幕間 模擬戦の次の日
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ピースアライアンスが管理している平和地帯の一つ、東の国。その国にあるヒーロー支部にて希星高校の学生を招いた社会科見学が行われた次の日、施設内の医務室に一人の学生兼ヒーローの少年が全ての身体検査を終えて、用意された個室で昨日の出来事を振り返っていた。
長い事その詳細な効果を把握出来ていなかった能力を模擬戦時に行使し、自身の身体に負荷をかけて意識を失ってしまう事態にまでなってしまったが為に、丸一日安静にしておけという真宮寺支部長による命令で赤崎 焔はそこにいた。
赤い髪に赤い目をした彼は医務室の職員が用意した検査用の衣服を身に纏い、部屋に設置されてあるベッドの上に腰掛けている。
しんと静かな個室は物事を深く考える事に適しており、右手には幼い頃に別れきりになった後に高校で偶然再開し、護衛対象にもなった初恋の少女が残してくれた書き置きを手にしていた。
意識を取り戻した後に、チームのメンバーによる計らいによって、彼女と二人きりで少しだけ話が出来た際に会話をした内容が書き置きには記されており、彼女の雰囲気にとても良くあった丁寧で綺麗な字で詳細に残されていた。
それを目にすれば再び起き上がった時のぼんやりとした頭でも何を話したかをしっかりと思い返す事ができ、それ故にあの時の自分に対して彼女が一番聞きたかった事をきちんと答えてあげられなかった事も思い返されてしまう。
焔はこの一日で既に何度もそれを読み返していて、自身の携帯端末を弄る回数よりも多かった。
思い返されるのは、昨日の朝に学校の校門で緊張した面持ちでクラス委員長として先頭を歩いて支部に向かう姿から、風見三兄弟との模擬戦にて再開した時に見せてくれた自分と彰を信じてくれている顔から、予想通り強敵だった彼等に辛うじて勝利して気を失う前に見た、焦りや悲しみを抑えるかのように辛そうにしている日和 桜の姿であった。
どうして桜の聞きたかった事に答えてあげられなかったのか、その理由の大きな部分は、今現在の焔自身の姿にあった。
風見三兄弟に対抗する為に、年上の仲間や先輩達ですら正しく把握していなかった能力に頼ってしまい、挙句の果てには自分達を信じてくれた桜を酷く悲しませてしまった今の自分の何処に、そんな資格があるというのかと考えてしまっている。
しかも彼女達に隠し事をしてまで秘密裏に計画していたのにだ。更にはその能力の詳細な情報や危険性を正しく理解していたのは桜ただ一人であり、命の危険や情報の希少性を考えれば考える程に、彼女を安心させたくてやった事が返って心労や負担を与えてしまった結果になってしまったのが焔が何も答えられなかった理由になる。
一体どうすれば良かったのかと焔は考える。異例の若さでAクラスのヒーローになって、遥か格上との遭遇戦から始まり、高校に入学してからの護衛任務に、更にもう一人追加で護衛対象が増えて、今回の模擬戦である。
護衛対象に選ばれた二人は共に希少な能力を保有していて、容姿もとても優れた少女達であり、一人はお姫様と形容される程の容姿をした焔にとっても初恋の相手で、もう一人はピースアライアンスに貢献してくれている家柄出身の生粋のお嬢様。初めの内はお嬢様の方が一方的に桜に敵対心を燃やしてはいたものの、どういう訳か今では二人共友好的となり、共通の友人も存在する程になっている。
二人との仲を絆してくれているメンバーの内の一人の貢献度に比較して、自分達他の四人は今回の件でどれだけ彼女達に貢献してあげられたのだろうかと焔は悩む。
ヒーローとしての活動は地道に且つ、派手さは無いものの確実な実力を身に着ける為には必要であった事を行っている。街中で能力を扱う犯罪者を取り押さえて周囲にわかりやすく活動を周知させるよりも、危険地帯に赴き地球外敵性生物と戦う事を望んだのはガンバルンジャー全員の意思である。
