第112話 最強の召喚
ベルナ・ルナにグリーディの魔力の反応があることを教えられ、俺は貴族街へと戻ってきていた。
「どこだ!?」
見上げるが、上空には見当たらない。
先程、ラファエルとフランケンと別れた場所へと辿り着き、俺は衝撃を受けた。
「…………おい、嘘だろ……?」
そこには、倒れて動かなくなっているフランケンがいた。
駆け寄り、確かめるが、死んでいるようだった。死ぬ、と言っていいのかわからないが……。
「やっぱり、あのとき残っていれば……!」
後悔の念が押し寄せてきたが、ラファエルのことが心配になり、すぐに動かなければと辺りを見回した。
すると、瓦礫の山となった屋敷の裏手から、何か貴重品でも探していたと思われる大きな袋を持った屋敷の従者が数人やってきて、ラファエルが空飛ぶ男と城のほうへと向かったことを知らされた。
「ありがとう!」
貴族街の上、都市でもっとも高い場所にある城へ向かって急いで駆け出す。
無事でいろよ、ラファエル……!
走りながら、『ピープルクリスタル』で戦いに向かった仲間たちの安否も酷く心配になって怖さも湧いてきて、目の前がぐんにゃりするような気分になった。振り払い、先を急ぐ。
どうか……皆、無事でいてくれよ……!
フランケンが死んで、コンスタンティアは悲しむだろうな……。
菜結の治癒魔法なら、フランケンの頭脳である魔石を元に戻せないだろうか……。
城に近づくに連れ、あちこちに破壊の痕が見られるようになった。
城壁が視界に入ると同時に、大きく崩れている箇所が見えた。ラファエルのビームによるものだろうと思われる痕だ。
「うう……ッ!」
城の正面入り口前に、身体はまだ光っているが倒れているラファエルを発見し、思わず呻き声を上げた。近くには他にも倒れている兵士や魔術師と思われる人たちもいる。
城の入り口へと続く広い道は白い石が使われた石畳で出来ていて、道の途中には道幅をいっぱいに使った魔法陣が描かれていたが、石畳とともに破壊されている。恐らく魔法を封じる為の魔法陣だったのだろう。
「ラファエル!」
駆け寄ると、胸に大穴を空けたラファエルがこちらにゆっくりと首を向けた。
「ゴロー……」
「お、おい……死なないよな!?」
「ククク……。ああ……。彼奴め、吾輩が新たな魔法を生み出すことを期待して、トドメを刺さなかった」
「ヤツは……グリーディはどこだ!?」
「また別空間に消えおった……。ゴローよ、よく聞け。彼奴の魔法は、魔法陣では封印できなかった」
「え……!?」
「城門前に用意されていた魔法陣に誘い込んだが……。いや、敢えて封印の魔法陣に入ったのだろうな……」
すると、空から底ごもった声が降ってきた。
「フフフッ……! その通りだ」
見上げると、空間に切れ目が出来ていて、そこから淡い青色の肌をした黒いドレスの若い女性の姿が現れた。グリーディだ。
「クロキヴァ、貴様の妹のおかげだ。魔法の理の一部……それを知ったことで、私は最大の弱点を克服することが出来たのだ」
浮遊魔法でゆっくりと白い石畳の上に降り立ったグリーディは、その経緯を述べ立てる。
それによると、ヤツはレンヴァント国にいた一部の優秀な魔法使いたちに魔法の理を教え、魔法を封じさせなくする魔法のプログラムを進めさせたのだという。
それを奪う――正確にはヤツの場合は奪うというのはコピーだが――それによって、自分の中でプログラムを組み合わせて完成に近付けていき、更に魔法使いたちには引き続きプログラムを進めて貰う。
それを繰り返していくうちに、魔法が完成したのだという。
「その準備が出来たおかげで、私は闘技大会に出場することにしたのだ。万が一にも私を殺せる者がいなくなったからな……。フフフ……よい娯楽であったぞ」
…………くそ……。じゃあ、どうやって倒せばいいんだよ……。
持ってきた魔道具も、無駄になっちまった。
マスクの中で、ギギギ……と歯噛みする。本当なら今すぐにぶっとばしたい。フランケンたちの仇を取りたい衝動を、ぐっと抑える。
「貴様の妹といい、貴様といい、本当に不思議だな……。こことは異なる世界からやってきたのか? まぁ、私にはどうでもいいことだがな……」
「なら聞くなよ……」
「フフ……、なぜ魔法の理の一部を知ることになったのか、それが気になってな」
「…………」
面倒だったが、どうせ嘘を吐いてもバレるだろうと思い、簡潔に話して聞かせた。
倒れて聞いているラファエルも驚いた表情をしている。
というか、顔を日の光が当たるこちらへ向けているから火傷で赤くなっていくし蒸気が上がっていって痛々しいんだが。
言っても平気だって言うし。ヤケになってるんじゃないだろうな。
近くで倒れている兵士も話を聞いていたが、突拍子もない話に理解が及んでいないようだった。
「この世界を創造した者がいたとはな……。ならば、私はその者に感謝せねばな……! 魔法は実にいいものだ。素晴らしいものだ。奇跡の力だ!」
グリーディは喜色を露わにして、両手を広げて踊るように回りながら魔法の力を謳った。
「フフフ……。創造者はもういないというのもいい……。ならば、この私が世界で最強の存在ではないか……!」
低い地声を高らかにして笑うグリーディ。
俺は膨らみかけた恐怖心に背を向けて、ヤツへ声を掛けた。
「…………それはどうかな」
「何……?」
「俺の力なら、お前を倒せるかも知れないぞ……?」
「フフフ……。ならば、試してみるか?」
「ああ、そうさせて貰う……!」
やるだけやって、ダメなら逃げる!
