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王爵たるもの

 ミハイルとアリアの子には、「バルムンク」と銘打った大剣をプレゼントしようと思う。

 彼の子ならば、きっと大剣使いの一流剣士になるだろう。将来は邪竜を倒すに違いない。


 そんなノリで、出産祝いを決めてから数日、俺の母リリアと、レイナの母マリアが、同じ日に産気づいた。

 俺とレイナも一日違いであったし、なんらかの運命を感じずにはいられない。

 ともあれ、今日は誕生の日だ。


 レイナは自分の母の居る、王都のユグドーラ大公爵邸に帰っていった。

 アネモネは気を使って、王都のロマーナ大公爵邸に帰っていった。


 俺とハインツ兄様は、二人で将棋を打っていた。

 作ったころは俺が一番強かったが、今となってはハインツ兄様が天才を発揮して、3:7で負け越すようになってしまった。

 長男を立てるという意味では丁度良いのかもしれない。本気でやって負けているのだから、立てるもくそもないのだけれど。


 三戦目で、現在は一勝一敗、俺の劣勢といった具合のところで、アルトリウスが俺たちのいる部屋へやってきた。

 リリアの側に居なくても良いのかと思ったが、どうやら夫であっても関係なく、男性は立ち入り厳禁らしい。

 彼は俺達に、自分の部屋へ来るように言うと、退室していった。俺とハインツ兄様は顔を見合わせた。




 アルトリウスの部屋へ行くと、彼は全ての女官と護衛を退室させた。

 親子三人きりになった室内で、柔らかいソファーに腰掛けながら、公人の表情でアルトリウスは口を開いた。


「もうすぐ弟妹も生まれるお前たちには、そろそろ、王爵家としての心得というものを教えておこうと思う。本当ならヴァイスにはまだ早いが、お前なら大丈夫だろう。正確には、これからどうするのかを話すから、そこから理解してくれ」


 俺とハインツ兄様は、神妙な表情で頷いた。

 アルトリウスは満足したように頷きを返し、淡々とこれからを話し始めた。


「王爵家の男子はまず、十四になると、冒険者として旅に出る。期間は一年間だ。この旅には色々な意味があるが、初代様が何故良い政治を行えたのかを考えれば理解できるだろう。だからこそ、ローラレンス王爵家は、未だに国民から信頼される善政を敷くことが出来ているのだから」


 この話は、前にアネモネから聞いた話でもあるため、俺は既に理解出来ていた。

 ハインツ兄様は俺よりも先に知っていたから、むしろ俺よりも理解が深い。


 良い政治を行うためには、民としての生活を知っている必要がある。

 そして、初代王および初代大公は、もともとは一介の冒険者であったため、平民の気持ちや考えというものを重々承知していた。

 それを真似た二代目が、初代を模倣する意味もあり、また最も身分を偽りやすいこともあり、冒険者として国内を廻ったのが全ての始まりである。


 それ以降、病弱でない限りは全ての男子と、望んだ女子は冒険者として旅に出ることになったのだ。

 この旅の副作用として、王爵家と大公爵家の者は、平民のような軽いノリを有することが多くなったが、親しみやすさが生まれて良い効果が得られている。

 もっとも、威厳を持つべきところでは威厳を持てるだけの器量があってのことではあるが、彼らは誰しもそれが出来るだけの十三年の教育があった。


 栄光に(おご)らず、初代王の偉業を継承し続けているからこそ、ローラレンス王国は大国足り得るのである。

 そして、それゆえに四英雄家は信仰の対象としても成立するのだ。

 この「冒険者としての旅」は、非常に大きな役割を持っているのである。


「そして、帰ってきたら成人式をするとともに、文官と武官、二つの役職が与えられる。俺はその時に先代が死んでしまったため、戴冠式も同時に行ったが、お前たちがそうなる事態にするつもりは無いから安心してくれ」


