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119 銀(しろがね)の狼

 目的の薬草は三階層へ下りる場所の少し手前にある。リリたちは「群狼の迷宮」に足を踏み入れた。馬車の中で、隊形は先頭がシャリー、その右後ろにマリエル、左後ろがアリシアーナ、二人の後ろがセバス、最後尾にリリとアルゴという並びに決めた。


 今回迷宮に来た一番の目的はマリエルの実戦だ。それを他の者にも理解してもらい、なるべくマリエルが初撃を放つ方針である。


「まぁ! 壁が少し光っていますわ!」

「アリシア、それ虫の死骸らしいよ」


 リリの言葉に、壁に触れようとしていたアリシアーナが嫌そうな顔をして手を引っ込める。アリシア、そんな顔を向けられても私のせいじゃないからね? 女神様には要望を伝えたけど、叶うかどうかは分からない。


 迷宮に入った瞬間から索敵マップを立ち上げていたリリだが、通路の先から二つの赤い点が近付いて来るのに気付いた。


「二体来るよ!」 


 直線通路を疾走する二体のブラックウルフは、牙を剥き出しにして涎を撒き散らしながら迫って来る。既にマリエルの目にも入っているはずだ。


 二十メートル……十メートル……五メートル。


風爆(ウインドバースト)!」


 シャリーに牙が届くほど間近に迫った時、マリエルが魔法を放った。秒速六十メートルで放たれた空気の壁に、ブラックウルフたちが鼻面から突っ込む。


「「ギャウン!」」


 自身の走る速度と相俟って、その衝撃は巨岩にぶつかったのと同等。二体は首の骨が折れて絶命した。


「おおっ! マリエル、凄いんだぞ!」


 いつでも石礫(ストーングラベル)を放てるよう準備していたシャリーが驚きの声を上げる。セバスがいそいそと魔石を取るためにブラックウルフの骸に駆け寄った。解体用のナイフで胸を開き、手際よく魔石を抜き取っている。


「マリエル、凄かったですわ!」

「すごく冷静だったね! 魔法の威力も申し分ないよ」

「えへへ……親父殿と旅してた時は、たまに魔物に遭遇してたからなぁ。動きも単調やったし、これくらいなら落ち着いて魔法撃てそうや」


 どうやら、マリエルの天恵(ギフト)「直観」がここでも仕事しているらしい。魔法を放つタイミングは初めて魔物を倒した者とは思えなかった。この分なら心配なさそうだ。

 気付けばセバスも仕事を終えて元のポジションに戻っていた。平然とした顔をして、手も汚れていない。


「セバスさん、ありがとうございます」

「いえ、これが私の仕事ですので」


 その後歩を進めるが、途中でマリエルが先頭に立った。シャリーが反射で魔法を使ってしまうからだ。出現したブラックウルフやボアに風爆を当てて倒すか無力化し、倒せなかった場合にシャリーかアリシアーナが止めを刺す。一番忙しいのはセバスだ。リリはマップを見るだけ、アルゴはただ付いて来るだけである。セバスに申し訳なくなってきて、リリが途中で手伝おうとしたら断られた。アリシアーナに役に立つ所を見せたいらしい。


 二階層も危なげなく進み、間もなく目的の薬草が生えているという所まで来た時。


「ん?」


 今リリたちがいるのはマップの左端の道だ。真ん中辺りで、四つの黄色い点と十個の赤い点が固まっている。赤い点の一つが少し大きい。恐らく他の冒険者が魔物と交戦しているのだろうが、赤い点がなかなか減らず苦戦しているようだ。


「姉御、どうした?」

「少し離れた所で、冒険者が魔物と戦ってる。なんか苦戦してるっぽい」

「それは大変ですわ! 助けに行きましょう」


 リリはマリエルを見る。


「ウチも助けられるもんなら助けたい」

「分かった。シャリーもいい?」

「もちろんだぞ!」


 リリが先頭に立って黄色い点に向かって走る。途中で遭遇したブラックウルフはリリがブレット(弾丸)で倒していく。二分もかからず現場に着くと、若い冒険者たちが血を流し、それをブラックウルフとダークライカンが取り囲んでいた。それが見えた瞬間、リリはブレットを十発放つ。走りながらの精密射撃はやはりブレットの使い勝手が良い。取り囲んだ魔物が次々と倒れるのを見て、冒険者たちがその場にへたり込んだ。


