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126 成人の祝い

未成年の飲酒はダメ、絶対、です。

 夏が過ぎ、秋が深まる頃。リリは十五歳の誕生日を迎え、この世界で成人となった。


「リリ、誕生日おめでとう!」

「成人おめでとう!」

「おねえちゃん、おめでとう!」

「みんな、ありがとう!」


 その日の朝、ミリー、ジェイク、ミルケから祝いの言葉を掛けてもらう。


『人間は十五で成人、つまり大人になるのだな。おめでとう、我が主よ』

『ありがとう、アルゴ』


 その日は夕方から「鷹の嘴亭」でリリの成人を祝うパーティーが開かれた。貴族になったと言っても準男爵。平民に毛が生えた程度だし、パーティーに来る者は昔からリリを知っているから、皆以前と同じように接してくれる。


 マリエル、ガブリエル、プリミアのダルトン家。

 アルガン、アネッサ、クライブ、ラーラの「金色の鷹」。

 シャリー、アリシアーナ。

 マルベリーアン、コンラッド。

 エリザベートや大公、プレストン長官からはお祝いの花が届いている。今日はアルゴも店の中に入って一緒に祝ってくれるそうだ。


 他の貴族の中にはリリと懇意になりたがっている者もいるが、今回のパーティーは普段世話になっている者と懇意にしている者だけを招く招待制にした。その結果、リリと家族を含めて十五名という程々の規模に落ち着いた。


 そんな中、懐かしい人物から祝いの品が届いた。


「あら? これは誰が贈ってくれたのかしら」


 渋い黒檀の木箱は両手で抱えなければならないほど大きい。ミリーがそれに気付いてリリに教えてくれた。箱の横に手紙が添えられている。


「ベイルラッド様!」


 それは、アルストン王国のベイルラッド・クノトォス辺境伯からの贈り物だった。手紙を開いて読んでみる。


『リリ、君も十五歳になったんだね。誕生日おめでとう。新しい場所での暮らしはどうかな?

早いもので、君が旅立ってからもう四年近く経つ。君が救ってくれた息子のカリナンも十四になったよ。背が伸びて、剣の腕も結構上達した。これも全て君のおかげだ。

聞く所によれば、君は準男爵になったそうだね。何がどうなって貴族になったのか、今度会ったらぜひ話を聞かせて欲しい。

実は、君に頼みがあって近々そちらに行くつもりだ。もちろん君にお願いする前に、大公にお伺いを立てるよ。

私もそうだが、妻のケイトリンやカリナンも、君に会えなくて酷く寂しがっている。だからと言うわけではないが、もし私の頼みを聞いてくれるなら、ぜひ妻や息子にも会ってやって欲しい。

君を本当の娘のように思っている。貴族になって、何か困ったことがあればいつでも頼りなさい。

それではまた、近いうちに会えることを願って。

ベイルラッド・クノトォス』


 胸がじんわりと温かくなり、涙が溢れそうになるのをリリは堪えた。


 リリがアルストン王国の貴族や王家に利用されることを危ぶみ、公国への移住を勧めてくれたのはベイルラッドだった。あのまま王国に住んでいたとして、実際に何かが起こったかどうかは分からない。しかし、スナイデル公国への移住を後悔したことは一度もないし、マリエルの誘拐事件を除けば、現状に概ね満足していた。貴族になったり、大層な肩書がついたりしたのは予想外であるが、それらも結局は自分が選択した結果である。


 つまり、公国への移住を勧め、新しい家や店の準備をしてくれた辺境伯に、リリは心から感謝しているのだ。


「何が書いてあったの?」


 ミリーの問いでリリは我に返った。


「あ、誕生日のお祝いと、近々こっちに来るかもって」

「あら、そうなのね! あなたは辺境伯様のお城にも結構行ってたし、久しぶりに会いたくなったんじゃない?」

「うん、そうだね。改めて移住を勧めてくれたお礼も言いたい」

「そうね。それで、木箱には何が入っているのかしら?」

「おおぅ、そうだった」


 木箱を開けてみると、煌びやかな……えーと、布? 一番上に小さなメッセージカードが乗っていた。


『リリさん、十五歳のお誕生日おめでとう。貴女がどれくらい成長したのか分からないから、ドレスを作る生地をお送りします。どんな素敵な女性になったか、いつかこれで作ったドレス姿を見せてくれたら嬉しいわ。

ケイトリン・クノトォス』


 それは、リリが好きな藍色や紺、薄い黄色の布地で、細やかな刺繍が施された美しい生地だった。


 辺境伯様のお城を訪れる度に、ケイトリン様がドレスを着せようとして断り続けたっけ。それでも、私の好きな色を覚えててくれたんだ。


 ベイルラッド、ケイトリン、カリナンの姿を思い浮かべ、本当に良くしてもらったことを改めて思い出す。いつか、これで作ったドレス姿を見せよう。リリは美しい生地をひと撫でし、二人からの手紙をその上に置いて木箱の蓋を閉じた。


