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第十一話 嫌な記憶の中にもちゃんと良い思い出はあったんです




◆◇◆




 流石に家でお昼を食べるのに、制服姿のままなのはだらしが無さすぎると思い、ぐうぐう鳴るお腹を抑えつつも、何とか身体を起こして寝室で制服を脱ぎ、部屋着用のゆったりとしたラフな私服へと着替える。


 髪も解き、軽くブラシで整えた後にご飯を食べやすいように一纏めにしておく。先程大いに泣いてしまったので、目元が少し気になってしまう。部屋に置いてある鏡で顔を見ると、若干赤くなっているような気がする。


 こんな所でも身体の変化とは出る物なのだろうか、盛大に泣いたのはいつぶりだろうかと思い返すと、直近では触手に襲われた時を思い出したので、少し嫌な気分になってしまう。


 そうこうしている内にお昼が出来たとグレイスさんに呼ばれ、キッチンのテーブルに向かう。




「あら、桜ちゃん着替えちゃったの? 制服姿をもうちょっと堪能したかったけど、お昼ご飯だし着替えちゃうのも仕方無いわよね」


 手際良くグレイスさんがお昼を作ってくれたので、早速頂くことにする。


 椅子に座り、テーブルにはオムライスとサラダとスープが用意されている。どれも美味しそうな見た目であり、オムライスは玉子で綺麗に巻かれていて、焼き色とかも一切無くてつるんとしている。


「す、凄い美味しそうです! オムライスがとても綺麗で、これって一体どうやって作ったんですか?」


「うふふ、子供みたいにはしゃいで可愛いわね。作り方は後で教えてあげるから早速食べましょ?」


 二人で手を合わせてお昼を頂く。グレイスさんの作った料理は見た目通り味も大変美味しくて、パクパクと食べてしまった。


 サラダやスープもしっかりとした出来で、全部食べ終わると丁度良い満腹感を得る。食後のデザートに買って来て貰ったプリンも美味しく頂き、二人で食べ終わってから改めて作り方のコツを聞いてみた。


 玉子の処理や、フライパンでの熱し方に工夫をすると出来るようで、中に入れるライスの量も重要で多すぎると玉子で上手く巻けなくなるとの事。


「そんなに気に入ったのなら、レシピを用意して置かなきゃね。自分でも作れるようになればお弁当にも出来るわよ」


「お弁当ですか! それは楽しそうですね。でも味もちゃんと再現出来るでしょうか」


「あら、それは光栄な事だわ。そこまで満足させられたなら料理人冥利に尽きるものね。洗い物もやっておいてあげるから、桜ちゃんは今日はゆっくりしておきなさいね」


 グレイスさんが微笑みながらそう言うので、お言葉通りに甘える事にする。いつも優しいグレイスさんだけれど、今日は更にやたらと構ってくれる気がする。クッションに座り一息つく、なんだかここが僕の定位置になりつつある。このままではダメになってしまいそうだけれど、心地良さには抗えない。




 数分して、洗い物も終わりエプロンも外したグレイスさんが僕の元にやって来る。隣に座ってクッションに飲み込まれ意識がふやふやになりそうな僕の顔をグレイスさんはじっと見つめている。


「さっきわんわん泣いちゃったから、お目目がほんのり赤くなっちゃったわね」


「やっぱりそうでしたかぁー……先程着替える時に鏡で確かめたのですが、これも身体が変わった事で敏感になりやすくなっているのでしょうか」


 女の子の身体になった事でこういう部分も影響が出るのかもしれないのではと尋ねると、グレイスさんが微笑みながらそっと僕の頬に手を触れる。先程まで洗い物をしていたのでその手はひんやりとしていて、ほのかに食器用洗剤の香りもしていた。


