最終日の舞踏会
武闘大会期間で最期の舞踏会。
ここまで大規模な舞踏会は、何か祝い事があるか、次の武闘大会まで開かれないとあって、偉い人達は踊りなんて踊らずに色々なことを話し合っている。
折角ならば楽しむべきだと思うのだが、そういうわけにもいかないのが、成人した貴族の悲しいところかな。
勿論、成人した人たちが、全員責任を背負って生きているわけではないが。
例えば、ミハイル。
彼は俺の護衛さえしていれば問題ない上に、既に出世コースに乗ることが出来ている。
だからこそ、俺がアネモネとの準決闘に勝利した時、バカ騒ぎが出来たわけである。
しかし、今回彼は自分自身が武闘大会で優勝したにも関わらず、この場で騒ぐことは一切なかった。
理由は一つしか思い当たらない。
英雄気質の彼が目立ちたくないということはないであろうから、恐らく、アリアの両親に挨拶でもしに行っているのだろう。
「娘さんを僕に下さい」ではなく、「約束通り娘さんは俺が貰います」だ。
正直、最高にカッコイイと思う。
俺も言ってみたいとは思うが、言う機会がない上に、言ったとしても不思議な顔をされたのち、当たり前のように許可されるだろう。伝統と信頼に裏付けられた、オールグリーンな婚約者なのだから。
そんな婚約者と、今日もまた楽しく踊る。
この一週間、毎日踊っていたことで、俺もレイナもかなり踊りなれてきて、なかなかのものだ。自画自賛ではあるが、素人の中では上手い方なのではないだろうか。
レイナは天才であるし、俺もどうやら悪くない。相手が良いのもあるだろうが、スムーズなステップを踏める。
今日の曲は、落ち着いたものが多かった。
最後だからしっとりしているのか、穏やかな気持ちになれる曲だ。或いは、良い雰囲気な曲ともいえるかもしれない。
簡単なステップで、それ故に実力が顕著に出る、そんな曲でもある。カリンとか、ウォルフガングとか、真面目な人間が得意なジャンルだ。
「楽しいな」
「はい、とても」
短い言葉を交わして、ちょっと盛り上がる場面でクルクルと回る。
お互いに引っ張り合って、また、落ち着いたステップを刻む。
ダンスそのものも楽しいが、それ以上に、彼女の笑顔でポジティブな気持ちが沸き上がってくる。
踊り続けて、数曲目の中盤のこと、ハインツ兄様とすれ違って、目が合った。
いつも多くの女性に囲まれて、しかしそれらを全ていなす彼が、特定の誰かと踊っているのだ。
ハインツ兄様はいたずらっ子のような、男でもドキリとするようなアルカイックスマイルを向けてくるが、流石に俺には分かってしまった。
ここ数日の彼の動向と、相手の髪色や身長で。
目が覚める、雪のような純白の髪――アネモネだろう、その子は。
レイナに許可を取って、曲が終わったら壁際に避けると、ハインツ兄様がやってきた。
後ろには、彼が懸想していた白髪の少女がいる。
「やあ、ヴァイス調子はどう?」
「勝負に勝って、護衛が優勝して、欲しいものとは少し違いますが、珍しいものを買えました。レイナと踊るのも楽しいですし、最高ですよ」
「そう、なら良かった」
彼らしからぬ、不自然な話し出しであった。
そして、全力で聞いてくれとオーラを出している。最高のアルカイックスマイルを保っているが、微妙にひくついている。
俺はレイナと目を合わせ、小さく笑って、肩を竦める。
レイナは微笑みを浮かべて、ハインツ兄様に質問を投げた。
「ハインツ様はどうですか? なにやら嬉しそうですが」
「それはね」
彼は後にいる少女に手招きして、自分の隣に立たせると、笑顔で言った。
「アネモネと婚約してきたんだ」
先の考えを撤回しよう。
ハインツ兄様は、俺が考えている以上に手が早かった。婚約は、早いって。いや、王侯貴族ならばこのくらいの方が普通なのだろうか。
アネモネは初めて会った時のように胸を張るのではなく、流麗な動作で一礼した。
「アネモネです。色々とありましたが、宜しくお願い致します」
