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(仮)芸能事務所の社長からクビを宣告されたので、大人しく田舎のBarで働くことにします。  作者: 空白さん


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第41話 Bar店員の実力

 それは突如のことだった。


 部屋から退出しようと思い、ドアノブに手をかけたその時。

 自身の首筋に冷たい感覚が走った。


 俺は即座に回避行動を取る。

 一秒後にはドンッ! という音とともに、()()()()()()が空気を突き抜けていた。


「ちょ。俺の逃亡計画……」


 そう言っている途中も、また追撃を仕掛けてくる謎の男。

 二本の腕が代わる代わる伸びて来て、こちらが僅かな隙を作ることを意識した攻撃。


 俺はなるべく距離を取り、丁度片手に持っていた鉄の棒で防御しながらも、何とか正面から対峙する体勢を整える。


 うん。ごめんよ皆。

 これ、逃げるの無理だわ。


 なぜだ……。

 なぜこうも俺の計画が上手く行かないんだ。

 おかしいだろ。絶対に。


 というか、今俺を攻撃してきた人……。


 どこから入って来たのか、全く気配を感じなかったぞ。

 今、一瞬しか分からなかったけど。


 相当手馴れている……黒づくめのスーツ?


 いや、待て。ちょっと待て。

 コイツ。もしかして『ダイヤモンド・プレッツェル』の――?


 だとしたら、何でこんな所に。


 く。視界が悪くて全然見えない。


 とにかく、今この瞬間やれることは。

 警戒レベルを数段引き上げることぐらいだ。


 こういう妙な戦闘は最近やってないからな……。


 腕は多少鈍っているとは思うが、少人数であれば危なげなく勝てるはずだ。多分。


 そう思いながら、目の前の相手に集中しようとすると――。


「く、()()っ! そ、ソイツを殺せッ!」


 先程の、シルエットとして見えた男の人から、聞き覚えのある声がした。


 今まで、気持ち悪いほど嫌がらせをしてきたその男のことを、俺はよく知っている。


 井上秀太。

 国民的俳優として活動しながらも、国内トップレベルの権力を乱用し、父親と共に悪を担っている存在。


 コイツの父親から芸能事務所を強制的にクビにされたことは、今となっても記憶に残っている程だ。


 だが、残念ながら俺はそこまで落胆しているわけではない。

 井上のお陰で、俺は今楽しい人生を歩めているのだから。


 金田君や仲森君。それに兵藤さんという新しい仕事仲間が出来たのも事実。


 それに、俺の師匠――マスターとも出会えたことに感謝しているぐらいだ。


 それに、あの時。

 水瀬彩夏のマネージャーを六年間も務め、疲労も溜まってきたことから、そろそろ辞めたいと思っていた所だった。


 だから、復讐しようだなんて薄汚い真似は考えないようにしていた。


 何事も冷静に。

 何事もポジティブに。


 そうやって、俺は切り替えることが出来るようになったのもアイツのお陰だった。


 だが、しかし。

 この部屋に居るもう一人の女性を認識してから、俺のマインドは少し矛盾しつつある。


「だ、大介先輩ッ。逃げて――ッ!」


 暗闇の中。

 涙を浮かべ、こちらが助けに来ることを願っていた人物――影山蜜柑。


 第一幕の時から、彼女が襲われていることを知り、即座に目的を絞ることを決意した。


 正義のヒーローなんて、カッコいいあだ名は要らなかった。

 自分が救世主になろうだなんて、今も思っちゃいない。


 それに。

 個人的に井上秀太に恨みがあるわけでもない。


 今の俺は。とにかく。

 このBar生活をかき乱そうとする輩を、絶対に許さないというのが一番だった。


 だから、先ほどまでも逃げることばかり考えていたし。

 面倒事にはなるべく関わらないようにしていたことも本気ではあった。


 でも――。

 彼女の心が。彼女の人生が。

 たった()()()()()()()()()によって、今ここで壊されることだけは何となく阻止したかった。


 なぜ、そう思ったのかは自分でもよく分からない。


 ただ、この瞬間。

 逃げることによって、自身が後悔すると感じたからかもしれない。


 別に見返りが欲しいわけじゃない。


 俺は、ただ。

 これからも自由にスローライフを送れればそれで良いだけの話なのだ。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 だから。

