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閑話5 ≪弟のいない日常 2≫

私事ですが、今日は自分の誕生日なので、勝手に記念して二話投稿します。(1つ目)

 父上への謁見はすぐに叶った。

 何と言っても、王太子の身分でアポイントメントをとったので、国外からの使節でもいない限りは最優先されるものである。

 謁見の間の重厚な扉が開く。僕はアネモネだけを伴って、堂々とカーペットの真ん中を歩いて入室した。


 父の座る玉座の前の、階段の前で敬礼する。この国に定められた正式な敬礼はない為、伝統的な形ではなく、上の弟が好んで行う片膝立ちのスタイルを取る。

 斜め後ろに控えるアネモネは、両膝立ちの伝統的な形を取っていた。


「従一位王爵家第一子ハインツ・フリード・フォーラル・ローラレンス参上致しました。この度は緊急の情報が入り、まだ王太子に過ぎぬ身では手に余る為、陛下の力を必要とした次第です」


「顔を上げよ。して、ハインツ、如何なる要件か」


 父上は公人としての顔で、鷹揚に問いかけた。

 それでも僕には、「形式など良いから緊急なら早くしろ」という副音声が聞こえたが。

 アネモネに目配せし、手紙を取り出してもらい、それを受け取って陛下に差し出す。


「この様な文書が王爵家宛に届きました。王国ではなく王爵家宛になっている理由は、この場にいる方々なら分かると存じます。……末端の兵は人払いの対象としていただきたく」


 父上はそれで手紙の内容以外は理解したようで、軍務卿キルヒアイゼン侯爵に目配せをした。

 キルヒアイゼン侯爵が手を祓うように動かすと、父上の直属の護衛である「鉄壁」の称号を持つ王国最強の剣士、王爵家親衛隊隊長ルーカス・ロッツォ以外の兵は下がっていった。

 護衛が一人となったことで、ルーカスは改めるように姿勢を正した。


 僕の差し出した手紙を、総務卿ゼーネフェルダー侯爵が受け取り、取り出して広げたのち父上に手渡す。ちなみにこれは安全確認の意味もある。

 ゼーネフェルダー侯爵から手紙を受け取った父上は、その内容を確認すると、不快そうに眉間にしわを寄せてため息を吐いた。

 すぐに表情を私人の状態まで緩めると、威厳のある表情で言った。



「折角人払いもしたのだ、楽にせよ。

 さて、これより緊急に会議を始める。参加者は、この場にいる全員だ。


 総務卿ゼーネフェルダー侯爵。

 内務卿レーヴェンガルド侯爵。

 法務卿ヴォーヴェライト侯爵。

 財務卿シュヴァルツシルト侯爵。

 軍務卿キルヒアイゼン侯爵。


 外務卿ライデンシャフト侯爵。

 農務卿グリューネワルト侯爵。

 商務卿ツヴァイクレ侯爵。

 工務卿メッサーシュミット侯爵。

 親衛隊隊長『鉄壁』ロッツォ。


 王太子『無欠』ハインツ・フリード。

 『才媛』アネモネ・レーア。

 そして、この私、国家元首アルトリウス王爵。


 13人だ。どのように意見が割れても決定することが出来る。

 ことは重大だ。身分に問わず、有用な話し合いを心掛けよ。奥の間へ移動するぞ。円卓を使う」



 ヴァイス達の――カリンの送ってきた手紙の情報は父上も知らなかったようで、緊急に会議というややこしい事態になって面食らった。

 しかし、一番それを感じているのはアネモネだろう。

 彼女は自分に過剰なほどの自負を持っているけれど、それでもまさか、未成年かつ女性の身で、その重要な会議に参加させられるなど思いもよらなかったはずだ。


 でも、ロマーナ大公爵に救い上げられた彼女ならば、この国が最終的には実力主義であることを知っているはずだ。

 例えば親衛隊隊長のルーカスは、父上の友人であったという幸運もあれど、『鉄壁』の称号を与えられた、王国最強の剣士であるからこそあの地位にあるのだ。しかも、その当時に反対意見はなかったという。

 同じ未成年でも、ヴァイスやレイナくらいしか、アネモネと同じ扱いは受けなかったと思うよ。




 奥の間の円卓に皆が移動したのを確認して、父上が口を開いた。

 

