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71 フラグは叩き折る

 弟成分をたっぷりと補充したリリは、朝から晴れやかな気分だった。瘴魔祓い士協会とのゴタゴタでブラック・リリになり掛けていたのが嘘のようだ。定期的にミルケ成分を補充することの重要性に改めて気付かされた。


「リリ、準備はいいか?」

「うん、ばっちり!」


 リリが買い、「金色の鷹」が維持費を出してくれている馬車が自宅前に停まっている。今回、それと別に馬が一頭。クライブが騎乗している。馬車の御者台にはアルガン。客車にはリリとジェイク、ラーラ、アネッサが乗る。御者や騎乗する者は時々交替する予定だ。


 挨拶を交わし、一行は北門に向かう。門を出た先の街道で他の二パーティと合流する。


「『暁の星』が六人、『黒炎団』が五人。暁は俺達の先輩、黒は後輩に当たる」


 馬車の中でジェイクが教えてくれる。「暁の星」は前衛二人、盾役一人、魔術師二人、治癒魔術師(ヒーラー)一人の計六人。「黒炎団」は前衛一人、魔術師三人、盾役一人という編成らしい。黒炎団に関してはジェイクも良く知らないと言う。


「迷宮って狭いんじゃないの? 魔法使っても大丈夫?」

「これから行く焔魔の迷宮は、洞窟タイプには珍しくかなり広いんだ」

「焔魔の迷宮?」

「ああ。炎に耐性のある魔物が多くて、炎を吐く奴もいる。今回の討伐目標はサラマンダーだ」


 サラマンダーとは恐竜サイズの炎を吐く亜竜の一種で飛ぶことも出来る。


『なんだ、あの火トカゲか。我が倒して来るか?』


 馬車と並走しているアルゴから念話が届く。アルゴにとってはただのトカゲらしい。


『冒険者さん達がお仕事で行くから、そこは見守ってあげよう?』

『リリがそう言うならそうしよう』


 リリが念話で返事をしていると、ラーラが心配そうな顔で尋ねてくる。


「リリちゃん、怖くない?」

「えーと、大丈夫です。ラーラさんは?」

「滾るわ!」


 すっかり「金色の鷹」の一員となったラーラは、戦闘狂気質が垣間見えるようになってきてリリは少し心配である。


「ファンデルに来て初めて歯ごたえのありそうな依頼だから、ラーラは張り切ってるのよ」


 アネッサが補足してくれた。戦闘狂じゃないなら良かった。いや、戦闘狂でも別にいいんだけど。無茶して怪我さえしなければ。


「向こうの面子の名前は……別に覚える必要はねぇか」

「なんで!?」


 リリも聞いただけで覚えられるとは思わないが、これから一週間前後は一緒にいる人達だ。名前は覚えた方が良い筈である。


「リリが覚える価値があるかどうか、リリへの態度を見て決める」


 ジェイクが余りにも自信を持ってきっぱりと言い切るので、リリはポカンとしてしまった。その様子を見てラーラとアネッサがクスクスと笑う。


「ジェイクに決定権があるなら、多分全員覚える価値なしでしょうね」

「基本的にそうだ」


 過保護なだけではなく、これでは横暴である。


「覚える価値があるかどうかは自分で決めるよ?」

「なんでだ!?」


 シャリーのような言い方をするジェイクに、リリは呆れた声で返す。


「私がどんな人と知り合って、どんな人と付き合うかは私が決めます。もしそれが間違っていたら、その時は教えて?」

「ぐっ…………分かった」


 リリの正論、というか至極当たり前のことなので、ジェイクは反論を飲み込んだ。





 北門を抜けた先の街道で二つのパーティと合流した。しかし、馬車を停めて挨拶を交わすでもなく、一団となって北西に進む。


「昼頃休憩をとるから顔合わせはその時だ。まぁ顔合わせしなくてもいいけどな」


 ジェイクはどうしてもリリを他の冒険者に会わせたくないようだ。あまり文句を言ってもキリがないのでスルーした。

 焔魔の迷宮に出て来る魔物について教えて貰っていると、馬車が速度を落としてやがて止まった。休憩場所に着いたようだ。


 アルガン達が馬の世話をしている間に、リリはジェイクに連れられて他のパーティがいる所まで行った。もちろん後ろからアルゴも付いて来る。


