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閑話2 ≪リューネとエルネス≫

 主人公お付きの女官、アリアの産休に際する代打として、期間限定でお付きとなっている王国三等女官かつ、プレヴィン家の侍女でもある、フランツィスカを主人公とした閑話です。

 一話完結です。

 私はフランツィスカ。

 フランツィスカ・エルネスティーネ・フォン・シュヴァーゲルツェンベルクといいます。

 長い名前なのは自覚があります。王爵家や大公爵家は短めな人も多いと聞きますから、偉い名前というよりは、見栄で出来た名前なのでしょう。


 私は身に余る幸せの中にいて、もしかしたらこれは夢で、いつか覚めてしまうのではないかとすらも思います。でも、現実です。

 今日も目覚めたのは王城にある私室で、石造りの小さな天井が目に入ってきます。それは間違っても実家の、やたらと広い木製の天井ではありません。

 目を覚ますために叩いた頬が僅かに痛い。やはり、現実です。


 普通ならば、たとえ代理であるとはいえ、下級貴族である、準男爵令嬢に過ぎない私が、王子付きの女官になるなどありえないことです。正確には、大公爵令嬢であるレイナ様を主に担当していますが、上のこと過ぎて、些細(ささい)な違いにしか感じられません。王子付きであることもまた、事実なのです。

 身に余る光栄とはこのことでしょう。

 これも全てはリューネ――カリン様のおかげです。


 私はローラレンス王国三等女官である前から、プレヴィン辺境伯家の侍女でもあります。

 その地域の監督官である辺境伯家の侍女になることは、地方の下級貴族女性にとってはそれなりの目標ともいえることです。本当ならば王都に出て、女官になりたかったのですが、両親からはプレヴィン家の侍女に成れと言われて、仕方なくその通りにしました。

 それなりに優秀に仕事をこなした私は、お館様の身の回りの世話をする侍女の一人に選ばれました。丁度複数の侍女が、結婚や妊娠を理由に辞職したり、休職に入ったタイミングではありましたが、それでも成人したばかりの私が選ばれるのは、私自身も含め驚くべきことでした。


 嫉妬深く、心無い者は言いました。

 曰く、「彼奴は若いことを武器に、お館様に自分を売ったのだ」と。

 それはお館様をも侮辱した発言ではありましたが、当主の座に就く前は、お忍びで娼館(しょうかん)に通っていたと聞きますから、妙な信憑性(しんぴょうせい)もありました。当主の座についてからは、実直で真面目な方だとも聞いています。

 その噂は、お館様から遠い者しか噂していませんでしたが、彼らがプレヴィン家当主に近づける日は久しく来ないでしょう。


『フランツィスカ、父上から、直ぐに執務室に来るようにとのことだ。

 後、これは私的な助言だが、心無い噂は気にしない方が良い』


 ある日、そう私に告げたのはプレヴィン家の嫡男、エーリッヒ様です。

 言われた通りに執務室に行くと、お館様は貴族的な笑みを(たた)えて言いました。


『君には、武闘大会の間、私の娘の世話をして欲しい。今は王子付きの女官をしている、不肖の娘だ。そして、娘と気が合ったなら、そのまま王都に行くと良い。君の為になるだろう』


 王子付きの女官といえば、ほぼ間違いなく一等女官です。

 女性でありながら、上級官吏や将官と同等の立場であるそれは、全ての貴族女性の憧れです。何故それで不肖なのかはその時には理解できませんでしたが、成る程、親目線ならば愚かにも見えるのでしょう。自分の娘でなければ、優秀な少女にしか見えなかったのでしょうが。

 カリン様はいろんな意味で変わっていました。


『では、これから私たちは主従ではなく友人です。私は貴女をエルネスと呼びますので、貴方は私をリューネと呼んでくださいね』


 初めて会った日、初めてカリン様に仕えた時に言われた台詞は、今でもハッキリと覚えています。

 この時に私とカリン様の関係は、多角的なものとなったのです。


 カリンお嬢様と、その侍女フランツィスカ。

 辺境伯令嬢カリンと、準男爵令嬢フランツィスカ。

 一人の女性リューネと、一人の女性エルネス。


 最初は戸惑いもしましたが、人一倍順応力が高いと言われる私は、直ぐに慣れました。

 リューネと(エルネス)は友達になりました。

 そして、武闘大会の最終日、リューネは私に言ったのです。


『一緒に王都に来ませんか?』


 シンプルな言葉でしたが、意を決したように言われたそれは、まるで告白のようでもありました。

 決してリューネは中性的な顔立ちなわけではありませんが、鼻筋の通った美しい顔立ちをしていて、釣り目気味な瞳で射貫かれると、思わずドキリとさせられました。

 私は少々迷いましたが、お館様の言葉を思い返して、答えました。


『はい』


 それは目上の人に対する返答としては不適当なものでしたが、友人であるリューネは、笑顔を向けてくれました。

 そうして、私は王都にやってきました。とりあえずの肩書は、辺境伯令嬢の侍女です。

 更に、リューネの推薦で女官になることが出来ました。試験は当然ありましたし、三等女官ではありますが、それでも夢が叶ったのですからとても嬉しかったです。

 それからはリューネの身の回りの世話と、王国の書類仕事を平行してやりました。忙しいですが、それ以上のやりがいがありましたし、給金も良かったです。


 私の幸運は、夢が叶ったのにも関わらず、尽きることはありませんでした。

 リューネの同僚である、アリア様が産休に入ったことで、王子付きの女官が一枠空きました。一等女官はアリア様の仕事の中継ぎというわけにもいかず、二等女官で手が空いているものは、偶然にもいませんでした。