その意思を持った五人が集まったのがガンバルンジャーの結成の始まりであり、中でも能力に目覚める前は病弱だった為に一番身体が弱かった焔自身が、五人の中で誰よりも強さを求めていた。
全ては幼い頃の後悔を乗り越える為であり、そして今では再開した桜を今度こそ護り通し、側にいるのが相応しい存在と認められる程に自信を持つ事が焔の目標になっていた。
今までの活動内で、焔自身は決して手を抜かず、その時々の彼の全力を持って活動に励んでいた。そんな熱意とやる気に他のメンバーも感化されており、現在の地位がそれを証明している。
だがしかし、現実は彼等が努力して手に入れた地位よりも高い壁が、何重にも立ちはだかっているように思える。
特に強く印象に残るのは、桜の出自について支部長が何かを知っていそうな雰囲気であり、それを彼女に向かって問い質していた支部長の顔が今まで見た事が無い程に思い詰めていた事だった。
二十年も昔に一体何が起きて、それが桜の生まれにどのように影響し、ピースアライアンスは何をしてしまったというのか、支部長は彼女がそれを知ると決意した時には自分達も一緒に知るべきであると、託されようとしている物に対して、果たして支えてあげられるのかと焔は悩んでしまう。
焔はベッドの上で深く息を吐くと、部屋のドアをノックする音が聞こえた。ドアの向こうからは陽気な声で、彼の名前を呼んで部屋の中を確認しようとしている聞き馴染みのある少女の声が聞こえる。
「おーい、焔ー。起きてるー? 職員さんに調子を聞いたら会っても大丈夫だって言うから、わざわざ様子を見に来てあげたわよー?」
声の主は自分達と同じヒーローのガンバルンジャーのメンバーであるガンバピンクこと、桃瀬 涼芽だった。
「ああ、起きてるから入っても良いぞ」
涼芽の声を聞いて、焔は軽く返事をして部屋に設置された時計で時刻を確認する。昨日の模擬戦で身体を酷使させる真似をせずに、何事も無く学校に行っていたとしたら既に放課後を過ぎ、いつもの事になりつつある護衛任務で桜を家に送り終えている時間帯であった。
焔が時計を確認していると部屋のドアが開き、前髪に目の色と同じピンク色のヘアピンを着け、明るめの茶髪を一纏めにしたポニーテールを軽く揺らしながら、高校の制服姿の涼芽が中に入って来る。焔はその音で彼女の方に視線を向けると、その横にはもう一人女性がいた。
背丈は涼芽よりもやや低めで、焔の髪に近い明るい赤色のロングヘアが特徴的な、穏やかそうな雰囲気の服装の、焔達より少し年上の女性であった。
「涼芽ちゃんとは支部の入り口で出会ってね、そこで軽く昨日の出来事を聞きながら一緒に来ちゃったって訳。お母さんも心配してたんだから、無茶も程々にしときなさいよ焔」
彼女の名は、赤崎 暁美といい、焔が孤児院から引き取られた赤崎家の娘である。髪の色からして彼女自身も能力者であり、父親がピースアライアンスの職員でもあった為にその縁で近い髪の色をしていた焔を養子として迎え入れた。
血の繋がりも無く、容姿も違う方向性に育った二人ではあるが、それ以上に髪の色が近いという事がより強く周囲には印象に残り、焔だけが家族から浮いているという事は起こらず、寧ろ互いに共感出来る部分として姉弟仲は良好である。
「義姉さんが来るのか……あんまり情けない所は見られたくないんだが……」
「これで何度目になるんだろうね? Aクラスのヒーローにもなるとやる事が派手になって来るのね」
姉弟は軽く会話をして、暁美はばつが悪そうにしている焔の顔を少し確認した後、手にしていた彼の服が入った袋を手渡す。
「はいこれ、一応焔の服持って来たから家に帰るならこっちの方が良いでしょ?」
焔はそれを受け取り、中に入っている服を確かめる。一応部屋には職員か誰かが丁寧に折りたたんだ社会科見学の時に着ていた制服があるが、この後はもう家に帰る為、私服の方が良いかと考える。
そこで自分を迎えに来た義姉はこのまま一緒に家に帰宅するのだと思考すると、ならば涼芽は自分に一体何の用事があってここに来たのかと考える。
