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58 エルフさん再び

 遂にスナイデル公国へ旅立つ日が来た。


 マリエルやマルベリーアン達が帰ってからひと月。ベイルラッド・クノトォス辺境伯から「準備が整ったぞ」と手紙が届いた。既に引っ越しの準備と周囲への挨拶は終わっていたので、次の日に出発した。


 リリは馬車と荷馬車、それを曳く馬を四頭買った。冒険者ギルドの口座に預けている一億五千万のうちの三千万コイルをそれらに使った。

 スナイデル公国に着いたら売るつもりだが、馬などは情が移って売れない予感がヒシヒシとしている。


 余談だが、リリが持っているお金はこれだけではない。スナイデル公国の商業ギルドにガブリエルがリリ名義で口座を作ってくれ、そこにマヨネーズとケチャップの売り上げからリリの取り分を振り込んでくれている。そのお金が百万スニード(一億コイル)ほど貯まっているのだ。


 閑話休題。

 旅立つに当たって唯一の心残りは、辺境伯やケイトリン、カリナンに挨拶出来なかったことだ。だが、手紙に「近いうちにそちらへ行く」と書いてあった。高位の貴族がそんな簡単に他国へ来れるのかなと疑問に思ったが、彼等なら来ると言ったら来そうだ。自分が心配することではないだろうと割り切った。


 「金色の鷹」はパーティで馬と荷馬車を購入していた。そのため、リリ達一行は馬が八頭、馬車一台、荷馬車二台とダルトン商会の隊商と同じくらいの規模になった。


 アルガンがリリ達の馬車の御者を、クライブとアネッサが荷馬車の御者を、ジェイクとラーラは騎乗して一団の先頭と殿に位置取りしている。

アルゴは自由気ままに好きな場所を付いて来ている。偶に姿を消すが、十数分で戻って来る。何か気になるものがあって見に行っているのだろう。怪我さえしなければ好きにさせておこう、とリリは思った。


 かつてマリエル達に同行して通った旅路を、再び家族やジェイク達と進んだ。野営ではリリとミリーが振る舞う料理に皆が大満足である。もうすぐ六歳のミルケが旅に耐えられるか心配だったが、不満を口にすることもなく、姉や大人達の言う事を聞いてくれた。


 だが、一週間も馬車の旅が続くとさすがに飽きたようだ。御者台に乗ったり、ジェイクと一緒に馬に乗ったり、アルゴの背に乗せてもらったりで何とか誤魔化した。


 マルデラを出発してから十二日後。シェルタッド王国の王都、シュエルタクスに到着した。Sランク冒険者は大きな街に来たらギルドに顔を出す慣習があるらしく、宿を取った後に冒険者ギルドへ向かった。Sランクでないと対応できない依頼がないか確認するそうだ。

 リリもジェイク達に同行した。ギルドマスターのグエンが居たら、一言お礼を伝えたかったからだ。

 ジェイク達が受付カウンターで職員と話し始めたので、リリは別の職員に尋ねた。


「リリアージュ・オルデンと申します。あの、ギルドマスターのグエンさんはいらっしゃいますか?」


 女性の職員は、リリが差し出した冒険者証を見、リリの後ろに控えているアルゴを二度見してから答える。


「どのようなご用件でしょう?」

「特に用はないんですが、お礼を言いたくて」

「お礼?」

「はい。あの、マルデラのギルドマスター、アンヌマリーさんに手紙を書いてくださって、そのおかげで魔法の師匠と出会うことが出来たんです」

「なるほど……ギルマスに伺ってきますね」


 しばらくすると職員が戻って来た。


「ギルマスがお会いするそうです。それと、『金色の鷹』のパーティリーダーとも会いたいと申しております」


 その言葉に、ジェイクがリリの方を振り返る。目で尋ねると頷かれたので答えた。


「分かりました。一緒にお会いします」

「ではご案内します」


 リリとジェイク、それにアルゴが職員の後を付いて行く。階段を上がって直ぐの応接室に案内された。ソファに座って待つ。


「やあリリちゃん。二年ぶりかな?」

「グエンさん、こんにちは。もうすぐ二年です。あの、グエンさんのおかげで、浄化魔法と治癒魔法が使えるようになったんです! ありがとうございました」

「そっかぁ。それは良かった」


 相変わらず少年のような風貌のエルフ、グエンことチャリグエン・クルルーシカ・バルト・ミルカーシュがリリとジェイクの向かいに座る。


「あなたはひょっとして……『暴風』のグエンさんか?」


 ジェイクの言葉に、リリは小首を傾げた。ぼーふー? 暴風か。グエンさん、そんな二つ名が付いてるんだ。


「えーと、『金色の鷹』のリーダー、ジェイク・ライダー()でいいのかな?」

「ああ、すみません。ジェイクです」

「ここのギルマス、グエンだよ。変な二つ名で呼ばないでくれると嬉しいな」

「……すみません」


 ジェイクが珍しく素直に謝っている。前にウルから「大陸一の魔術師」と聞いていたリリだが、見た目で言うと今ではリリと変わらない年齢に見える。しかしジェイクの態度から、冒険者が憧れを抱くような人らしい。