「ブリクスさん!」

「え……リリか!?」

「リリちゃん!」

「ハンナさん! グノンさんにフィエスさんも!」


 彼らは以前リリが同行した「紅蓮の空」だった。


「なんやリリ、知り合いかいな」

「うん。前一緒にここへ来たんだ」


 リリはマリエルの問いに答えながら彼らの治療を始めていた。ハンナ、フィエス、グノン、最後にブリクス。ここでもレディファーストは健在だ。


「ありがとう、リリ」

「いいですよ。またダークライカンがいたんですね」

「ああ。あれ以来見てなかったんだけど……突然現れて、戦ってるうちにほかのウルフに囲まれた。危ない所だった、助かったぜ」


 チラッと見ると、セバスがダークライカンから魔石を取っていた。仕事が早い。


「まだ先に進むんです?」

「いや、俺たちは四階層から戻るところだった」

「四人で帰れますか?」

「ああ、怪我も治してもらったから大丈夫だ。今回はちゃんと魔石を受け取ってくれよ? 倒したのはリリなんだろ?」


 別のパーティが戦っていた獲物を後から来たパーティが倒しても、魔物の素材は最初のパーティが得るのが本来のルールだ。リリがそれを指摘してもブリクスは首を振った。


「命の恩人に渡すには少ないが、治療費代わりに受け取ってくれ」

「……分かりました」


 ハンナたち他のメンバーもそれで文句はないようだ。


「リリちゃん、これで助けられたのは二度目だね。前回は一緒に打ち上げ出来なかったから、今度みんなでご飯行こう? 私たちが奢るからさ」


 つい先ほどまで命の危険に晒されていたとは思えない軽い調子でハンナがリリを誘う。


「そうですね、行きましょう!」


 フィエスとグノンにも礼を言われ、彼らは一階層へと向かった。その頃には、セバスが全ての魔石を回収していた。確かダークライカンの魔石は一個で一万五千スニードだった気が……。


「なんかいい奴らだったな!」

「ええ、冒険者って感じですわ」

「死にかけてたのにさっぱりしてたな」


 彼らも、まだ冒険者として頑張ってたんだな。四人とも元気そう……ではなかったけど、とにかく無事で良かった。


「なぁ姉御」

「うん?」

「弁当はいつ食うんだ?」

「迷宮を出てからだよ」


 リリの返答を聞いてシャリーが愕然とした顔をする。そんなにショックか! 食いしん坊か!


「シャリーの限界が近いから、薬草採ったら急いで迷宮から出よう」

「「「おう!」」ですわ!」


 その後無事薬草を採取し、帰りはリリとアルゴが先頭に立って往路の半分以下の時間で迷宮を出た。


「わぁー! 外は気持ちいいぞ!」

「ちょうどいい時間だね」


 迷宮の出口から離れ、馬車が待っている所まで歩く。その途中で少し開けた場所があったので、そこでシャリー待望のお弁当を食べることにした。小さな水球を人数分出して手を洗ってもらう。背嚢を下ろし、草の上に大きな布を広げた。バスケットを取り出して蓋を開く。季節は冬だが、ここは日が照っている上に風が遮られている。全員防寒具も持っているので寒さに震えるようなことはない。


「どうぞ、召し上がれ!」

「「「おおっ!」」」


 今日はサンドイッチがメイン。迷宮の中で少し走ったから心配だったが問題ないようで安心した。

 卵サンド、野菜とハムサンド、チキンステーキサンドにカツサンド。お茶も出して全員に配る。


「セバスさんもどうぞ?」

「いえ、私は」

「あなたも召し上がりなさいな。せっかくリリが作って来てくれたのだから」

「そうそう。セバスさんが一番働いてたやん」


 アリシアーナとマリエルが遠慮するセバスに気を遣っている一方で、シャリーは両手にサンドイッチを掴んで交互に頬張っていた。


「むちゃくちゃ美味いぞ!」


 アルゴの分を取り分けて皿に乗せて差し出す。


『足りなかったら言ってね』

『うむ、いただこう』


 さっきまで迷宮に潜っていたとは思えない、さながらピクニックに来たような気分。だがこれこそリリたちらしいと言えるだろう。


 昼を少し過ぎた頃だが、マリエルの初実戦という目的は達成した。あの調子なら、万が一また誘拐されそうになったり、暴漢に襲われそうになっても対処できるはずだ。逆に誘拐犯や暴漢の方が心配である。馬車の中でそんな話をしているうちに、リリたちは東区の冒険者ギルドに到着した。


 セバスは馬車で待っていると言うので、四人とアルゴで買取窓口に向かう。冒険者証、依頼表と目的の薬草、そしてセバスが採取してくれた魔石をカウンターに置いた。買取の窓口を担当する女性職員は機械的にそれらを確認し、リリたちの顔を見ることもなく淡々と計算を始める。


