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56 カノン・ウィザーノット

 ローブはまだしも中の服はいざ戦いになった時に動きにくそうだったので、ラーラからはローブだけ借りた。


「クックック! あの恰好で良かったやん!」

『なかなか似合っておったぞ?』

「……うぅ」


 なぜこんな服を持っているのかラーラに聞いたところ、急にスンとなって「黒歴史よ」と言っていた。それ以上は聞けなかった。


「と、とにかくアネッサお姉ちゃんの家に行ってみよう」


 アネッサの家は五分くらいの場所にある。玄関をノックしようとしたら先に開けられた。しかも開けたのはアルガンだ。


「リリちゃん、待ってたよ!」

「え?」


 聞けば、リリが自宅を出た後にアルガンが来てジェイクから話を聞いたらしい。リリの家からはラーラの家が近いので、先にそっちに行くと予想してアルガンもアネッサの家に来たそうだ。


「アネッサは今、変装に使えそうなものを探してる」


 そう言いながら家に入れてくれた。リビングで待っていると、奥の部屋から「あった!」と大きな声が聞こえた。


「リリちゃん、来たわね! アルガンから話を聞いて、これを探してたのよ」


 そう言ってアネッサが見せてくれたのはウィッグ。薄い紫色をしたロングヘアーのかつらだった。


「それと……これ!」


 もう一つ、レンズの入っていないメガネを取り出した。ウィッグと同じようなラベンダー色のフレームが太いメガネだ。黒じゃなかったので少し安心した。


「これでかなり印象が変わるわよ? 着けてあげる」


 自前の髪を纏めてからネットを被せ、その上からウィッグを着ける。そこにメガネを掛けて鏡を見てみた。


「おぉー! 結構変わるね」

「ほんまや! パッと見、全然リリって分からんわ!」


 先程ラーラから借りた漆黒のローブを羽織ってみる。フードは……せっかくウィッグを着けているから被らない方が良さそうだ。


「普段のリリちゃんを知ってる人間が見たら、絶対分からないね」

「うん。これを見て、その人を探そうと思ってもリリちゃんには行き着かないわね」


 アルガンとアネッサが満足そうに感想を言い合う。自分で鏡を見ても自分ではない気がする。髪とメガネでこんなに印象が変わるんだ、とびっくりした。


「そうや! なんか偽名も考えようや!」

「お、いいね!」


 マリエルとアルガンが悪ノリし始めた。あーでもない、こーでもないとしばらく議論を戦わせ、遂に決まったようだ。因みにリリは一つも意見を言っていない。


「リリ、あんたの偽名決まったで!」


――カノン・ウィザーノット。


 名前の由来は、とにかく「リリアージュ・オルデン」と全く関連がないこと、何だか凄い魔法使いっぽいこと、らしい。よく分からない。


「これからその恰好の時はカノンって呼ぶで!」

「う、うん、分かった」

「「よろしく、カノンちゃん」」

「あ、はい」

『我もカノンと呼んだ方が良いか?』

「うっ……アルゴはいつも通りでお願い」


 アルゴの問いには、耳元で囁くように答えた。とにかく、変装は上手くいきそうだ。これなら身バレを気にせずアンさん達を手伝える。


 アネッサの家を出たリリは、その恰好のままポッポ亭に向かった。リリを見た二人は驚き、これなら大丈夫だろうと太鼓判を押すのだった。





 翌朝。リリは「カノン・ウィザーノット」に変装してマルベリーアンの部屋で早朝から待機していた。一緒にポッポ亭で朝食を摂った後、クノトォス領の騎士が迎えに来た。いつも書状や先触れを持って来てくれていたルーベンではなかったのでリリはホッとした。


「クリープス様、お迎えにあがりました」

「ご苦労様」

「ご同行者は……コンラッド・カークス様と、そちらの方は……?」

「彼女はカノン・ウィザーノット。あたしが手伝いを頼んだのさ」

「カノン様、ですね。かしこまりました」


 それからクノトォス領が用意した馬車に案内され、カノン(リリ)とマルベリーアン、コンラッドの三人で乗り込んで出発した。


 今回、アルゴと「金色の鷹」は別行動だ。せっかく変装したのに、アルゴが傍に居たら直ぐにバレるし、「金色の鷹」がカノンを護衛しても勘繰られる。アルゴは持ち前の隠密能力を遺憾なく発揮し、街道から離れた場所からカノンを見守る。「金色の鷹」は今回涙を呑んで留守番である。ジェイクとアルガンが捨てられた子犬のような目をしたが、心を鬼にしてマルデラに居てもらうことにした。


