103 爆発魔法
デートの翌日。朝から「焔魔の迷宮」へ赴いた。
正直、攻撃魔法については雷魔法だけで十分かな、とリリは思っていた。しかし昨夜、ラルカンが転移してきて一言。
『リリ、次は炎魔法だね!』
とキラキラした瞳で言い放った。お気に入りであるリリに自分の得意魔法を教えたい。そんな期待がそのつぶらな瞳から溢れ出していて、断るに断れなかった。
というわけで、迷宮の五十階層。まずは快適に過ごせるように巨大な氷柱を六つ出現させた。アルゴは少し憮然としている。彼もリリには雷魔法だけで十分だと思っているのだ。自分が言い出した事ではあるが、他の神獣が自分の主に魔法を教えるのはあまり気分の良いものではなかった。とは言え、リリが強くなるのに文句を言える筈もない。
『さてさて。リリが知ってる炎魔法を教えてくれる?』
『えーと、火矢に豪炎、獄炎、紅炎だね』
うんうん、とラルカンは満足そうに頷く。
『それらは全て、火そのもので攻撃する魔法だよね』
『うん』
『ボクの魔法は根本的に違う。生き物の血液を瞬間的にマグマに変えて――』
『ちょっと待って! それは知らなくていいかな?』
こわっ。神獣の炎魔法、こわっ。
『そう? じゃあ爆発魔法を教えようかな!』
『ラルカンよ。それはより危険ではないか?』
『大丈夫。リリならきっと上手く使えるよ!』
爆発……不穏な響きだ。アルゴの言う通り危険な臭いがプンプンする。
『リリは、燃える空気のこと知ってる?』
『燃える空気? ……可燃性ガスのこと?』
『おっ、今イメージしたね?』
水素、メタン、エタン、プロパンなど可燃性ガスはいくつもあった気がする。その中で一番身近なのは水素だろうか。たぶん中学校だったと思うが、電気分解の実験をやった記憶がある。
『でも、それを燃やすには火種が必要だよね?』
『そうそう。だから――』
ラルカンが説明してくれる。彼は雷球を見ていたので、リリが説明通りに出来ると確信しているようだ。その方法は、可燃性ガスを充満させた球の周りに火を纏わせる、というもの。目標に着弾した瞬間に球が割れてガスに引火し爆発する。イメージは簡単に出来た。
『だけど、爆発するなら危ないよね?』
『それもリリなら大丈夫だと思うんだ。爆発させた直後に、そこを少し大きめの球で覆っちゃえばいいんだよ!』
なるほど。対象を爆発させたらそれを球で覆う。そうすれば何やかんやが飛散するのを防げるし延焼も防げる。球の中の酸素がなくなれば炎は消える。いいことづくめに聞こえる。
『でも私にそんな球を作れるかな?』
『え? いつも作ってるじゃない』
『え?』
『雷球。あれを覆っている球はリリが作ってるでしょ?』
『あ、うん』
最初は静電気の玩具だったが、慣れてからは透明のカプセルをイメージしている。
『あれ、リリの無属性魔法だよ?』
『え、そうなの!?』
『うむ。気付いていなかったのか?』
『あ、うん……』
上手いこと雷を包めたなって思ってたけど、あれって無属性魔法で作った球なのか。
『と言うことは、二つの属性魔法を同時に使ってたってこと?』
『うーむ、正確に言うと同時ではない。無属性で球を作り出した後、そこに雷を閉じ込めている』
『なるほど』
自分が使っている魔法なのにアルゴから教えてもらうとは。ちょっと恥ずかしい。
『ね! だからリリなら爆発魔法を上手く使えると思うんだ!』
『そうか……うん、やってみる』
リリはまず、対象を無属性魔法の「球」で覆う練習をした。これまで無意識にやっていたので、意識してやるとかなり大きさを変えられることが分かった。球の強度もかなり自由度が高い。これって、相手を拘束するのにも使えるんじゃ……?
