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66 演習場があるそうです

 えーと、聞き間違いかな? 瘴魔祓い士協会の会長さんが、学院の瘴魔祓い士科を叩き潰して欲しいって言ったような気がするけど。さすがにそんなこと言わないよね?


「プレストン、言い方がおかしいだろ? リリの顔が魔力弾を喰らったバルトみたいになっちまってるよ」


 バルトとは、どこにでもいる青灰色をした小型の鳥だ。前世なら「鳩」に一番近い。そして、一般常識だと魔力弾は威力が全くない。つまり、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔、という意味である。リリは恥ずかしくなって両手で自分の頬を挟んだ。


「ああ済まない。つい本音が」


 本音なんだ。叩き潰したいのが本音って、余程腹に据えかねてるってことかな?


 プレストンがリリに説明する。瘴魔祓い士協会とデンズリード魔法学院は管轄省庁が異なるため、会長のプレストンでもその方針に口出し出来ない。だが、近年瘴魔祓い士の質が下がっているのは、魔法学院、というか瘴魔祓い士科の教育方針が大きな要因になっていると言う。


「瘴魔祓い士科の卒業生の殉職率が低いのは知っているか?」

「えーと、聞いた話では二割以下だと」

「ここ五年は十五パーセントを切っている」

「卒業生が優秀ってことですよね?」

「違う。依頼を最低限しか受けないからだ。そういう教育を施しているのだ」


 瘴魔祓い士科の教員は殆ど全員が引退した祓い士で、彼等は「祓い士になって可能な限り安全で安定した生活を送る」方法を教えている。何故なら、自分達がそうして生き延びたからだ。それに、好き好んで自分の教え子を危ない目に遭わせたいと思う教員はいない。


 シャリーには聞かせられない話だな。グエンさんも、そんな事情を知っていたらシャリーを学院に行かせようと思わなかったかも知れない。

 いや待てよ? グエンさんなら、知っていてわざと通わせようとする可能性もある。あの人は何を考えてるのか分からないからなぁ。


「死なないための教育という意味では、あながち間違っていないのでは?」

「仕事としてはそうだろう。だが先程も言った通り、瘴魔祓い士というのは生き方であるべきだ。適正が非常に高い優秀な者が、安全策ばかり取っていては他の祓い士に負担がかかるばかりだ」


 プレストンが言うには、自分の能力を見極めて、自分がどこまで出来るのか、どんな状況だったら退くべきか、そういった判断が出来るように教育を施してもらいたいそうだ。彼も決して無謀なことをさせようとは思っていない。


「会長のおっしゃることは分かりました。ただ、私に何か出来るんでしょうか?」


 プレストンが言うことは理解できるし共感もする。しかし学院の教育方針が完全に間違っているとも思えないし、仮に間違っているとしても、自分にそれを変えられるとは思えない。


「君には、ただ思い切り力を振るってもらいたい」

「思い切り、ですか? 私、別に強くないですよ?」


 そもそも試験を受けても受かるとは限らない。合格率二パーセントの狭き門だ。落ちる可能性の方が遥かに高いのである。だからリリは二人に向けてそう言った。


「あんたが試験に落ちたら、試験官の目が節穴ってことさね」

「アンの言う通りだな……ところで、少し君の力を見せてくれないかな?」


 会長から突然のオファー。


「君は無属性の魔力弾で瘴魔を倒すそうじゃないか。アンを信じてない訳じゃないんだが、どうにも想像し難くてね」

「……でも、実際に瘴魔を倒さないと分からないんじゃないでしょうか?」

「それなら心配いらん」


 プレストンが言うには、公国が管理する瘴気溜まりがあるそうだ。管理って? と思うリリだが、浄化魔法による結界で囲まれた演習場らしい。学院の実習や試験で使われるという話だが、危険はないのだろうか?


「街から離れてるし、毎日騎士による見回りが行われ、増え過ぎないよう定期的に間引きが行われる。この間引きも、安全策が好きな祓い士に人気の依頼だ」


 話はリリの意思とは関係なくとんとん拍子で決まり、明日家に迎えを寄越すと言う。


「あの、一緒に試験を受ける子も連れて行って良いですか?」


 実戦訓練が出来るなら、シャリーにとってまたとない機会だ。試験に合格するかどうかはさておき、瘴魔祓い士を目指すなら、安全が担保された状態での実戦はとても良い経験になると思う。


「うーん……口外しないと約束出来るなら」

「……本当は、そこは行っちゃ駄目な所です?」

「…………学院の最終試験をそこでやるんだよ」


 おぅ……。何と言うかそれって……試験問題を先に見ちゃうようなもんだよね?


