東国からの旅人 2
ハクはやはり米であった。
日本で食べたそれと比べると、味、食感ともに劣るが、それは農家や研究者の皆様の努力の結晶なのだから致し方がない。
それでも、米は米だ。疑いようのない短粒米の味がした。……この世界には「日本」は無いわけだが、これは厳密には何と呼べば良いのだろうか。
甘みもあることもあって、レイナをはじめ女性陣は気に入ったようだ。
また、腹持ちも良い為、ミハイルやウォルフガングからも好評である。
米の良さを分かってくれて嬉しい限りだ。多くに広めるのは無理だが、仲間内に広げる分くらいの量はあるからな。
折角だから米粉パンとかも作ってみようか、などと邪道も考えていた時、門番の兵を経由して、カールから連絡が入った。
曰く、ハクを持ってきた商人が見つかった、とのことだ。
鐘十二個分――つまりは丸一日――も経過していないので、非常に仕事が早いと思う、流石だ。
とはいえ、今から会うことはお互いに性急になってしまうので、明日の二の鐘以降に好ましい日時を指定して欲しいとのことだ。
俺の方は何の問題もなく、件の商人とは早く会ってみたかったので、最速の時刻を指定した。
それを聞いていたカリンに、「明日の分です」と言われ、礼儀作法の授業を受け、その日は一日中授業で終わった。
ハクを持ってきた商人と会う当日、いつものメンバーと追加の護衛を伴って、ケスラー商会に訪れた。
立場上、五分前行動よりも、五分後行動を推奨されてしまうので、城を出た時間が二の鐘である。
そのかいもあってか、ケスラー商会の前には、二人の人物が背筋を伸ばして待っていた。
一人目は、ご存知商会長、カール・ケスラーである。
特段、醜い容姿という訳でもないのだが、俺の周りには美男美女しかいないので、どうしても劣って見えてしまう、そんな男である。しかし、事実として小太りではあるので、痩せたらもう少しはよくなるだろう。
服装はそれなりに豊かな商人が着る、定番の服装だ。布を贅沢に多めに使っているため、ダボっとした印象を受けるが、それは有能な商人であるという印象を与える。実のところ、小太りという体系もその効果があるので、彼は「優秀な商人」の外見としてはパーフェクトなのだ。
二人目は、ほぼ間違いなく、件の商人であろう。
間違いなく、イケメンにカテゴライズ出来る面を持っている。しかし、それも納得せざるを得ない。彼の背中には、大きな翼が生えていて、それは天翼族の特徴である。かの種族は、あくまでも人間族の基準ではあるが、妖精族と並んで整った容姿を持つことで有名な種族だ。
「天使のような」と形容できる要素が揃っているわけだが、服装はそのイメージとは対極に位置するものかもしれない。簡単に言うと、日本的な服装である。かといって、浴衣を想像してはいけない。ここで想像するべきは、奈良時代や平安時代の男性貴族の服装であり、その背中が大きく開いたものだと思えばよい。下は普通に袴を穿いている。
「ヴァイス殿下、こちらが件の商人、カンダ・ハツネ殿です。
ハツネ殿、こちらが話をした、ヴァイス・ジーク・フォーラル・ローラレンス殿下です」
「沙和國が商人、カンダ・ハツネと申します。カンダが氏で、ハツネが名です。以後お見知りおきを頂けると幸いに存じます」
そういってハツネは一礼した。
両手を横に合わせたものではなく、右手を腹の前に添える形ではあったが、「お辞儀」と呼ばれる動作であった。腰の角度は四十五度だ。
略式は胸に手を添えるだけであり、正式は跪いて首を垂れる、ローラレンス王国の礼とは全く違う形式のものであった。どことなく、前世のことを思いだす所作だ。
「ヴァイス・ジーク・フォーラル・ローラレンスだ。殿下の敬称で呼ばれる立場故、従者も多いが許していただきたい」
拳を胸に当てる、武官式の略式敬礼をする。
俺は文官志望だが、礼は武官式の方が馴染むのだ。
「レイナ・マリーナ・フォーガス・ユグドーラです。ヴァイス様の婚約者です」
レイナが、胸に掌を当てる、文官式の略式敬礼をして微笑んだ。
彼女は俺と対等の立場であるので、俺の隣で名乗りのが礼儀的には正しいことであった。
国内外問わず、平民相手に丁寧な対応は必要ないが、誠意ある対応は必要なのである。
ただ、女官の二人や護衛達は役割上、目礼したのみだ。
「さあ、こんな場所で話すのもなんですから、ヴァイス殿下、レイナ様、従者の皆様、そしてハツネ殿。中に話せる場所を用意しておきましたので、お使いになって下さい」
「ありがとう、カール殿。案内してくれ、貴方も同席するのだろう?」
「しなかったら商人ではありません。ヴァイス殿下がお嫌でなかったら、ですが」
「初めて会う他国の商人と密談することもないのだから、拒否することはないさ、するようならば店を贔屓にしたりしない」
「ありがとうございます。では、皆様、こちらです」
カールの案内に従って、店の中の一室に入った。やや硬いソファーに腰掛けて、向かいのソファーに座るハツネを見る。
アジア人を彷彿とさせるような、ダークブラウンの瞳には好奇心が浮かんでいて、しかしきっと、俺のシルバーブルーの眼にも類似した光が灯っているだろう。
しかし、話を切りだしたのは、当事者のどちらでもなく、かといって仕切っていた者でもなかった。
その人物は、当事者二人よりも純粋な好奇心を、エメラルドの瞳に輝かせていた。