『敵を閉じ込めることも出来そうだな』
『やっぱり?』
完全な球状だと地面が邪魔なので半球のドーム状にする。これは「電撃領域」で練習したのですぐに出来た。
『最早リリは無敵ではなかろうか?』
『むぅ。女の子にそういうこと言うの良くないと思う』
『むっ、すまぬ』
私だって女の子なんだから。誰かに頼りたい時だってある。昨日もアルゴやコンラッドさん、ウルさんに助けられたし。
『いつもアルゴを頼りにしてるんだよ?』
『うむ! そうであろう、そうであろう!』
『ボクも! ボクも頼りにしていいよ!』
『フフフ。ありがとうラルカン』
神獣二体はリリに頼られて至極ご満悦である。
次に爆発する球を作ってみた。雷球と同じく直径二十センチの透明な球。強度は何かに当たったら割れる程度。そこに水素を充填し、球を火で覆う。
『こんな感じかな?』
『うん、いいと思う!』
『なるべく遠くの壁に放ってみよ』
『分かった!』
雷球でコツは掴んでいるので、遠くの壁に向けて撃ち出す。爆発球が壁に当たる瞬間、そこを直径二メートルのドームで覆った。
「おおっ!」
くぐもった爆発音がして足の裏に振動が届く。ドームの中は火の海になったが、三十秒ほどで火が消える。
『ほら、リリなら上手く出来ると思ったんだ!』
『うむ、威力も十分だな』
『雷球もドームで覆えば周りに被害が出ないかな?』
『う~む……試してみてはどうだ?』
試してみた。しかし思っていた感じではない。
『……雷、消えないね』
『それどころか、威力が集中しているように見えるな』
ドームの中という密閉空間、逃げ場を失った雷は檻に閉じ込められた猛獣のように荒れ狂っている。周りに被害が広がらない、という意味では良さそうだ。いつまでも眩しいけど。
五分ほど経ってようやく雷が収まった。迷宮の地面と壁が大きく抉れている。
『やはり威力が高くなっているな』
『リリ、すごいね!』
『……エグい魔法を生み出してしまった』
ただ、街中で雷球を使う必要に迫られた時には良いかも知れない。
『リリ、さっきの爆発球なんだけど、あれをもっと大きくしたら神位魔法になるよ!』
炎属性の神位魔法「火神殲舞」。リリの「爆発球」を巨大にしたものらしい。今のところ必要性を感じないし、今後も出来れば感じたくない。
『近いうちに雷と炎の神位魔法を試してみるか』
『え?』
『迷宮ではなく、海に向けて放つのがよかろう』
『ソ、ソウデスネ』
必要性は感じないが、使えるに越したことはない。いざという時に使えません、では攻撃魔法を習得した意味が薄れる、ような気がしないでもない。
習得に数ヵ月、或いは数年かかると思っていた雷と炎の魔法。神獣たちのサポートもあり、リリは僅か数日で実戦に使えるレベル、と言うには些か過剰ではあるが、とにかく習得したのだった。
爆発球を覚えた翌日、演習休みも今日を含めて残り二日。
朝食を食べ終えた頃、特務隊から迎えの馬車がやって来た。プレストン長官が話をする時間を作ってくれたのだ。御者は初老の男性が務め、客車にはラムリーが乗っていた。
「先日はご苦労様でしたっす!」
「あ、いえ。ウルさんは大丈夫でしたか?」
「はいっす。リリさんがあの場で治療してくれたから問題なかったっすよ」
「よかった」
ウルとコンラッドがいなかったら、瘴魔王との戦いがもっと厳しいものになっていたかも知れない。
馬車は北区中心付近の特徴のない白い建物の前で停まった。特務隊本部である。馬車の後ろから付いて来たアルゴを伴って中に入る。
「長官にリリさんが来たって伝えてくるので、ちょっと待ってて欲しいっす!」
ラムリーはそう言って階段を駆け上って行った。元気だなぁと思いながら、二度目となる本部のロビーを見渡す。受付の女性職員が二人いるが、二人とも書類仕事で忙しそうだ。こういう裏方の人達がいるから、瘴魔祓い士が仕事に集中できる。直接対峙しないだけで、彼ら・彼女らも瘴魔と戦っているのだ。リリは彼女たちの邪魔にならないようロビーの隅に移動し、心の中で感謝の言葉を投げかけた。
「お待たせっす。小会議室一番でお話するそうっす」
ロビーの奥に小会議室が四つ、大会議室が一つある。前回は大会議室を使ったが、今日は小会議室らしい。一番手前の部屋に入ると、「小」と言っても八人は余裕で座れるスペースになっていた。これならアルゴも入れる。ラムリーが紅茶を淹れてくれ、しばらく談笑していると長官が入って来た。
「リリ君、待たせたね」
「長官、お時間取っていただきありがとうございます」
立ち上がって礼をすると、すぐに座るよう促された。
「隊員に推薦したい人物がいるとか?」
「はい。長官もお会いになったことがあるんですが、エルフのシャリーと侯爵令嬢のアリシアーナです」
「ああ、覚えている。推薦理由を聞いて良いかな?」
シャリーは非常に優れた炎魔法使い。最上位の紅炎を完璧に制御して使えるし、魔力量もかなり多い。向上心が強くて素直な性格も推せる。