「今日はこの後、メイちゃんも連れて一緒に何処かにお出掛けしようかなと思ってたんだけど、このお目目じゃそれも控えた方が良いわね~」


 何処かに出掛ける予定かぁ、メイさんと一緒に三人で何処かに行くのは良い案だと思う。


 まだこの街の事は全然知らないし、何処に何があるのかは凄く気になるし、一緒に行けるのならとても楽しい事なんだろうけれど、今日は色々と疲れてしまったので僕は今は家でゆっくりしていたい。


 お腹は膨れて満足したけれど、全身に何だか疲れを感じている。肉体的な疲れでは無さそうなので回復能力も効果は薄そうだ。


「お出掛けの予定は今日じゃ無いとダメそうですか? 今は家で休みたいです……」


 僕がそう伝えるとグレイスさんは表情を変えずに、ただ、うんわかったわと一つ頷き、頬に触れていた手を放しポンと僕の頭を撫でて来た。


「あらあら、桜ちゃんはすっかりお休みモードなのね。お出掛けは明日でも出来るからそうしましょうか。この後晩ご飯の買い出しもやっておいてあげるから、桜ちゃんは晩は何が食べたい? お肉? お魚?」


「今日はお肉よりお魚の方が食べたいですね。少し気になっているのですが、何だかグレイスさんが普段よりも親切なような気がします」


 晩ご飯の内容に答えつつ、何となくそんな気がしたのでつい尋ねてみる。いつも可愛がるように接して来るのだけれど、今はとても大事にされているような感じがする。僕が疲れているからなのかもしれない。何だか眠くなってきた。


「そうかしら? 特に理由は無いんだけどねぇ、うふふ」


 微笑みながら曖昧に返される。それでは納得が出来ないので表情で説明を求めようとすると、グレイスさんは手をもじもじさせて何だか困ったような顔になりながらも話し始めた。


「えっとね、さっき泣き出した手前言い辛いんだけどねぇ、ガンバピンクの桃瀬さんが桜ちゃんをお姫様みたいに扱ってきてるってお話があったじゃない? それを聞いて私もね、負けてられないなぁって……」


 負けてられないって……、一体何時から勝ち負けの話になったのだろう。その勝負は僕が判定するのだろうか?


 謎の対抗心を燃やすグレイスさんは、続けように喋る。


「桜ちゃんのお話を聞いてね、さっきはモニターの向こうの連中は口には出さなかったけど、それはきっとレオ様もウルフもイグアノも絶対そう思う所はあった筈なのよ。だから、貴女はヒーローのお姫様より先に私達のお姫様でもあるのよ!」


 自分達のお姫様を取られまいという表情でこちらを見つめて来て、グレイスさんがギュっと僕の手を握る。


 男だった自分がどうしてそんな扱いになるのか、謎でしかないのだけれど、少なからずレオ様達もそう思っているという言葉には何だか胸がくすぐったくなってしまい、クッションからゆっくりと身を起こし返事をする。


「えっと、グレイスさんに心配をかけてしまい申し訳ありません。それと、大事にしたいって思って下さってありがとうございます。両方ともお姫様扱いになるのはちょっと良くわかりませんけれど、大事にされるのは嫌じゃないです。それが伝わりましたからもう単語が恥ずかしいからって泣く事はありません」


 今はただ単語の意味を考えるよりも、向けられる好意を大切にしたい。何時までも考えて悩んで恥ずかしがっていたら、身体よりも頭が疲れてしまう。


 グレイスさんの好意は伝わったので、気を遣わせてしまった事への謝罪と感謝の言葉を述べて、今出来る精一杯の微笑みを浮かべる。満腹感と頭の疲労で身を起こした時に眠気が急に来たので、ちゃんと伝わっているかわからないのだけれど、それでも残る気力でグッと耐える。


 すると不意に柔らかい物が急に抱き着いて来た。その柔らかさはクッションよりも柔らかくて温かく、とてもいい匂いがして心地が良い。柔らかさにフッと意識が行くと眠気が一気に押し寄せてくる。何だか声が聞こえて来るけれど、僕の意識はあっという間に眠りの中へ。