 今回の俺の目的は、ただ一つ。


 影山蜜柑を無事に助け、今から起きることを何事も無かったことにすること。


 そして、即座に。

 簡潔にこの件にケリをつけるということだ。


「仕方ないな……全く」


 ため息を零しながら、()()()()()()()


 そして、首を念入りにほぐす作業に入る。

 いつも癖でやっている動作。


 闘う前の準備運動といった所だろうか。


 ちなみに、格闘技は昔から得意な方だ。

 今までの人生の中で、誰かに負けたことは()()()()()()ぐらいだったと思う。


 というよりも、片桐さんから地獄のようにしごかれたのは今となっては苦い思い出ではあるが。


 ただ、そんなことを考える余裕があるわけでもなく。


「――っ!」


 すぐにSPらしき黒スーツを着込んだ男が、先ほどよりも()()()()()()()を仕掛けてきた。


 距離を一気に詰め、俺の首を掴み取ろうとする。

 だが、必要最小限の動きでその男の手を跳ね除け、回避することに成功。


 部屋は広いと言っても、動ける範囲は限られている。

 その範囲内で、どこまで闘えるかはまだ未知の世界だ。


 だが、過去に何度も過酷な訓練を受けてきた自分には関係のない事。


 一発入れて、すぐに終わらせることは容易だ。


「――カハッ!?」


 再度、スーツ男が長い腕を伸ばしてきたその隙を狙って。


 まずは、男の鳩尾に七割ほどの力でパンチを入れる。


 通常なら先手を打って序盤から有利な体制に持って行きたいところではあるが、それは得策じゃない。


 こちらは、あくまでも正当防衛という貞で臨まなければいけない。


 権力を持つ側に対して、権力を持たない人間が先に暴力を振るうとどうなるか。

 そのことは、俺が一番よく知っている。


 幸いなことに、視界が悪いためお互いの顔はあまり見えないが、それでも一応警戒だけはしておいた方が良いだろう。


「舐めるなよ……小僧ッ!!」


 そうして。

 男は二秒ほどの硬直を経てから、また変わらぬ速度で俺に仕掛けようとする。


 少々面倒臭いが、フェイントを入れながらの闘いをした方が良さそうだ。


 背中を向けながら、わざと攻撃しやすいように幅を作る。

 狂気の笑みを浮かべながら俺を殺そうとする男は、ポケットから小さめのナイフを取り出した。


 おそらく、このままであれば心臓付近の中心部に刺そうとするだろう。


 俺が戦闘放棄をしたと思い込んで、涎を垂らしながら距離を縮めてくるその様子は、実に滑稽だった。


 自身の体にナイフが触れようか触れないかというタイミングで、俺は男の足を即座に蹴り払う。


 体勢を崩し、隙を突かれたその男は焦りの表情を浮かべていた。


 僅かに出来た場面を俺は見逃さずに、体に対しねじり込むようにしてボディーブローを叩き込む。


「な――ッ!?」


 会心の威力で命中したため、悶絶するほどの痛みを覚える。


 こちらとの実力の差を感じ取ったそのスーツ男は、呻き声を出しながら目に微量の涙を浮かべていた。


 その後、すかさず力を緩めずに鼻近辺に、肘で攻撃する。


 床に倒れた状態で、顔から血が流れ出ているその男は。

 まだ俺と闘おうと立ち上がろうと試みるのだが――。


 残念ながら、今の俺はそこまで優しくない。


 本当であれば、ここまでダメージを与えれば見逃すことも考えてはいたけれど。


 今回の場合は、完全に意識を刈り取る所まで行わなければいけない。

 そのため、即座にダウンしたスーツ男の首に、左足で強めの一撃を入れることにする。


「――ッガッ!?!?」


 少し損傷はあるが、許してほしい。

 これでも、一応手加減はしているつもりだ。


 息の根が絶え、もう身動きが取れないそのスーツ男を冷めた目で確認する。


 殺害まで行うと事後処理が大変になるため、ここは気を失う程度のレベルに留めておくことが大事だ。


 おそらく、一時間ほど経過すれば、目を覚ますだろう。


 そう考えながら、少し一息をつくと。


