第23話 泣いたリヴィオ
夜の闇の中、エステルの耳は非常に頼りになる。彼女が周辺の物音に警戒している中、俺の治療が続いていた。
俺はさっき得た知見を皆に聞かせる。
「ストーンゴーレムはロックゴーレムより賢かった。防御してくるぞ」
「そうなのかー、わかった!」
「ふんっ、ぶっ壊してやるわい!」
「いや、どうだろうな……。ストーンゴーレムというのはロックゴーレムと違い、メデューサが作った人形に過ぎないんだ。それに魔力を注ぎ込んで命令を与えて動かしている」
「へぇー。流石、ディアスはメデューサに詳しいんだな。じゃあ防御したのも身を守るように命令されてるのか」
「だろうな。メデューサにとっては重要な盾だ。壊されにくくしているのだろう」
成程ね~。そういえば、さっきトアンと一緒に攻撃したときには防御しなかったな。視覚外の攻撃とか遠距離攻撃とかにまでは、対処できるようにできていないんだろう。
「よし、治癒終了だ。もう痛む箇所はないか?」
「ああ、ありがとう。ディアスの魔力は大丈夫か?」
「心配するな。まだ3分の2は残っている。メデューサと一戦交えるくらいなら余裕だろう」
「そっか、よかった」
「ロゴー、変身しておけ。いつ敵が襲ってくるやも知れん。ストーンゴーレムだけではない、メデューサは夜目が効くという話だ」
「ああ、そうだな」
リヴィオに促されて立ち上がり、変身を――っと、そうだ。ミルクチョコレートはポケットから取り出して荷物の中へ……っと。
すると、トアンが俺のポロシャツの袖をくいっくいっと引っ張った。
「なあなあ、アタイ、さっきは活躍したよな! なっ!」
「…………」
俺はトアンが言いたいことを察して、ミルクチョコレートを手渡す。
「やったー! あんがと、ゴロー!」
まぁ、さっきはトアンのおかげで助かったからな。
「ふん、終わったらワシらの分もあるんじゃろうな?」
「わたしも、終わったらお祝いに食べたいなぁ~」
「……こほん。私も、お前に治癒魔法をかけてやったわけだが」
「ロゴー、パーティの誰かだけを特別扱いするのは士気に関わるぞ」
おおう、全員が不満を口にしてくるとは。こりゃパーティ内で気軽に誰かにあげたりしないほうがいいな。
「終わったら皆の分も用意するよ」
皆の顔に喜色が灯る。リヴィオが他の皆に見えないところで小さくガッツポーズをしているのが印象的だった。
さて、と。俺はベルトに自分の名前の入った『ゴロークリスタル』をセットする。このネーミングどうにかならなかったのかと思いながら。
「変身!」
ベルトの魔法陣を、握った拳の小指側の側面で叩く。魔法陣が割れ、身体が金色の輝きに包まれ、それが最も輝いた状態になったときには既に姿は変わっている。ファンタジックな銀の紋様の入った黒のボディの体貌へと。
俺の変身の様子を見ていたディアスが「格好いい……」と小さく呟いた。
マジで!? う、嬉しい。今まで変身をそう言ってくれた人っていなかった気がする。
続いて、メデューサ戦用に『ドラゴンクリスタル』に入れ替え、能力を変更した後にディアスを見ると、顎に手をやり「ふむ……」と呟いていた。むぅ……炎をカッコよく出して見せればよかったか……。今度、研究してみよう。
態勢を整えた俺たちは、メデューサが潜むと思われる坑道へと向かった。いよいよだ。
闇夜で視界が悪い中、俺たちはエステルの耳を頼りに進んでいく。さっきあれほどの騒ぎを起こしたし、ストーンゴーレムが壊れたことがメデューサに伝わるようになっている可能性もある。なので、メデューサには気付かれているかも知れないが、そうでない可能性を考慮して直前までは明かりをつけずに行き、奇襲をかけることにした。ディアスの魔法の、あのもちもちした光の球は手も塞がるからな。いつ敵が出てきてもいいように、皆、武器を構えながらの移動だ。俺は手ぶらだけど。
やがて、坑道の手前までやってきた。真っ黒な入り口の穴が不気味だな……。
「坑道の中は真っ暗だな……。こんな全く光の届かないところでもメデューサは見ることができるのか?」
「どうだろうな……。そこまでは私でもわからない。ともかく、ここから先は小さな明かりを頼りに進もう。メデューサに気付かれないようにな」