「桜ちゃんがかつてない程の可愛らしい微笑みを浮かべたから、つい抱きしめちゃったけど、桜ちゃん? なんだか寝ちゃってる……? ちょっと、桜ちゃーん、おねむならお布団まで行きましょー? もうしょうがないわねぇ。うふふふ」




◆◇◆




 遠い昔の夢を見る、孤児院にいた頃の夢だ。


 随分と昔の事なのに、今日だけでもいっぱい話をしたし調査対象のガンバルンジャーにも同じ孤児院出身の人もいて、あれこれ思い出したからかもしれない。


 その頃の僕は見た目と名前のせいでしょっちゅう女の子に間違われ、近い年の子達からもそういう風に扱われていた。キラキラと光るような髪の毛が綺麗だからという理由で、髪の毛を切るのも周りの女の子達から反対される程に。


 友達というよりは、動いてお喋りも出来るお人形みたいな存在だったので、沢山構っては貰えてたけれど真に親しいと呼べる関係の子は、そういう意味ではいなかったのかもしれない。


 お人形やお花を抱えた女の子達に連れられて、天気の良い日はいつもおままごとに参加させられる。当時はそれが当たり前の事だったので嫌という気持ちは無く、純粋にそれを楽しんでいた。


 ただ、楽しい時間もつかの間で、僕が遊んでいるといつも年上の男の子達がやって来て悪口を言われたり場を荒らされたりで毎回泣かされていた。とても痛くて、辛くて、悲しい気持ちになりながら、どうしてこんな事をするのか泣きながら尋ねてみても、ちゃんとした答えは返ってこなくて、彼等は逃げるように去っていく。


 同年代の男の子は年上の子達に同調して僕に沢山ちょっかいを掛けて来た。僕も同じ男なのに、男の子の事が嫌いになりそうだったけれど、それでもただ一人だけいつも僕の事を心配してくれる男の子がいた。


『さくらちゃん、だいじょうぶ?』


 僕よりも細身で、病弱な黒い髪の男の子は、泣いて孤児院に戻る僕を真っ先に見つけ気遣うように慰めの言葉を掛けてくれた。


『いつもおおぜいでおんなのこをいじめるなんて、さくらちゃんがかわいそうだよ』


 その子も僕の事を当たり前のように女の子扱いしていたけれど、向けられる優しさは本物で、同年代の男の子で彼だけは僕に意地悪な事は言わないし、一緒に悲しんでくれたりしてくれた。


『なきやむまでぼくもそばにいるよ。ほんとうなら、まもりにいきたいんだけど……』


 病弱で弱々しくて、頻繁に体調を崩していた男の子。そんな彼だけど泣いている時に側にいてくれるだけでもとても心強かった。他の女の子はやられたらやり返すようなお転婆な子達が多くて、度胸も無い僕には立ち向かう強さより、誰かを気遣う心優しさを大事にしたいと強く思うようになった。


 彼はいつも周りから『ヒョロちゃん』や『ヒョロ坊』なんてあだ名呼ばれていたけれど、僕はそんな彼をきちんと名前で呼んだ方が良いと思ったから、何度か交流があった後に本名を彼に尋ね、それ以降はその名前で呼んでいた気がする。


『ぼくにはこんなことしかできなくて、ごめんねさくらちゃん』


『ううん、そんなことないよ……つらいときにいつもそばにいてくれてありがとう、ホムラくん』


 僕は泣き止み、それまでずっと側にいてくれた男の子に微笑む。何だか聞き覚えのある名前にハッとすると、其処で目が覚めた。




◆◇◆




 目が覚めると、僕は寝室のベッドで横になっていた。何か柔らかい物が抱き着いてきてそれ以降の記憶が無い。まだ頭はぼんやりとしているけれど、さっき見た夢を思い出しながらゆっくりと起き上がる。


