表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/146

48 罠に嵌めよう

 リリが一階の玄関扉を開くと、目の前の光景があまりにも予想通りだった為に笑いを堪えるのが大変だった。

 金属の胸当てや籠手、脛当て、胴鎧を身に着け、腰に剣を佩いた男性が六人。玄関を囲むように立っている。その後ろに、けばけばしい服を着た金髪の男性が一人。


「お前が治癒魔術師のリリアージュ・オルデンだな?」

「えーと、治癒魔術師ではありませんがリリアージュ・オルデンです。何か御用ですか?」

「はっはっは! 今更誤魔化しても遅い。私がお前を使ってやる、光栄に思え!」


 うーん……今すぐブレット(弾丸)で膝を撃ち抜きたくなってきたよ。それか、アルゴを呼ぼうかな? いや駄目だ。せっかくジェイクおじちゃん達が作戦を立ててくれたんだから。ルークさんの為にも我慢我慢。


「フン! あまりの喜びで口がきけんようだな」


 喜び? 嫌悪しかありませんが。クズーリも護衛も濃い灰色の靄を纏っている。もう少し悪意を隠しても良いと思うんだけど……。


「よし! 連れて行くぞ」

「はっ!」


 護衛の一人が前に出てリリの手首を掴む。


「痛い! 何するんですか!」

「うるさい! 大人しくついて来い!」

「いやです、やめてください!」

「言うことを聞けっ」


――バシッ。


 護衛の空いた方の手がリリの頬を打った。手加減なしの平手打ち。痛みよりも、簡単に暴力を振るわれたことが衝撃だった。


 護衛はリリの手を乱暴に引っ張って行く。この人達は、人攫いが重罪だと知らないのだろうか? それとも貴族の命令だから罪に問われないと思っている? もしかして、同じような事を何度もやっているんじゃない?


 ポッポ亭の前には馬車が用意されていた。町の住民達が心配そうな顔で遠巻きに見ている。うん、この辺りでもう一押ししよう。リリはその場で腰を落とし、馬車に押し込められるのに抵抗した。ズルズルと引っ張られ、土の地面に靴の痕が残る。


「いや! やめて!」


 護衛の顔に下卑た笑みが浮かび、また空いた手が振り上げられた。


――バシン!


 手首を掴まれている為、倒れて衝撃を逃がす事が出来ない。リリの口の端から血が垂れ、鼻血も出た。


「おい! 程々にしておけ!」

「はっ! ……良かったな、優しいご主人で」


 クズーリの声に答えた護衛は、リリの耳元で囁いた後にクツクツと嗤った。痛みよりも怒りで涙が出そうになる。

 絶対泣かない。泣いてなんかやるもんか。リリは下唇を噛んで懸命に涙を堪えた。その彼女を護衛は無理矢理立たせ、馬車に突き飛ばす。そして客室に押し込められた。隣にはリリを殴った護衛が座り、向かい側にクズーリが乗り込む。馬車は直ぐに東門に向かって動き出した。


 いつの間にか後ろにも馬車が続き、周りに騎乗した護衛が何人か居る。そして東門が目の前に迫った時、ずらりと並んだ衛兵が一行を囲んだ。


「くそっ、何なんだ、この町は!? おい、力づくで押し通れ!」


 衛兵は武器を向けていないにも関わらず、護衛達は剣を抜いた。


「武器を収めろ! 人攫いの通報があった。抵抗すれば全員捕縛する!」


 人攫い……衛兵からその言葉を聞いて、護衛達の顔色が変わる。あ、人攫いが重罪って事は知ってるんだ。自分達がしているのが人攫いだと思ってなかっただけで。

 いや、はっきり拒絶して抵抗して怪我までしてるんだ。これが人攫いじゃなかったら何が人攫いだって話だよね?