「合計で一万五千四百三十スニードです」


 革袋に入った硬貨が「ドスッ」とカウンターに置かれる。リリはこれまでほとんど現金で受け取ったことがないので、袋の重さに驚いた。


「なぁなぁリリ」

「どうした?」

「せっかくやから、この四人でパーティ組まへん?」

「おお! 確かに、冒険者としてパーティは組んでないもんね」


 リリはシャリーとアリシアーナに意見を聞くと、二人とも大賛成だった。


「今日の報酬は、ウチらとセバスさんの五人で三千スニードずつ分けて、端数はパーティの共同資金としてプールすればええんちゃう?」

「おお、それはいいかも」


 ジェイクたち「金色の鷹」では、報酬の半分をパーティの共同資金とし、残りをメンバーで分けている。これは武具や防具の整備や遠征時の費用などを共同資金から拠出するためだ。一年間で余った共同資金は年末にその半分を五人で分けるらしい。残り半分は翌年のために取っておくのだ。


 リリたちの場合、本格的に冒険者稼業を行うわけではないので共同資金はそれほど必要としない。リリは自分の知っていることと考えをシャリーとアリシアーナに伝え、マリエルの提案を採用することにした。


「んで、パーティ名はどうする?」


 パーティ共同の口座を作るためにはパーティ名が必要である。


「リリと愉快な仲間たち」

「オルデン隊でいいんだぞ!」

「銀の薔薇はいかがかしら?」


 マリエルとシャリーの案は却下。アリシアーナのはちょっと良いなって思ったけど、薔薇は恥ずかしいかな……。


(しろがね)の狼、は?」


 リリの言葉に他の三人がアルゴを見る。白に近い美しい銀色の毛並みは神々しい。まさに神獣という感じだ。


「わふ?」

「銀の狼、いいですわね!」

「かっこいいぞ!」

「めっちゃいい響きやな!」


 満場一致で「銀の狼」に決まった。


「一応リーダーを決めなきゃなんだけど」

「「「リリ(姉御)で!」」」


 まぁ、そうなる予感はしてたよ。アリシアーナは侯爵令嬢だから冒険者パーティのリーダーって感じじゃないし、マリエルはこの中でたぶん一番忙しい。シャリーは……うん、シャリーをリーダーにしちゃいけない気がする。


「と、とりあえず私がリーダーで登録しとくね」


 相談窓口でパーティ申請を行い、パーティの口座を作って今日の報酬から四百三十スニードを入金した。


「これからは『銀の狼』のマリエルやって名乗ってええんやな!」

「おお、何だか強そうだぞ!」

「うん、パーティランクはFだし、誰にも知られてないけどね」


 「金色の鷹」と対になるようなパーティ名に出来て、リリは非常に満足だ。金色と銀、鷹と狼。うん、とっても強そう。と言っても、冒険者パーティとして名を上げるつもりはない。たまにこんな風に集まって、楽しく冒険が出来れば良いと思っている。


 三千スニードずつ分けて、アリシアーナにセバスの分と合わせて六千スニードを渡した。彼女は現金を持ったことがないらしく、「これが百スニード銀貨ですのね!」と目をキラキラさせていた。さすがは侯爵令嬢である。財布も持っていなかったので革袋ごと渡すと、アリシアーナはそのまま「セバスの取り分ですわ」と言って全部手渡していた。受け取ったセバスの狼狽ぶりに、リリたちは目を背けて笑いを堪えた。


 今日のところは解散することにして、アリシアーナとはギルドの前で別れた。しばらく歩いてシャリーも自宅の方へ帰って言った。リリとマリエル、アルゴは一緒に家の方へ歩いて行く。


「マリエル、今日の感想は?」

「おもろかったなぁ! ちょっと緊張もしたけど、ワクワクの方が強かったな!」

「フフフ! それは良かった。また行こうね?」

「もちろんや。また付き合うてな!」


 ダルトン商会と「鷹の嘴亭」の前を過ぎ、間もなく自宅という頃。


「そや、忘れとった。リリが言うてた馬車関係の試作やねんけど」

「おお! 見積が出来た?」

「うん。とりあえず三万スニードくらい必要やな」

「それは一人?」

「いや二人でや。一万五千スニード、準備しといてもらえる?」

「分かった、明日にでも下ろしに行くよ。足りなくなったらまた教えてね?」

「了解や!」


 ちょうどダルトン家の前だったので、そこでマリエルとも別れる。リリも自宅の門を開けると、そこに空から来訪があった。


「ノア!」


 初めて姿を見せてから、毎週のようにリリの家に遊びに来ていたノア。鷹の姿をした神獣である。ここ二週間ほど姿を見なかったので少し心配していたのだ。


『ノア、久しぶり!』

『リリ、アルゴ。色々調べていたから来れなかったのだ。どうやら動き出したようだぞ』

『帝国か?』

『国と言うよりあれは一部の帝国貴族だな。リングガルド王国を北上し始めた。数はおよそ二万だ』


 ノアが齎したのは、リリが聞きたくない報せだった。

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