「手紙の差出人はカリン・リューネ・フォン・プレヴィン一等女官。現在の仕事は諸君も知っている通り、『旅』の付き添いの一人だ」


 大臣たちは無言で頷いた。

 これがもう少し格下の人であると、カリンに恐れと畏怖を抱いている人も多いのだけれど、彼らは王国でも最も優秀な者達だ。

 動じる原因はない。


「手紙の内容は明快だ。リオーネ王国のアレが近いらしい。しかも、最悪のマニフェストを掲げる者がいる。――あの絶望を再現しないために、(けい)らの意見を求める」


「あの絶望、ですか?」


 僕はその言い回しに疑問を覚えて問いかけると、父上は憂鬱そうな表情で考えたのち、僕の顔を見据えていった。


「――俺がまだ二十代であるのに、いや、お前が生まれた時は成人したばかりであったのに、既に王爵であったことに疑問は覚えなかったか?」


「え……」


 周りを見渡せば、大臣たちは誰もが中年とよべる年齢であった。一番若い人でギリギリ壮年か。

 対して父上は、明らかに壮年で、見た目だけで言えば青年といっても通用するかもしれない。

 まさか、そんな……。僕の隣では、唯一年下の彼女も、口元を押さえて目を見開いていた。


「そうだ、先代は、父上は、リオーネ王国との戦争で死んだ。聖剣を次期当主(おうたいし)である俺に任せて、最前線で指揮を執った結果だ。全体の結果として戦争は完全勝利ともいえるものではあったが、しかし、国家元首が死んだ。聖剣は俺に渡されていたから、威信が揺らぐことすらなかったが、ローラレンス王国は失意に沈んだ。――あれは、公私ともに、悲劇だったのだ」


 僕が何も言えないでいると、父上は表面上は立ち直ったように表情を強めた。


「故に、故に、戦争はそもそも起こしてはならない! 起きたとしても、我が国が巻き込まれてはならない! そのために、卿らの意見に期待する!」


「「「はっ!」」」


 十一の男声と、一の女声が、綺麗に力強く部屋に反響した。




 会議は活発なものであった。誰しもが自分の意見を持ち、というよりは自分の立場から意見を提案するだけの素養を持っていた。

 そういった意味では、立場というものを考えないで、ニュートラルな意見で発言できる僕たちは、ある種のアドバンテージを持っていたと言えるかもしれない。

 なお、話の主導権は、主に軍事を司るキルヒアイゼン侯爵と、外交を司るライデンシャフト侯爵が握っていた。


 というのも、彼の意見は話の主軸から直接になるものであり、言葉に余分なものがないために、正統性が直に伝わってくるからであった。しかしながら、彼らの意見は対立していた。

 キルヒアイゼン侯爵の意見としては、戦争は戦争が始まったときには既に九割の勝敗が決しているのであり、国としてかける可能性は皆無に近いとはいえ、万全を期すことが国家としての義務であると主張した。

 ライデンシャフト侯爵の意見としては、国家は一国のみにて成立するものではなく、故に外交関係を悪化させないためにも不要不急の工作活動は慎むべきであるとした。また、必ずしも過激派が勝利するとは限らず、仮に勝利すると仮定したとしても、強大なローラレンス王国ではなく、リオーネ王国の南部にある小国を併合するものではないかと主張した。


 どちらも正論であった。そして、なんともはや、どちらもカリンによって指摘されている事柄であった。あの女官は末恐ろしい。「神童」ヴァイスの右腕だけのことはあるね。

 そこから他の大臣たちは、自分の立場からの意見で肉付けされたものを主張していった。つまるところ、それらは正解を導くものではなく、利益の多さを計ったものである。

 総務、内務、法務、農務の四大臣と、親衛隊隊長のルーカスは意見を口にしなかった。彼らの主張するべきところは、そもそも起こさないことが最善解であり、方法はどちらともいえないものであった。