問題は逃げられなかった場合だが、コイツをこのまま野放しにすれば都市の魔物を倒したところで、コイツが被害が足りないと思えばまた被害を及ぼそうとするだろう。仲間たちも、都市の人々も危険だ。
「でも、ここじゃあ人がいるからな。場所を変えよう。お前だってラファエルを殺したくはないだろ?」
「その必要はないな。少し退かせば済むことではないか」
城には女王もいるのでこの辺りから離れたかったのだが、そうはさせて貰えないらしい。
仕方なく、ラファエルに肩を貸して城の中へと運ぶ。倒れていた兵士や魔術師たちも城の兵士たちが城内へと運んだ。
「屈辱だ……」
力無くラファエルが口にした。悔しさを顔に現す力も残っていないらしい。
「しょうがねぇよ。アイツはデタラメだ」
「ゴローよ、貴様も大概だぞ」
「あー……。まぁそうかもな」
「何か、彼奴を倒す策はあるのか?」
「いくつか案はあるけど、上手く行くかどうか……。あ、ひとつ試してみてもいいか?」
そうして俺は瞬間移動の必殺技『メモリーズフィールド』のパワーアップ版を試してみた。
パワーアップしているから、もしかしたら移動を拒否している相手でも連れて行けるかと思ってラファエルに頼んでやってみたが、結果はダメだった。
もし可能であったなら一旦、空飛ぶマントで宇宙に行ったあと、グリーディを連れて宇宙空間に連れ出すって手もあったのだが。
目に詳細が見える範囲になら瞬間移動できるので(遠くの山などは見えていても無理)逃がさないように出来れば何度か上空を瞬間移動して宇宙へ行くという手もある。
宇宙空間だったらグリーディも死ぬんじゃないだろうか。俺も危険かも知れないが、もし俺の願望が反映されているなら、変身した状態なら大丈夫だと思う。
「ゴロー、いざとなったら逃げるのだぞ。貴様ならば、いつか彼奴めを殺すことが出来るやも知れぬ。よいな?」
「ああ、俺もそのつもりだけど……」
「たとえ吾輩や兵士どもが人質に取られてもだ。気にせず逃げよ」
「いや、それは…………」
「貴様にとって大切なのは、元からアンバレイ家におった者たちだろう。その者たちが人質にされれば貴様のことだ、逃げるのは無理そうだと思っておるが、吾輩や兵士どもはそうではなかろう。気に病む必要などないぞ」
「バカ言うな。ラファエルだって大事に決まってんだろ。それに……兵士や魔術師は覚悟してこの場にいるのかも知れないけど、実際そういう場面になったら…………。見捨てられないかもな……」
「……馬鹿者めが……」
俺が苦笑するとラファエルは深く溜め息を吐き、胸を軽く小突いてきた。
「死ぬなよ……」
「ああ」
先程のやりとりの後では、空虚な返答だったかも知れない。それでも、死ぬ気はないという意志がそう返事をさせたのか……。
そんなことを考えながら、グリーディの待つ正面入口前へと戻ってきた。
「決着をつけようぜ」
「フフフ……。そうなることを私も願っているぞ」
俺は一度、深呼吸してベルトのレバーを下げた。
戦闘開始だ……!