 アルトリウスは深呼吸をして、表情を整えた。

 一瞬の歪んだ表情は、先代、つまりは俺達の祖父であり、アルトリウスの父のことを思いだしたからだろう。

 軽い調子で語ってはいるが、十五にして親を失い国家元首になった、その苦労と才覚たるや想像を絶するものがある。


「文官は、希望した省の高級官僚としての地位が、武官は、第一軍団の名誉大将の地位がそれぞれ与えられる。普段は文官としての仕事を真面目にこなすことになり、武官としての地位は戦争が起きた際に、指揮官としてのものとなる。有事の際に後ろにいるようなトップは必要ないのだから」


 貴族は国民を守る為に居るのだと、アルトリウスは言う。

 何も最前線にまで出ろとは言われないが、前線の地域には行かなくてはならない。玉座で偉そうにしているだけの王というものは、初代王からもっとも忌み嫌うところであり、王爵家として許されるものではないのだとか。

 理由は分かる。下のものだけに死んで来いと言い、自分は安全地帯に身を置くような輩に人が付いてくるだろうか。付いてくることもあるだろうが、少なくともこの国は、そのような仕組みでは出来ていないのである。


 王爵家というものは、全てのことにおいて、先頭に立たなければならない存在らしい。

 全知全能ではないから、任せられるところは人に任すけれど、やらなければならないことは弁えていなければならないのだ。

 ともすると、俺も完全に緩い生活を送るわけにもいかないらしい。国家元首の座にはつくつもりは無いが、十分に大変そうだ。

 日本で真面目に働くより楽だろうか。働いたことが無いから分からない。


 もっとも、武官としての役割は望まない限り、有事の際のみだ。

 文官としての役割は、しっかり選べばやりたかったことが出来るのだ。王子としての地位を以てして、政治にも干渉できる位置に付けば、大学で学んだことを幾らでも活かすことが出来るではないか。