リヴィオの問いに答えたディアスの呼びかけに、全員が頷く。そして、ディアスが魔法であの小さな光球をふたつ作り出したとき、それは起きた。
「ああ……メ……デュゥ……」
坑道の側面の森のほうを向いたトアンが、みるみる石になっていったのだ。
「トアン!」
トアンの名を叫んだのはゴドゥと俺だ。それから、すぐにディアスの声が飛ぶ。
「――っ! 森を見るな! 目が合えば石にされるぞ!」
「さっき少しだけ見てたけど、森は暗かったぞ。こっちから見えなくても目が合えば石化するのかよ!?」
「わからん。だが、近くにはいる! 距離が離れていれば目があっても石化はしないからな」
「音なんて聴こえなかったよ! ゴローは?」
「俺も聴こえなかった」
「エステル、トアンの視線の先を狙え! 潜んだまま動いてないなら、そこにいるハズだ!」
「そ、そっか!」
リヴィオの言葉に、エステルが目算をつけてメデューサがいると思われるところへ目線を逸らしながら矢を射かけた。
すぐにそちらから大きな葉擦れの音がした。おそらく、メデューサだ。移動し、矢を躱したようだ。
「ああぁ……トアン、トアンが……。おい、ディアス。ポーションを使ってくれい!」
「それは……まだダメだ。これから何人、犠牲者が出るかわからないからな。それに、短時間でメデューサを倒せば頭の蛇から石化は治せる」
「ぐぅ……っ。トアンは魔法耐性が低いんじゃ! 長くは持たん、ワシは行くぞ! しくじったらポーションを使え! あ、ワシよりトアンを優先するんじゃぞ!」
「ま、待て、ゴドゥ!」
ゴドゥが森へと駆け出した。こんなに狼狽したゴドゥを見るのは初めてだった。山脈でブランワーグたちに囲まれたときのゴドゥは、トアンに冒険者だろうにしっかりしろと言っていたのだ。そのときの感じから、トアンがやられてゴドゥがこんな風に取り乱したのは意外だった。
「なあ! 森が火事になったらマズイか!?」
「え? ゴロー、何する気?」
「炎の竜に攻撃させる!」
「わ、わかんないけど、メデューサ倒せるなら少しくらいいいんじゃないかなっ」
「わかったっ!」
俺は炎の剣『ブレイズブレイド』を出現させ、さらにそれを炎の竜『ブレイズドラゴン』へと変身させる。
「ドラゴン、メデューサを見つけて攻撃しろ! 頭は避けてな! あと、なるべく森も燃やさないように!」
俺の命令を受け、炎の竜が森へと飛んでいく。
この攻撃は、メデューサ戦用に考えておいたことだった。
「わたしたちも行こう!」
全員で、森の中へと入っていく。視界はなるべく下側で、顔を上げないようにして。視界の上側で、メデューサを探して炎の竜が飛び交う明かりが見える。
少し奥へと進んだところで、俺の傍にいたエステルが耳をビクビクっと激しく動かしながら、急に後ろを振り返った。
「どうした!?」
「ストーンゴーレムだと思う。3体、足音がする」
俺も振り返って見ていると、坑道の穴の中からストーンゴーレムが2体、外に出てきた。こちらまでは距離がある。今はメデューサを優先して放っておくか、そうエステルに言おうとしたとき、そのストーンゴーレムたちがこちらではなく、石化したトアンの元へ向かっていくのに気付いた。
ゾッとした。マズイ、間に合うだろうか。
俺は踵を返してトアンの元に走る。俺の後ろのほうにいたリヴィオも走り出していた。
リヴィオの剣はストーンゴーレムを斬れるのか? しかし今はもうどちらか1体をリヴィオに任せるしかない。坑道の入り口からは、更に3体目のストーンゴーレムが出てくるところだった。
「リヴィオ! 右のヤツを頼む!」
「わかった!」
俺はリヴィオの頭上を飛び越え、そのまま左のストーンゴーレムに飛び蹴りを浴びせた。ストーンゴーレムのガードした両腕に、両足で蹴りを入れて砕き割る。両足を使ったため、みっともなく地面に落ちたが、反撃されないためだった。反撃されて吹っ飛ばされたりしたら、トアンは砕かれてしまうだろう。もう、それくらいストーンゴーレムたちはトアンの近くに迫っていた。
「っ!?」
すぐに起き上がろうとしたが、リヴィオに任せたほうのストーンゴーレムが、今まさに俺に拳を振り下ろそうとしているのが視界に映り込んだ。転がって避けようと身をよじったが、間に合わなかった。リヴィオがいなければ。