「人攫い? 今人攫いと言ったか?」

「ええ、そう聞こえました」


 リリの隣に座る護衛も、顔を青くしながらクズーリの問いに答える。


「何を言ってるんだ、あいつは。私はこいつをエバーデンに連れて行くだけだ」


 あ。駄目だこの人。


 馬に乗った護衛達は次々に武器を捨てた。それを見て、クズーリの苛立ちが益々募る。


「全く使えない者ばかりだ。私が直接説明する!」


 そう言ってクズーリは馬車から降りた。


「私はクズーリ・ギャルガン。ギャルガン子爵家の者だ! 人攫いなどと言い掛かりをつけるのはどいつだ!?」


 クズーリの言葉に、ジェイクとアルガンが前に出て来た。あれ? どこに居たんだろう?


「『金色の鷹』のジェイク・ライダー。こっちはアルガン・ボイルマン。リリを攫ってどこに行くつもりだ?」

「だから攫ってなどいない! 見れば分かるだろう!?」


 そう言ってクズーリは馬車の扉を開けて中を示した。そこには、怯えて口と鼻から血を流すリリが座っていた。隣の護衛がジェイクとアルガンから放たれた殺気に「ひぃっ」と小さな悲鳴を上げる。


「……怪我をさせたな?」

「は? 勝手に転んだだけだ!」

「転んで頬が腫れるのか? 手首も赤くなっているが」

「そんな事は知らん! これで分かったな、断じて人攫いなどではない!」


 ギリッ。ジェイクの奥歯を噛み締める音が聞こえる。


「リリ。この……あー、クズーリなんとかという男と一緒にどこかに行くのか?」

「ギャルガンだ! クズーリ・ギャルガン! 無礼にも程があるだ――」


 ジェイクがスッと目を細めてクズーリを睨むと、彼は途中で口を閉じた。


「どうだ、リリ?」

「無理矢理馬車に乗せられたの」

「……と本人は言っているが?」

「なんだと!? それは誤解だ。勘違いだろう」

「お前を使ってやるって言われた。それでこの人が手首を掴んで二回ぶたれた」

「ひっ」


 衛兵が二人、ジェイク達の傍で話を聞いていた。彼等はクズーリと馬車の中の護衛にゴミを見るような目を向けている。


「どう見ても人攫いだよな?」

「人攫いだよね?」


 ジェイクとアルガンが傍の衛兵に問い掛けると、衛兵は二人とも深く頷いた。後ろに控えていた衛兵達が動き出し、護衛を馬から降ろして縄をかけていく。


「おい、待て! 勝手な事を!」

「あー、クズーリさんよ。あんたの中で『人攫い』の定義ってどうなってんだ?」

「は? 人を無理矢理どこかに連れて行って奴隷として売る事だろう?」

「いや、無理矢理連れて行く時点で人攫いだろうが」

「なんだと? 私は彼女の為を思って――」

「それをリリが望んだか? 連れて行って何をさせるか説明したのか?」

「貴族の私が連れて行くのだ。平民がそれに従うのは当然だろうが」

「……もういい。あんたと話すと疲れる」


 馬車の中に居た護衛も衛兵に捕縛され、女性の衛兵によってリリがそっと馬車から降ろされた。クズーリに三人の衛兵が近付く。「なんだ!? 貴様、何をする!?」まだ自分が捕まるとは思っていなかったらしい。ある意味おめでたい思考の持ち主だ。


