106 名もなき迷宮
西に延びる街道から逸れてしばらく北へ向かった一行は、開けた場所で馬車を降りた。
「ここからは歩きだ」
ジェイクが宣言する。アネッサが地図を片手に道を確認していた。馬たちの手綱を立ち木に括り付け、その周囲に壺のようなものをいくつも置いていく。これは魔物除けの魔道具である。そんなのがあるなら野営で使えばいいのに、と寝不足のリリは心の中で愚痴った。確かにそういった使い方も出来る。ただし効果時間に限りがあるため、今回は馬たちのためだけに使うのだ。
「目印を付けてくれてるから、これに沿って進めば問題なさそうね」
アネッサが示したのは、木に結び付けられた青い布だった。新しい迷宮を発見した冒険者が残してくれたものらしい。
アネッサがそのまま先頭に立ち、木々の間隔が数メートルある林の中を進む。春と言っても生い茂る葉で陽の光が遮られ、少し肌寒い。しかし一時間も歩いてじんわりと汗ばんできた頃、ようやく迷宮の入口に辿り着いた。
林の中に突然現れた、こんもりと盛り上がった土の山。そこに高さ三メートル、幅十メートルくらいの横穴がぽっかりと口を開けている。まるでそこから闇夜が始まっているかのように真っ暗で不気味だ。
一行は迷宮入口前で少し休憩をとった後、中に入ることになった。
「アネッサ、アルガン、俺、ラーラ、クライブの順で行く。リリたちは遅れないように後ろを付いて来てくれ」
外から見た印象と異なり、迷宮に一歩入ると薄っすらした明かりを感じる。また虫の死骸が光っているのか、と思ったが違うようだ。
これまでリリが入ったことのある二つの迷宮と異なり、ここは床や壁が「石造り」になっている。この石と石の接合部から僅かに灯りが漏れているのだ。まるで向こう側に光源があるかのようである。
「遺跡タイプか」
「おおぉ! ……ダンジョンと言えば遺跡!」
「リリ、何か言ったか?」
「ううん」
ジェイクの呟きに反応して心の声が漏れたようだ。「焔魔の迷宮」と「群狼の迷宮」しか入ったことがないが、両方とも洞窟タイプだった。それはそれで悪くないが、遺跡型ダンジョンの方がワクワクする。何故なのかはリリ自身もよく分からないのだが。
「前方、二体!」
「「「「応!」」」」
ガガガッ、と爪が石床を削る音がして、通路の先から二体のアーマーリザードが迫ってくる。背中に背負った甲羅が非常に硬い、体長二メートルほどの紫色をしたトカゲだ。鋸のように尖った牙が並んだ口を大きく開いた顔は狂暴かつ醜悪。ラルカンとは似ても似つかない。
「氷槍!」
「氷槍!」
先頭のアネッサが素早く下がりながら氷槍を放つ。ラーラも後ろから同じ魔法を放った。同時にジェイクとアルガンが前に出る。クライブはアネッサとラーラの前で盾を構えた。
「「グギャァァアアア!」」
開いた口に氷の槍が飛び込み、アーマーリザードが怯む。その隙にジェイクとアルガンが下から剣を一閃。比較的柔らかい喉の部分を深く切り裂いて絶命させた。
これだ。リリがシャリーとアリシアーナに見せたかったのはこの美しい連携なのだ。「金色の鷹」の五人は、一つの生き物のように、初めから一連の流れが決まっているかのように動く。そこに無駄はない。全ての動きに意味がある。それを声一つ出すことなく当たり前のように完遂する。それをリリは美しいと思う。
シャリーとアリシアーナを横目で見ると、二人とも前傾姿勢になって食い入るようにジェイクたちを見つめていた。
「リリ、これがSランクパーティ、なのですね……?」
「前も見たけど、やっぱり気持ちいいぞ!」
うんうん。二人にも「金色の鷹」の凄さが伝わって嬉しいよ。
その後、アルゴの探知結果も頼りにしながら二階層を目指す間、数種類のリザート系魔物と会敵した。アーマーリザード、毒を持つベノムリザード、影に紛れて動くシャドウリザード。しかしいずれも鎧袖一触で「金色の鷹」が屠っていく。シャリーも魔物を倒したいようだったが、リリたちに出番が回ってくることはなかった。
アルゴ探知の恩恵で、すぐに二階層へ続く階段が見つかった。階段! やっぱダンジョンと言えば次の階層に行くのは階段だよね! 洞窟タイプではただの坂道だったので、階段を見て無駄にテンションを上げるリリであった。
「階段は特に気を付けろ。前後から魔物に挟まれる可能性がある」
ジェイクがリリたちに教えてくれる。この世界の魔物は普通に階層間を移動する。絶対安全な場所などない。
「迷宮で寝泊まりする時はどうするの?」
「あー、正確に言うと寝ないな」
「え?」
「二人か三人ずつ立ったまま目を瞑る。残りは警戒だ」
「ええっ!?」
そういう休憩を何度か取るのだそうだ。何てハード。野営ですらしっかり睡眠をとりたい私には無理だ……。
「ソロだと絶対無理だね……」
「リリちゃん、セーフティエリアがある迷宮もあるよ?」
「そうなの!?」
「うん。まぁセーフティって言っても魔物が入りにくいってだけで、絶対じゃないけどね。そういう所だとちゃんと交代で寝るよ」
アルガンが補足してくれた。それでもハードなのに変わりはない。
「私に冒険者は無理っぽい」
「アハハ! 迷宮には潜らない冒険者もいっぱいいるけどね?」
「そうだぞ? 迷宮に潜ったからって稼げるわけでもねぇし」
「な、なるほど?」
そうだった。お約束の宝箱なんてないし、倒した魔物が消えて素材がドロップするわけでもない。地上と同じように、魔石や素材は自分の手で回収しなければならないのだ。危険な迷宮内だと、回収する暇もない時が結構あるそうだ。
「迷宮には、そこしか生えない薬草の採取とか、珍しい鉱石を採掘するために潜ることが多いのよ」
とラーラが教えてくれる。なるほど、珍しいものを採るためにちょっと険しい山に登る、くらいの感覚なのかな?
