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77 一次試験

 今日はデンズリード魔法学院瘴魔祓い士科の入学試験である。


 試験は一次、二次、最終と三段階に分かれている。今年も試験を受ける者が千人を超えるため、一次試験は二日に分けて行われる。今日はその一日目。リリとシャリーは同じ日に一次試験を受けることになった。


 一次試験の内容は単純で、炎魔法か浄化魔法を試験官の前で披露するだけ。単純ではあるが、その分ごまかしのきかない試験である。


「シャリー、がんばってね!」

「おう! 姉御は……ほどほどにな!」

「ええぇぇ……」


 私、シャリーにどんな子だって思われてるんだろう? シャリーの前で、そんなにやらかしたかな? やらかしてないよね?


 シャリーは炎魔法の会場へ、リリは浄化魔法の会場へと向かう。会場と言ってもただのだだっ広い開けた場所である。学院の敷地内にこれだけ広い場所があるというのが驚きだ。浄化魔法は危険がないので壁で囲まれている訳でもない。今日一次試験を受ける者は五百人以上だが、浄化魔法の方には百人もいないようだ。


 周りを見ると、殆どがリリより年上に見えた。中には三十歳手前くらいの人もいる。男性と女性では、男性の方が少し多いくらいだろう。貴族のような、明らかに上質な服を着ている人がかなりの数いた。


「それでは試験を始める。名前を呼ばれた者はこちらに来るように」


 五人の試験官が次々と名前を呼ぶ。呼ばれた者は受験票を見せてから試験官の前に立ち、その場で浄化魔法を発動するようだ。一人の受験者に与えられた時間は三分。今後の人生を左右しかねない試験としては、あまりにも短い。焦ってしまい、時間内に魔法を発動できない人もいる。リリと同い年くらいに見えた女の子など、失敗してしまったようで試験官の前で泣きだしてしまった。


 可哀想だとは思うが、これは試験なのだ。実戦では、泣いたからと言って瘴魔が待ってくれる訳ではない。そもそも発動に三分もかかっていれば、その間に瘴魔に殺されてしまうだろう。


 正直に言ってリリは拍子抜けしていた。ここに試験を受けに来た者達は瘴魔祓い士を目指しているのではないのか? それなりに訓練を積んでから試験に臨んでいるのではないのか?

 いやいや、この学院で研鑽を積んで祓い士になるのだから、最初はこんなものかも知れない。自分は何度も実戦を経験し、レベルの高い現役の瘴魔祓い士しか見てないからそう感じるのかも。


 リリは自分の見方が厳し過ぎるのかと考えていたが、実際この一次試験はぬるかった。試験の内容がぬるいのではなく、受験者がぬるいのだ。何故なら、あわよくば合格して、あわよくば瘴魔祓い士の資格を得て安定した収入を得よう、と考えている者が大半なのだから。


 どんどん名前が呼ばれ、最低限の基準に満たない者はその場で不合格を言い渡されている。不合格者は背中を丸めて、或いは開き直ったように明るい顔で会場を去って行く。試験を終えてこの場に残っている者も合格が決まった訳ではないので、皆不安そうな顔だ。だんだんと人数が少なくなり、ようやくリリの名が呼ばれた。


「リリアージュ・オルデン」

「はい!」


 受験票を見せてから試験官の前に立つ。さて、どれくらいの範囲で魔法を発動しよう。あまり目立たないようにと最初は考えていたが、ぬるい受験者達を見ていたらストレスが溜まってしまった。自重なしでいいかな? 怒られたりしないよね?


「はじめ!」


 試験官の掛け声と同時に、デンズリード魔法学院全体が神聖浄化魔法による金色の光で包まれた。イメージは当然山頂にある厳かな神社だ。試験官は全員があんぐりと口を開いて目を丸くし、受験者達は何が起こったから分からずにポカンとした。


「ややや、やめ! ちょっと……オルデン君。ちょっと聞いてもいいかな?」

「はい、何でしょう?」


 眼鏡を掛け、頭髪が少し寂しくなりかけた男性試験官が遠慮がちに聞いてきた。


「あの、今のってまさか、神聖浄化魔法?」

「はい」

「…………えーと、オルデン家は神官の家系?」

「違います」


 五人の試験官は他の受験者をほったらかしにして集まり、何やら口々に言い合いを始めた。


「神聖浄化魔法を使える受験者なんて見たことあるか?」

「ある訳ない。現役でも特級のパルテス氏くらいだろう、使えるの」

「本当に神聖浄化魔法か? 何かの誤魔化しじゃなく?」

「正直分からん。だがこれを見てみろ」

「おい、嘘だろ? 計測魔道具が振り切れてるじゃないか!」

「浄化のレベルは過去最大級。範囲も把握できないくらい広かったぞ?」

「おいおい……これって伝説の聖女様並みなんじゃ……」


 五人がゆっくりとリリに顔を向ける。リリはにっこりと笑顔を返した。

 あの、全部聞こえてますけど。今試験中だから、そういうのは終わってからにしてくれませんか?