「リリ、大丈夫か?」

「うん。ジェイクおじちゃん、アルガンお兄ちゃん、ありがとう」

「あー、礼には及ばん」

「リリちゃん、怖がらせてごめんね? しかしマジでムカつく奴だね。殺した方が良かったんじゃない?」

「いや、あれは悪人と言うよりただの馬鹿だ」


 アルガンの過激な発言に、ジェイクは呆れたような声で答えた。


「でもアルゴを閉じ込めておいて正解だったな。一緒にいたら、リリがぶたれた瞬間に護衛の首が飛んだだろう、物理的に」

「いや、ぶとうとした瞬間だと思うよ?」

「それもそうか……リリ、本当に大丈夫か?」

「あ、うん。あの人、私を攫って何をさせたかったのかなぁって思って」


 手首を摩りながら難しい顔をしていたリリを、ジェイクとアルガンが心配そうに見ている。


「おい! リリは連れて帰って大丈夫か?」


 ジェイクが近くの衛兵に声を掛けた。


「大丈夫です! 後で事情を聴きに家まで行っても良いですか?」


 リリがこくんと頷いたのを確認してジェイクが「大丈夫だ」と答えた。


「クライブとアネッサとラーラは、クズーリに他の仲間がいねぇか調べてる。後で家に来る筈だから帰ろうか」

「うん!」

「リリちゃん、自分の怪我は治さないの?」

「えーと、衛兵さんが事情を聴きに来た後で」

「そっか、さすがだね!」


 証拠はちゃんと残すべきだし、私に怪我をさせた事で少しでも罪が重くなれば良い。リリのそんな考えをアルガンが褒め、ジェイクは頭をくしゃっと撫でた。二人に挟まれて家に戻ると、ミリーとミルケ、ジャンヌ、それにアルゴまで外で待っていた。


「リリ!? 怪我してるじゃない!?」

「大丈夫、痛くないから」


 ジャンヌが慌てて店から濡れたタオルを持って来て、ミリーがそれを使ってリリの顔についた血を拭った。アルゴがリリの腰に顔を擦り付けてくる。ミルケは泣きそうな顔で姉を見つめていた。


「ミルケ、心配掛けてごめんね? 大丈夫だよ」

「ほんと?」

「うん」


 リリが優しくミルケの頭を撫でると、ようやく安心したようで笑みを浮かべた。アルゴがソワソワしているので、首に抱き着いて落ち着かせる。その温もりに、ようやく面倒な事が終わったと実感した。





 三日後、クズーリ一行を領都エバーデンに移送するためマルデラに騎士の一団が訪れた。町から屑貴族が居なくなって、リリやジェイク達だけでなく住民全てが安堵した。

 それから約一か月後。春が過ぎ去ろうとしている頃、リリを訪ねる者があった。その人物を見た時、リリは「おじいちゃん執事だ、渋い」と思ったが口には出さなかった。


「ボームス・キャリアースと申します。ベイルラッド・クノトォス辺境伯閣下の執事長を務めております。リリアージュ・オルデン殿にお話があるのですがよろしいでしょうか?」


 丁寧な物腰、柔らかい口調。靄の色は薄い黄色と少しだけ淡いピンク。アルゴも警戒していないし、悪意のある人物ではなさそうだ。


「私がリリアージュ・オルデンです。母と、信頼できる人を同席させても構いませんか?」

「ええ、もちろんですとも」


 カフェタイムの営業中だった「鷹の嘴亭」にボームスを招き入れたリリは、ミリーを呼びに二階へ。その後ジェイクを探しに行こうとしたら、彼の方からこちらへやって来た。


「あ、ジェイクおじちゃん。呼びに行こうと思ったんだけど」

「ああ、クノトォス辺境伯家の紋章を付けた馬車が来たって聞いたから気になってな」

「えーと、その辺境伯様の執事長さんが来て、私に話があるんだって。一緒に聞いてくれる?」

「……分かった」


 ジェイクと一緒に店に入ると、ボームスの前には既にミリーが座っていた。母は笑みを浮かべているが目が笑っていない。何か良くない話だろうか? リリはミリーの隣に座り、ジェイクは余った椅子を引き寄せてリリの隣に座った。


「急に訪ねてしまい申し訳ありません。クズーリ・ギャルガンの件と、辺境伯閣下からの伝言をお伝えしに参りました」


 ボームスが説明してくれる。クズーリ・ギャルガンと共にリリを攫おうとしていた騎士達は騎士爵を剥奪された上で八年の強制労働、つまり奴隷落ちに。ルークを襲ったデムラーという男は二十年の強制労働が科された。一般の領兵はクズーリの命令に逆らえなかったことが斟酌されて三年の強制労働。