 不安と楽しみが、同時に込み上げてきた。


「後は、俺が死んだあとに、どちらかが王爵になるんだ。それだけだ。まあ、当分は死ぬつもりもないから安心してくれ」


 そこまで言うと、アルトリウスは父親の顔に戻って笑った。

 俺とハインツ兄様も緊張を解き、リラックスした体勢になる。


(しか)と、心に刻みます」


「俺も、ハインツ兄様に同じく」


「そんなに畏まらなくていいさ。さしあたりは、今日にも生まれる弟妹(きょうだい)を可愛がってやればいい」


 アルトリウスがそういった時、近くの部屋から、泣き声が()()上がった。

 予想外の事態に、俺たちは思わず顔を見合わせる。当たり前ではあるが、誰かの顔に答えが書いてあるはずもなく、話も終わっていたので部屋の外に飛び出した。

 廊下にはそれぞれの護衛や女官が待機していて、彼らも同じように困惑した表情を浮かべていた。


 そこに一人の侍女が駆けつけてくる。

 方向はリリアの部屋からであった。

 彼女は、様々な要因で上気した顔で、興奮したように言う。


「お生まれになられました! 男児と、女児の、双子でございます!」


 その言葉を聞いて、アルトリウスは走り出した。

 数日前のミハイルを彷彿(ほうふつ)とさせた。


 俺もその後を追う。

 ハインツ兄様も並走している。

 後ろからは護衛や女官も付いてきていて、城内らしからぬ光景であった。

 リリアの部屋の扉をアルトリウスがノックして、返事を待たずして直ぐに中へ入った。


「リリア、ありがとう!」


 「でかした」とか「よくやった」ではなく、「ありがとう」なあたりが愛妻家な彼らしかった。

 中に入ると、二人の子供を寝具に座ったリリアが抱いていた。

 父親の髪を受け継いだハインツ兄様や俺と違い、母親の髪を受け継いでいるようだ。短いが、繊細なプラチナブロンドがキラリと光る。


 赤ん坊であるのに、既に美形だと分かる顔立ちをしていた。

 自分の弟妹だと思うと余計にかわいく思えるのだが、それを差し引いても美しい子たちだった。

 リリアに言われてアルトリウスが抱き上げようとしたのだが、そういえば彼は手を洗っていないことを思いだし、水を差させてもらった。


「父上、赤ん坊は繊細です。気持ちは分かりますが、手を洗った方がよろしいかと」


「ん、ああ、そうだな」


 豆鉄砲を食らったような表情こそしたものの、アルトリウスは俺の言うところを諒解し、窓から手を出しで魔術で手を洗い流した。

 俺達もその動作に習う。


 手を洗ったアルトリウスは、椅子に座って、侍女を経由して二人とも受け取る。

 顔を覗き込んで、満足そうな表情をした後、俺たちの方に視線を向けた。


「お前たちも抱いてみるか?」


 頷きを返す椅子に座るように入われた。

 従って座ると、ハインツ兄様に男児を、俺に女児を、侍女を経由して手渡された。

 まだ首が座っていないので、気を付けながら丁寧に抱く。

 血の繋がった兄弟だと思うと、無条件で愛おしい。兄になったのだなと実感する。


「それで、アルトリウス様、この子たちの名前は考えてありますか?」


「男児だったら、ライン。女児だったら、ユリア。そう考えていたが、どうやら両方とも使えるみたいだな」


 リリアが問いかけると、アルトリウスは嬉しそうにそう答えた。

 確かに、今の医療レベルでは、生まれるまでは性別が分からないから、片方は無駄になってしまうのだ。生まれたことは当然嬉しいとしても、双子であって、そう言った小さな喜びも追加されたに違いない。

 リリアはその返答を聞くと、柔らかい笑みを浮かべた。


「素敵な名前ですね」


「そうだろう。でも、リリアも素敵な名を考えているのだろう?」


「折角ですから、双子と分かるようにしましょう。男児にはヴィンフリード、女児にはヴィンフリーデと」


 そうして、二人の名前が決まった。

 男児が、ライン・ヴィンフリード・フォーラル・ローラレンス。

 女児が、ユリア・ヴィンフリーデ・フォーラル・ローラレンス。


 ファーストネームは父親が、ミドルネームは母親が付けるものであるから、俺の出る幕はなかったけれど、名付けに立ち会ったことで、手の中にいる妹が、本当に生まれたばかりなのだと実感が強まる。

 ユリアをリリアに優しく手渡して、緊張感から解放される。悪い緊張感ではなかったけれど、疲れるものだ。

 ハインツ兄様も、ラインをリリアに返して、ほっとしたような表情を浮かべている。


 こうして、俺の家族は今日、一気に二人も増えた。







 次の日は、いつも通りにレイナがやってきた。

 その表情は心なしか嬉しそうで、何と言っても、初めて同胞の弟妹が出来たのだという。


「髪はお父様と同じ黒で、名前はシビラ・レギーナというのです」


「髪は母上と同じ銀で、男女の双子。男児がライン・ヴィンフリード、女児がユリア・ヴィンフリーデという名前になったよ」


 お互いの新しい家族を口頭で紹介し合って、笑みを交わす。

 年下の兄弟が出来ると、実際にどうかはともかくとして、少なくとも気持ちは締まるというものだ。

 良いところを見せなくてはと、色々なところで気合が入る。


 それに加えて、昨日に王爵家としての責任を説かれたばかりである。

 王爵家としての責任。

 兄としての責任。

 色々な事業に金を流しているので、そういった細々とした責任もあるだろう。


 そして、何よりも、レイナの婚約者としての責任が、俺にとっては一番大切だ。

 護りたいものは増えていくけれど、最優先なのは幼い日から変わらない。

 思わず彼女の手を取ると、彼女も握り返してくれた。


「さて、今日は何をして遊ぶ?」


「楽しいことなら何でもいいですよ」


 けれども、責任を果たすのはもう少し後でも良さそうだ。

 今日のところは、子供の責任を果たすために、遊ぶことにしよう。

 これにて、第三章は終了です。

 次回からは第四章――ヴァイス達が14歳の時の話となります。


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