんだ。
「フフフ。おかしな子ね。夕食までゆっくりしなさい?」
「はーい!」
その夜は、ラーラ、アルガン、クライブ、アネッサ、さらにマリエル、ガブリエル、プリミアまで家に来てお祝いしてくれた。皆が口々にお祝いを言ってくれるものだから、またリリは少し泣いてしまった。皆の優しさが沁みる。
次の日、マルベリーアンとコンラッドに合格を報告しに行った。二人とも家族と同じくらい喜んでくれて、リリは嬉しいやら気恥ずかしいやらでテンションがおかしくなった。その後軽く訓練をしてから自宅に戻った。
一次試験の五日後。今日は二次試験の日である。一昨日、学院から正式に一次試験の合格通知と二次試験の案内が届いた。二次試験は一日で終わるようで、今日もシャリーと一緒に乗合馬車で学院に向かった。
「伯母さん達がすごく喜んでくれたぞ!」
「うちも。いっぱいお祝いされちゃった」
乗合馬車には、同じ試験を受ける受験者も何人か乗っている。彼らは一様に緊張し、床の一点を見つめたり、目を閉じて腕組みしたりしている。一方リリとシャリーはいつもの調子でお喋りに興じていた。時折鋭い視線が飛んできているように思えたが気にしない。
学院の前で馬車を降りると、つい先日も見た馬車が停まっていた。そこから凛とした美しい少女が降りてくる。
「アリシアーナさん、おはようございます!」
「おはようございます、リリアージュさん。今日の試験ではごまかしは効きませんわよ?」
「はい、頑張ります!」
「? そうね、全力をお出しになって」
歩き姿も美しいアリシアーナは、例の執事っぽい男性を伴って学院の門を通って行く。
「生意気な女だな。姉御、ギャフンと言わせてやれ!」
シャリーの言い方が面白いのと、実際にアリシアーナが「ギャフン!」と言っている所を想像してしまい、リリは大声で笑うのを必死に堪える。門の石柱に寄り掛かり、腹筋が勝手に運動するのに耐えた。その間、何人もの受験者が通り過ぎて行く。リリの姿を見たら、試験のプレッシャーで具合が悪くなったと思ったかも知れない。
「はー、はー……やっと落ち着いた。ごめん、待たせちゃって」
「問題ないぞ! 姉御、行こうぜ!」
「うん!」
リリとシャリーは意気揚々と試験会場に向かった。
一次試験の合格者は約二百名。浄化魔法組は二十四名、残りは炎魔法組である。試験会場は炎魔法の一次試験が行われた場所。大きくて分厚い壁に囲まれている。その壁の外に受験者達が集まっていた。
壁の内側は更に縦長の壁で仕切られて、縦百メートル、横二十メートルのレーンが五つ作られている。こちら側の壁に入口も五つ設けられていた。
「先に浄化魔法組から始める。こちらから入った受験者は向こう側の出口から出るように。その後は係員の案内に従いなさい」
壁の向こうで試験を受けるのだが、その内容については一切説明がない。対応力を見るのだろうか。最初の五人が呼ばれ、壁の内側に入っていった。
「ぎゃあー!」
「う、うわー!?」
壁の向こうから上がるくぐもった悲鳴がこちら側に届き、受験者達に緊張が走る。そんなことはお構いなしに、五分ほどで次の受験者が呼ばれた。青い顔をしながら五人が壁の向こうに消える。そしてまた上がる悲鳴。
何なのこれ。お化け屋敷かな?
リリはちょっと楽しくなってきた。実戦形式ということだが、これはあくまでも試験。少なくともこの二次試験では、命の危険はない筈だ。つまり、あの壁の向こうには受験者が思わず悲鳴を上げてしまうような仕掛けがされている訳だ。
これまで何度も本物の実戦を経験しているリリは、女の子らしからぬ度胸がついてしまっていた。今も遊園地のアトラクションに並んでいる気分である。
浄化魔法の最後の組でリリの名が呼ばれたが、壁に入る前に試験官から手招きされる。
「何でしょうか?」
「あー、リリアージュ・オルデン。君の浄化魔法はかなり広範囲に及ぶらしいが」
「調節は出来ますよ?」
「どれくらいに?」
「半径十メートルくらいです」
「ではそれで頼む。隣の受験者に影響がないよう配慮してくれたまえ」
「承知しました」
もし調整が出来ない場合、リリは最後に一人で受験する手筈になっていた。そうしなければ、リリと同じ組で受ける受験者の試験がまともに機能しないからだ。そういう風に一次試験の試験官が申し送りしていた。
半径十メートルでも、魔法を放つ場所によっては隣のレーンに影響が出る恐れがある。その為、リリが試験を受けるのは一番左端のレーンで、すぐ右隣のレーンは使わないようにされていた。
何だか色々と気を遣わせてすみません。
心の中で謝罪して、リリは入口から壁を越えて中に入った。遠くから、先に試験を始めていた他の受験者が上げる悲鳴が聞こえる。少し身構えるリリだが、すぐに緊張を解いた。レーンの先から黒いものがふわふわと近付いて来る。レーンには所々目隠しのような壁が設置されており、その陰からも突然黒いものが現れたりするようだ。それで悲鳴を上げる人がいるのか、とリリは納得した。
驚けないというのはある意味不幸だな。楽しめないもん。
楽しむ気満々だったリリは心の中で愚痴を吐く。あのふわふわと近付く黒いものは、もしかしなくても瘴魔を模したものだろう。
雑に人型にした黒いもじゃもじゃ。大きさは実際の瘴魔よりかなり小さく、リリと同じくらい。もちろん悍ましさは欠片もなく、リリは残念な気持ちになる。これは実戦形式と呼んで良いのだろうか? まぁ、ある意味アトラクションではあった。
どこかで風魔法を使える者が人形を動かしているのだろう。人形内部に浄化魔法の強度を測る魔道具が仕込まれており、一定以上の浄化魔法が当たると地面に落ちる仕組みのようだ。一体目の人形を倒したリリの所感である。
俯瞰の目を使うと仕切り壁に隠れている人形も丸分かり。運営、じゃなかった、学院の人達の努力を考えると非常に申し訳ない気持ちになる。咄嗟の対応力を見るためなのだろう、恐らく。しかしリリは人形が壁から飛び出す前に無力化していった。具体的には、「神棚」を人形が隠れている壁の向こう側にそっと置くだけである。
最初から見えていた人形も動きが遅く、その足元に神棚を置いて無力化。俯瞰で見ると他に人形はいない。結局二分ほどで五体の人形を無力化し、リリは入ったのと反対側の出口をくぐった。丁度その時、先に試験を始めていた二つ隣の受験者が出口から出てきて地面に座り込んだ。
アリシアーナ・メイルラード侯爵令嬢である。美しい顔は青白く呆然としており、ツインテールの髪も少し乱れていた。リリは慌てて彼女のもとに走り寄った。
「アリシアーナさん、大丈夫ですか!?」
「こ、怖かったですわ……」
どこがっ!? 思い切りツッコミたい所を、すんでの所で堪えたリリだった。




