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73 迷宮最奥

前半はアルゴ視点になります。

タイトル変えてみました!単に気分です。また変えるかもしれません笑

 迷宮に入って分かったのだが、まだあいつがここにいたとはな。我が気付いたのだからあいつも気付いただろう。気付いたのに顔を見せなければ、どこかでまた会った時に文句を言われるのが目に見える。あいつがまだここにいるということは、ここをまだ離れられないのだから、面倒臭いが我が会いに行ってやらねばならん。主の傍を離れるのは心底嫌なのだが仕方あるまいて。


 アルゴは迷宮を疾走した。戦うためではなく旧友に会うためだ。隠密を全開にしているのは変に魔物を刺激しないようアルゴなりに配慮しているのであった。

 リリ達が到着に四時間かかった場所まで、僅か三分。戦闘はせず、地面だけでなく壁や天井も使って走った結果である。そのまま最深部である八十階層を目指す。ちなみに人間でそんな場所まで到達した者は皆無である。


 深くなるにつれ環境自体が凶悪になる。高温の蒸気、火の海、一面のマグマ。なるほど、人間に到達できる訳がなかった。そこで蠢く生物は、環境に適応した魔物だけである。だが神獣(フェンリル)には関係がない。本能的に張られた障壁で炎もマグマもものともせず、風のように疾走する。


 そして丁度一時間でそこに着いた。


『やあ! やっぱりフェンリルだった!』

『久しいな、サラマンドラ』


 アルゴがサラマンドラと呼んだのは、手の平に乗るくらいの小さなトカゲ。大きな目がクリクリして体表は虹色に光っている。こんななりだが神獣の一体だ。

 本物のサラマンドラを知っているアルゴにとって、人間が「サラマンダー」と呼ぶ魔物は単なる火トカゲである。炎と空間を司る神獣(サラマンドラ)とは似ても似つかぬものだ。


『まだここにおったのか』

『そうなんだよー。ここを温めるお役目がまだ終わらなくてさ』


 神獣はそれぞれ神から役目を与えられる。アルゴがリリの守護という役目を与えられたように、サラマンドラはこの迷宮が含まれる地域一帯を温暖に保つ役目を与えられているのだ。


『あと百年? 五十年かも? それくらいで安定するみたい』

『そうか。ご苦労だな』

『ありがと。フェンリルは今何してるの?』

『我は地上の主を守る役目を授かった』

『ええー!? いいなー! 人間?』

『そうだ。とても良い主だ』

『僕もいつか人間を守る役目を授かりたいなー!』

『そのうち回ってくると思うぞ?』

『そうかな? そうだといいなー!』


 少し幼く感じる喋り方だが、サラマンドラは神獣としては実際に若い。


『もし、我が主が助けを求めるときは力を貸してくれるか?』

『もちろんさ! 少しくらいならここを離れても怒られない……よね?』

『ここが極寒の地になる前に戻れば大丈夫であろう……たぶん』


 神獣の時間感覚で言う「少し」は数十年単位である。さすがにそれほど長くお役目をほったらかしにしたら、神様も少しはお怒りになるだろう。

 だが、もし(リリ)に本物の危険が迫ったら、アルゴは迷わずサラマンドラの手を借りるつもりだ。あとでいくらでも一緒に怒られよう。


『僕も一度、フェンリルの主に会ってみたいな――おっと!』


 アルゴの背後で何かが蒸発した。


『もう。せっかく友達と話してるのに邪魔しないで欲しいよね』


 もちろんアルゴは感知していたが、蒸発させられたのはフレイムドラゴンだ。地上に出たら災害でしかない魔物。例の「サラマンダー」が冗談に思えるくらいの魔物である。サラマンドラはそれを一瞬で蒸発させて見せた。これが神獣の「格」である。


『あんな魔物が良く来るのか?』

『ううん。前にここまで来たのは…………四十年くらい前?』

『そうか』

『会話も出来ないし、弱いくせに飛び掛かってくるから鬱陶しいんだよね』

『ハッハッハ! まあ優しくしてやれ』

『ええー!?』


 旧友の元気な姿を見てアルゴも安心した。神獣同士が出会うことは滅多にない。貴重な機会と言える。だが、サラマンドラがまだしばらくここに居るのなら、また会いに来れるだろう。


『さて。いつまでも主の傍を離れている訳にもいかん』

『そうだね……また来てくれる?』

『主の許しがあれば、いつでも』

『許してくれるかな?』

『心の広い方だからな。お前も会えばすぐ好きになるぞ』

『ほんと!? うわー、ますます会いたくなっちゃった』

『それではまたな、サラマンドラ』

『うん。またね、フェンリル』


 二体の神獣はお互いの体を一瞬触れさせて、今の言葉を誓約に変える。フェンリルがまた来ると誓約してくれたのが嬉しくて、サラマンドラは「キュッ、キュッ!」と鳴いた。そして一陣の風を残し、アルゴは姿を消した。