「義姉さんが迎えに来てくれたのはわかったが、それで、涼芽はどうしたんだ?」
「もう、どうしたもこうしたもないでしょ。折角昨日日和さんと二人っきりにしてあげたのに、何も起きないってどういうつもりなのよ」
焔の事情を知っている涼芽達ガンバルンジャー全員のお膳立てによって、桜と二人きりになる機会を得た焔だったが、折角用意して貰った機会を生かす事は無かったので、目の前にいる涼芽から自然と視線を逸らしてしまう。
「そ、それは……日和さんには申し訳ないと思ってる……本当に申し訳ないと思ったから、だから、何も言えなかった……」
その答えに何よそれと涼芽が呆れたように頬を膨らませると、彼女は焔が手にしていたメモ用紙に目が向いた。暁美も二人が口にした人物の名前が気になって問うのだった。
「ねえねえ、二人共、その日和さんって言う子は一体どういう関係の子なの? 昨日焔と二人っきりになったって言われたら、流石に私も気になるんだけど?」
「ええっ!? 焔、暁美さんにちゃんと教えて無かったの!?」
暁美の反応に、驚きながらも完全に呆れてしまう涼芽。そして彼女は入学式の桜との出会いから、それから焔にとっては同じ孤児院出身の幼馴染である事を説明するのであった。
「――と、言う訳なんです。日和さんは現在、私達ガンバルンジャーの護衛任務の対象になっている子で、焔にとっても今一番気になる子なんです」
「護衛対象だなんて凄い子なのね。それと涼芽ちゃん、その子がお姫様っていうのはどういう事なの?」
「それは、そのままの意味です! ここの職員も昨日は大盛り上がりでしたし、私や私の友達が普段携帯端末で撮った画像もあるんで見て下さいよ!」
そう言って涼芽は自身の携帯端末で撮影した桜の写真を暁美に見せていく。
入学式の帰り道で撮影した物から、友達と一緒に遊びに行った時の物や、勝負としてゲームセンターに向かった時の物等、出会ってからまだ日が浅いながらも涼芽の携帯端末の中には、桜の写真が相当な数と言える程に保存されていた。
暁美も初めて見る桜の容姿に驚き、これはお姫様と呼んでも何ら問題は無いと感想を述べる。
「凄いじゃない焔! 何でこんな可愛い子の事、お義姉ちゃんに教えてくれなかったの!」
「い、一応、義父さんは知ってる筈だよ……! それに、任務だから護衛対象の事はあまり関係者以外には漏らさない方が……」
「私は貴方の義姉なのよ? それに話を聞けば、もしかしたらこの子は私にとっても未来の義妹になるかもしれないって子でしょ! ならもう十分関係者でしょ?」
あまり公にするべきでは無いと、焔はピースアライアンスの規則に則り桜の保護的な意味合いで話せないのだと説明を行うも、暁美は未来の家族になるかもしれない可能性があると、期待を膨らませた自身の願望を込めて独自の理論を展開していく。
その勢いに焔は圧されるも、そこに涼芽からまだそのような関係には至ってはいないのだと説明が入る。
「日和さんと焔との関係を聞けば、明美さんも期待するのもわかりますけど、肝心のコイツはまだ再会した幼馴染って関係なだけで、そこから何も進んで無いんですよ」
「そうなの? でも、数年家族として一緒に暮らして来たからわかるけど、焔もずっと何かを抱え込んでいたのは知ってるし、きっと複雑なんだと思うのよ」
「私も入学式の時に下手に追い詰めてしまって聞いちゃったんですけど、多分日和さんが知ってる焔と今の焔って全然見た目が違うんです」
「入学式の日にねえ……そういえば焔が手に怪我をして家に帰って来たけど、それとも関係がある感じ?」
暁美が当時の焔の様子を思い返し、気になった部分を挙げると涼芽はそうだと勢い良く頷く。
焔も焔で、側で自分と桜の事についてあれこれ話し合われるのも嫌であり、この話はもう終わりにしろと二人を止めようとする。
「ふ、二人には関係の無い話なんだよ……! こ、これは、なんて言うか……俺と日和さんの問題っていうか……と、とにかく! この件は彼女にも納得して貰ったから良いんだよ!」