「すみません、試験は終わりでしょうか?」

「ああ、すまない。君の番は終わりだ。そのまま残ってくれ」


 そう言われて、リリは試験官から離れた場所に立った。そこから残りの受験者が試験を受ける所を眺める。

 結局、実戦で使えそうな浄化魔法を発動した者はリリを含めて三人。鍛えれば何とかなるかも知れないのが八人。他はお話にならないレベルだった。


 リリの見立て通り、この日浄化魔法組で一次試験に合格したのは、リリを含めて十一人だけだった。





*****





 一方、炎魔法の会場は頑丈な壁に囲まれた演習場となっていた。こちらの受験者は浄化魔法より遥かに多く、四百人以上。あまりの人の多さに、シャリーはお祭りでも始まるのかと疑った。


 試験官は二十人おり、予め受験票の番号でどの試験官に当たるか決められている。何番から何番の受験者はここ、という大きなプラカードを試験官が持っていた。シャリーは手元の受験票に何度も目を落とし、該当する試験官の近くに並んだ。


 受験者は試験官の横に立ち、十五メートル離れた的に向かって魔法を放てば良いようだ。二十人の試験官がずらりと横に並び、呼ばれた受験者が次々と炎魔法を放っている。一度にこれだけ魔法が放たれる光景を見るのは、シャリーも初めてだ。火球がオレンジ色の尾を引いて的に飛んでいく様は、見方によっては綺麗と言える。


「炎魔法を使える人って結構いるんだなー」


 中位の豪炎(フレア)、たまに上位の獄炎(フォルテ)が的に当たり、水魔法を使える係員が消火して新しい的と入れ替えている。なかなかに大変な作業だ。その様子をボーっと眺めていると、シャリーの番が回って来た。


「シャリエット・クルルーシカ・バルト・モルドール!」

「はい!」


 赤髪のエルフ、しかも超絶美少女であるシャリーが試験官の隣に進むと、周囲からほぅ、と溜息のような音が漏れた。「喋らなければ」という言葉がこれほど当てはまる女の子もなかなかいないだろう。


 そして、シャリーが紅炎(プロミネンス)を放つと周囲の彼女を見る目が変わった。一部からは悲鳴のような声が上がる。的までの距離が十五メートルと短いので、シャリーは可能な限り魔力を込めずに放ったのだが、両隣の的を巻き込んで爆発が起きた。


 しまった。紅炎じゃなくて獄炎にしとけばよかったか?


 爆風の余波が治まった頃、ようやくシャリーの試験官が口を開いた。


「モルドール君、今のは紅炎(プロミネンス)かね?」

「そうだ……です!」

「う、うむ」


 返事を聞いた試験官が手元の書類に何か書き込む。


「はい、モルドール君の試験は終わりだ。下がって良いよ」

「はい!」


 シャリーが試験の順番待ちの列から離れて会場の入り口付近まで行くと、ようやく紅炎の衝撃から立ち直った受験者達がまた魔法を放ち始めた。


 う~ん……こういう所では弱い魔法にした方が良かったのか? それならそうと誰か教えてくれればいいのに。


「シャリー!」


 シャリーはウンウン唸っていたが、自分を呼ぶ声に顔を上げた。


「姉御! もう終わったのか?」

「うん。こっちは人が凄い多いね」

「そっちは少なかった?」

「全然。試験官も五人だったし。シャリーはもう試験受けたの?」

「ああ、さっき終わったぞ。でもやらかしたかも」


 シャリーにしては珍しく、少し元気がないように見える。


「みんな豪炎とか獄炎を使ってるのに、オレは紅炎を使っちゃったんだ」


 そう言って俯いてしまうシャリー。


「フフフ。シャリー、そんなの気にしなくて大丈夫。そもそも紅炎を使える人がそんなにいないんだと思うよ」

「え、そうなのか!?」


 ガバッと顔を上げて驚くシャリー。みんな的までの距離を考えて、加減した魔法を使っているのかと思っていたが、そもそも最上位炎魔法を使える者がそう沢山いる筈がない。


「シャリーは優秀な魔術師なんだから」

「そ、そうか?」


 少し前までは自分自身そう思っていた。だが、年下のリリに力の差を見せつけられ、自分なんてまだまだだと考えなおしたのだ。慢心は良くないが、自信を失うのもよろしくない。図らずも自分のせいでシャリーが自信を失っていたことに気付いたリリは、紅炎を使える魔術師の希少性を訴えた。