*****





 今夜リリが作った料理は、「黒炎団」の皆さんも一緒になって食べてくれた。何だか懐かない動物が懐いてくれたみたい。そう思えて、リリは一人でクスクスと笑う。


 アルゴ用に取り分けておいた食事を見ながら、もうすぐ帰って来るかなぁと独り言ちる。アルゴが自ら離れて行動するなんて、覚えている限りで初めてだ。何もなきゃいいけど。


 自分の食事を口に運びながら、リリはそんなことを考えていた。お願いして別行動することはままある。あとは、リリが知らない間にどこかに行っている節があることも知っている。しかし留守番を頼んだ時などは凄く嫌そうだった。そんなに一緒にいたいんだ、と思ってリリは嬉しかったものだ。それが、わざわざ自分に断ってから別行動するのだから、アルゴにとって余程大事なことなのだろう。それが分かっていても、アルゴが強いことを知っていても、やはり心配してしまう。アルゴはリリにとって家族だから。


「わふぅ!」

「アルゴ! おかえりー!」


 靄を可視化していたリリには、ダンジョンの入口付近に慣れ親しんだ気配が出て来たのが一瞬見えたが、次の瞬間にはアルゴが隣にいた。リリは食べ掛けの食事を放り出し、アルゴの全身をチェックする。怪我がないことにほっと息を吐き出してから、思い切り首に抱き着いて柔らかな毛に顔を埋めた。


「さ、アルゴ。ご飯食べよ」

『うむ!』


 アルゴは上機嫌でリリが作った料理を食べ始めた。





『焔魔さんには会えたの?』

『うむ。やつの名はサラマンドラという。相変わらずであった』

『サラマンドラ……サラマンダーと似てるね』

『似ているのは名だけだ。可愛らしい見た目をしているぞ』

『へぇ、そうなんだ!』


 与えられた天幕の中で、リリはアルゴと念話していた。ラーラとアネッサも一緒だが、二人はリリが浄化魔法を掛けたら直ぐに眠ってしまった。


『アルゴの知り合いかぁ。会ってみたいな』

『そのうち会えるかも知れん。まぁリリがあいつの所に行くのは無理だが』

『そうなの?』

『リリというより、人間があそこに行くのは無理がある』

『うへぇ……』


 アルゴは、自分が神獣(フェンリル)であることをリリにはっきりと伝えていない。この世界で神獣と言えば、畏れ敬われ、或いは忌み嫌われる存在である。前者の反応はその圧倒的な力により、後者はその力を行使したことにより人間から抱かれる感情だ。アルゴは、自分がそんな神獣の一体だとリリが知った時、今の関係性が変わることを恐れていた。リリなら今まで通り接してくれると殆ど確信しているのだが、万が一もないとは言えない。つまり、アルゴは問題を先送りしているのだった。


 一方のリリであるが、いい加減アルゴが普通ではないことに気付いている。まず、アルゴは全然汚れないのだ。臭くもならない。毎日浄化はしているが、それにしたって有り得ない。抜け毛もないし、食事を摂っても口の周りが汚れない。そして念話だ。魔物と念話できるなんておかし過ぎるのだ。


 リリはこの世界に転生する時、二つの願い事をした。

 一つ、いい(視力)をください。

 一つ、大きなわんちゃん(ペット)と暮らしたいです。


 まず一つ目だ。言うまでもなく、リリは視力を良くして欲しいと願ったのだ。そして結果がコレだ。感情だけでなく、瘴魔の弱点が分かる。最近では俯瞰やスローモーションまで。余りにも高性能な目の能力。


 あの時、神様らしき存在はこう言った。愛し子達を守ってくれた感謝を表したい、と。つまり、自分の願いがかなり大袈裟に叶えられている。要するに「チート」だ。


 そして二つ目。リリが願ったのはラブラドルレトリバーとか、そういう感じの大きなわんちゃんだった。それを神様的に大袈裟に捉えるとどうなるか……答えは、伝説の神獣、フェンリルである。つまり、リリはアルゴがフェンリルでないかと気付いている。ただ、フェンリルというのがどういう姿でどんな生き物なのか知らないので、確信を持てていないだけである。


 リリもアルゴとの関係性を壊したくない。自分が知らなくて良いのなら、ずっと知らなくて良いと思っている。だってアルゴが何であろうとアルゴであることに変わりはないのだから。