俺に迫るストーンゴーレムの拳は軌道をずらし、地面を叩いた。見ると、リヴィオがストーンゴーレムの体を斜めに真っ二つに切り裂いていて、そのおかげで体がズレて軌道が逸れ、助かったのだ。
といっても、それを見たのは両腕を失くしたストーンゴーレムがトアンを射程に捉え、脚でトアンを攻撃しようとしていたところに蹴りを入れ、破壊した後だったが。それくらい、ギリギリだった。
リヴィオはそのまま、3体目のストーンゴーレムを斬り伏せに走った。両腕でガードの姿勢を取ったストーンゴーレムの側面に素速く回り込み、その腰へと斬撃を放つ。
バキン、と大きな音がした。今度はストーンゴーレムの硬い体を切り裂くことができず、リヴィオの剣が折れてしまったのだ。そのまま呆然と立ち尽くすリヴィオ。
「おい! 危ない!」
ストーンゴーレムの拳がリヴィオに迫った。咄嗟に折れた剣でガードしたが、吹っ飛ばされ地面を転がるリヴィオ。
「リヴィオ!」
俺は弾けるように駆け出し、ガードの姿勢を取ったストーンゴーレムに拳の連撃を叩き込み、両腕を破壊し、そのまま胴体を殴り壊した。
このゴーレムが特別、硬かったわけではなかった。リヴィオの剣にはヒビでも入っていたのだろうか。
殴ったためにストーンゴーレムの硬さで拳が痛んだが、気にせずリヴィオの元に駆け寄った。リヴィオは女の子座りのまま、地面で呆然としていた。
「リヴィオ、大丈夫か!?」
「あ、ああ……」
擦り傷はあるが、大きな外傷はないようだ。よかった……。
「うええええん」
「えっ!?」
急に、リヴィオが子供のように泣き出してしまった。
「どっ、どうした!? どこか痛むのか!?」
「うえええーん。うえぇええぇん」
「け、剣か? 剣が折れたからか!?」
「うんん。うええぇーん」
泣き喚きながらも、こくこくと頷いてみせるリヴィオ。そ、そんなに大事な剣だったのか……。
「か、悲しいのはわかったけど、今は……。しっかりしてくれ、リヴィオ」
「す、ずまないい~。でも、涙ががっでにででぎでぇ~」
大粒の涙をぼろぼろと零しながら、整った顔立ちをぐんにゃり歪めて泣くリヴィオに戸惑っていると、坑道の入り口から足音がするのに気付いた。再びストーンゴーレムがそこから3体出てくる。
「一体、何体いやがるんだよ!」
ストーンゴーレムたちへと突っ走って、今度は蹴りを見舞っていく。下腿部の装甲は拳の装甲よりも厚いのだが、そこで蹴っても少し痛い。痛みを感じるのは俺の願望が反映された結果なのだろうか……。そう考えながら再び出てきたストーンゴーレムを全て倒した。
「うぇ、ヴぅ~~。ロ、ロッゴー……」
ロゴーと言いたいんだろう。ロッゴーだとロックゴーレム略したみたいだな。
「ト、トアンにボーションがけろ~。あぶないがら~」
「あ、ああ、うん。そうだな」
俺はディアスから受け取っていたポーションの小瓶を蓋を開け、石になったトアンに振りかけた。ポーションのかかった部分が淡く発光し、光が広がっていく。やがてそれが全身に広がり、光が消えると元に戻ったトアンの姿があった。
「あぁ……あ……! な、治った! こ、怖かった~~」
トアンは思わずといった感じでその場にへたり込んだ。そして大きく息をついて、それから泣きじゃくるリヴィオを見てぎょっとする。
「ええ!? な、何があったんさー!」
「リヴィオの剣が折れちまったんだ」
「えぇえ? それでこんなに泣くかぁ? って、他の皆は? アタイが石になってからどうなった!?」
「森にメデューサを倒しに入った。俺たちも行こう。リヴィオ、行けるか?」
「いっ、いげる……っ。ひぐっ。ず、ずまない……っ。ひぐっ」
腰に下げた予備のショートソードを鞘から抜いて、よろよろと走りだすリヴィオ。
「あ、危なかっしいな。リヴィオはここで休んでろ。ストーンゴーレムに気をつけろよ!」
「そうだよー。落ち着いたら来な。なっ!」
「い、いやだ……っ。わ、わだしも……いぐっ!」
「ダメだ! 危険だ!」
「うっ、うう……」
強い口調で咎めた。今のリヴィオじゃ、うっかり石化されたりしないか心配だからな。
俺たちは立ち止まったリヴィオを置いて、森へ飛び込んだ。
ゴドゥたちは無事だろうか。