「今のは、夢だったんだ……あの名前……ホムラ君ってまさか……?」


 辛いだけだったと思っていた昔の事に、確かにあった小さいけれど、心地の良い温かくて優しい思い出。そして、その相手は思いもしなかった人物と同じ名前。


 なんであんな大事な事を忘れていたんだろう。昔と今とでは全然似ても似つかない見た目と体型だった。苗字だったか名前だったかも曖昧な為、もしかして別人の可能性もあるのだけれど、そうなると余計に混乱してしまうのでその考えは今は置いておく。


 ベッドの横の目覚まし時計を確認すると、時刻は夕方になっており、寝室を出て窓を見ると外はほんのりと赤くなりつつあった。


 グレイスさんがいるにしては部屋が何も音がしない静かな状態だったので、どうしたのだろうかと思うとちゃぶ台に一枚のメモが置かれていた。メモを確認してみると、グレイスさんの字で、メイさんと一緒に晩ご飯の買い物に行ってくると書いてあった。


 何時頃に出掛けたのかはわからないけれど、今ここにいないと言う事はまだ買い物の途中になる。夢の件は二人が帰ってからにして今は落ち着こう。




 洗面所で顔を洗い、喉も乾いていたのでコップに飲み物を注ぎ、部屋の明かりを点ける。

 

 明るさを調整して、ちゃぶ台にコップを運びクッションに腰を下ろす。コップに口を付けて飲み物を飲んで一息つくと、途端に静かな部屋に何だか物足りなさを感じる。ちゃぶ台に置いてあるリモコンを操作して、テレビ番組でも観ようと適当にボタンを押して夕方のニュースを流す。


 丁度そのチャンネルでは不審者出没関連のニュースがやっていて、しかもその時間帯は僕が寝室で横になっていた時間の出来事だった。ニュースキャスターがスラスラと原稿を読み始める。


『本日の午後三時過ぎ頃に、ここ東の国の都市の商業地域にてウェイクライシス組織の部隊が集団で暴れ出すという珍事件が発生しました』


 こんな呼べばすぐにヒーローが飛び出してくるような所で、ウェイクライシスの部隊がわざわざ暴れたというニュースに驚く。そんな命知らずな組織があるなんて初耳だし、もしかしたらグレイスさん達が危ないのではと思ったけれど、珍事件と言う言葉が引っ掛かる。


 ニュースを観ると、現場の風景が流れ出す。暴れたというには全然施設等への破壊の痕跡は見当たらず、一体どういう事なのか疑問に思う。


『組織の名前は、ぴくぴく筋肉振動団を名乗り、その場を通行中の若い女性を狙い、”汗を拭いてくれ”や”身体にオイルを塗ってくれ”等と全裸でビキニ姿の筋肉質の巨漢達に詰め寄られると言った事態が発生した模様』


 全く持って訳がわからない。何だろう? ぴくぴく筋肉振動団という組織は。テレビに映る彼等は異様に光り輝いており、この前引っ越しを手伝いに来たシャドウレコードの隊員達と同じくらいに逞しい身体だと思える。


 彼等の姿を一通り映した後は、すぐさまヒーロー達が駆けつけて早速捕縛を試みようとしている。結構な人数がいた為、その中にはガンバルンジャーの姿もあった。


 掴みかかろうとしているヒーローの腕を、そのぬるぬるてかてかの身体で華麗に躱し、縄で捕縛しようとしてもオイルでつるつるして上手く縛る事が出来ないでいる。巨漢達は反撃と言わんばかりにポーズをとってカメラを占領していた。


 ドタバタ具合にうんざりしたようにガンバピンクが、ガンバイエローに何やら指示して電撃攻撃を放つ。電撃で巨漢の何人かが痺れてしまい、ようやく捕まり始める。それでも既に殆どが逃げる事に成功しており、その恐るべき身体能力の高さに驚いた。