咄嗟に反応を返せなかった。
少し遅れて、胸に手を当てるだけの略式で礼を返すと、彼女はホッとしたように微笑んだ。
俺たちに対して引け目を感じているようではあったが、精神的にも元気そうだ。最後に会った時は酷く落ち込んでいたようだから、なによりだ。
しかし、婚約など当人同士で決めれるものではないだろうに、誰が許可を出したのか。
まあ、アルトリウスとロマーナ大公爵か。――そりゃあ、すぐ決まるよな。保護者同士の信頼度が、殆どカンストしているのだから。
ともあれ、問題ないとされるくらいには、アネモネは普通に丁寧に対応が出来るのだ。
最初のは何だったのだろうか。
尋ねると、彼女はハインツ兄様の腕を掴んだ。
「虚勢よ。……でも、一番じゃなくても良いって言ってくれる人がいたの。だったら、もう虚勢は必要ないわ。勿論、次にやったら、私が勝つけれど」
初めて会った時と同じ口調でそういった。
話し方が安定しないが、多分、敬語ではない方が素なのだろうな。
言い方こそソフトになっているが、言っている内容は似たようなものだ。しかし、瞳には自信があった。
背伸びしないで等身大で、次は俺に勝てると言っているのだ。
多分、彼女の考え方が変わったのだと思う。
自分自身に対する自信は持ったままで。
常に最高・最優でなければならない強迫観念から逃れ、一度負けてもリベンジすれば良いと、そう思えるようになったのだと思う。
負けた、私はもう駄目だ。
ではなく。
負けた、これは間違い次は勝てる。
考え方を変えただけで、自分が一番というのは変わらない。
それはつまり、「自分を確りと持っている」ということで、だからこそハインツ兄様は彼女を気に入ったままなのだ。
これで、アネモネが「ずっと二番目でも良いんだ」と思うような子だったら、ロマーナ大公爵は分からないが、ハインツ兄様が気に入ることはなかったと思う。
ハインツ兄様が慰めたのだとすると、自分好みに誘導した可能性もあるが。
彼ならば無意識でそれをしていても、俺は驚かない。己の血がつながった兄がチートスペックなのは、百も承知なのだから。
少女漫画にでも出てきそうなビジュアルの、本物の王子さまだ。孤高の王子様だ。特技は颯爽と現れて、ヒロインを復活させることだと思う。
うん、ハインツ兄様がアネモネを落とすのが早すぎて、変な偏見が出来てきてしまった。
事実無根なので流石にそんなことはないよな。
その後、四人で話したが、アネモネも普通に良い子だった。
最初はレイナとギクシャクというか、ピリピリしていたが、お互いの「譲れない核」が分かると、踏み込まなくなって仲良くなった。
七歳とは思えないコミュニケーション能力だ。
まあ、二人とも俺でも分かる程度には分かりやすいからな。
レイナは俺のことが、アネモネは自分自身が、一番であるという前提がある。順位付けしてはいけないのだ。
どっちも全知全能ではないのだけどね。
「私も王都に行くの。だから、仲良くしてくれると嬉しいわ」
最後の最後でアネモネはそう言った。
別に婚約者が近くにいる義務なんてないのだが、ロマーナ大公爵が言ったらしい。
『教えられることは教えた。別の場所で刺激を受けるのもいいだろう』
流石にどうしてこう話が進むのか分からなくなってきたが、筋が通っていると言えば通っている。
ハインツ兄様は嬉しそうに微笑んでいる。
「これで、僕もヴァイスと同じかな」
「まあ、そうかもしれませんね」
簡単にまとめると、ハインツ兄様とアネモネが婚約した。アネモネが王都に来る。仲良くしましょう。と、それだけのことだ。
アネモネも悪い子ではなかったし、何も問題はない。第一印象が悪かっただけだ。
その後も少し話して、時間的に最後の一曲と思われる曲が始まったときに、自然に解散した。
ちょっと楽し気な曲で、踊りに興じた。
音楽に流されるように、楽しい気分のままに舞踏会は終わった。