『スティンガーディスペル』
まずはこの、相手の魔法を1回分消し去る必殺技のパワーアップ版だ。
パワーアップによってもしかしたら消せなかったグリーディの再生魔法が消せるようになっているかも知れない。
俺は腕をグリーディに向けて、緑色をしたミサイルのような光線を撃ち放つ。光線が普段より明るくなっているのはパワーアップしている為だろう。
グリーディがそれに対して魔法壁を張る。
再生できるから防御はしないだろうと思っていたので、ちょっと予想外だった。
「何っ!?」
グリーディにも予想外なことが起き、ヤツは驚きを声にした。
魔法壁にぶつかった光弾が消滅せずに、グリーディへと命中したのだ。
魔法壁は光の粒子に変わって消えていった。
「………………ダメだったのか?」
自分に使ったときは全身が発光したが、グリーディにはそれがない。
――対象に効果なし――
うお!? またベルトが自発的に教えてくれたぞ。
パワーアップの内容については聞いても教えてくれなかったけど、そういうのは教えてくれるんだな。
そしてそうか、やっぱりダメだったか。
パワーアップした『スティンガーディスペル』は、魔法を2回分消せるようになったのかな。それか、放った光弾はいくつでも魔法を消せるけど、種族特有の魔法による能力のような消すことの出来ない魔法や障害物に当たったら消えるのか。
「やはり、侮れん存在になっているようだな。先程までとは能力も変わっている。ヴァンパイアは全身が光に包まれていて驚異的な格闘能力を持っていたが、あれに力を与えたのも大方、貴様であろう?」
「ああ、そうだ。闘技場のときと違って、俺のこと警戒してるんだな」
「フフフ……まあな。あのときは安く見ていたが、もし私を脅かす存在がいるとしたら、それは得体の知れぬ力を持った貴様だ。妹は生かす価値があるが、貴様には確実に死んで貰うぞ」
グリーディの底ごもった声での確実に殺すという宣告に、恐怖が湧いてきて闘志と綯い交ぜになった。それは、戦うのを躊躇させる量だ。だがフランケンを殺され、ラファエルや兵士たちの惨状や都市の有り様が怒りを呼び起こし、恐怖を薄れさせていく。
そもそもコイツがいなければ、各地で起きた様々な魔物による被害や、エステルの兄が石化することもなかったんだ。
…………なぁ、ベルトさんよ。何かアイツを倒すいいアイディアはないか?
ダメ元で聞いてみると「説明」という単語を用いなくてもベルトは答えてくれた。
――不明だ――
アイディアは手に入らなかったが。やっぱり知能があるわけじゃなさそうだな。
――肯定するが、人工知能の定義にもよる――
うお、また自発的に。そ、そうですか……。
……ふふ、なんだかおかげで緊張が解けてきたぜ。
「クロキヴァよ、貴様ヒュドラは倒したのか?」
「ああ、皆の協力もあってな」
「よくアレを倒せたものだ。弱点の首に気付いたか」
「いや、知ってた」
「……そうか。創造者と繋がりがあった貴様だ。知っていてもおかしくはないということか。……ならば、これはどうだ?」
グリーディは空間に裂け目を作り、そこから魔法のスクロールを取り出した。
すぐさま俺はベルトのレバーを下げる。
『メモリーズフィールド』
そして、ヤツの後ろに瞬間移動した。
コロシアムでは間に合わずに召喚されてしまった。なので出てきたところに必殺技を当てようとしたが、それもグリーディの魔法の暴風で吹き飛ばされて失敗してしまったので、この状況はシミュレーションしていたのだ。
「させるかよ! ……うっ!?」
――魔法壁!
グリーディがドーム状の魔法壁を展開した為に、魔法のスクロールに手が届かない。
くそっ、警戒されてる今はあのときとは違うってことか……!
広げられたスクロールに描かれた魔法陣が光を放ち、大きく展開していく。魔法壁は邪魔になるのだろう、俺が殴り付けようとした直前に解除された。
「ぅおわッ!?」
魔法陣から巨大な生物が姿を現し、突き飛ばされて地面を転がった。
――デカイ! コイツは……ドラゴンか? いや、俺が戦ったのとは違う……。
「貴様には雑魚を召喚したところで無駄だろうからな。このバハムートは私が召喚できる最強の魔物だ。クロキヴァよ、貴様にこの最強の竜種が倒せるか?」
グリーディは笑い声を発しながら、バハムートの後ろに下がっていく。
くそッ……。俺が戦いたいのはこんな魔物じゃねぇ。お前なんだよ……!




