138 因縁の相手
本日から、投稿時間をお昼12:10に変更させていただきます。
ころころと投稿の時間を変えてしまい申し訳ございません。
ここから完結までは12:10にする予定です。
翌朝早く、ノアはラルカンを引っ掴んで飛び立った。やっぱり鷹がトカゲを捕食しているようにしか見えないなぁ……。リリは遠い目をして二人を見送る。
「よっしゃ! ひと仕事しますか!」
昨夜エリザベートに連絡を取ると、彼女は「応援を送る」と言った。魔物暴走制圧の応援ではない。来るべき瘴魔の大氾濫制圧の応援である。今回の作戦を終えたら、リリたちは一度王国南部中央に位置する街、サウステルに移動する。スナイデル公国の応援部隊と、公国が呼び掛けて集まる他国の部隊がそこに集結する予定だ。スナイデル公国からの応援が到着するのは約二か月後。サスペンション付馬車の恩恵で旅程は普通の馬車の半分で済むが、招集や準備に時間がかかるためである。
瘴神は、魔物暴走から一年以内に大氾濫が発生すると言っていた。一年以内と言うのは、明日かも知れないし一年後かも知れない。幅はあるものの、予め準備出来るだけの期間があるのは救いだった。発生してから来ても遅い。早過ぎるくらいで丁度良いのだ。と言っても、部隊集結まで二か月程度あるので先行きは分からない。
リリは朝食の準備に取り掛かる。昨夜は色々あって料理出来なかったので、腕に縒りをかけた。具沢山のスープを火にかけ、塩漬け肉を一度塩抜きしてから下味を付けてフライパンで炙る。表面が軽く焦げるくらい焼き色を付けて切り分けると、食欲をそそる香りが辺りに漂う。
「姉御、おはよー!」
「おはようシャリー。よく眠れた?」
「バッチリだぞ!」
「おはようございますわ」
「アリシア、おはよう」
真っ先に腹ぺこエルフが目を覚まし、次にアリシアーナが天幕から顔を出した。二人に水魔法で水球を出し、顔を洗ってもらう。そうしているとジェイクたちも次々と天幕から出て来て、それぞれと挨拶を交わして水球を出す。
パルストルで買ったパンを切り分け、出来上がった料理を皿に盛った。
「くぅ~! やっぱリリちゃんの飯は美味い!」
「悪かったわね、私たちの料理が不味くて」
「い、いや、不味いとは言ってないだろ? リリちゃんのと違うって言っただけで」
「……同じことよね?」
アルガンとアネッサが軽口を叩き合う。こうやって改めて見ると、アルガンとアネッサ、クライブとラーラが当たり前のように隣り合って座っている。
……あれ? 私が知らない間に、カップル成立してた?
「姉御、スープまだあるか!?」
「はいはい。いっぱいあるよ」
朝から食欲旺盛なシャリーにお代わりを差し出す。美少女エルフは食いしん坊だが食べ方は綺麗だ。それなのに食べるスピードが一番早い。ちゃんと噛んでいるのか心配である。
朝食を終え、全員で片付けを済ませる。迷宮で魔物暴走が起きると分かっているので、もう領都ビストルに行く必要はない。昨日立ったフラグは勘違いだったようだ。直接迷宮に行けばビーストテラン侯爵に会うことなんてない……ないよね?
一行は「水晶の迷宮」に向けて出発した。
昼前にはビストルを横目に見ながら通過し、途中で昼休憩を挟んだ。そして後一時間ほどで「水晶の迷宮」近くに辿り着くといった場所で問題が起きた。
「この先の迷宮で魔物暴走の兆候が見られる! この街道は封鎖中だ!」
こういった事態も想定しておくべきだった。魔物暴走の前は魔物が異常に増える。領都に近い迷宮だから、当然常日頃から監視しているだろう。領軍と思われる重武装の兵士が街道に立ち並び、行く手を阻んでいた。その数、三十人以上。
『吹き飛ばすか?』
『駄目でしょ?』
アルゴから物騒な念話が届いたので釘を刺した。
う~ん……どうすればいいんだろう。
「俺たちは『金色の鷹』。Sランク冒険者パーティだ。魔物暴走の制圧に役立つと思うぞ?」
ジェイクが馬から降りて兵士の一人に冒険者証を見せていた。さすがお父さん。魔物を街に寄せ付けないためには人手がいくらあっても良いはず。Sランク冒険者が手伝ってくれれば心強いことこの上ないだろう。
案の定、兵士は上官と相談するために馬に乗って走って行った。街道の先で本格的に陣を敷いているのかも知れない。しばらく待っていると、騎士四人に護衛された身なりの良い男性が馬に乗って現れた。年の頃は五十代くらい。黒髪を長めに伸ばし、鋭い目つきをしている。
「Sランク冒険者というのはお前たちか」
馬の上から見下ろすように、男が口を開いた。
「そうだ。『金色の鷹』だ」
「グスタフ・ビーストテラン、領主だ」
「!!!」