 唖然とする僕を他所にニュースは坦々と進行していき、不審者の行方や犯行の詳しい動機等を追求する、といった流れで次のニュースに切り替わっていく。寝起きの頭には刺激が強すぎたと思っていると、寝室から携帯端末のメール受信音が鳴り出した。


 一体なんだろうと取りに行き確認すると、桃瀬さんからのメールが届いていた。其処には今やっていたニュースについての内容と不安にならないように僕に対するお姫様への熱い文章と、ガンバルンジャーが僕を護衛出来るか写真付きで本部に報告したらとても反応が良かったという事が書かれていた。


 桃瀬さんの熱量が凄い。写真というと、帰る途中で撮った写真も見せたんだ……僕としては気の抜けた瞬間だったから正直恥ずかしいのだけれど、それで反応が良かったと言われると何だか妙な気持ちになる。


 他にも上田さんからも、ニュースについて大丈夫なのかと僕を心配する内容のメールが届いていた。彼女達は商業地域から家に帰ろうと離れてすぐに事件が起きた為、難を逃れたらしい。


 僕はたまたまタイミング良く家で寝ていたので、僕には何も起きていないし何なら今知ったという内容でそれぞれ返信をする。


 メールを送り返す文章を考えていたら少し時間が掛かり、ようやく送り返して、そういえばグレイスさん達は大丈夫なのかな? と思い始めていたら玄関が開く音が聞こえ、二人が帰って来た。




「ただいまー、桜ちゃん疲れて眠っちゃったから、可哀想だと思って起こさなかったけど一人にさせちゃってごめんねぇ」


 メイさんと二人で買い物用の袋を持ち、のほほんとした雰囲気で僕に声を掛けて来る。


「お、おかえりなさいグレイスさん。それにメイさんも、あ、あの、先程ニュースで不審者が若い女性を襲うってやっていまして、其処にガンバルンジャー達も出動する程の騒ぎだったのですが、そちらは何も無かったんですか?」


 何事も無かったのか思わず聞いてしまう。ニュースによると若い女性を狙っていたと言っていたから、不安になって仕方が無い。二人はその範疇に入るし、容姿だって僕とは違う雰囲気をしていて綺麗だと思う。


 グレイスさんは買い物袋をゆっくりとキッチンのテーブルに置き、心配する僕を見て微笑む。


「あらぁ、心配してくれてありがとうね。そういえばそんな事もあったわねえメイちゃん? いっぱいいて驚いちゃったけど、すぐにヒーローが駆けつけて来たわよねぇ」


「そうですねグレイス様、私達が暴れる訳にもいきませんし困っていた所、すぐさまヒーロー達がやって来てとても丁重に扱われましたね」


 案の定不審者に襲われていた二人、でもすぐにヒーローがやって来て追い払うと共に、騒ぎが落ち着くまで親切に対応されたという。正体がバレないかとか、ヒーローに不審に思われないかとかは一切考えていないような素振りで、のんびりと出来事を思い返している。


「逆にあの場所に桜ちゃんがいた方が、私達は心配になっていたわよ。夢見に悪いだろうし家でお休みしていて良かったわね」


 夢見に悪い、その言葉に思わずビクッとしてしまう。僕の反応は二人にはまるわかりで、今度は僕が心配されてしまう。


「桜ちゃん大丈夫なの? 今日は色々あったからもしかして悪い夢でも見ちゃった?」


「いいえ……昔の孤児院での夢でしたけれど、嫌な記憶の中にもちゃんと良い思い出はあったんです……ただ……」


 どう伝えようか言葉に詰まってしまう。教室での出来事と僕の記憶が正しければ、夢の中で見たあのホムラ君はもしかしたら彼なのかもしれない。でも全く面影が無かったし、髪の色も違っていた。こんな曖昧な情報でレオ様達を混乱させる訳にはいかない。