それにしても、ダンジョンにはもっとロマンがあってもいいと思う。少なくともリスクに見合うリターンがないと。ダンジョンを作った神様に、そこは声を大にして言いたい。
その後、出くわす魔物の数は少し増えたが、魔物の種類は変わらず四階層まで進んだ。アルゴの探知は相変わらず正確だし、アネッサの探知も素晴らしい。リリも索敵マップで魔物の動向は掴めるが、どの道を通れば階段に辿り着くかまでは分からない。一度でも通った道なら完璧に把握できるが、初めて来る所は目視の範囲しか道が表示されないからだ。
アネッサの魔力探知は、未知の場所でもかなり先まで見通せるらしい。
「迷宮では魔力が下の階層に向かってほんの僅か流れてるの。それを見付けてるのよ」
とはアネッサの弁である。アルゴに確認するとその通りらしいが、人間でそれを感知するのは相当難しいそう。リリにも魔力の流れなんてさっぱり分からない。アネッサお姉ちゃん、すごい。
「ああ、これって下に流れてたのか!」
「え、シャリーも見えるの?」
「ぼんやりだけどな! ギリギリ見えるぞ!」
すごい子がここにもいた。
「シャリー、すごいですわ! 私には何にも見えません」
「私も全っ然分からない。すごいよ、シャリー!」
エルフの特性なのか、それともシャリーが特殊なのか。いずれにせよ、シャリーの新たな特技が発覚した。ただ、迷宮以外で役に立つのかは分からない。
そして予定していた五階層に降り立った。
「とりあえず六階層に下りる階段を見付けたら撤収だ」
これまで通り、アネッサとアルゴの探知に従って階段を探す。しかし、この五階層は今までと違った。
「前方八体、後方六体!」
『む。ディアボロスリザードが混ざっているな』
二足歩行のディアボロスリザード。太く強靭な後ろ足で立ち上がり、人の腕のように伸びた前足にはナイフまがいの爪を備えている。顔はトカゲというより鰐。真っ黒な鱗は鋼鉄並みの強度、そして何故か蝙蝠のような羽根を持ち、短い時間ながら飛べるという厄介な魔物だ。
「後ろは私たちに任せて!」
「いけるか!?」
「うん! アリシア、風刃を!」
「分かりましたわ。風刃!」
前方はジェイクたちに任せ、後方の敵に照準を合わせる。シャドウリザード四体、ディアボロスリザード二体の六体。アリシアーナの風刃が二体のシャドウリザードを真っ二つにした。
「シャリー、石礫、多めで!」
「任せろ、石礫!」
空中に黄土色の魔法陣が十、描かれ、そこから二十ずつの石礫が射出される。
「雷撃針!」
シャリーの石礫で怯んだ敵に、百の雷針を浴びせる。突き刺さった針から小さな稲妻が迸り、残った四体が爆散した。
「「…………」」
シャリーとアリシアーナからじっとりした目で見られる。
「えーと、なんかごめん?」
「姉御。今の魔法、初めて見たぞ?」
「そうですわ。他にも隠してますの?」
「うっ……」
ジェイクたちの方を見ると、そちらも既に戦闘が終わっていた。
「リリ……あの魔法は何だ?」
「え? 話したよね、雷魔法」
ジェイクからもじっとりした目で見られた。あれ、雷魔法のこと話してなかったっけ?
「……聞いてねぇぞ」
「あ、あれ? 言ってなかった?」
「はぁ……。後でじっくり聞かせてもらうぞ」
ため息つかれたっ!? え、別に悪いことしてないよね?
「私も今の魔法について聞かせて欲しいな」
「もちろん私にも教えてくれるよね?」
左右の肩にラーラとアネッサが手を置き、いい笑顔を向けてくる。
「う、うん」
「ドンマイ」
「お前ってやつは……」
アルガンから両肩をポンッと叩かれ、クライブに呆れた顔を向けられた。リリは助けを求める目をシャリーとアリシアーナに向けるが、二人ともよく分かっていない。最後にアルゴに目を向ける。
『雷魔法はここ千年、使える者がいなかったからな』
そうでした! アンさんにも言われたんだった、失われた魔法って。で、でも、雷魔法の中でも一番弱いやつをチョロっと使っただけなんだけど……。ダメ?