 そもそもクズーリ・ギャルガンが下手な事をしなければカノン達の出番はない。マルデラからギャルガン子爵領まで行って帰ってくるだけという、一泊二日の小旅行になる可能性も十分あった。というか寧ろそれを望んでいる。


「リ……カノン、ギャルガン子爵領に行ったことは?」

「ありません」

「そうかい。まぁ息子がろくでもない奴だから、良い統治は期待できないだろうね」

「そんなものですか?」

「そんなものだよ」


 馬車にはカノン達三人だけだが、今から呼び方に慣れていないとぼろを出すかも知れないので「カノン」呼びをしていた。

 息子の出来が悪いからといって統治が駄目とは限らない。領地のことを考えるあまり息子に目が行き届かなかったのかも知れない。しかしカリナン・クノトォスとクノトォス領を見れば、マルベリーアンの言葉も一理あると思えた。


 ギャルガン子爵領の西端にあるコルム村に、騎士が十騎、領兵が二十五人、神官が五人、計四十人が集結していた。戦争を仕掛ける訳ではなく、単にクズーリと関係者の捕縛が目的なので数としては十分だろう。カノン(リリ)達の馬車もこれに合流し、ここから子爵家の屋敷があるガルマクスの街まで全員で移動する予定だ。


「これだけの人数で向かえば察するでしょうね」

「派手に紋章を掲げてるんだ。馬鹿でも気付くね」


 辺境伯家の紋章が描かれた軍旗が長い棒の先ではためいている。四十余りの人数に対して掲げられた軍旗は五(りゅう)。これでこの集団に何か仕掛ければ、それは辺境伯家に喧嘩を売ったのと同義である。クノトォス領は千人の騎士と一万二千人の領兵を抱えている。アルストン王国北西部で随一の戦力だ。木っ端盗賊でも、辺境伯家に正面から喧嘩を吹っ掛けるような真似はしない。


 それなのに、クズーリ・ギャルガンは喧嘩を吹っ掛けた訳だ。木っ端盗賊より頭が悪いと言わざるを得ない。或いは、余程自分が優秀だと勘違いしているか、である。


 目的こそ告げていないが、隠れもせずに堂々とガルマクスに進軍する一団。道中では魔物とも遭遇することなく、間もなくガルマクスの防壁が見えてくるといった所で、ギャルガン子爵領の騎士が一団に近付いて来た。


「クノトォス領の騎士殿とお見受けするが、我が領に何用か?」

「我々は辺境伯閣下より命を受け、クズーリ・ギャルガン殿を捕縛するために参った」

「クズーリ様を捕縛? それに足る証拠がおありか?」

「もちろんだ」


 カノン(リリ)は、来た目的を言っちゃうんだ、と少し驚いた。このタイミングでクズーリに伝われば、逃げるなり反撃するなりの時間を与えてしまうのではないだろうか。そう思ってコンラッドに尋ねると、彼は落ち着いた声で教えてくれた。


「まさにそれが目的なんだよ。逃げれば罪を認めたのと同じだし、反撃は辺境伯家に対する明確な敵対と見做せる。どっちにしてもクズーリは終わりだろうね」


 そんな風に簡単に行くだろうか? リリを攫おうとしたクズーリは、最後まで自分は正しいと思っているように見えた。今回も、辺境伯が間違っていて自分が正しいと考えているかも知れない。その上で恨みを抱え、「魔箱」を大量に持っているのだ。


 どうやら「一泊二日の小旅行」とはいかない気がする。カノンはより一層気を引き締めた。





*****





 側近――帝国の密偵は、部下からの報告を聞いて考えを巡らせていた。


 辺境伯の騎士や領兵が間もなくここへ来る。ここらが潮時だろう。「魔箱」の代金として四億コイルもせしめたし、クズーリ・ギャルガンはもう限界だ。本当なら、クノトォス辺境伯に打撃を与えたかったが、このガルマクスの街と住民を道連れに騎士や領兵を瘴魔の餌食にすることで満足するしかない。とっとと逃げよう。


 おっと、その前に。我が主人に危機を伝えるとするか。側近はクズーリの居室をノックした。


「入れ」

「クズーリ様。クノトォス領の騎士と領兵が間もなく参ります。目的はクズーリ様の捕縛だそうです」

「…………そうか」


 思いのほか冷静な返事に、側近は肩透かしを食った気分だった。こうなることを予測していたのだろうか? まさか大人しく捕まる気か? それは困る。折角の「魔箱」二十箱、存分に使ってもらわねば。


「……今ならまだ逃亡も間に合います」

「この国に逃げ場などない。私はここまでだ」

「それならば、せめて『魔箱』を使って反撃されては?」

「民に被害が出るだろう。そんなことはしない」


 何だ何だ? こいつは本当にクズーリか? まるで別人ではないか。


「私は……ようやく分かった。自分の愚かさを。妄執に囚われていたことを。これ以上家にも迷惑を掛けられん。お前は……今までご苦労だった。早く逃げよ」


 何てこった。こいつ、自害する気だな。死期が近くなって悟りやがったか。

 こうなったら、俺が「魔箱」を何とかするしかないが……いや、巻き込まれずに使えるか? 素直に持ち出した方が良いんじゃないか?