本人に聞いてみないと詳しくはわからないが、少なくとも桜にとってはとても大事な思い出でありそうなのだが、焔にとっての孤児院時代の思い出はとても惨めで情けない思い出でもあった。
昨日の出来事もあって、また情けない姿を見せてしまったと焔はそう思っている。それ故に昨日は何も言えなくなってしまった。
だがそれは焔の考え方であって、桜の考えは別である事は知らず、また、二人の思いを知らない涼芽と暁美には到底納得出来ないものであった。
涼芽はどこか歯切れが悪い返答をする焔に対しため息を吐き、彼に対する評価を下す。
「全く、ヘタレの焔君はどこまで奥手なのよ。さっさと日和さんに自分があの時の焔君ですって言えば良いじゃないの」
「まあまあ、涼芽ちゃん。焔もそう言いたい気持ちはあると思うのよね。でも、手の怪我の件もそうだけど、この子って妙な所でこだわるでしょ?」
そう言って暁美はケラケラと笑いながら、焔の頬を指でつつき出す。
特に嫌がる素振りを見せずに、成すがままにされる義弟の頬を数回つついた後指を離し、こうなってしまっては意地でも本心を言わないのだろうと、少し観念したように暁美は焔に微笑みを向ける。
「でもその日和さんって子は、そんな焔にもきちんと向き合ってくれてるんだから、いつまでも待たせちゃ可哀想よ?」
「わかってる……わかってるよ……だけど、それを言うのは迷惑をかけた昨日じゃないって、何となくそう思ったんだ……」
どこか思い詰めた顔になる焔。それを見て涼芽は、昨日彼が倒れた時の一連の流れを思い返す。
模擬戦で疑似的な強化付与を試みた姿を見た後に、桜の様子が明らかに変わっていくのを間近で見ていた涼芽。
側にいる自分達がどれだけ勝利を確信し、威勢の良い言葉で盛り上がろうとしていても彼女はそれを聞く余裕すら無さそうであった。
そして、勝負が終わり焔と彰が勝利したというのに、喜ぶ事も無くただ焔を心配する表情で結界の前に張り付くように立っていた。
最初は模擬戦の内容を見て、幼少期の彼女自身の辛い過去を思い出して暴力的な光景に怯えているのだろうかと思っていたが、実際は焔達が行った強化方法が、とても危険な行為だという事を知っていたからの物だった。
その後の一瞬取り乱しつつも、気を失った焔へと駆け寄り処置を行おうとした桜の姿を見て、随分と手慣れているのだと感じた。彼女が回復能力の使い手だというのは知っているし、実際にその能力を使用している姿も見た事がある。
非常時にあれ程まで的確に動ける桜に、今までの彼女の人生で一体どんな修羅場があったのだろうかと、若干疑問に思いつつも、その考えは簡単に払拭されたのだった。
昨日この部屋で、彼女は意識を失い起きる気配の無かった焔を奇跡的に起こし、涙を流し喜び彼の無事に心から安堵していた。その姿を見て涼芽は自分の疑問は杞憂であると悟る。
前に孤児院時代での焔に対しての印象を語っていた事もあってか、昔親切にしてくれた優しい男の子かもしれない少年が、自分達の為にボロボロの姿になって挙句には気を失ってしまうのを見てしまえば、桜のように心優しい少女ならばあれ位の行動に出ても何ら不思議では無かった。
世間一般の常識には疎く、普通の女の子なら誰でも知っていそうな流行り物等は殆ど何も把握していないのだが、それ以上に日和 桜という子は涼芽達の知らない分野の事について詳しいのである。
彼女の境遇や生い立ちを知れば知る程、どうしてそのような知識を身に着けて行ったのかが勘の鋭い涼芽にはなんとなくではあるが、大方予想はつけられた。幼少期の病弱だが心優しいと感じられる焔との出会いは、例え年月を経て記憶の片隅に追いやられてしまっていたとしても、きっとその思い出は彼女の行動に潜在的に影響を与えているのだと推測する。
そんな絵本に描かれたおとぎ話の世界にいそうなお姫様のような見た目をしながら、それでいて献身的な桜の事を、涼芽は大事にしてあげたいと思っている。