 「財政的には問題ないが好ましくもない」と主張したのが、財務卿シュヴァルツシルト侯爵。

 「経済的のみには好ましいことである」と主張したのが商務卿ツヴァイクレ侯爵と、工務卿メッサーシュミット侯爵。

 どちらを取っても結果が分からない以上は、とりあえずの利益を取るとするならば、彼らの意見を採用するのが最善解であった。


 さて、しかし、どちらが正解なのだろうか。

 意見を聞きながら黙っていたのだが、ふいに、旅をしていた時に平民の獣人族から聞いたことを思いだした。傭兵の街、バウマイスター大公都で聞いた話だ。


 ――獣人族は、強さを大切にするんだ。人間族よりも戦いって奴が好きなんだろうな、現に、俺も傭兵を止められないよ。


 つまりは、そういうことか。人間族ですら、覇気があり、強力な王を好むのだ。

 それが獣人族ともなれば誰を選ぶのかは明白だ。武人のみならず、商人だって戦争が好きだ。いや、むしろ、商人に限っては種族を問わずに戦争が大好物であるが。

 僕は腕を上げた。司会を務めていた父上が僕に発言権をくれた。


「人は、強力な王を好みます。ましてや、獣人族ともなればそれは顕著です。そんな彼から、国内の安定を図ろうとする保守的な王と、新たな領地を得んとする主戦的な王、どちらの方を好むでしょうか。答えは後者であると思われます」


 工作派と中立派の者たちは理解するところがあったのか、頷いていた。

 かといって、静観派のライデンシャフト侯爵が嫌な顔をするかといえばそうではなく、彼は外務卿としての立場で反対を主張しただけであって、個人としては中立であるから、普通に受け流していた。

 僕の隣で、最年少が白い手を上げた。彼女は発言許可を貰うと、付けたすように主張した。


「これは私が彼らの王や参謀だと仮定した場合に、どのような行動を起こすか、というシミュレートなのですが、先ずは確かに小国を併合します。しかし、すると国は大きくなります。大国にも攻め込もうという気概が生まれるでしょう。少なくとも、局所的には勝利できるでしょうから……」


 その言葉が起こすべき行動を結論付けた。

 あくまでも予想に過ぎないものではあるが、成る程そうだと、思わせるだけの前提条件もあった。

 なんといってもそう、獣人族は強さを是とする。


 多数決においては、工作をするという結論が出た。反対したのは外務卿ライデンシャフト侯爵だけで、彼も立場から反対しただけで、完全に反対という訳ではなさそうであった。

 また、父上は個人的に、行動を起こすべきであると考えていたようだ。


「そうだ、結果が避けられぬとしても、行動は起こすべきだ。悲劇を回避するために、卿ら活躍に期待する。各々連携し、秘密裏にことを動かせ!」


「「「はっ!」」」







 予定にない出来事で疲れてしまった。

 僕があの件で動くことは一切無いけれど、謁見することによって確認しきれなかった書類に確認印を押していく作業が残っている。

 然程煩わしいとも忙しいとも感じたことが無かった、内務省第一室長という役職であるが、こういったことと平行されると、それなりには面倒だと感じてしまう。


「紅茶が入ったわよ。生憎と、私が自分で淹れたのではなく、フロイラインに淹れて貰ったものだけど」


 溜め息を吐き出しそうになった時、そう言いながら、アネモネが紅茶を差し出してくれた。

 フロイラインはアネモネの世話係の三等女官で、ロマーナ大公爵の信頼がある、元ロマーナ家侍女だ。

 確かに気持ちの問題ではアネモネが淹れてくれた方が嬉しいけども、味だけで言えば誤差だがフロイラインが淹れたものの方が上であったりする。絶対に口に出しては言わないけれど。


 紅茶を飲んで、やはり溜め息を吐いたが、その質は元々のそれとは違うものであった。

 なんだかんだと言いながらも、結局は五の鐘が鳴るまでに全ての仕事を片付けた。

 内務卿室にそれらを持っていくと、レーヴェンガルド侯爵は先程の案件を処理していたが、こちらのを流し見して問題ないと言ってくれた。


 さて、今日の仕事はおしまいだ。

 いつもより時間がかかったし、悪い刺激も生じてしまったが、やり切った感がいつもよりも大きい。でもやはり疲れているのも確かで、こんな日はゆっくりと過ごしたいところだ。

 時間もちょうどいいし、お茶にでもしようかな。


「アネモネ、お茶でも飲まないか?」


「喜んで」


 アネモネは可愛らしく微笑んだ。


 ところで、今日、僕は紅茶を飲み過ぎてる気がするな。

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