ふぅー。まさかこんな所でフラグを回収するとは。馬車から降りていたリリは嘆息し、睨み付けないよう明後日の方向に視線を向けた。後ろの方にいるアルゴの毛が逆立っていることには気付いていない。
「まさか侯爵様がこんな所にいらっしゃるとは」
「ほう。私のことを知っているのか」
グスタフは怪訝そうな目をジェイクに向ける。それから、今初めて気付いたと言わんばかりにリリたちを見た。
「随分若い女性もいるようだが……戦えるのか?」
「フッ。お宅の兵が束になってかかっても勝てませんよ」
ジェイクも腹に据えかねたものがあるのだろう。普段なら事を荒立てるような物言いはしないが、つい煽るような言葉を口にした。それに対し、護衛の騎士が気色ばみ、剣の柄に手を掛けた。侯爵の視線が冷気を帯びたようになる。
「こんな所でやり合うのは時間の無駄だ。俺たちは迷宮の暴走を止めに来ただけだ。街を守りたかったらさっさと通してくれ」
「……たった八人で魔物暴走を止めるだと?」
「ああ。力尽くで通ってもいいんだぜ?」
遂に騎士たちが剣を抜く。ああ……いつも冷静なお父さんが熱くなってる。一触即発の気配に、リリは仕方なく前に出た。ジェイクの腕にそっと触れて小声で話し掛ける。
「お父さん、私に任せて」
「リリ……分かった。すまん」
リリは侯爵の前で貴族の礼を執る。
「グスタフ・ビーストテラン侯爵様、お初御目文字いたします。スナイデル公国で準男爵位を賜っております、リリアージュ・オルデン・ライダーと申します」
リリの言葉が侯爵の頭に染み込むのに数秒かかった。そしてリリが誰か分かった瞬間、驚愕で目を見開いた。
「『ウジャトの目』……」
いつの間にかリリの隣にアルゴが寄り添っていた。毛を逆立て、牙を剝いて凶悪な顔を侯爵に向けている。
「アルゴ、落ち着いて」
リリはアルゴの首の辺りを優しく撫でた。それでもアルゴの怒りは収まらない。
「彼は神獣フェンリル。私の親友、マリエル・ダルトンを誘拐した件を怒っています」
「っ!?」
神獣――。その言葉を耳にした途端、侯爵は弾かれたように馬から降り、アルゴの前に膝を突き首を垂れた。
「……神獣様の御慈悲には深く感謝しております。誘拐の件は申し開きも出来ません。如何なる罰も甘んじてお受けいたします。ただ、領民や国民にはどうかご寛恕賜りたくお願い申し上げます」
侯爵の声は低く、少し震えていた。公国に進軍しようとしていた時のことをまざまざと思い出す。神獣とは、その気になれば一撃で山を吹き飛ばせる存在なのだ。
『アルゴ、侯爵は反省してるみたいだよ?』
リリが優しく首の後ろを撫でていると、アルゴは落ち着いてきたようだ。
『……後顧の憂いを絶つためにも殺すべきではないか?』
『やり直すチャンスをあげてもいいと思うの』
『リリがそれで良いと言うのなら従おう』
『ありがとう』
未だ地面に視線を固定している侯爵に向かってリリが告げる。
「神獣が怒っていたのは、私の親友を傷付けたことで、私自身も傷付いたからです」
「…………ああ」
「二度と私の大切な人を傷付けないと誓ってくれますか?」
「この身命を賭して誓おう」
「その言葉、忘れないでくださいね? それと」
「それと?」
「私たちが乗って来た馬車に、少しだけ乗っていただけますか?」
「は?」
侯爵は顔をパッと上げて怪訝な目を向けた。途端にアルゴが唸りを上げ、侯爵は再び頭を下げる。
「この先に軍が布陣していますよね。そこまでで良いですから馬車にお乗りください」
「わ、分かった」
乗ってきた馬を護衛に預け、侯爵を一人で馬車に乗せる。リリたちはジェイク、クライブ、アネッサの後ろと御者台のアルガンの隣に乗り、平然と移動を始めた。侯爵が馬車に乗っているから、道を塞いでいた兵たちも脇に避ける。侯爵と一緒に来ていた騎士に先導されながら、リリたちは領軍が陣を敷く場所まで進んだ。アルゴはすっかり落ち着きを取り戻し、馬車の後ろを悠々と付いて来る。
目的地に到着し、侯爵を馬車から降ろす。
「何だ、この馬車は!? 雲の上でも進んでいるようだったぞ?」
フッフッフ。作戦通り。侯爵がいくら反省しようとも犯した罪が消えるわけではない。かと言ってマリエルに直接謝罪させるのも無理がある。だから、マリエルに実利を取ってもらうことにした。
「これはマリエル・ダルトンが考案した『サスペンション』を付けた馬車です」
「さすぺんしょん?」
リリはそう言って改造箇所を示した。案を出したのはリリで、それを元に形にしたのがマリエルだが、細かいことを教える必要はない。
「侯爵には、これを帝国で普及させるお手伝いをしていただきたいと考えています」
「いや、それは寧ろ願ってもないことだが……」
具体的にどうやって普及させるか、それはマリエルに相談して決めるべきだろう。