「クズーリ・ギャルガン本人ですが、ギャルガン子爵家から奴隷落ち免除の懇願があり、被害者への賠償と本人の子爵家蟄居で手を打つことになりました」

「お母さん、『ちっきょ』って?」

「簡単に言うと、自宅で謹慎させるってことよ」

「なるほど」


 あの男がそれを守るだろうか? 親も甘そうだし、大人しく謹慎するイメージが湧かない。


「一応、子爵領外に出ることを禁じております。それを破った場合には問答無用で三十年の奴隷落ちとなります」


ああ、それなら少しは安心かな? でもジェイクおじちゃんが腕組みして難しい顔をしている。


「甘過ぎるんじゃないですかね?」

「ええ。これには様々な事情がございまして……どうかご理解の程を。その代わりと言っては何ですが、高額の賠償金を支払わせました」

「高額?」

「はい。重傷を負ったルーク・ペルドット殿に一億コイル。リリアージュ殿にも同じく一億コイルが支払われます」


 ……は? いちおく? 犯罪被害の賠償金として、これはどうなんだろう。金額が大き過ぎてよく分からない。


「……妥当だな」


 ジェイクおじちゃんが呟いた。妥当なんだ。目を丸くしているリリに気付き、ジェイクが補足してくれる。


「貴族が絡む事件なら、これくらいの賠償金は普通なんだよ」

「そ、そうなんだ」

「だが、リリにも一億っていうのは少し多い気もする。ボームスさん、他にも何かあるんでしょう?」


 ジェイクの言葉に、ボームスは苦笑いを浮かべる。


「ええ。ここからは辺境伯閣下からお預かりした伝言になります。実は、リリアージュ殿にお願いがあるのです」


 辺境伯の三男、九歳のカリナン・クノトォスは、五歳の時に馬車同士の衝突事故が原因で下半身不随となり、車椅子が手放せない。これまで何人もの高名な治癒魔術師を招聘して治療に当たらせたが結果は思わしくなかった。そこで、リリに治療を頼みたいという話だった。


「治療の成否を問わず、賠償金の一億コイルは先にお渡しします。もし治療が成功した暁には、辺境伯閣下は三億コイルの治療費を支払うつもりです」


 うぐっ……また訳の分からない単位が出てきた。成功したら三億? 私の治癒魔法にそんな価値があるの? 大き過ぎる金額に不安になって、リリはジェイクに助けを求める視線を送った。


「気に入った相手しか治癒魔法を施さない、という噂を耳にしましたので」

「なるほど。リリの心証を良くするために、相場より高い賠償金を支払わせた、と」

「そのように受け取っていただいて構いません」


 そういえば、マリエルがレイシアさん達にそんな事を言っていた。いや、元々自分が言い出した事だったかな?

 お金はいくらあっても良い。家族が幸せに暮らす為にはお金はないよりはあった方が良いと思う。だけど身の丈に合わない大金は身の破滅を招きそうで怖い。


「どうでしょう、リリアージュ殿? もちろん、治療に失敗したからと言って何ら罰はございません。まだ幼いカリナン様の為に、出来る事は全てやろうとする辺境伯閣下のお気持ちに応えていただけませんか?」


 そうだ。高額な賠償金や治療費に目が眩んでしまったけど、歩くことも出来なくなった少年がいるんだ。もし私の治癒魔法が役に立つのなら力になりたい。


「お母さん、ジェイクおじちゃん。私、辺境伯様のお子様を治せるなら治してあげたいと思う。いいかな?」

「もちろんよ。あなたがしたいようにしていいわ」

「ああ。護衛は任せろ」


 ミリーは優しく微笑みながら、ジェイクは張り切って答えた。リリは改めてボームスに向き直って告げた。


「ボームスさん。私、行きます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 辺境伯が一番得した真っ黒くろすけでんがな さす貴ぞ案件
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