「アルゴも久しぶりだね」

「わふっ」

「さて……ジェイク君に来てもらったのは、Sランクの君たちに頼みたいことがあるんだ」

「依頼ですか?」

「その前に、君たちの目的地はどこ?」

「「スナイデル公国の首都ファンデルです」」

「おお。なら丁度いい。依頼といっても僕個人の依頼なんだ。この町に来ている孫を、ファンデルに連れて行ってくれないかな?」


 孫? やっぱり、少年のように見えるけどお孫さんがいる年齢なんだ。


「それは護衛ということですか?」

「いや……護衛というより、護送? いや護送も生易しいな……」


 何だか不穏なことを言い始めたグエン。


「とにかく、引きずってでもファンデルに連れて行って欲しいんだ」


 グエンの話によると――。


 孫の名はシャリエット・クルルーシカ・バルト・モルドール。通称「シャリー」。十四歳の少女で、もちろんエルフである。

 祝福の儀で判明した天恵(ギフト)は「爆炎使い」。その名の通り、炎魔法の使い手らしい。


「ただねぇ、性格に難が……いや、はっきり言おう。今のままじゃ、あの子は駄目だ」


 駄目らしい。

 何が駄目かと言うと、幼い頃から魔法の才能に溢れ、周囲にチヤホヤされて天狗になってしまった。炎魔法最上位の紅炎(プロミネンス)を習得し、単に「稼げるから」という理由で瘴魔祓い士になると言っている。


 瘴魔祓い士は危険な仕事だ。殉職率も五割近い。そんな仕事をさせたくない両親が懸命に説得したが、シャリーは頑として聞かない。それで困ったシャリーの両親は、グエンお祖父様が実力を認めたら許す、とグエンに判断を委ねたらしい。


「シャリーは、確かに才能があるし実力もある。だけど協調性がない。瘴魔祓い士は単独で活動するべきじゃない。騎士や兵士、冒険者の援護があって初めて瘴魔を倒せるんだ。あの子はそれが分かってない」