「追ってご連絡差し上げます。少し時間がかかるでしょうが……その時は、贖罪のつもりでご協力ください」
「なるほど、承知した」
そう言って、リリたちは当然の顔をして迷宮に向かおうとする。そこへ侯爵から声が掛かった。
「オルデン・ライダー殿!」
「はい?」
「『水晶の迷宮』に向かうのか?」
「ええ」
「魔物暴走を止めるのだな?」
「そのつもりです」
「……感謝する。くれぐれもお気を付けよ」
「はい。こちらにも多少魔物が逃れてくるでしょう。侯爵様もお気を付けて」
今度こそ、リリたちは迷宮に向けて出発した。そこにいた兵たちは、侯爵に倣って膝を突き、去って行く一行に向かって頭を下げ続けるのだった。
「あれで良かったのか?」
「うん。帝国軍が来たときの旗頭ってビーストテラン侯爵だったんでしょ?」
「そう聞いてる」
そもそも侵攻を企てた張本人なのだが、リリたちにはそこまでの情報は届いていない。ただ、帝国軍を率いていたのがグスタフらしいことは耳にしていた。
「ラルカンとノアの力を見て、軍を撤退させて人だから。心の底から悪人じゃないと思う」
「そうか」
「アルゴのことを物凄く怖がってたしね」
「そうだったな」
馬車にはリリとシャリー、アリシアーナ、そしてジェイクが乗っている。迷宮に着く前に娘の心境を確かめたかったジェイクだが、思ったより娘はあっけらかんとしていた。
「全部すっきりしたかって言われると微妙だけど、私的には満足かな」
「それならいい。ずっと恨みを持ってても仕方ねぇしな」
「うん、そういうこと!」
柄にもなく冷静さを失いかけた自分に代わってリリがあの場を丸く収めた。生まれた時から知っているリリ、あんなに小さかった女の子が、帝国の侯爵を、少なからぬ憎しみを抱いているであろう相手を前に一歩も引かなかった。それどころか、相手を圧倒して要求を呑ませた。アルゴの力が大きいのは確かだが、十五の女の子にそれが出来るかと問われたら、普通は出来ないと答える。
娘は強い。物理的にだけではなく、心も強い。それがジェイクは誇らしかった。
父娘の会話を黙って聞いていたシャリーとアリシアーナも、リリに尊敬の眼差しを向けていた。本人はそれに全く気付いていないのだが。
「よし。ちゃっちゃと終わらせて次の迷宮に行かねぇとだな!」
「うん!」
ジェイクの言葉に、三人はふんすっと気合を入れ直した。
索敵マップを注視しながら進んでいるが、「鎧魔の迷宮」の時ほど魔物が多くはない。普段を知らないので比べようはないのだが、リリの印象ではちょっと多いかな、程度である。恐らく、まだ本格的な魔物暴走は始まっていないのだろう。
馬車を降り、馬たちを木に繋いで周囲に魔物除けの魔道具を設置した。いつも馬たちを置いて行かざるを得ないことに少し罪悪感を抱きながら、迷宮に向けて林を進んだ。
まだ大規模な群れになっていない為、魔物はアルゴの気配に怯えて近付いて来ない。たまに飛び出して来る獣を避けながら、やがて迷宮の入口に辿り着いた。
「これが『水晶の迷宮』かぁ」
洞窟のような入口は、キラキラ光る鉱石に縁取られている。散発的に迷宮から出て来る魔物はアルマジロや亀のような形態をしていて、背中に同じような光る鉱石を背負っていた。
「……何だか硬そうな魔物だねぇ」
「……武器だとまた厳しそうだな」
そんなこと言いながら、「鎧魔の迷宮」の昆虫型も普通に斬り伏せてたよね?
『リリ。試してもらいたいことがあるのだが』
『どうしたの?』
『迷宮に充満する瘴気を、リリの魔法で浄化出来ぬか?』
『ほほう』
迷宮は瘴気を取り込み魔物を産み出す。つまり、その元となる瘴気がなくなれば魔物は産まれない。
「お父さん。アルゴが、迷宮の瘴気を浄化出来ないかって」
「……出来るのか?」
「分からない。どれくらいの深さかによるかな」
リリも全力で神聖浄化魔法を使ったことがないし、仮に全力を出したとして、迷宮全体を浄化出来るかはその広さによるだろう。
『我の風魔法で、リリの浄化魔法を押し広げる』
『そんなこと出来るの!?』
『雷と風や炎を融合させた者がいるではないか』
確かに。シャリーとアリシアーナはそんなことやってたね。アルゴの風魔法と私の浄化魔法を融合する、と。
『人に出来て神獣に出来ぬわけがない』
あ、つまりやったことはない、と。まぁ、失敗しても私の魔力以外リスクはないよね。魔力も、自分でびっくりするくらいすぐ回復するし。
『じゃ、やってみよう』
『うむ!』
これからやることを全員に説明し、魔法を行使している間は全員でリリとアルゴを守ることになった。
「よし、行くよ! 神聖浄化!」
あと8話で完結の予定です。
最後までお付き合いいただければ嬉しいです!