「まぁ、リリですから!」
「姉御だからな!」
よく分からない理由で納得されつつ先に進む。そこからは、アネッサのすぐ後ろに配置された。アルゴは最後尾でシャリーとアリシアーナを守る役目である。ジェイクには効率重視だ、と言われた。これはつまり雷撃針を使って行けってことだよね?
「前方から五体!」
「雷撃針!」
「右から四体!」
「雷撃針!」
「左から」
「雷撃針!」
リリも索敵マップで敵が迫るのが分かるので、目視と同時に雷撃針を放つ。ディアボロスリザードはA級相当の魔物だそうだが、そんなことは無視、無視! 手の空いたメンバーは魔石や素材の回収に勤しんだ。
「……予定より早く着いたな」
目の前には六階層に続く階段。リリが自重なしで雷撃針を使ったため思ったより早く到着した。今回の依頼はあくまで調査であり、五階層まで来れば十分である。
「六階層も少し見ていくか?」
「一~二階層は初級から中級、三~四階層が中級、五階層は上級向けって感じよね?」
ジェイクとアネッサが相談している。魔物は階層間も移動するので絶対ではなく、あくまで目安となるが、目安でも無いよりは遥かにマシだ。
「六階層は姉御禁止で行こうぜ!」
「おぉ、それは面白ぇ」
私禁止って何? 憮然とするリリをよそに、六階層をリリの魔法抜きで少し見て回ることになった。
「リリが魔法使うと、階層の脅威度がいまいち分かんねぇんだ」
複数の敵でも見えた瞬間に雷撃針一発で倒してしまう。これでは本来の脅威度より低く見積もってしまうかも知れない。
「ごめんなさい」
しゅん、としょんぼりしながら謝るリリ。
「いや、お前が強くなることに異存はねぇぞ? どうせ他にも色々出来るんだろ?」
「ソウデスネ」
「それについてもちゃんと教えてくれ。そうすれば安心できるからな」
「うん、分かった」
ジェイクがリリの頭をくしゃっと撫でる。その、ちょっと荒っぽい撫で方がリリは好きだった。それを顔に出さないように、髪を手櫛で直しながらジェイクの後ろを付いて行く。
「なんかさっきまでより暗い? それに通路も広くない?」
「……もしかしたら最下層かもな」
「え!? こんなに浅いことあるの?」
「出来たばっかりの迷宮だと可能性はある。年月とともに迷宮は成長するからな」
「そうなんだ……」
また初耳情報だ。成長するダンジョン、すごくファンタジーっぽい!
リリは隊列の真ん中辺りに組み込まれ、魔法を禁止されて進んだ。出て来る魔物はこれまでと変わらない。数は五階層と同じくらいだ。「金色の鷹」にとってはA級のディアボロスリザードも手こずる相手ではない。後方から来る魔物には、シャリーとアリシアーナが危なげなく対処していた。
『この先に広い空間がある。そこにワイバーンが二体いるな』
『ワイバーン? レッサーじゃなくて?』
『うむ。まぁ大きめの飛びトカゲだ』
アルゴにとってはレッサー(劣化版)との違いは大きさくらいらしい。
「ジェイクおじちゃん」
リリがジェイクの袖をクイクイ引っ張る。
「どうした?」
「アルゴが、この先にワイバーンが二体いるって」
「はぁっ!?」
ジェイクが思わず上げた大声に全員が足を止めた。自然と集まって相談が始まる。
「これは戻るべきだろう」
「そうね。ワイバーンは一体でもSランクパーティが複数いないと」
「これは調査だから。危険は避けよう」
うんうん。私だって別に自分から危険に飛び込む趣味はない。 シャリー? 何でそんなキラキラした目で私を見るの? え、アルゴも? ほら、アリシアは顔色が悪くなってるから。期待されても困るよ。
「よし、来た道を戻るぞ」
一行は、なるべくワイバーンを刺激しないよう、戦闘を避けて五階層への階段を目指した。
『むっ。階段の手前にレッサーどもが来たな』
『えぇ!? 何体?』
『昨夜の群れだ。六体だな』
リリは再びジェイクに耳打ちする。
「ちっ! どこかに出入りできる縦穴でもあるのか」
もしここが最下層なら、二体のワイバーンを倒すと迷宮の外に出る転移魔法陣が現れるらしい。
え……転移コワイ。
ラルカンから「人間が使うとバラバラになる」と聞かされたリリは転移アレルギーである。普通に階段で帰りたい。
「ワイバーン二体より、レッサー六体の方がまだマシか」
くっ、これがフラグ回収か。一行はレッサーワイバーン六体が待ち受ける階段に向かった。
評価、ブックマークして下さった読者様、本当にありがとうございます!
前にも書きましたが、一晩でポイントが増えるとマジで二度見します。
二度見した後ちょっと震えます(笑)
これ、まかり間違ってランキングに入ったりしたら心臓止まるんじゃないかな……(チラッ)
今後もよろしくお願いいたします!!