目の前にいる焔や、桜が兄のようだと思っている男性に対して、同性の自分には決して向けてくれないようなとても熱い感情を秘めた瞳を彼女が彼等に向けている事を、涼芽はとても羨ましいと感じながらもそれが上手く行くように支えたいとも考えている。
最終的に桜がどちらにその思いを伝えるのかは、今はまだ涼芽でもわかりようが無いが、肝心な所でへたれてしまう目の前のチームメイトをどうにかしてしっかりさせなければと涼芽は動く。
「はぁ、何となくそう思ったって言われちゃったら、普段からそれで活動してる私じゃもう何も言えないわよ」
息を吐き、観念したかのような仕草を焔に見せる涼芽。それを見て焔もようやく追求が無くなると安堵しかけるが、そこに彼女は別の方向から攻める事にした。
「それで焔、その手にしているメモはなんなの? 昨日誰からも何も無かったっていうのなら、別にそのメモくらい私達が見ても問題無いでしょ?」
涼芽からの指摘に、焔は思わず慌てだす。二人にはまだ誰が書いたのかは教えておらず、このメモには昨日の会話の詳細が記されている程度の物だが、見られてしまうのも何だかそれはそれでいい気分がしない。
これが風見三兄弟の内の上二人が自分に対する悪口等を書き殴った物であったなら、即座に破り捨てるのも出来たのだが、書いた相手が相手なだけに例え書き置きであっても、そんなぞんざいに取り扱う事など焔には到底出来なかった。
そんな様子をみた涼芽には、誰からのメモなのかは即座にお見通しであり、再度自身の携帯端末を手にして暁美に近付く。
「そのメモ、多分日和さんが書いて残してくれた物でしょ? あの時はアンタも起きたばっかりでまだフラフラしてたから、意識が曖昧でも思い出せるようにって気遣ってくれたんだと思うわ」
涼芽の考えは的中しており、焔はギクリとして肩を動かした。事実、再度起きたばかりの焔はその通りの状態であり、メモに書かれていた内容を読んで何を訳のわからない事を言っていたんだと一人赤面していた。
だが、言いたかった事は概ね本心であり、能力が覚醒するタイミングが最悪過ぎた為に、それだけ桜と接するには人として立派な存在でありたかった。
そんな反応を見せる焔の姿は暁美にとってはとても新鮮な物であり、感心して近寄って来た涼芽に声を掛ける。
「あらー、こんな焔の顔初めて見たわよ私。あのメモ何が書いてあるのかなー?」
「メモを見せてくれなくても、明日それとなく日和さんに聞いてみますよ。それよりまだ見せてないとっておきの日和さんの画像があるので見て下さいよ!」
とっておきの桜の画像と聞いて、思わず反応する焔。そう言った涼芽は持っている携帯端末の画面を暁美に見せ、それを見た彼女は歓喜の声をあげた。
「うわぁ! 何この光景! 白くてふかふかしたおっきな猫ちゃんも可愛いけど、それを抱きしめる日和さんもすっごく可愛いじゃない!」
「おっきな猫!? お、おい! 涼芽、あの博士が日和さん達の前に姿を見せたって言うのか!? 人見知りの博士が!?」
「ええ、そうよ。私達を陰で支える博士として、日和さんと桔梗院さんにどうしても挨拶をしたかったらしいのよ」
「桔梗院さんっていうのは、日和さんとは反対の位置にいる青紫の髪の子なのかなー? この子も凄い可愛いじゃないの!」
涼芽が見せた写真を見て、可愛い可愛いとはしゃぐ暁美。彼等のサポートを行う白い猫の姿をした獣人である根湖田博士は極度の人見知りで、昨日もガンバルンジャーの階を見学に来た生徒達の前に姿を一切見せる事無く、奥の部屋にずっと引きこもっていた。
そんな博士が桜達の前に姿を現し、どういう訳か桜は博士を抱きしめていて、それを涼芽が撮影を行ったという状況を説明される。
「ほら、日和さんって私達と一緒にゲームセンターに行った時があるでしょ? その時動物のぬいぐるみで大喜びしてたから、もしかして博士も気に入るかなって思ったのよ」
もしかして桜は博士を気に入るかもと思った涼芽。珍しく博士も乗り気だった為、他にも涼芽の友人達も連れてきていると予め伝えて了承を得た上での対面であった。
