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139 画期的な手法

「よし、行くよ! 神聖浄化!」


 気合十分で、リリは両手を前に突き出し迷宮(ダンジョン)の入口に向けた。そして、その手の先からは――綺麗な放物線を描きながら、「水」がドバドバと放出された。七人がガクっと転げそうになり、一体は本能に抗えず飛び上がって水に噛み付く。


「ちょ、ちょっと待って! 今のナシ!」


 七人からじっとりした目を向けられたリリが、慌ててノーカンを宣言した。いきなりの放水に驚いた魔物が数体飛び出して来たが、アルゴに気付いて散り散りに逃げていく。


 あっれー? おかしいな……迷宮内部を浄化魔法で満たすイメージに「注水」を使ったのが駄目だったか。


 今の放水で生まれた小さな虹を見ながら、リリは改めてイメージを考え直す。


 どんなイメージが良いだろう……水は駄目だから、空気? ……ハッ!? よく映画で見るアレだ! 閉じ込められた部屋に主人公がいると、罠が発動して何かガスっぽいものが噴出して、あっという間に部屋が真っ白になるヤツ。毒ガスをイメージすると危なそうだから、何か無害な……いやいや、ガスは駄目じゃん。浄化魔法なんだから。


『……いつも通りで良いぞ?』

『あ、そうなの?』


 リリがうんうん唸って悩んでいると、アルゴから助け舟が出された。そうか。難しく考えずにいつも通りやってみよう。迷宮の隅々まで浄化を行き届かせるのはアルゴに任せよう。


「じゃあ行くよ! 神聖浄化!」


 いつも通り、険しい山の頂にある厳かな神社を思い浮かべる。その中心である社が、丁度洞窟の入口に建つようにイメージした。この迷宮に充満する瘴気が、全て浄化されるように願いを込める。


 洞窟の入口に、金色に輝く巨大な魔法陣が出現する。そこから眩い金色の光が噴出した。


『むん!』


 アルゴが気合を入れると、光が洞窟に吸い込まれる。


 浄化魔法は単なる光ではなく、非常に小さな粒子を発生させる魔法だ。砂粒よりも小さなその粒子は触れたものの穢れや物理的な汚れを取り除く。神聖浄化魔法になると発生する粒子が桁違いに増え、穢れや汚れを取り除く力も増大する。この粒子自体が金色に光っているのである。


 粒子には質量がある。だから風が吹けばそれに乗って動く。魔法陣から発生した浄化の粒子は、アルゴの風魔法によって物凄い勢いで洞窟に広がっていった。そこに充満していた瘴気は、浄化の粒子に触れた途端、魔素に変換され大気に溶け込んでいく。


 浄化魔法は既に生物として産み出された魔物には無害だ。と言うより、魔物の体表面に付着した汚れさえ綺麗にしていく。それで魔物が嬉しいかどうかは知る由もない。


「むむむ……」


 神聖浄化魔法を発動して五分が経過した。両脚を広げ、両手を前に突き出した姿勢がしんどくなってきたリリ。魔力はまだまだ問題なさそう。


「大丈夫か、リリ!」

「姉御、無理しちゃダメだぞ!」

「うまくいかなくても、私たちがいるから!」


 ジェイク、シャリー、ラーラがリリを心配して声を掛けてくれる。


 ……言えない。腕が疲れただけなんて言えない……。


『リリ、腕を下ろしても問題ないぞ?』

『そ、そう?』

『魔法と体の姿勢は関係ないからな』


 一度発動させた浄化魔法は、魔力の供給さえしておけば発動し続ける。では何故わざわざポーズを取ったかと言えば……ただの雰囲気だ。


 リリはゆっくりと腕を下ろした。アルゴの言った通り、神聖浄化魔法はまだ発動し続けている。


 なんだ……これだったら横になってても良いのでは?


 リリの考えは正しい。横に寝そべっていても魔法は発動するし、発動し続ける。だが、どのファンタジー作品で、主人公が寝そべりながら魔法を放つと言うのか。絵面が悪過ぎるではないか。


 そんな裏事情はさておき、リリは立ったまま魔力を供給し続ける。他の七人が周囲を警戒してくれているのに、自分だけ楽な姿勢になるわけにはいかない。現に魔力もそれほど減ってないし……?