「何をしている。さっさと行け」

「はっ。クズーリ様、ありがとうございました」


 側近は心のこもっていない感謝の言葉を述べ、クズーリを残して部屋を出た。「魔箱」を未使用のまま辺境伯に渡すのは悪手だ。かと言って燃やす訳にもいかない。燃やせば勝手に瘴魔が湧き出すからな。


 ……そうか。燃やせば良いのだ。俺が逃げた後に燃えるよう細工すれば。


 側近は「魔箱」を一時的に保管している倉庫へと向かった。油をまき、細い縄を見付けてそれにも油を染み込ませる。縄を何本か結んで長くしたら、その端に火を点けた。これで屋敷から離れる時間を十分稼げるだろう。


 側近は倉庫から出て扉に鍵を掛けた。屋敷裏の厩で手早く馬に鞍を着け、そのまま全速力でガルマクスの南門へと走らせた。





*****





 ガルマクスの西門で少し押し問答があったが、クノトォス辺境伯の名を出せば門兵は簡単に退いた。ギャルガン子爵家の屋敷は街の中心部にある。カノン達の一団は特に急ぐでもなく、整然と隊列を組んで進む。

 これは、ベイルラッド・クノトォス辺境伯の名において彼等が任務に就いていることを住民に周知するのが目的である。


 道の真ん中を二列縦隊で進む。軍旗を掲げた領兵、騎乗した騎士、神官、最後に馬車に乗ったカノン達。その後ろにも一台の馬車が続くが、これは護送用である。


 時刻は間もなく十七時。初夏であるこの季節だと日没まで一時間半くらいだろうか。東の空は既に宵闇が迫っているようで、橙色と青が混ざっている。

 そう言えば、この世界でも太陽は東から昇って西に沈むな、とカノンは益体もないことを考えていた。

 夕方のこの時刻なら人通りはもっと多くてもおかしくない。仕事帰りの人、夕飯の買い出しに出た人。だが、街の大きさと比較して人が少ないな、と思った。全体的に活気がないように感じられる。マルベリーアンの言った通り、統治があまりうまくいってないのだろうか。いや、そういう目で見ているからそう感じられるだけかも知れない。


 カノン達一団に目を向ける人々は、驚きや好奇の色を浮かべている。靄が見えるようにしてみると、その色はやはり印象通りだった。恐怖を感じている人が殆ど居ないのが少し意外だ。


「私達を見ても怖がったりしないんですね」

「この国のことは詳しく知らないけど、後ろ暗いことがなければ騎士や兵を怖がる必要はないんじゃないかな?」

「たしかに」

「隊列を組んで整然と進めば、何かの行事だと思ってるかもしれないね」


 コンラッドの言う通りだ。騎士や兵士はならず者ではない。民を守る頼れる存在だ。畏敬の念を抱きこそすれ、悪いことをしていなければ恐れることはないのだろう。

 街中を整然と進む姿はパレードのように見えるのかも知れない。実際にはこの地を治める領主の三男を捕縛に来た訳だが。


 しかし……街の中にまで入って来たのに、領主はおろか領兵や騎士すら見当たらない。何らかの妨害があると思っていたのだが……。用があるならそっちから来い、と屋敷で待ち構えているのだろうか?


 そんなことを思っていると、前を進む領兵や騎士から少し騒めきが届いた。騎士の一人が馬車に近付いて来たので、マルベリーアンが窓を開ける。


「クリープス様」

「何かあったのかい?」

「子爵家の屋敷から黒煙が上がっております。どうやら火事のようです」

「……何が起こったのやら。とにかく近付いてみなきゃ分からないね」

「はい。安全の為、馬車からお出にならぬようお願いします」

「ああ、分かったよ」


 しばらく進むと、少し小高くなった場所で黒煙に包まれた大きな屋敷が見えた。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます。

また、いつもいいねして下さる読者様にも感謝しております。

拙い作品ですが今後もよろしくお願いいたします。

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