 ホムラ君が本人だったら、僕は一度きちんと話をしてみたい。僕に大切な物を教えてくれた子だから。


 でも今の彼はれっきとしたヒーローかもしれなくて、今すぐこれを言葉にして伝えたいのだけれど、尋ねる為の言葉が上手に纏まらない。


 誰かに話をしたいのに、シャドウレコードとガンバルンジャー、どちらにもどう話して良い内容なのかわからずに、頭の中で考えがぐるぐると回ってしまい次第に顔が俯いてしまう。


 沈むような気持ちの僕に、誰かがそっと肩に手を触れて来る。顔を上げるとグレイスさんだった。


「そう、ちゃんと良い思い出もあったのね。夢のお話は後でも聞けるから、今は晩ご飯を作りましょう? 折角休んで元気になったのに、また疲れるような事ばかり考えちゃダメよ。桜ちゃんも一緒に晩ご飯作るの手伝ってくれる?」


 グレイスさんが優しく微笑みながら、一緒に晩ご飯を作ろうと誘われる。悩めば悩む程お腹は空いてしまうので、今はその提案がとても有難かった。


 二人で晩ご飯を作る事になり、メイさんは浴槽を掃除してお風呂を沸かしてくると進んで提案してくれた。




◆◇◆




 三人で晩ご飯を食べ、入浴も済ませて、時刻はすっかり夜になった。後は眠るだけになった時に今日は三人で一緒に眠りましょうとグレイスさんが提案し、メイさんもそれに了承して寝室に布団を合わせて三人でくっ付いて眠る事に。


 真ん中が僕と言う事になり、流石にそれはどうかと反対すると、二人はノリノリで僕が隣じゃないとダメだと譲らないので、恥ずかしいけれどそれに従うしか無かった。


 眠る前にグレイスさんが僕の髪をブラシで梳いてくれている。自分でやろうとしたら、どうしてもやりたいとお願いして来た。


 髪を梳かす事が話のきっかけになり、グレイスさんは僕が見た夢の話を尋ねて来た。


「ねえ、桜ちゃん。後は眠るだけだから、夕方のお話の続き、出来そう? 桜ちゃんがしたくないって言うなら聞かないであげるけど」


「……大丈夫です、二人のお陰で落ち着けたんで何とか話せそうです」


 何処まで話したら良いのかわからないので、この際全部話す事にした。記憶といっても結局は夢の中の話なので、何かが間違っている可能性もあるかもしれないけれど、一人でもやもやして一日を終えたく無かったから。


 孤児院で泣いている僕を励ましてくれる優しい一人の黒髪の男の子がいた事。

 

 彼はとても病弱で僕よりも身体が細く、いつもあだ名で呼ばれていたから名前を聞いた事。


 彼はホムラ君といって、僕に大切な物を教えてくれた彼を何で忘れていたのか後悔している事。


 教室で僕と同じ孤児院にいたと言っていた、赤崎 焔がホムラ君なのか今とても気になっている事。




 ゆっくりとだけれど、色々な事を話す。グレイスさんはいつの間にか髪を梳かすのを止めて、メイさんと一緒にただ静かに僕の話を聞いていた。


 話す度に胸が変な感じにざわついてくる。ここまで変な事になったのは帰り道にレオ様を思い浮かべた時と同じくらいだ。何でこんな気持ちになるのか自分では良くわからず、深呼吸して何とか落ち着く。


「大丈夫? 桜ちゃんが言いたい事は、全部言えたかしら?」


 優しく僕の頭を撫でるグレイスさん、言いたかった事は全部話せたと思うので撫でられながらも一つ頷く。


「そんな事があったのなら、誰だって気になって仕方が無いものよ。私達だって気になってるんだもの。そうよね、メイちゃん?」


 クマの着ぐるみのような寝間着姿のメイさんは、真剣な顔で何度も頷いてみせる。二人も気になっているのなら、どうにかして尋ねてみたい。


「そ、そういう物なのでしょうか。あの頃の僕は女の子みたいな姿でしたけれど、男の子で、向こうも男の子でした。今の僕ではこの気持ちが友情なのか何なのか全くわからないんです……」