 そして、私は再びリューネの推薦を得て、なんと第二王子と大公爵令嬢の世話係の地位を、臨時ではありますが、得ることが出来たのです。


 ()()()()には頭が上がりません。

 しかし、リューネは、カリンとフランツィスカの話であって、リューネとエルネスには関係がないと言うのです。

 その関係性が楽しく、心地が良かった私は、その言葉に甘えることに決めました。

 そして、拒否されない限り、リューネに一生ついていくと、決めたのです。


 ――リューネに置いて行かれないようにも、頑張らなくては。

 そんな風に気合を入れて、クローゼットから女官の着る動きやすいドレスに手に取りました。

 しかしながら、壁にかかった木製の予定表を見て、ふと気が付きました。


「今日は、休日じゃないですか」


 やる気が空回りした私は、極端に気が抜けてしまい、思わず溜め息が零れます。

 平民の中で裕福なものが着るような、機能優先だが肌触りの良い布で出来た、ツーピースのブラウスとスカートを着込みます。

 鏡など私の部屋にはありませんが、出来上がりは分かっています。珍しくもない茶髪蒼眼(そうがん)で、上級貴族と違って卓越した美貌もオーラも持たないため、本当に商人の娘にしか見えないのです。


 その状態で王城の下級食堂へ向かいます。

 兵士や商人といった平民から、下級官吏や下級士官といった格の低い貴族に加え、開放的なここの雰囲気が好きな、気さくな性格の上級貴族まで来るので、中々に混沌(こんとん)とした空間になっている場所です。

 昼食の時間だと、殿下の護衛であるミハイル様が、妻であるアリア様の自慢を、弟子たちにしているところが良く目撃されます。所謂(いわゆる)惚気(のろけ)ですね。


 彼は家を持っているので、朝は食堂にはいません。ランドマーク不在の食堂ではありますが、それでも愉快な人は何人かいるようで、喧噪(けんそう)に包まれています。

 配膳カウンターで、パンとスープだけの質素な朝食を受け取ります。質素とは言いますが、王爵家の食堂で出るものも、パンが白くなり、ベーコンが数枚増えるだけのようですけれど。ちなみに、上級食堂でもメニューは変わりません。椅子が柔らかいだけです。

 もっとも、無料で食べられるものに文句を言えるはずもありません。


「お嬢さん、お一人ですか? よろしければ一緒に話しながら食べませんか?」


 ふと、優しい声がかけられました。

 そこにいるのは下級貴族の男性で、笑顔を浮かべてはいますが、瞳の奥にギラついたものがあります。

 つまるところは、ナンパですね。それも、強要に近いものです。

 私がこのような服装でいるために、平民であると誤認されたのでしょう。


 ここで食事を取ることが出来る平民は、優秀な戦士か、有能な商人とその身内です。私は前者には見えませんから、後者だと思われたのでしょう。

 王城に入れる商人ともなれば、その財力は下級貴族を上回るものです。

 貴族が理不尽な命令をすれば否と言うことは、法的には可能ですが、平民の心理的に不可能でしょう。

 古い家ならば貴族の矜持(きょうじ)も持っているのですが、若い家ではどうにも、自分は平民よりも格上の人間だと誤認する輩がいるそうです。彼はそういった手合でしょう。


「申し訳ありませんが、一人で食べたい気分なのです。ご容赦くださいませ」


 丁寧に、しかしハッキリと断ると、彼は顔を赤くしました。まさか断られるなどとは思ってもみなかったのでしょう。

 色々都合の良いことを言って、私のものにならないかと聞いてくることが、目に見えているというのに、快諾するはずがないです。否、ここに娘や妹を連れてくる時点で、その商人は「それ」狙いなのでしょう。

 貴族との繋がりを作りたい商人ですね。下級貴族と、社会的に優れた平民の結婚は、然程珍しいことではありません。


 下級貴族の彼は何か言おうとしましたが、言葉が紡がれることはありませんでした。

 (りん)とした女声が通ります。


「何をしているのですか? フランツィスカ」


 平民の服を着ていてもなお目立つ、橙髪(とうはつ)橙眼(とうがん)で、女性にしては背の高い美女。

 彼女もまた、下級食堂を愛用する上級貴族です。昼食と夕食は、王爵家の方々と一緒にとられているようなので、朝食の時間しかいませんが。

 一部の者からは「第二王子の右腕」や「第二王子の懐刀」などと呼ばれることもある、その人物はのことは流石に知っていたようで、男性は背筋を伸ばした。


「食事に誘われたのですが、生憎と一人で食べたい気分だったのです」


「成る程」


 リューネが男性を一瞥(いちべつ)すると、彼は先程までの姿勢とは打って変わって、小さくなったように見えました。言葉使いは先程と同じ丁寧なものでしたが、上からの敬語ではなく、下からの敬語になったように思えるのです。そして、幾つか取り繕いの言葉を並べて、去っていきました。

 私はリューネにお礼を言います。

 リューネはアルカイックスマイルを浮かべながら言いました。


「エルネスは一人で食べたいのですよね?」


 私に対する呼称が変わりました。

 貴族ではなく、個人の私で対応しても良いという合図です。


「いいえ、たった今、二人で食べたい気分になりました」


「そうですか? では、先程の彼には悪いですが、私と一緒に食べましょう?」


「ええ、リューネとならば喜んで」


 自然に笑顔が浮かびました。

 リューネと共に食べる朝食は美味しいものでした。 

 やはり、私はこの人について行こうと、改めて思いました。


 その後、服装から分かる通り、リューネも休日だったようで、一緒に出掛けることになりました。

 今日は良い日です。

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