 ……私、一人で倒してました、なんて言えない。いや、いつもアルゴが居てくれたか。そうだな。アルゴが居なかったら瘴魔か瘴魔鬼にやられてとっくに死んでただろうな。


「だから、僕は瘴魔祓い士になるのに条件を付けた。ファンデルにあるデンズリード魔法学院に入ること。そこの瘴魔祓い士科でしっかり学ぶこと」


 デンズリード魔法学院……アンさんから「通って欲しい」と言われた学院だ。


「リリちゃんも、瘴魔祓い士を目指すならあそこはお勧め……いや、リリちゃんには必要ないかな」

「あの、グエンさん。そこはどんな学院なんですか?」

「魔術師や魔法騎士を目指す者が集まる所だね。瘴魔祓い士科はその中でも最難関さ」

「最難関……入るのに試験が?」

「もちろん。毎年、瘴魔祓い士科だけで受験者は千人を超えるよ。で、入れるのは上位二十人だけ」


 なんですと!? 合格率二パーセント? そんなに厳しい試験を突破して瘴魔祓い士になっても、殉職率が五割って……。


「そこを卒業しなくても瘴魔祓い士の資格は取れるよ。瘴魔を倒した実績……確か三体だったかな? それを証明できれば、協会が五級の資格証をくれる」


 ただ、学院の卒業生は殉職率二割以下なのに対し、学院に行かずに資格を取った者は八割近いらしい。いかに学院の教えが重要か分かる。


「話が逸れたね。シャリーにはそこを受験させて、しっかりと学んでもらいたいんだ。だけど、本人は今すぐにでも瘴魔を狩りに行くと言って聞かない」


 身近に自分より優れた魔術師がいなかったことで、シャリーは自分なら直ぐにでも特級瘴魔祓い士になれると考えているらしい。


「あの、シャリーさんは今までに瘴魔を倒したことは……?」

「ないんだ。そんな甘い相手じゃないって言い聞かせてるんだけど、全然聞かないんだよね」

「でも紅炎(プロミネンス)を使えるなら――」

「瘴魔なら倒せるだろう。でも瘴魔鬼以上だと無理だ」


 瘴魔は存在が悍ましいだけで、黒い靄に触れさせず紅炎(プロミネンス)を当てれば倒せるのは間違いない。ただ、グエンが言うように瘴魔鬼だとそうはいかない。リリのブレット(弾丸)でもひと苦労なのだ。動きが恐ろしく速い上に物理攻撃までしてくる。今のリリなら遠距離から神聖浄化魔法で倒せるだろうが、そういう手段がなければ援護が不可欠なのだ。


「たしかに、瘴魔鬼を一人で倒すのは大変ですよね……」

「リリちゃん、やっぱり瘴魔鬼を倒したことがあるんだね?」

「あ」


 独り言のような呟きをグエンは聞き逃さなかった。ジェイクにジト目で見られる。


「えへへ……」

「まぁいいさ。自分より年下の子が瘴魔鬼を倒したって聞けば、シャリーの性格なら必ずリリちゃんに絡んで来る」

「え、お断りですけど」


 自分が言うのもなんだけど、瘴魔を簡単に倒せるって調子に乗ってる子の相手なんかしたくないよね。しかも特級にすぐなれる? アンさんの爪の垢でも煎じて飲ませたい。特級瘴魔祓い士っていうのは、ただ強ければ良いって訳じゃない。強いのは当たり前。それ以上に、守る人をたくさん背負いながら勝ち続ける強い心が必要だ。たくさんの人から尊敬され、頼られ、その期待に応え続けなきゃならない。


 紅炎(プロミネンス)が使える魔術師は少なからずいる。でも全員が瘴魔祓い士になってる訳じゃない。瘴魔祓い士というのは、誇り高い仕事なんだよ。


 脊髄反射で断ったリリを、グエンがニヤニヤしながら見つめる。


「あれー? リリちゃん、僕に感謝してるんじゃなかったっけ?」

「うっ……」


 言葉に詰まるリリを見て、グエンが相好を崩した。


「冗談さ。あれは僕が勝手にやったことだから、恩に着せるつもりはないよ。ただ、可愛い孫が心配なのは本当だ」

「つまり、ギルマスのお孫さんがリリに負けん気を起こすように仕向け、有耶無耶のうちにファンデルに連れて行け、と」

「さすがジェイク君、話が早い! ……頼めるかな?」

「連れて行ったところで、素直に学院を受験しますかね?」

「そこは大丈夫、段取りしてるから。僕が力づくで連れて行ければいいんだけど、これでも僕、わりと忙しいんだよね……」


 前もそんな台詞を聞いたな。まさか、面倒臭いから人に丸投げしてるんじゃない、よね?


「リリ、どうする?」

「え、私!? うーん……グエンさんのお願いは断りづらいよね。えーと、お約束は出来ませんけど、出来る限り頑張る、というのでもいいですか?」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。明日シャリーと会わせるから十時くらいにギルドに来てくれる?」


 色々と丸め込まれたような気がするが、グエンに了承を伝えて別れたリリ達は、宿に戻って家族や仲間に報告した。





 翌朝。リリは指定の時間に冒険者ギルドを訪ねた。同行者はアルゴ、ジェイク、ラーラである。ミリーとミルケ、アルガン、クライブ、アネッサは旅で足りなくなったものを補充するために買い物に向かった。ギルドの一階でリリはジェイクに話し掛ける。


「どんな人だろうねぇ」

「『暴風』のグエンが才能と実力を認めてんだから、魔法は相当な腕前だろうな」

「ジェイクおじちゃん、『暴風』って?」


 ジェイクはしまった、という顔をする。


「あー、三十年くらい前だが、『極大暴風雨(ギガ・テンペスト)』っていう神位(しんい)魔法を使えたのが、唯一あの人だけだったんだよ」

「しんい魔法?」

「神の位って書く。最上位の上の魔法だ」


 三十年前……ジェイクはもちろんまだ幼い頃だから誰かから聞いた話だろう。アンヌマリーさんとパーティを組んでた時かな? それにしても最上位より上の魔法があるなんて初めて知った。神聖浄化魔法よりも強力な浄化魔法もあるのかな?


 そんなことを考えていると、二階からグエンと一人の少女が降りて来るのが見えた。

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