 かくして、リリとアルゴはお互い今の関係性に満足していて、それを変えたくないと思っていた。まるで好きだと告白して友達でなくなることを恐れる男女のようである。


『アルゴの知り合いには会ったことないから、いつか会えたらいいな』

『うむ……ところでリリ、この街にはしばらく住むのであろう?』

『うん? しばらくっていうか、今のところはずっと住むつもりだよ』

『それなら、偶にやつの所に顔を出しに行っても良いだろうか?』

『もちろんいいよ。私に断る必要なんてないよ?』

『そうか……うむ、そうか。感謝する』

『アルゴは自分がしたいことをしていいんだからね』


 リリはベッドの上から伸ばした手で、アルゴの柔らかい毛を撫でながら付け加えた。呼吸と共にゆっくり上下する背中。その温かさと柔らかさを堪能していると、いつの間にか眠りに落ちた。





 翌朝、怪我を負ったメルが目を覚まして盛大に感謝された。


「リリちゃん、本当にありがとう! 私、『暁』を抜けて『金色』に入るわ!」


 その言葉を耳にしたジェイク達が全員青い顔でプルプルと首を振るので、リリはその申し出を丁寧に断った。今後一緒に冒険に行った時、毎回血塗れの姿を目にするのは心臓に悪い。その代わり、普通にお友達になってもらった。魔物さえ目の前にいなければ、清楚で優しくて綺麗な女性なのだ。


「お友達! そうね、友達の方が色々遊べるし良いわね!」


 色々、というのが少し怖い気もするが、メルも喜んでくれたので良しとする。そうして一行は出発し、一度野営を挟んで無事ファンデルに到着したのだった。当初の予定よりかなり早く、五日間での帰還であった。


 リリとジェイクは自宅前で馬車を降り、アルゴと一緒に家に入る。


「ただいまー!」

「ただいま」

「わふっ!」


 家の奥からタタタッと音がして、ミルケが出迎えてくれた。


「おかえりなさい!」


 ミルケはリリの腰に抱き着き、アルゴの首に抱き着き、ジェイクの太腿に抱き着いた。その後にミリーが出迎えてくれた。


「おかえり。みんな無事?」

「うん!」

「ああ」

「わふぅ」

「よかった。リリ、丁度お客様が来てるわよ?」

「え?」


 リリは着替えもせずにリビングへ行く。マリエルかな? それともシャリー? 二人の顔を思い浮かべたが、リビングにいたのは意外な人物だった。


「アンさん? とプレストンさん?」

「ああリリ。おかえり、早かったね」

「リリ君。留守中にすまない。お邪魔しているよ」


 マルベリーアン、そして瘴魔祓い士協会会長のプレストンだった。リリは二人の向かい側のソファにぽすんと座る。


「何かあったんですか?」


 リリの問いに答えようとするマルベリーアンをプレストンが制する。


「私から話そう。今日は、リリ君のお母様に報告と相談にやって来たのだ。お母様から許可をいただけたら、リリ君に話すつもりだった」


 プレストンがリリに連絡する許可を求めた際、ミリーが「またリリを傷付けたら今度こそ許さない」と釘を刺した。それで、リリに話す前にミリーの許可を得に来たのか。忙しい身なのに、ちゃんと筋を通すプレストンに好感が持てる。いや、元々プレストンに対して悪感情を持っている訳ではないのだ。


 リリはプレストンの言葉を聞いて、母を振り返った。


「私はちゃんと聞いたわ。その上で、プレストンさんからリリに伝えてやってください」

「ありがとう。実は、瘴魔対策特別任務隊、通称『特務隊』の発足が正式に決まった」

「まったく、今頃になってやっと本腰いれて動くんだから。呆れたもんさね」


 マルベリーアンの横槍に、プレストンは鼻の頭に皺を寄せた。リリは話の行く末が分からなくて黙って聞いている。


「特務隊は防衛省直属の部隊だ。協会を通して動く一般の祓い士とはそこが違う。そして、優秀な祓い士だけで構成する」


 以前プレストンが言っていた、瘴魔祓い士の質の低下。質というか、祓い士を固定給を貰える割の良い単なる「仕事」と割り切っている祓い士の増加というべきか。

 それについて、公国も憂慮していたそうだ。初代大公の妃により創設された瘴魔祓い士の資格。それはいつか来るかも知れない、大規模な瘴魔の氾濫を見越した人材育成を目的としたものだった。三百年の時を経てその大義が薄れていることは、国の中枢を担う人達にとって頭の痛い問題だった。


 そこで、数年前にプレストンが提唱したのが特務隊である。志が高く、優秀な人材のみを登用する部隊。そこに選ばれることが誉になるような部隊を創出する。細かな運用や予算、管轄省庁について調整が難航していたが、ようやく設立が実現したという訳だ。


「給金は一般の祓い士と変わらない。だが任務は通常より過酷なものとなる。甘い考えでは当然務まらない。それでも、そこで自分の力を役立てたいという者だけが隊員になる資格を持つ」

「その話を私にするってことは――」

「そうだ。リリ君に、特務隊の一員となって欲しい」

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

大変励みになります。今後もよろしくお願いいたします!

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