「君を連れて行くのは理由があるからなんだが、別の子も、となると――」

「絶対言わないように口止めします!」

「そ、そうか? じゃあいっか」


 意外と簡単に了承してもらえた。シャリーを口止めするのは少し……いや結構不安だが、まぁ何とかなるだろう。たぶん。


 ずっとアルゴと戯れていて、ここまで一切口を挟まなかったマリエルが急に話に割り込んだ。


「会長さん、リリを連れて行く理由って何ですの?」


 そう、それ! 私もちょっと気になったの。さすがマリエル。


「……リリ君には、先に瘴魔祓い士の資格を授けようと思っている。アンの話では、二級もしくは一級に相当する実力だそうだが、私の権限では三級までしか与えられない。もちろん普通は五級からだからな? それで実力を見せてもらおうという訳だ」


 通常、協会の依頼には二名以上の騎士が同行して瘴魔の討伐数を報告するのだそうだ。それが正式な討伐数としてカウントされ、年間の討伐数が規定値を超えれば昇級する。二級からは瘴魔鬼の討伐実績が必要になる。リリはマルベリーアン達と行ったルノイド共和国で瘴魔鬼も倒しており、騎士も同行していたが、瘴魔祓い士の資格を持っていないため討伐実績にならないのだと言う。


 それにしても、私が瘴魔祓い士か……。まぁ瘴魔祓い士になると決めてスナイデル公国に来たのだし、目標が叶うと言えばそうなんだけど、本当にいいのかな? 何だか実感がないのだけど。


「それでは明日の朝、迎えをやる。連れて来る子にはくれぐれも口止めを頼むぞ? それでは明日、現地で会おう」


 プレストン会長は幾分かすっきりとした顔になって帰って行った。


「おばあちゃん、あの会長さんはええ人なん?」

「ああ、あれは生粋の祓い士さ。昔ながらのね。悪い奴じゃないよ」


 アンさんが変な人を紹介する訳ないよね。話した感じ、ちょっと熱すぎる部分はあるけど良い人そうだった。ただ現状を憂いているけど立場上出来ることがなくて、もどかしく感じているんだろう。


「リリみたいな子が学院に入れば、いい刺激になると思ってるのさ」

「そうなんですか?」

「自分で分かってないみたいだけど、あんたは規格外だからね」


 まぁ、何かチートっぽい能力があるからなぁ。でもそれって自分の実力じゃないよね? 神様が与えてくれた力を、生かすも殺すも自分次第だとは思うけど、それを実力だと勘違いしないよう気を付けないと。


 それから、リリはマルベリーアンに試験について尋ねた。一次試験、二次試験、最終試験の三段階に分かれており、一次は的に魔法を当てる、または浄化魔法の威力を測る。二次では疑似的に作り出した瘴魔と対戦する。そして最終は先程プレストンから聞いた演習場での実戦だ。

 本当に実技だけなんだな……と言うか「疑似的に作り出した」瘴魔って何? 例の「魔箱」みたいなものが公国にもあるのかな?


「だから勉強することなんてないよ。特にあんたは」


 特にって何だろう。普段通りやればいいってことか。


「アンさん、もし学院に通うことになったら、弟子入りのお話は――」

「もちろん弟子にするさ。学院なんて、籍さえ置いとけば実習と試験を受けるだけでいいんだから」

「……普段通わなくて良い、と?」

「別にあんたが行きたきゃ行ってもいい。あんたの役に立つ授業があるとは思えないがね」


 マルベリーアンがそこまで言うならそうなのだろう。では、弟子として何をすれば良いのだろうか。


「特に依頼がない時は、週に二~三回ここに来ればいい。コンラッドはここに住んでるけど、あいつは好きでそうしてるのさ。あ、あんたが来た時は料理を作ってくれないかね?」


 そう言えば、コンラッドさんが料理すると謎の物質(ダークマター)を生み出すんだった。それで食事はいつも外食かテイクアウトらしい。


「料理するのは構いませんよ、好きなので」

「そいつは助かるよ。ここに来たら、浄化魔法の制御を教えるよ」

「制御、ですか?」

「ああ。範囲や威力をコントロール出来るようにね。あとは、依頼がある時は同行してもらうつもりだ。そうそう、資格を取ったらあんたにも依頼が来るから、その時はそっちを優先していいからね」