 あれ? 魔力が減った感じがしない。いや、厳密には減ってるんだけど、減った傍から回復してる感じがする。


 この現象は、迷宮の瘴気を浄化するという作戦の副産物だった。瘴気から変換された魔素が大量に溶け込んだ空気が、迷宮から流れ出している。それを吸い込んでいるリリの中では、消費魔力と魔力の回復速度が拮抗しているのだ。迷宮内の瘴気が尽きない限り、リリの魔力はずっと満タン。瘴気が尽きれば魔法も止められるので、途中で魔力枯渇に陥る心配は皆無である。


 ここに、魔物暴走を食い止める画期的な方法が爆誕した。ただしリリとアルゴに限る。


 アルゴはいち早くこの仕組みに気付いた。ずっと風魔法を使っているのに魔力が減らないからだ。自分で言いだしたことだが、存外素晴らしい方法だったと自己満足する。


 十五分もすると別の問題が発生した。


「アリシア、何か喋って!」

「え?」

「御伽噺でも昔話でも何でもいいから!」

「は、はいですわ。昔々、ある所に――」


 アリシアーナはリリによって昔話を強制された。問題というのは――暇なのだ。魔力を供給し続けるのはある程度の集中力が必要だが、慣れてしまうと短時間なら鼻歌交じりでも出来る。だが十五分も経つと別のことに意識が飛び、集中が途切れそうになってきた。特に周囲の人間がひと言も発さない無音の中だと覿面だ。今夜のご飯何にしようかなーとか考えそうになってしまう。さすがに会話は難しいので、とにかく誰かに話をして欲しかったのである。


「――まさに魔物が大きな咢を開いたその時、王子が剣を振るって――」

「ちょ、ちょっと待って! いったんストップ!」

「? 分かりましたわ」


 危ない。アリシアの話、面白過ぎるんだけど。話に集中して魔力供給が止まりそうだったよ。


『リリ、もう少しだ』

『ほんと?』

『うむ。あと二~三分だな』

『よかった……なんとかもちそう』


 主に集中力が。


 そうして一時間が経過した頃、ようやくアルゴから「止めても良い」と言われた。魔法陣が消え、金色の光が徐々に輝きを失う。それと同時に、リリはその場に座り込んだ。


「ふぅ~」

「リリ、大丈夫か!?」


 ジェイクが駆け寄ってリリの背中を支える。


「あ、精神的に疲れただけだから。魔力とか全然大丈夫だから」

「そ、そうなのか?」


 一時間も神聖浄化魔法を放ち続けて大丈夫……? うちの娘、化け物なんじゃ……。


 風を送る役目を終えたアルゴが、魔力が枯渇しない仕組みを教えてくれた。


「なるほど! 瘴気が浄化されると魔力の元の『魔素』になるんだって。迷宮から魔素を大量に含んだ空気が流れ出して、それを吸ってるからすぐ魔力が回復するみたい」

「そうなのか。そりゃすげぇ」


 良かった。うちの娘、化け物じゃなかった。とは言え、魔力の回復速度が常人離れしているリリだからこそ、この仕組みが上手くいったのである。普通の者が同じ空気を吸っても、回復より消費が遥かに上回るのだ。


「これは良い方法だよ。すぐに次の迷宮に移動しよう」

「本当に大丈夫なんだな?」

「うん。いつもより元気かも」


 「水晶の迷宮」で起こるはずだった魔物暴走はこうして食い止められた。馬車に戻ったリリが、アリシアーナに先ほどの話の続きをせがんだのは言うまでもない。





 街道を戻る途中、グスタフ・ビーストテラン侯爵に「魔物暴走、もう起きないよ」と軽く伝え、一行は領都ビストルの近くで東へ向かった。次の目的地は、普通の馬車で二日の距離にある「暗黒の迷宮」。名前は物騒だが、要は夜になると活性化する魔物が多いらしい。ならばわざわざ夜に行く必要はないのだが、夜にしか咲かない貴重な花があり、それが薬の材料になると言う。それで冒険者は危険を冒して夜に行くそうだ。


 無論、リリたちは夜に行くつもりはないし、何なら迷宮に入るつもりもないので関係なかった。


 サスペンション付馬車は快調に進み、目的地まであと四時間という辺りで野営に適した場所を見付けた。「暗黒の迷宮」が魔物暴走を起こすのは、ノアの見立てで二日後。明日の昼頃到着すれば余裕で間に合うだろう。更にリリとアルゴで瘴気を浄化する方法も分かったので、今日は気持ちに余裕がある。


「ノアとラルカン、うまくいってるかな……いや、いってるか」


 神獣がその気になれば迷宮ごと吹き飛ばせるだろう。ただ、迷宮は創造神が創りたもうたこの世界の仕組みだからそうしないだけだ。……何かラルカンとか途中で面倒になって吹っ飛ばしたりしないよね……。


『いや、さすがにせんだろう』

『また心を読まれた!?』

『……念話で流れて来ておったぞ?』


 またか! 心の声がアルゴに届きやすくなってるのかな?


『恐らく、頭の中ではっきりと紡いだ言葉は念話として届きやすいのだろう』

『そうなんだ……もしかして、今までも聞こえてた?』

『全部ではないし、我に向けられた言葉でない時は、集中しないと聞こえん』

『なるほど?』


 なぜ今集中してた?