桜は焔と話をしていたので遅れてやって来る事になるのだが、博士を一目見て途端に興味津々になっていたという。
桜が来るまでは初対面の涼芽の友人達とぎくしゃくしていた博士が、入学式後のミーティングで彼女の写真を予め見せていた甲斐もあり、博士も桜には好意的だった。
「それからはもう、博士も日和さんに懐いちゃってね、距離が縮まったからなのか私の友達も皆博士を撫で始めちゃってモテモテだったんだから」
「そ、そうなのか……それで、その涼芽が撮った写真っていうのはどんな感じなんだ……?」
「あら、見たいの? でも、ヘタレの焔君は昨日日和さんとここで二人っきりで話した事を、何か教えてくれたかしらー?」
「うっ……! だ、だが……俺もすぐに眠ったみたいだから、話した事なんてそんなに多くは無いぞ……!」
涼芽が撮った写真というのが一体どんな物なのか気になる焔。桜の事もそうなのだが、人見知りが激しい博士の事も気になって仕方が無かった。
しかし、即座に涼芽に痛い所を突かれてしまい、慌てるようにそんなに多く会話をしていないと説明する。
それならばと涼芽はある提案を焔に要求した。
「そんなに見たいのなら、じゃあ昨日の事を全部話してくれるか、そのメモを私達に見せてくれるって言うなら、アンタの携帯端末に写真を送ってあげるわよ?」
涼芽の提案に、焔は少し考える。情けない返答をしたのは自分だけで、桜はそんな自分の言葉を素直に聞き入れて、逆に素敵な事だとまで言ってくれた。
メモにもそう書かれており、恥をかくのは自分だけならこの要求を呑んでも良いかと、そういう結論に至った。
多少内容についてあれこれ言われてしまうだろうと思いつつも、自分と話した後の桜の姿が見たかったという欲求には抗えず、渋々メモを涼芽へ手渡すのだった。
「読んだら返してくれよ……そのメモは日和さんが俺に対して書いた物だから、きちんと答えるまで取っておきたいんだ」
「まあ、それはわかったわよ。メモの内容をちゃんと理解したら返してあげるって」
そう言って涼芽はメモを受け取り、内容を確認する前に携帯端末を操作して桜の写真を送信する。ベッドから少し離れた場所に置かれた焔の携帯端末が受信を知らせる音を鳴らすと、涼芽は悪戯が成功したかのような笑みを浮かべながら写真について話す。
「ホントはその写真、日和さんからアンタに見せてあげて欲しいって頼まれてたのよね。だからメモを見せてくれなくても渡すつもりだったんだけどねえ」
「なっ……!? あっ、お、おいっ! やったなっ……!?」
「ふふーん、やってやったわよ! これで昨日の模擬戦の事を黙っていたのを、チャラにしてあげるんだから感謝しなさいよね」
桜の事で頭がいっぱいで、目の前にいる涼芽に昨日の事でまず謝罪を行う事を忘れていた焔。
彼女からそれを先に指摘されてしまうと、完全にやってしまったといったという感じで途端に申し訳無くなる。
「き、昨日の事は涼芽や日和さん達に黙っていて、その、悪かった……ごめん」
「焔も体張って頑張ってたのは見てたし、私はこれで許してあげるけど、日和さんや桔梗院さんには言われる前に自分から謝りに行きなさいよね?」
「いや、日和さんには昨日二人っきりの時に謝罪したんだ。元気になったら謝りに行くって約束もしたのに、それなのに忘れてて悪い……」
「はあっ!? 何その扱い! 私への対応が何だか軽すぎでしょ!」
怒る涼芽に対して素直に謝るしかない焔。暁美はそんな二人の今までのやり取りを見て奇妙な感覚になる。
「焔も涼芽ちゃんも、こんなに遠慮無しにお互い言い合う仲なのに、これでそういう関係じゃないのって私からして見ればとっても奇妙に見えるんだけど、本当にそうじゃ無いのよね?」
「あの、明美さんには悪いんですけど、私ホントに焔とはそんな関係じゃありませんからねっ!?」
暁美の指摘に対して慌てて否定する涼芽。その表情には照れや隠し事等と言った感情は一切乗っておらず、彼女は自身の好みのタイプを打ち明けるのだった。