「分かりました」


 その後はしばらく雑談をしてから辞去した。帰りの道すがら、マリエルからリリに提案があった。


「リリ、瘴魔祓い士の仕事がない時、ウチと商売せぇへん?」

「商売?」

「うん。前ちょっと言ったやん。金持ち相手にお肌を生まれ変わらせるってやつ」

「あーあれ。でも、本当に商売になるの?」

「なるなる! いろいろ作戦も考えてんねん」


 マリエルによると、その商売の時は「カノン・ウィザーノット」として活動するのが良いらしい。治癒魔術師として商売することになるから、偽名の方が安全だろうと言う。


「マリエルに任せるよ」

「よし、任された! 時々相談に乗ってな?」

「もちろん!」


 商売のことを話すマリエルはとても楽しそうだ。アイディアを形にするのが面白いのだろう。そんなマリエルを見ると、リリも嬉しくなる。


 この時のリリは、まだマリエルの商売人としての実力を侮っていたのだが、それが分かるのはもう少し先の話である。





 翌朝、プレストン会長が言った通り、瘴魔祓い士協会の馬車がリリの家にやって来た。


「シャリー、早くしないともうお迎えが来ちゃったよ?」

「も、もうちょっと待ってくれ!」


 朝が弱いシャリーは盛大な寝癖と格闘していた。どう寝たらそんな癖が付くの? と不思議になるような、ある意味芸術的な寝癖である。

 門の所で三十代くらいの男性が待っていたので、少しだけ待ってもらうようお願いしに行った。するとシャリーが玄関から飛び出して来る。真っ赤な髪を帽子で隠していた。どうやら途中で諦めたらしい。男性に詫びて馬車に乗る。その男性が御者を務め、馬車にはリリとシャリーの二人きりだった。ちなみにアルゴは留守番してもらっている。非常に不服そうだったので宥めるのに苦労したが、何とか説得した。


「帽子似合ってるよ」

「本当か?」

「本当だよ。私は可愛いと思う」


 つばの狭い麦わら帽子には黄色のリボンが付いていて、シャリーの赤い髪に合っている。これでワンピースでも着たらもっと可愛いのに。今日の恰好は半袖シャツと半ズボン。相変わらず少年のような服装だ。麦わら帽子でわんぱく感が増していた。


 馬車はファンデルの北門を通り、北北西に伸びる街道を進んだ。一時間も走ると左右は林のように木々が立ち並ぶ風景に変わる。どんどんと緑が濃くなって、騙されて変な所に連れて行かれるんじゃないかと不安になってきた頃、ようやく目的地に着いた。


「プレストン会長、お待たせしました」

「いや、儂もさっき着いたばかりだよ」


 プレストンが好々爺然とした笑顔で出迎えてくれた。そんなプレストンの姿に、ここまで御者をしてくれた男性が若干引いているように感じる。協会ではきっと強面で通っているのだろう。


「この子が昨日話した子でシャリーです」

「シャリーだ、です。今日はよろしくたの、お願いします」

「プレストン・オーディだ。リリ君、シャリー君、今日はよろしく」


 挨拶を済ませ、演習場の入口に向かう。ファンデルと同じくらい高い防壁に囲まれたその場所は、一辺が五百メートルのほぼ正方形の敷地らしい。防壁の内側に浄化魔法の魔法陣が刻まれ、魔石から魔力を充填して結界にしていると説明された。


「昨夜と今朝の見回りで、瘴魔の発生数は通常通りと報告されている」

「通常ってどのくらいいるんですか?」

「十体前後だな」


 この広さで十体しかいないのなら、見付けるのも一苦労では?


「人の魔力を感知すると瘴魔の方から近付いて来る」


 向こうから来てくれるシステムなんですね。分かりました。


「瘴気溜まりは敷地の中心辺りですか?」

「そうだが? 何かあるのかね?」

「うっかり浄化しないように気を付けようと思いまして」

「うっかりって……二百メートルは離れてるぞ?」

「はい。気を付けますね」


 リリの台詞に首を傾げるプレストン。だが、リリの神聖浄化魔法は自分でも有効範囲がよく分かっていない。ただ普通ではないことだけは分かっている。集中すれば範囲をある程度絞れるが、今日はなるべく浄化魔法は使わないようにしようと思っている。


「さて。この扉を開けるとすぐ傍に瘴魔がいることもある。二人とも、準備はいいか?」

「はい」

「いいぞ!」

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

鉛のように重かったタイピングが軽やかになります!

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