「あー、先に言っておくが、リリに変な事しようとする奴は殺す。不愉快にさせる奴も殺す。話し掛ける奴もころ――あだっ!?」


 不穏な宣言をするジェイクの後頭部に、リリがジャンプしてチョップを入れた。


「今のは忘れてください。『金色の鷹』で臨時のヒーラーをさせていただきます、リリアージュ・オルデンと申します」


 両手を前に揃えてしっかりとお辞儀をするリリ。二パーティのリーダーが歩み出た。


「『暁の星』のリーダー、トレッド・バートンだ。よろしく」


 トレッドはそう言って右手を差し出した。ジェイクがガンを飛ばしたが、リリが「ギッ!」と睨んで太腿を抓ると目を逸らした。


「リリと呼んでください。よろしくお願いします」


 リリはトレッドと握手を交わした。そして、全身真っ黒な装束に身を固めた性別不詳の小柄な人物が前に出た。


「……バトーラス」

「あ、リリです。よろしくお願いします」


 バトーラスと名乗った人物は小さく頷いて全く同じ格好をしている集団の所に下がった。今は真夏である。フードを被り、長袖・長ズボンで全身真っ黒。背丈や体格もほぼ同じで、集団に入ると誰がバトーラスなのか見分けがつかない。


 ……怪しい。右目や右手が疼いたり、何かを封印したりしてるんだろうか? 魔法を放つ時に香ばしいポーズを取ったり? 恥ずかしい詠唱をかましたりするんだろうか?


 リリの中で、「黒炎団」の皆さんは全員重度の厨二病に罹患していることが確定。戦闘が始まったら、きっとチラチラ見てしまうだろう。少しワクワクしているリリであった。


 仲間の所に戻る途中でジェイクがリリに耳打ちする。


「あの黒い奴らには近付くなよ?」

「どうして?」


 問い返すリリに、ジェイクは大声で答えた。


「見るからに怪しいだろうが!?」

「しぃーっ!」


 リリは慌ててジェイクの口を塞ぐ。これから一緒に依頼をこなすんだから不和を招くような言葉は控えないと。


「ジェイクおじちゃん、あれはね、そういう病気なの」

「へ? 病気?」

「そう。ああいう恰好がカッコイイと思い込んで、周りの目が気にならなくなる。簡単には治らないの」

「そ、そうか。厄介だな」


 リリの発言も大概失礼だが、自分では気付かない。


「そっとしとこう?」

「そうだな。病気なら仕方ねぇ」


 幸か不幸か、リリとジェイクの会話は黒炎団の皆さんには聞こえていなかった。


「ところで、『暁の星』のヒーラーはどの人?」

「あの長い金髪のねえちゃんだ」


 離れた場所から言われた女性を見る。背はアネッサと同じくらいで体格も華奢。さらさらと長い金髪に縁どられた小さな顔はとても優しそうで、戦闘狂には見えない。


「虫も殺せなさそう」

「見た目に騙されるな。あいつは『血塗れのメル』って二つ名を持ってる。武器は両手の拳だぞ? 自分で治癒しながら拳で魔物とやり合うんだ」


 ナニソレコワイ。あんな優しそうな人が、返り血を浴びながら嬉々として魔物を殴り殺すところを想像して、リリは身震いした。冒険者って色んな人がいるなぁ。

 昼食は街で買ってきたもので簡単に済ませ、一行は再び出発した。





 一日目の野営では、リリの料理を「金色の鷹」と「暁の星」が一緒になって称賛していた。「黒炎団」の五人は固まって静かに焚き火を囲んでいる。まるで何かの儀式をしているようだった。


「リリちゃんの料理は最高だな!」

「そうなの! うちのリリちゃん、凄いでしょ?」


 「暁」のトレッドにアネッサが自慢している。


「リリちゃん、『金色』の正式メンバーじゃないんでしょ? ウチに入らない?」

「おお! リリちゃんが入ればメルは正式に前衛職だな!」

「まったく、治癒魔術が使えるって言うからメンバーに入れたのに」

「もう今更だよねぇ」


 リリを正面からスカウトした恐れ知らずは「血塗れ」の二つ名を持つメル・リーダス。「暁」の中では一回り若い二十八歳だ。それに答えたのが剣士のマルコ、盾役のガルド、魔術師のペドラ。もう一人の魔術師ククルは、少し離れた所でラーラと魔法談義中である。