「私の好みは、か弱くて繊細な感じの子が好きなんです! 能力が覚醒する前の病弱だったっていう焔なら日和さんが語っていた印象込みで多少は気になりますけど、正直今の焔や他のメンバーには一切興味は湧きませんから!」
「涼芽ちゃんは世話焼きさんな所があるから、そういう子が気になっちゃうのは仕方ないかぁ。でも、覚醒前の焔ってそこまで違う印象の子だったの? お義姉ちゃんそれも知らなかったんだけど?」
今日だけで義弟の色々な知らない情報が出て来る事に内心で驚く暁美。それだけ焔が昔の自分の事を語ろうとはしなかったのであるが、桜という少女込みだとそれも容易く明かされていくので、明美は増々興味を持つのである。
涼芽の好みを聞き、病弱だった頃の自分に多少興味があると言われ、焔は複雑な感情になりながらそこは掘り下げなくても良いと、早くメモを読めと急かすのであった。
桜のメモを読んだ涼芽と暁美。内容としては焔に伝わる事を優先するように書かれている文章の為、当の本人への注釈を要求して赤面する焔からの返答を数回挟んだ後、二人はメモを読み終わる。
「なるほどねぇ、人として立派になるかぁ……焔、何となくそう思ったから、ホントの事を言えなかったってのは正解だったのかもしれないわよ?」
「ええ? 涼芽ちゃん、メモの内容全部理解出来たんだ! 焔から意味とか聞いたけど私じゃいまいちわかんなかったんだけど?」
メモを読んで頭にクエスチョンマークを浮かべていそうな暁美に対して、涼芽は深く頷き、焔もどういう意味か尋ねるのだった。
「な、何だよ……? 俺は迷惑をかけたから何となくそう思っただけなんだが、言わなくて正解ってどういう事だよ?」
「単純に日和さんとお友達として仲良くなりたいんだったら、さっさと言えば良いと思うんだけどね、でもアンタの場合、もっと深い関係になりたいから違うんでしょ?」
涼芽はミーティングの時の焔の告白を思い出す。焔もまた、あの時自分の思いを仲間に打ち明けた事を思い返してつい赤面してしまう。
そんな焔の姿を見て、涼芽はついニヤリとしてふざけたい感情を我慢して、真面目な顔で焔に自分の考えを説明する。
「メモを読めば、日和さんはとっても知りたがっていたんだろうけど、あの場で教えてたら多分日和さんの場合だと、焔は良い人止まりになって一番好きな人までにはなれなかったと思うわよ」
涼芽がそう言うのには、桜にはもう一人気になっていそうな人物がいるのが理由だった。焔の件があったので、入学式の日以来その人の話はしなかったのだが、恐らく孤児院の男の子の事を知ってしまえば桜は無意識の内に焔とその人を比べてしまうだろうと、涼芽は考える。
そして、その人物の人間性は桜の中ではかなりの好印象なのだろうと、涼芽は結論付けた。初めて出会った時に自分と彼の行動がどこか似ていると一瞬だけ会話の中に出て来た存在なのであるが、それだけに涼芽の中には強く印象に残っている。
焔も涼芽が言った事を聞いて、その意味を即座に理解した。今の自分ではまだ足りないのだと。
桜を孤児院から引き取った、王子様のような見た目のその人と比べて、今の焔では彼女の一番好きな人になるには厳しいのだと。
他の誰でもない、焔自身の絶望に近い感情の思い出の象徴とも言えた人物だった。
偶然高校で桜と再開出来て、その後自分の事を覚えていてくれていたから浮かれたが、その人物がいるのならまだ自分程度の交流では全てを明かした所で、『昔仲良くしてくれたいい人』止まりになる可能性が極めて高い。
焔は長年その鬱屈した感情を仲間にも明かさずに戦い続け力を得て来た。こんな根暗な思考ではきっと、お姫様みたいに育った今の桜には相応しく無いのではと思い始める。
「そうだった……今の日和さんにはあの王子様みたいな奴がいるじゃないか……! そいつと今の俺とじゃ、日和さんに相応しいのは向こうかもしれないな……」
「え? えっ? お、王子様って誰なの!? 二人だけで伝わる会話しないでぇ!」