アリシアーナは民を守ることが貴族の責務だと常に言い続けている。この半年で神聖浄化魔法も使えるようになった。まだ半径十メートルくらいだが、伸びしろがある。
「二人とも、瘴魔祓い士を単なる安定収入を得る手段だとは考えていません。人々を守る誇り高い仕事で、だからこそ困難な任務が多くなりそうな特務隊に入りたいと言ってくれました」
「そうか。二人とも問題なさそうだな」
「はい!」
推薦だけで特務隊に入れるわけではない。実績があれば別だが、まだ学院生の彼女たちは半年から一年の「候補生」の期間を設けられる。これは特務隊が彼女たちを見る期間でもあるし、彼女たち自身が特務隊でやっていけるか見極める期間でもある。
「うむ、では候補生として迎える準備をしておこう」
「ありがとうございます。それと、もう一つお話があります」
瘴魔祓い士がパーティを組んで討伐に当たるのはどうか。リリはつい先日、瘴魔王と遭遇した時について話した。
「最初のお話では、瘴魔が十体程度、瘴魔鬼が二体ほどということで任務を受けました」
だが、実際には百体を超える瘴魔、瘴魔鬼が少なくとも五体、そして瘴魔王までいたのだ。
「私を含めて三人の祓い士がいたから勝てたと思います」
全ての瘴魔祓い士にパーティを組めと言うわけではない。特務隊で試験的に運用してみて、その有用性を検証してはどうだろうか。
「なるほどな……というかリリ君」
「はい」
「君はまた瘴魔王と遭遇したのかね」
「あ、はい。……この短期間で二回って多いですよね?」
「うーむ……たまたま、という可能性もあるからな。何とも言えん。それで、二体とも君が倒したのか?」
「いえ、演習の時はアルゴが倒してくれました。この前はアルゴの力を借りながら、何とか倒せました」
リリの言葉を聞いて、プレストン長官は腕組みをして目を閉じ、「特級」とか「まだ早い」とか独り言を呟いている。邪魔してはいけない気がして、リリは聞こえないフリをしていた。
「うむ、取り敢えず候補生の二人とパーティを組んでみてはどうだ?」
「あの……出来ればコンラッドさんにも入って欲しいんです」
「理由を聞いても?」
「コンラッドさんは男性ですし、経験豊富で頼りになるので」
「しかし、アンとの兼ね合いもあるからな」
師匠が任務を受ける時はコンラッドさんも同行するだろう。
「そ、そうですよね」
「一応希望として聞いておく。私の方でも考えてみるよ」
「お願いします」
帰りの馬車は固辞し、リリはアルゴに乗せてもらって帰った。コンラッドの名前を出したのは早計だったかも知れない。アンさんと先に話をするべきだった。それに、ただ彼と一緒にいたいという気持ちの方が強い気がする。仕事をする上で、それは良くない感情ではないだろうか。
背中でウンウン唸るリリに、アルゴは小首を傾げながら自宅へ向かったのだった。
演習休みが終わり、学院の授業が再開された日。最初の座学の時間に、先日の演習で瘴魔祓い士の資格条件を満たした者、即ち三体以上の瘴魔を倒した者が別の教室に呼ばれ、オリエンテーションを受けた。
条件を満たした者は、新入生二十人中七人。リリがほとんど教える形になっていた浄化魔法組は全員が条件を満たし、炎魔法組はシャリーを含めて三人がクリアした。その場で資格の申請が出来るということで、リリ以外の六人全員が申請を行った。
「リリさんのおかげでこんなに早く瘴魔祓い士になることができました!」
新入生で最年少、リリより一つ年下の「妹キャラ」、ベル・クリンデルがリリの両手を握ってブンブンと上下に振る。
「あー、助かったよ。ありがとう」
浄化魔法組唯一の男子、ベンドラ・グリスリードもぼそぼそと礼を口にした。
「二人は地元に帰るの?」
この二人はファンデルの出身ではなく、ベルは隣のバルトシーデル、ベンドラはそこからさらに東のクルスモーデル出身。二人とも地元に帰り、そこで祓い士として活動するつもりだと言う。
資格申請した者は、明日から学院に通う必要がない。それぞれの自宅や寮に、祓い士の資格証と学院の卒業証明書が届けられるそうだ。つまり、この二人と会うのも今日が最後になるかも知れない。
一緒に過ごした時間はそれほど長くないが、友達と言って差し支えないくらいには仲良くなった。
「二人とも、絶対に無理しちゃダメだよ? 危ない時は逃げること。先輩の祓い士を頼るんだよ? 自分が犠牲になってでも、なんて絶対考えないでね?」
自分の目が届かない所で危険な仕事に就く二人。リリにだって分かっている。知り合った全ての人をずっと守り続けることなど出来ないことを。だから、思わず消極的なことを口にしてしまった。
ベルは大きな瞳に涙をいっぱい溜めて、リリに向かってしきりに頷いている。ベンドラは俯いて肩を震わせていた。リリの心配する気持ちは二人に十分伝わった。
教室を出るとき、ベルとベンドラは目と鼻を赤くしながらも、明るい笑顔で挨拶してくれた。
「また会いましょうね!」
「またな!」
二人の背を見送りながら、リリは女神ミュールに二人の無事と幸せを祈るのだった。