「う、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ……」


 気持ち悪い声が部屋中に響き渡る。

 その声が耳に届き、誰が発したものなのかを理解した上で。


 今度は。

 数メートル先にいる()()()を凝視する。


 SPっぽい人が一人張り付いていたことには驚きだったが、どうやらそれ以上の者は居ないらしい。


 その男――井上秀太は、顔を青ざめながらも、こちらを睨みつけていた。


「ど、どうして……。何で、何で、何で……」


 声を震わせながら。

 恐怖を滲ませながら、繰り返し何かを呟いている。


 下半身が露出しており、汚物が如実に表れていたため見るに堪えなかったが……。


 それなりの行為を影山にしていたのだろうと簡単に想像がつく。


 だが、別に驚きはそれほど無い。

 芸能界という世界は、()()()()()()だ。


 女優が出演する機会が急に増えた人も。

 こうして権力の持っている側の人間に奉仕することによって成り立つことはよく知っている。


 あの水瀬彩夏みたいに、努力と才能だけでトップまで上り詰める人物はほんの一握りだけ。


 ほとんどの人間は、どれだけの血と汗……そして涙を流したとしても売れないのがこの業界の闇だ。


 また、親のコネで成り上がる者も多数を占めるため、新人のほとんどは手も足も出ない。


 水瀬の元で六年間マネージャーをやってきた身として、どん底に落ちて行った人達をたくさん見てきた。


 途中で、自分が吐きそうになってトイレに駆け込んだこともある。


 一年目の時なんかは、それはもう衝撃的で。

 自分と昔仲が良かった――駆け出しの俳優が()()したことも記憶に残っているぐらいだった。


 そんな業界に何年も身を置いていた俺は、多分感覚が麻痺していったのだろう。


 ああ。

 これが『普通』なのだと。


 水瀬彩夏ばかり近くで見ているせいで、下の人がそうなることは当たり前の世界なのだと感じてしまった。


 影山蜜柑も同様に、水瀬と似たような実力者であることは間違いないが――。


「な、なんでオマエがココに……」

「おー。久しぶりだな、井上。俺が居なくなってから元気にしてたか?」


 まずは、軽いジャブを打つ。

 彼からしてみれば、その返しは挑発行為と受け止めたかもしれない。


 ギリギリと歯を食い縛り、今にも噛み殺すかのような表情で血走った目をしていた。


 だが、これで良い。


 なぜならば、あくまでもこちらは()()()()()で。

 井上の方から行動を起こしてくることが目的なのだから。


 俺の復讐は、まだこんなもんじゃない。


「ひ、ヒヒ……。調子に乗るなよゴミが。俺と蜜柑が今から愛を確かめ合うって時に邪魔しやがって……」


 そう言いながら、先ほど()()()()()()()()()()を手に取り、ジリジリとこちらとの距離を縮めてくる井上。


 ああ。本当に愚かな奴だ。

 どうやら、俺が黒木とかいう人物を倒したことで、完全に頭の中で計算が狂っているらしい。


 冷静に考えれば、影山を人質に取る方がまだ有利な状況に持って行けたはずだったというのに。


 まさか、ここまで罠に嵌るバカな男だったとは……。


「コロス……。お前だけは絶対にコロス……!」


 そうして、我流の暴力で自身を貶めようとするその姿を最後に確認してから。


 至近距離で、俺はすぐさま空手技で井上の襟を掴む。


 自身が掴まれていることを気にしていないのか、あるいはただの能天気だからだろうか。


 そのまま俺の頭に当てようとしていたその鉄の棒が命中することは無く。


 井上の体が空中に浮かぶ。


 これは一種の投げ技ではあるが、敵を成敗するのには丁度良い威力だと思った。


「――グハッ?!?!」


 そんな声とともに、コンクリートに背中から思いっきり叩きつける。


 床にぶつかった時の衝撃音で大体分かるが……おそらく背骨は数本折れていることだろう。