「リリはどこにもやらんぞ?」

「そうそう。リリちゃんがパーティに入るなら、ウチが確定だから」


 低い声のジェイクと軽い調子のアルガンが牽制する。こんな風に話していると、リリは冒険者もいいな、と思う。

 みんなが、私がやりたいようにやればいいって言ってくれる。嫌になったら途中で変えてもいいって。みんな優しいよね。私はそんなみんなに甘えてる気がする。


 その夜寝る前に、リリはジェイクを天幕から少し離れた所に連れ出した。


「どうしたんだ?」

「ジェイクおじちゃん。私のこと、娘みたいに大事にしてくれていつも感謝してる」

「お、おぅ。急にどうした」

「でも、本当の娘みたいに扱いたいなら、その前にお母さんと結婚して」

「は? ちょ、おま、なにいって」

「別にすぐじゃなくていい。私に気を遣う必要もないから」

「だけどよ……」


 ジェイクは俯き、二の句を継げないでいた。


「私にとって、お父さんはダドリーお父さんだけなの。でも、新しいお父さんを迎えるならジェイクおじちゃんがいい」

「そう、か……」

「うん」


 リリはそっとジェイクの肩に頭を乗せた。


「よし。今回の依頼が終わったら――」

「ダメ!!」

「えっ!?」


 死亡フラグを立てるのは断固阻止だ。


「えぇ……いいのか駄目なのか、どっちだよ……」

「何かが終わったらとか、無事帰ったらとか言うのは駄目。普通の、何気ない時にお母さんと話して?」

「そういうもん?」

「そういうもん」


 ジェイクの言い方を真似して返事をしたリリはぱっと立ち上がり、ジェイクの太い腕を引っ張って立たせた。


「さあ、今日はもう寝るよ!」

「お、おぅ……」


 月明かりに照らされた二人の背中は、本当の親娘のように見えた。





 翌日の夕方には焔魔の迷宮の入口近くに到着し、そこで再度野営して翌朝。いよいよ迷宮に入ることになった。


「サラマンダーは通常三十階層より下にしか居ないが、今は三階層から五階層で目撃されているそうだ」


 一番年長と思われる「暁」のトレッドが代表して全員に向かって話をしている。年長と「思われる」のは、「黒」の皆さんが年齢不詳だからである。


「常に移動しているから、どの階層にいるか分からん。一階層にいないとは断言できないから、全員常に警戒してくれ」


 「黒炎団」の魔術師の一人が「魔力探知」という天恵(ギフト)を持っているということで、先頭は「黒」に任された。魔力探知は自分の魔力を薄く広げることで、ソナーのように魔力を持った生物を探知できる。ただ、探知した生物がサラマンダーかどうかまでは分からない。魔力の大きさで推測するのだと言う。


『アルゴ、サラマンダーの居場所分かる?』

『もちろんだ。今は五階層をうろうろしているな。ただし四匹いるぞ?』

『四匹……一匹じゃないんだね』


 討伐対象はサラマンダー一体だと思い込んでいたリリは、アルゴと念話を交わした結果をそっとジェイクに告げる。ジェイクは「分かった」と言ってトレッドと話しに行った。一昨日の夜二人で話してから、ジェイクが何だかいつもよりキリッとしているように感じる。恐らく、リリに父親として認められていると知ったため、無様な姿を見せられないと意気込んでいるのだろう。


「なに? それは信用できるのか?」

「ああ。俺の冒険者ランクを賭けてもいい」

「そうか。分かった、編成を変えよう」


 そう言って、トレッドとジェイク、あとバトーラスと思われる三人で話し合い、隊列が決まった。


「前に俺達『暁』、真ん中がジェイク達『金色』、後ろを『黒』に任せる」


 トレッドが宣言してから、ふと思いついたリリがアルゴに尋ねた。


『アルゴの気配でサラマンダーが逃げない?』

『隠密を使うから問題ないぞ』

『そっか。ありがとう』


 トレッドはジェイクの言葉を全面的に信用し、真っ直ぐ五階層を目指すことに決定。途中の戦闘は体力と魔力を温存する為に極力回避する方針だ。魔物がいないルート選びは、魔力探知とアルゴの探知に頼る。というか、アルゴの探知は半径十キロ以上に及ぶので、アルゴに任せておけば万事解決なのだが、それだと冒険者のお仕事を奪うことになりかねない。ルート選びは「黒」にお任せすることにした。


 まぁ、ルート選びどころかサラマンダー討伐も、リリがアルゴに一言「お願い」と言えば十五分もかからずに討伐が完了してしまうのだが。しかもアルゴは喜んでそれをするだろう。だがそれは良くない。リリはあくまで臨時のヒーラーとして雇われ、アルゴはリリの従魔として付き添っているだけ。集まったSランクパーティ三つのお仕事を奪ってはいけないのだ。


 とは言え、危ない時には迷わず手伝うつもりのリリである。


「準備はいいな? では突入!」

「「「「「おう!」」」」」

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

滾ります!!

捗ります!!!


少し補足ですが、本話で出て来る「恐竜サイズ」というのは体長五~八メートルくらいです。恐竜にも色々いるので、それくらいとお考え下さい!

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