『今日の迷宮のことを考えて、リリの魔力を見ておったからな』

『心配してくれたの?』

『う、うむ……また魔力量が増えたようだ』

『また増えた!?』

『別に悪いことではなかろう。体に害はない』

『な、ならいいか』


 魔力量が人外の領域にあることは自覚がある。今更多少増えても大した違いはない。開き直ったリリは料理に専念することにした。


 全員で夕食を摂り、地図を見ながら明日の動きについて確認する。


「『暗黒の迷宮』は……別の領だな」


 つまり、魔物暴走の予兆があればまた街道が封鎖されている可能性が高いということだ。グスタフ・ビーストテラン侯爵とは少なからぬ因縁があった為に一触即発の雰囲気になった。次の迷宮に一番近い町はそれほど大きくはない。領主自らが軍の指揮を執っていることはなさそうだ。


「『金色の鷹』の名を出せば、まぁ大丈夫だろう」

「今日と同じ、浄化する感じでいいよね?」

「そうだな。リリにばかり負担を掛けて申し訳ねぇが」

「いや、そもそも私が言い出したことだから。少し時間がかかるのが難点だけど、また警戒をお願い」

「一時間ぽっちで魔物暴走を食い止めるなんて普通じゃねぇからな!?」


 ジェイクから言われて改めてそんなものか、と思い直すリリ。時間もそうだが、殆ど危険がないのも評価出来る点だ。一旦魔物暴走が始まってしまえばこうはいかない。


「えーと、アリシア? 絶妙に面白くない御伽噺とか知ってる?」

「……思い出してみますわ」


 この作戦において、陰の功労者はアリシアーナであろう。リリが集中を切らさず迷宮を浄化出来るかどうかは彼女にかかっている。面白くない御伽噺なんて、そもそも御伽噺になっていないと思いますわ……。無茶な要求に頭を悩ませるアリシアーナであった。


 話を終え、明日に備えて早めに休む。夜の見張りは「金色の鷹」が交替でやってくれることになった。リリたちはそれに甘え、アルゴと共に一つの天幕で眠った。





「神聖浄化!」

『むん!』


 昨日と同じ光景が「暗黒の迷宮」の前で繰り返される。


 最も近い町が然程大きくないことが幸いして、街道は普通に通ることが出来た。そのおかげで予定より早く、午前十時くらいに迷宮に到着した。


 腕が疲れるのが分かっているので、今日は最初から楽な姿勢で魔法を発動している。


「――その時、(わたくし)の伯母様が言ったのです。『ホランド兄様、貴方は馬鹿なのですか!?』と。それに対してお父様は――」


 アリシアーナは悩んだ末、子供の頃にあった父と伯母の喧嘩について話を聞かせていた。それはアリシアーナの父、現在公国の宰相を務めているホランド・メイルラード侯爵が、使用人の女性に手を出したとか出してないとか、本当にどうでも良い話であった。


 だが、リリの耳はアリシアーナの話に釘付けである。話の内容ではなく、語り手のアリシアーナのせいだった。どうでも良い話なのにグイグイ引き込まれるのだ。今更だが人選を間違った気がする。リリは魔力供給の集中が途切れないよう、アリシアーナの話にツッコミを入れたくなるのを懸命に堪えた。


 やがて一時間が経過する頃、アルゴから「もう大丈夫だ」と教えてもらった。


「ふぅ~。アリシア、そんな話をして良かったの?」

「貴族ですから。この程度は醜聞にもなりませんわ」

「ソウデスカ」


 娘に面白おかしく浮気の話をされる父。リリは少しだけ宰相に同情した。


「リリ、体調は?」

「全然問題ないよ!」


 全員怪我もなく、体調にも問題ないことを確認し、リリたちは「暗黒の迷宮」を後にした。





 二つ目の魔物暴走を食い止めてから、一行はゆっくりと北上していた。ノアとラルカンの報告を聞いてから王国に戻る予定だったからだ。二日後、国境の近くで野営しているところに、ラルカンを爪で引っ掴んだノアが合流した。


『戻ったぜ!』

『ただいま~』

『二人ともおかえり!』


 水や食べ物を出して一息ついてもらい、首尾を聞く。


『きっちり止めてきたぜ』

『ボクも~。面倒だったけど』


 リリが危惧していたようにラルカンはやはり面倒に思ったようだが、迷宮ごと吹き飛ばすのは思い留まってくれたようだ。


 ここに来るまでに少し大きな街に寄り、ジェイクたちが冒険者ギルドで情報共有をしてくれた。その時点では、放置すると決めた二つの迷宮について特に被害報告は入っていなかった。ジェイクたちの見立て通り、人の住む領域に魔物が押し寄せることにはなっていないようだった。


 こうして、リリたちと神獣たちの活躍によって、魔物暴走の被害は食い止められたのだった。

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