 投げ終わった後は、呼吸が出来ない間抜けな男の姿しかいない。


 カハッ、カハッ……と。


 自身の首に両手を抱えながら、何とか正常に息を吸おうとする。


 だが、しばらくは拷問の苦痛を味わうことになるだろう。


 先程闘ったSPの時よりもワンランク上の力でねじ伏せたことから、そう簡単に起き上がることは出来ない。


「アァァァァァァァ……ッ!! ガっ。ハァハァ……ゆ、許さねぇ。お前だけは絶対に……。カハッ……。い、いつか、絶対の絶対に地の果てまで追い詰めてやる――ヒッ」


 当初の予定ではこの一発で終わらせる計画だったが……。


 もう一度。

 右腕を振り抜いて、拳で顔に直撃させる。


 あまりこういうことはやりたくないのだが、致し方ない。


 何度も。何度も。何度も。


 制御不能になるまで、俺は井上を叩きつける。

 叩き続ける。


「も、もうヤメ――グハッ!?」


 井上が徐々に俺に対し、懇願する様子に変わっていくが。

 自分の態度は変わらない。


 ただ、上手く呼吸が出来ない状態のままの男に対し、殴ることだけを考える。

 今までの鬱憤と。自身の平凡な生活を守るためにも。


 粛々と、実行する。

 ただそれだけの話。


 それから数十秒の時間が経過した時。

 彼は仰向けになりながら白目を向いていた。


 ちょっとやりすぎたかな……と思うと同時に、まあ大丈夫だろうと楽観視する。


「後は和也の奴が何とかしてくれるだろ……きっと」


 そう言いつつ。

 井上秀太の醜態をしっかりと見届けてから、俺はその場を離れる。


 丁度、今までの流れを全て観察していた影山は、涙目ながらもしっかりと目を見開いた状態で自身のことを見つめていた。


 掠れ声とともに名前を呼ばれたため、すぐに応答する。


 衣装がはだけていることから直視することはなるべく避けるように。


 そして、自身が羽織っていた上着を即座に着せ、心を落ち着かせることに専念する。


 ここの部屋だけ、室温が妙に低いことから風邪を引きやすい。


 そう思い、早速行動を起こそうとしたのだが――。


「色々とあったと思うけど……うん。後は俺の知り合いが全部片付けてくれると思うから。とりあえず、一旦別の部屋に移動して――ぐへッ!?」


 胸に顔を当てながら、彼女の方から強く抱きつかれる。


 背中に両腕を巻き付けるように密着しているため、部分的に柔らかい所が当たっているのは意識しないようにする。


 いきなりのことだったため、少し驚いたが……。

 体が微かに震えていたことから、余程の恐怖を感じていたのだろうと思った。


 互いの言葉は無い。

 ただ、今まで我慢してきた思いが、ここで爆発するかのように号泣するとは想像すらしていなかった。


 バカ、バカ、バカ……と何度も文句も発しながら。

 こちらを真っ赤な目で、今までの事を追及するかのような目を向けながらも。


 中々体を離そうとしてくれない。


 もう二度と、離すもんかという強い気持ちと。

 ここまで耐えてきた我慢が溢れ出てくる意思を感じた。


「後で何でも言うこと聞きますから……今は。今だけは。蜜柑の傍から離れないで」


 そう言いながら泣き続ける彼女の表情を見て。


 俺はとにかく抱きしめることしか出来なかった。

 そうすることしか、今の俺には言葉を掛ける術が無かった。


 もう少し、早く助けに行くべきだったと――そう初めて後悔の念を抱いたことは言うまでもなかった。




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続きが気になる! 更新楽しみにしてます!
 蜜柑という証人?被害者?もいるし、しっかり、警察呼んでおいた方がいいって。  奴らを社会的に抹殺しようよ。
汚い汚物は潰さなかったのかな? 顔を徹底的にやったなら、どうせならそっちも処分すれば良いのに、とか。
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