 懐かしい人から心温まる贈り物が届いて少ししんみりしたが、その後は身内だけのどんちゃん騒ぎになる。


「くぅ~、リリちゃんが十五歳になるとは……」

「そりゃなるよ。アルガンお兄ちゃんも、二十六?」

「言わないで! なんか悲しくなってくるから!」


 アルガンは既に酒が回っているようだが、リリに年齢を指摘されてダメージを受けている。


「リリ、これでお酒も飲めますわね!」

「飲み会出来るぞ!」


 アリシアーナはリリの二つ上、シャリーは一つ上で二人とも既に成人している。シャリーはエルフの特性上、出会った頃と姿形が全く変わらないせいで、今ではリリより幼く見えるくらいだ。だからシャリーが「飲み会」などと口にすると背徳感がある。


「飲み会…………いいね!」


 今世で飲酒は未体験だが、前世では飲み会が好きだった、ような気がする。リリはミリーとジェイクの傍に行って尋ねてみた。


「お母さん、お父さん、お酒、飲んでみていい?」

「お? リリも酒に興味があったのか」

「そうね。もう大人なんだから、飲みたかったら私たちに断りなく飲んでいいのよ?」

「うん。その、初めて飲むのにお勧めのお酒ってある?」


 リリの問いに、ミリーとジェイクは顔を見合わせる。


「ワインを果実水で割ったやつがいいんじゃねぇか?」

「そうね! 最初はそれで味を確かめてみたら?」

「うん、分かった!」


 リリは飲み物が置かれているテーブルに行き、グラスにワインとレモン水を半分ずつ入れてみた。レモン水には蜂蜜が加えられており、爽やかな甘みと酸味が特徴だ。恐る恐る口をつけ、ほんの少しだけ飲んでみる。


「……これはイケる!」


 リリが酒を飲み始めたのを見て、シャリーとアリシアーナもワインを手にした。去年成人を迎えたマリエルも集まり、四人でつまみを食べながらワイワイ飲み始める。


「おやおや、あんた酒なんて飲んで大丈夫なのかい?」

「師匠、大丈夫です! もう大人なので!」


 マルベリーアンに揶揄われるが、リリはむんっと胸を張って自信満々に答えた。そうしていると、アネッサとラーラが来て乾杯する。その後も次々とグラスを重ね、最早何杯飲んだか分からない。


「リリ、お水飲んだ方がいいよ?」

「コンラッドしゃん、わたし、ぜーんぜんだいじょうぶれすよ!」


 コンラッドが気を利かせて水を差し出すが、リリは全然大丈夫じゃない呂律で答える。コンラッドは苦笑いしながらも、リリがふらつかないよう背中を支えた。


「リリ、少し休んだ方がええんちゃう?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ! 治癒(ヒール)!」


 マリエルも心配していたが、リリは自分に治癒を掛けて強制的に血中アルコール濃度を下げた。


「ほら、もう平気!」

「そんな治癒魔法の使い方すんの、世界でリリだけやと思う」

「そう? 治癒魔術師(ヒーラー)の特権だね!」


 いや、普通の治癒魔術師は血中アルコール濃度を下げたり出来ない。そもそも何故酒に酔うのか分からないのだから。

 濃度を下げただけで適度に酔いは残るという絶妙な治癒を使ったリリは、その後も調子に乗って酒杯を空け、すぐに呂律が回らなくなる。見かねたコンラッドがリリを椅子に座らせた。


「コンラッドしゃん、だいしゅきー」

「はいはい。ほら、お酒ばっかり飲んでたら体に良くないよ? 果実水も飲もうか」

「むぅ。コンラッドしゃんが子供扱いしゅるー」


 唇を尖らせて拗ねた真似をするリリだが、差し出された果実水を素直に飲んだ。


「……コンラッドしゃん、さんは、私のことどう思ってるの?」


 酒がリリを大胆にさせていた。気付けば、素面だったら絶対に聞かないようなことを口にしていた。


「それは……リリが酔ってない時に伝えたいかな」

「むうぅぅ! じゅるい!」


 そんな二人の姿を周囲は生温い目で見守っていたが、一人だけ修羅と化した男がいた。


「リリ、飲み過ぎだぞ?」

「んん? お父しゃん?」


 コンラッドをギンっとひと睨みして、リリの両脇に手を差し込んで立ち上がらせる。


「ほら、こっちで父さんと一緒に飲もうな?」

「ん。いいよ!」


 また治癒を掛ければ良いのに、酔いが回った頭ではそんな簡単なことも思い付かない。


「ん! コンラッドしゃんも一緒に飲む!」

「リリ、せっかくのお祝いなんだから、お父さんと飲んでおいで?」

「ん……分かった」


 素直に聞き分けたリリは、ジェイクとミリーに挟まれてワインと偽ったブドウの果実水を飲まされた。ミルケも姉が近くにいて嬉しそうだ。しばらくそうしていると次第に落ち着いてきて、そこでようやく自分に治癒を掛ける。


「そう言えば、アルゴは?」

「あっちの方でシャリーちゃんに捕まってるわよ」


 椅子から立ち上がって示された方を見ると、酔っ払ったシャリーがアルゴの長い毛に埋まっていた。それを見て、アリシアーナとマリエルがケラケラと笑っている。コンラッドを探すと、マルベリーアンと楽しそうに談笑していた。


 うぅぅ……。私、お酒の勢いでとんでもないことを言ってしまったのでは!?


