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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ「魔女の善き友(下)」

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35/73

◆6

 ――それから目を覚ました時、ルシィは再び激痛に苛まれた。


 まだ生きているから痛む。

 けれど、こんなに痛いのが続くのは嫌だ。

 痛いのは嫌いだから、耐えきれない。


 ここはどこだろう。

 冷たい路地裏ではないようだ。


「ルシィ、ルシィ! あたしの声が聞こえるっ? 聞こえたら返事をしてっ!」


 ああ、セイディの声だ。それなら、ここは家なのか。

 ベッドは二階だから、トリスが背負って運んでくれたのだろうか。それにしては、何かが違うような気もする。

 そこには聞き慣れない声が混ざっていた。


「ここは治療院だ。気持ちはわかるが、あまり大きな声を出さないように」


 すみません、と謝ったのはトリスの方だった。いつもの朗らかさが微塵もない、暗い声だった。


 治療院というのはなんだろうか。初めて聞いたが、ベッドのある場所のようだ。治療院というからには治療をする場だろう。


「患者の体力次第とも言えるが、今晩が峠だ。これ以上は、私にも――」


 この声は医者なのだろう。医者が匙を投げるほど、ルシィの状態は悪いらしい。

 それでも、頑張ればまだ声を出せる。ルシィはまぶたをほんの僅かに開いた。


「バーク、に、殴られ、た」


 セイディには出かけに言っておいた。これでわかってくれるだろう。

 たったそれだけ言うにも疲れたが、満足だ。がっくりと首を背けると、セイディの悲痛な叫びが聞こえた。


「大丈夫だよ、セイディ! ルシィは助かるから!」


 なんの根拠もない慰めを口にしながら、トリスがセイディを宥めている。

 それでも、セイディの嘆きは止まらなかった。いい子のセイディをこんなに泣かせたくなかったのに、上手くいかない。


「バークってヤツがルシィを殴ったんだな。今、自警団の皆が怪しい人間を(さぐ)ってくれてるけど、そいつを逃がさないようにクリフ様にも伝えないと」


 トリスが自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。

 頭が痛いから、ルシィはいろんなことがどうでもよくなってきた。


 そうしていると、この部屋にまた誰かがやってきたのがわかった。ハンナかなと思ったら、複数だった。足音が荒っぽい。


「ルシィさん!!」


 ハミルトンだった。うるさい。

 聞こえなかったことにした。


「トリス、セイディ、一体何があったの?」


 珍しく取り乱したハンナの声がした。


「バークってヤツに殴られたらしい」


 すると、セイディがしゃくり上げながら言った。


「王都から来た、商人で、市に、いた人、です。ルシィ、会いに、行くって……」

「市に出店していた商人か。わかった、すぐに取り押さえる。トリス、自警団に(しら)せてくれ。ハミルトン、私と来い」


 ――いたのか。クリフが。


 声は落ち着いて話しているように聞こえた。

 けれど、それはそう聞こえるように意識して発せられたからだという気もした。


「い、いや、俺はここに残る。こんな状態のルシィさんを置いていけない」


 ハミルトンがそんなことを言ったが、ルシィとしては連れていってほしかった。

 そんなルシィの気持ちがわかったわけではないと思うが、クリフは押し殺した声を出した。


「お前がここにいてもできることはない。自分にできることをしろ」


 犯人を逃さないことがルシィのためでもある。そこをわかってくれたら嬉しい。

 ハミルトンはどうやら言葉に詰まっていた。クリフの顔が怖かったのかもしれない。


「母さん、セイディ、行ってくる。なるべく早く戻るから」


 トリスは童顔だが、こんな時はなかなかに男らしい。トリスもいい子だ。

 シェルヴィー家には世話になりっぱなしだったのに、悲しませてしまっている。

 申し訳ない気分ではあるが、悲しんでくれる気持ちは嬉しい。出会えてよかったと思える。


 ――なんて、諦めるのはまだ早いだろうか。



 そこからしばらく眠った。

 眠ったのではなくて、痛みで気を失ったのだと目覚めてから気づいた。


 夜も更けたようで、今が何時なのかもわからない。

 ただ、暗いなと思ったのは、ルシィのまぶたが降りたままだったからかもしれない。


 誰かがそばにいるのを感じた。

 今晩が峠だと言われたから、交代でついていてくれるのか。ルシィの息の音が止まるまで。


 頭の痛みに再び意識が飛びそうになっていると、沈痛な声が降った。


「すまない」


 クリフの声だ。そばにいるのはクリフらしい。

 さすがに死にかけているとなると、ルシィに対する怒りも冷めたらしい。謝る手間が省けた、なんていうわけではないが、ほっとしたのも事実だ。


 しかし、何故クリフがルシィに謝ったのかがわからない。

 町で起こったことだから、自分の監督不行き届きだという意味だろうか。


 ルシィはあの日、クリフの心配を迷惑だと突っぱねた。

 どんな目に遭おうとも自業自得だと、自分で言い放った。

 その結果がこれだ。本来であれば、嘲られても言い返せないのに。


 ごめんと言わなくてはならないのはルシィの方だ。

 ルシィは嫌がるまぶたをうっすらと持ち上げた。ぼやけた視界で、クリフの赤い双眸だけが鮮明に感じられる。

 クリフが息を呑む気配がした。


「……何か、私にできることはあるか?」


 心配をするのも迷惑なら、何をすればルシィの助けになるのかと、クリフは可愛げのない態度ばかりを取るルシィのことも見捨てずにいてくれるらしい。

 ルシィは手を伸ばした。


「朝まで、手を、握って、いて……」


 クリフは大きな手でそっと、ルシィの手を恐る恐る取った。ルシィの手は氷のように冷たかったから、クリフの手があたたかい。


 そこから漏れる魔力を、ルシィは必死でかき集める。クリフはまた、動悸がすると言い出すだろうか。

 今だけはゆとりがない。少しでも多く魔力をもらわないと命にかかわるのだ。苦情なら今度聞く。


 まずは、そう、生きることだ。


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