「優秀な冒険者でも、紅炎まで使える人は少ないんだよ? ラーラさんでも、制御が難し過ぎるって言ってた」

「そうなのか……やっぱりオレって凄いのか!?」

「うん、シャリーは凄いよ。でも、頑張れば今よりもっと凄い魔術師になれると思う」

「今より凄い……よし、オレ頑張る!」

「一緒に頑張ろうね!」


 シャリーは単純であった。でもそれが彼女の良い所だと思う。あれこれ言い訳を考えて努力を放棄するより、単純に頑張れる人の方が素晴らしい、とリリは思った。


「やらかしと言えば、私の方がやらかしたかもしんない」

「姉御!? ほどほどにって言ったのに!」

「てへへ」


 人に偉そうなことを言える立場ではなかった。浄化魔法組の受験者が不甲斐なくて自重を忘れた、というのは言い訳だろう。反省はする、だが後悔はしていない。開き直りとも言う。


 そんな風に二人で話していると、炎魔法部門の一次試験合格者の名前が読み上げられた。もちろんシャリーも呼ばれた。受験者の多さに比例して合格者も多いので、人数を数えるのは途中で諦めた。


 明日は一次試験二日目の組が試験に臨むらしい。二次試験は五日後。リリはシャリーと一緒に東区方面へ向かう乗合馬車に乗るため学院の正門に向かう。今日は試験のためアルゴには留守番を頼んだ。もしかしたら、隠密を使って近くで見守ってくれていたかも知れない。


「ちょっとあなた!」


 もう少しで正門という所で、怒気をはらんだ女性の声が向けられた。リリとシャリーは自分達ではないと思って足を止めない。


「ちょっと! 赤髪エルフの隣の子!」


 リリはキョロキョロと周りを見回す。赤い髪のエルフは隣のシャリーしか見当たらない。ということは、その隣の子というのは私のことだろうか。振り返ると、長い金髪をツインテールにした女の子がプリプリと怒っていた。十六~十七歳くらいに見える。高級そうな白のブラウスに、ふんわりと広がる青いスカート。横には執事服を着た三十代くらいの男性が立っていた。


「私ですか?」

「そう、あなたよ! あなた、ちょっとやり過ぎじゃなくって?」

「やり過ぎ……?」


 うん。やらかした自覚はある。


「いくら瘴魔祓い士の資格が欲しいからと言って、神聖浄化魔法が使える()()をするなんてどうかと思いますの。しかもあんなに派手に光らせて」

「使えるフリ……」

「おいお前! 姉御に喧嘩売ってんのか? だったら買うぞ、姉御が!」

「ちょ、シャリー。その言い方だと喧嘩売ってるのこっちになっちゃうから」


 リリはシャリーの頭に軽くチョップを落とした。しかも売られた喧嘩を買うのが私の趣味みたいに聞こえるし。


(わたくし)はあなたのためを思って申しておりますの。ごまかしで合格しても、瘴魔祓い士になったら命を落としますわ」


 あれ、この子……もしかして悪い子じゃない?


「あの、私はリリアージュ・オルデンと言います。もし良かったらお名前を伺っても?」

「私はメイルラード侯爵が三女、アリシアーナですわ。以後お見知りおきを」


 アリシアーナと名乗った女性は綺麗なカーテシーを決めた。わぁ。本物のカーテシーを初めて見たかも。……メイルラード? 最近どこかで聞いた気がする。


「アリシアーナさんは、貴族なのに瘴魔祓い士を目指すんですか?」

「貴族だからこそですわ。民を守るのは貴族の責務ですから」


 おお! 特務隊隊員に相応しそうな人、発見。たしか、私が見た中で実戦に使えそうな浄化魔法を発動してたうちの一人だ。

 リリは根が真面目な日本人気質なので、指令書に掛かれていた「特務隊隊員の候補者選定」という業務を忘れていなかった。アリシアーナの前まで進み、両手で彼女の手を握る。隣の執事っぽい男性がピクリと反応した。当のアリシアーナはいきなりリリに手を握られてあたふたしている。


「アリシアーナさん、とても素晴らしいお考えです。ぜひお友達になりましょう!」

「あなた、私の話聞いていましたの?」


 前のめりなリリの勢いに、やや引き気味のアリシアーナ。根は真面目だがコミュ力は大したことがないリリである。前途は多難であった。

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