 その後、リリは酒を飲まずに果実水をちびちび飲んでいた。皆にお祝いされ、パーティーはとても楽しかったが、お酒は程々にしようと反省するリリであった。




 パーティーの二日後、リリは冒険者ギルドを訪れた。


 これまでリリは、ずっと「Fランク(見習い)」であった。これは十五歳の成人を迎えるまでは昇格しないというギルドの規定によるものだ。昨日ジェイクから「手続きしとけよ」と言われて思い出した。

 リリはあまり冒険者ランクに拘りはないのだが、上位のランクになるほどギルドから優遇されるのだと言う。具体的にどんな優遇があるか聞いていないが、何やらお得らしいのだ。お得というパワーワードに逆らえないリリは、時間のある時に手続きしようと考えていた。たまたま今日、午前中は時間が空いていたので手続きに来たのだ。


 木製の扉を押し開き、アルゴと共にギルドに足を踏み入れる。いつも通り冒険者の視線がリリに集まり、その後ろにいるアルゴを認識すると、騒めきがピタッと止まった。リリが受付カウンターに向かうと自然に人が避ける。リリは真面目な顔だが、内心では笑いを堪えるのに必死だ。


「おはようございます。十五歳になったので手続きに来ました」


 カウンターの向こうに座る女性職員に声を掛け、冒険者証を提示した。


「成人おめでとうございます。冒険者証をお預かりしますね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 優し気で落ち着いた雰囲気の女性だ。冒険者は荒くれ者も多く、受付職員に暴言を吐いたり無理難題を吹っ掛けたりする者もいるらしい。いわゆる「カスハラ」である。それに耐え切れずに退職する人も多いと聞くが、この女性のテキパキした様子を見るとキャリアが長そうだ。リリはカスハラには耐えられない、というか逆ギレする予感がするので、こういう仕事を長く続けている人を尊敬してしまう。


 冒険者証を何やら機械のような物に翳し、その情報を見ていた女性が驚きで目を見開く。だがそれも一瞬で、元の柔和な雰囲気に戻った。え、何かマズいことがあったのかな?


「お待たせいたしました、リリアージュ・オルデン・ライダー準男爵様。こちらが更新された冒険者証でございます」


 おおぅ。家名が追加されたことや準男爵になったことまで分かるのか。どういう仕組みになっているのか不思議だ。そう思いながら冒険者証に目を落とす。


「……え? ランク間違ってませんか?」

「いえ、それで間違いございません」


 冒険者証に刻まれたランクは「B」。見習いのFから、Eか、良くてDランクになるのだと思ってたのに、いきなりBランク? 何故に?


「これまでの実績に加え、三組のSランクパーティから推薦状が届いております」

「推薦状」

「はい。『金色の鷹』様、『暁の星』様、『黒炎団』様です。合同で依頼を受けた際、その働きと能力が素晴らしかった、と」

「あー……なるほど」

「準男爵様はお忙しいかと存じますが、ぜひ冒険者活動にもお力を入れていただければ幸いでございます」

「あ、出来れば普通に話して下さると嬉しいです。貴族扱いされると背中がムズムズするので」

「ウフフ。分かりました、普通に話しますね」


 受付のお姉さんは途端に口調が砕けた。一応貴族だからと気を遣ってくれていたのだろう。


「えーと、いきなりBランクって問題ないんですか?」

「ええ、大丈夫ですよ。すでにギルドマスターも承認してるので」

「そ、そうですか。それで、Bランクになると何か特典があるんでしょうか?」

「ええ。ギルドが提携している武器屋、防具屋、魔道具屋、飲食店、宿が一割から二割引きでご利用いただけます」


 なんだその、クレカの特典みたいなのは。まぁないよりはいいか。


「分かりました。またよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうして、あまり冒険者っぽいことをしていないにも関わらず、リリはBランク冒険者になったのであった。

ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!

また、いつも「いいね」して下さる読者様にも感謝申し上げます。

初めてお酒を飲むと適量が分からないですよねぇ。

前世の記憶があるはずなのに飲み過ぎて醜態を晒すリリは、きっと前世でもお酒が弱かったのでしょう。

あ、お酒は二十歳になってから、ですよ!!

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