義弟の過去の人間関係を、何も知らない為に会話に置いてけぼりにされる暁美。教えて欲しいと涼芽に泣きつくように縋り、改めて説明がなされていく。
「なるほどねえ、日和さんを引き取って育ててくれているお家に、王子様みたいな素敵で格好いい人がいるんだー。それで焔は急に思い詰めちゃったんだね」
「そうなんです。私も最初は折角二人きりにしたのに、何も起きて無いとはどういう事だって焔に詰めましたけど、今は寧ろ何も無くて良かったんじゃないかと思ってます」
そう言って息を吐く涼芽。焔も尚も深刻そうな顔をしている。
義理の弟が、人知れずそんな事を思い悩んで生きていたのかとようやく理解した暁美は、話の内容はともかくとして意見を言うのだった。
「あのね、焔、話だけじゃ王子様がどんな人かはまだ全然理解出来てないんだけどね、焔だって日和さんの事をずっと忘れずに頑張って来たんでしょ?」
「あ、ああ、でも、こんな思いでヒーローとしてやって来たんじゃカッコつかないよなぁ……」
「私はそんな事は無いと思うよ? 過程はどうであれ、好きになった女の子の為に頑張ったんでしょ? その気持ちが真っすぐな物なら、ヒーローとして正しく活動して来た分、人として立派だと胸を張れるのもそう時間は掛からないわよ!」
「そ、そうかな……義姉さんにそう言って貰えると、俺も何だか勇気が出て来るよ」
暁美の励ましにより、気分が晴れる焔。身内とはいえ年上の女性からの率直な意見という事もあり、あれこれ考えるよりもシンプルにその言葉が胸に響いた。
自分の言葉で元気が出て来た義弟を更に励ます為に、暁美は微笑みを浮かべながら焔の肩に手を触れて話し掛ける。
「うんうん、焔はもっと自分に自信を持って良いんだよ! その歳でAクラスのヒーローだなんて、相応に人間が出来てないとなるのも難しいんだから!」
「それは……どうだろうか……昨日戦った風見三兄弟を見てるとなぁ……なぁ涼芽?」
「あれは、景志さんと鈴斗さんがちょっと……というか、だいぶかもしれないけど、とにかくあの二人がおかしいだけよ。千里さんはちゃんと立派だと思うわよ?」
暁美の励ましの言葉に対し、素直に喜びを表せない二人。特に涼芽は直接迷惑を被っている為か、焔からの振りを上手く否定出来なかった。
そんな二人の反応にクスクスと暁美は笑い出し、ならばと家で母が焔にとっての好物を作っていると告げる。
「なら、家では母さんが腕によりをかけて焔の好物のカレーを作って待ってるわよ! ほら、早く着替えてお腹一杯食べて元気出しなさい!」
義母がカレーを作って家で待っていると言われ、途端にお腹が空いて来る焔。それならばとここでいつまでも悩んでいる場合では無いと立ち上がり、着替えの準備を始める。
一方で、カレーと聞いて、ある事を思い出し固まる涼芽。部屋の中で固まってしまったら着替えが出来ないと焔が声を掛ける。
「おい、どうしたんだ涼芽。お前が部屋にいたら俺が着替えられないじゃないか」
「ああー、いや、ごめん焔。カレーって聞いちゃってさー、昨日の日和さんの事思い出しちゃったのよ」
「日和さんが? カレーって言うと、昼に食堂で何かあったのか?」
これを言ったらまずいのではと涼芽は思い、二人には何でも無いと言って部屋から出ようとするのだが、好きな子と好物の話とあっては興味を惹かれてしまう焔。構わないから言って欲しいと涼芽に詰め寄る。
「さっきまで日和さんの話をしてたんだから、何か重要そうな事なら何でも良いから教えて欲しい。頼む涼芽」
「え、ええ……? じゃあ言うけど、昨日食堂で日和さんに焔の好物を教えたのよね。ただ日和さん辛いのが本当にダメみたいで、食堂に置いてある中辛でも食べられないってなっちゃったって話なのよ……」
甘い物が好物の桜が、中辛のカレーですら食べられないのだと明かす涼芽。それを聞いた焔と暁美は、今度は二人して固まってしまう。
その後、二人の義姉弟はどうにかして桜にカレーを食べさせる為に、部屋の中でした話の内容そっちのけで隠し味の相談をしながら帰路に着くのであった。