 思考がぐるぐるして顔が熱くなる。そんな僕を見て、突然二人に抱き着かれてしまう。前でグレイスさんが煽情的な寝間着姿で僕を優しく抱いてきて、後ろでクマさん姿のメイさんがギュっと強めに抱き着いて来た。抵抗する事も出来ずに、僕は更に気が動転してしまう。


「自分に優しくしてくれた子かどうかは、思うように尋ねてスッキリするしかないわ。桜ちゃんの事なんだから、変に思い詰める事じゃないのよ?」


「あの、ちょっ、グ、グレイスさんっ」


「桜ちゃんにとって大事な子なら、好きにしたら良いのよ? そんな素敵な子と再開できる方が大切よ? 大事な人は多いに越したことは無いんだから、私達の事は気にしなくても良いの」


「良いんですか? ガンバレッドがホムラ君かどうかって尋ねてみても……? それで僕達に何か悪い影響とかは無いのでしょうか……?」


 気になって気になって、思い詰めてしまっている気持ちをついポロリと零れるように呟いてしまった。


 今も尚抱き着いているグレイスさんは、笑いながら僕の頭をポンポンと撫でる。


「あっはは、大丈夫に決まってるじゃない。それで何か悪い事が起きてもそれは桜ちゃんのせいじゃないのよ。そうなったら全部レオ様がしっかりしてなかったって事だから、皆で笑い飛ばしてあげるわよ」


 そこでどうしてレオ様が出て来るのかは謎だけれど、グレイスさんに大丈夫と言われたら何だかとても心がホッと落ち着いて来た。寝間着姿で抱き着いてくるのだけは未だに落ち着かないのだけれど、緊張がフッと飛んでいくと、途端に力が抜けて行くような気がして為すがままにされてしまっている。


「では、グレイス様、桜様、話が纏まったのでしたのなら後は眠るだけです。このまま三人で抱き着いたまま眠りましょう」


「うふふ、それは賛成ね。さあ、桜ちゃん一緒に寝るわよ~」


「えっ、あ、あの、ちょっとっ」


 そのまま二人に抱き着かれたまま、敷かれた布団に倒されるように横になる。三つ並んだ枕の真ん中に僕の頭を乗せると、グレイスさんが部屋の明かりを消しに行って部屋が真っ暗になる。


 メイさんは抱き着いたまま眠ろうと言っていたけれど、布団に横になるとすぐさま抱き着いていた腕を放してくれた。ただ、凄く近い距離にいるのには変わりは無いのだけれど。


 グレイスさんが戻って来ると、明日に引き延ばした今日やる筈だった予定について語り出す。布団に横にされて部屋が暗くなった途端に急に眠くなってきたので、何処まで覚えていられるだろうか……


「桜ちゃん、メイちゃん、明日の予定なんだけど、二人は何処に行きたい? 私は桜ちゃんが着たいお洋服を見に行きたいのだけど」


「着たい服ですか……この前買い物に行った時は、僕はそれ所じゃ無くなって二人に任せっきりでしたね……」


「うん、そうなのよ。ちゃんと桜ちゃんが自分で着たいと思うお洋服じゃないと、レオ様にもお披露目出来ないじゃない?」


「そう、言われれば……そんな気がしますね……ちゃんと、気に入った物が……見つかると良いですぅ……すぅー……すぅー……」


「了解しました桜様、まずは桜様のお気に召すお洋服を探しに行きましょう。それではゆっくりとお休み下さいませ」


「あらら、もう寝ちゃったのねぇ。今日はもう此処までにして私達も寝ましょうか」


 心地よく沈んでいくような感覚で、僕は眠気に呑まれる。誰かが僕の頭を撫でるような気がするけれど、それが誰なのか確かめる間も無く眠りに就いた。

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