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(仮)芸能事務所の社長からクビを宣告されたので、大人しく田舎のBarで働くことにします。  作者: 空白さん


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第39話 最後のお願い

 ああ、もうダメなんだと思った。

 本当の恐怖というものを、私は理解していなかった。


 このまま身体の隅々まで犯され、この最低な先輩に全てを奪われるのだと諦めていた。


 目の前で興奮しながら、血走った目で蜜柑を弄ぶその人は、もはや人間なんかじゃなかった。


 最初は常識のある人だと思っていた。


『ダイヤモンド・プレッツェル』の社長の息子。

 実績も申し分なく、国民的俳優としても活動している名の知れた男。


 そんな人物に憧れる人が多いなんてことは当然の摂理。


 女優になる前の私も、そんな感情を抱いていた。


 撮影以外では、常に周りには女の人が居て、モテることは見てるだけで分かってはいたけれど。


 でも、蜜柑はあまりタイプじゃなかった。


 その時から悪い噂も当然聞いていたし、何より相性が悪い。


 だから、一緒にお仕事をする機会があったとしても、最低限の関係にとどめるつもりだった。


 こんな馬鹿なことをしている暇は無いというのに。


 人生の中で、異性と肉体関係を持ったことは一度も無いっていうのに。


 どうして、こんなことになってしまったのだろう。


 蜜柑は。

 こういう()()()()()は、大好きな人とやりたかった。


 自分にとって、唯一無二の存在。

 自分にとって、この人しかしないと思った人物。


 そんな異性の人と結ばれたかったのが希望だった。


 蜜柑のことを一番大切にしてくれて、一番愛してくれる。


 自身の初めてを捧げる条件として、それが絶対だった。


 蜜柑がまだ中学生だった頃。

 心も体も幼かった私は、恋する感情というものが分からなかった。


 今思えば、当時から告白される回数は多かったような気がする。

 クラスメイトから先輩から、他校の男子にまで詰め寄られる時期も少なくなかった。


 だから、恋愛経験が全くなかったわけではない。


 人生において、一人だけ付き合ったことがある人が居る。


 中学時代のサッカー部の先輩で、それはもう学年一イケメンの男だった。


 勉学もトップの順位を毎回叩き出し、運動神経も抜群でこれ以上ないスペックの持ち主。


 そんな人から、放課後に手紙で呼び出されて。

 空き教室で告白されたことは今となっては懐かしい思い出だ。


 最初は面倒臭そうだったから、断ろうと思っていたんだけど――。


 試しに、一回だけ付き合ってあげるのもアリかなと感じ、付き合うことを了承した。


 だが、恋人同士の関係が続いたのは、二ヶ月が限界だった。


 途中から、先輩が私の身体目当てで狙っているのだと気づいてしまったから。

 正直、心が一気に冷めたような気がした。


 ああ。やっぱりかと思った。


 この人は、本物の影山蜜柑なんかを欲しがっているのではない。


 ただ、己の性的欲求を満たすためだけに、その手段として私を利用したいだけなのだと。


 それからだろうか。

 蜜柑が、男の人に対する態度を変えたのは、その事がきっかけだったのかもしれない。


 仮面を被り続け、偽りの自分になることを決意した時には、もう既に『演者』になっていた。


 所詮、男は皆ケダモノ。

 決定づける者として、そう心の中で確信したはずだった。


 しかし。

 蜜柑が芸能の世界に入ってからは――。


『あの人、誰だっけ……。ほら、水瀬彩夏のマネージャーやってる人』

『あー! それ、私もちょっと狙ってるんだよねー。あの時、名刺交換しとけば良かったなー』

『え、嘘。あんたもなの? やめてよぉー。せっかく良い男見つけたって言うのにさぁー』

『ダーメ。今度出会ったら、必ず私が貰うんだから。ふふっ』

『ちょっとー。抜け駆け禁止だよー? 海っち』

『えー? 良いじゃん別に。あんな素敵な人、この世に中々居ないんだもん』

『え……ちょ。待ってよ。うちだって、あの人のこと狙ってたのに――』

『あんたら。つい最近まで男の人は絶対に信用しないって言ってたのに……その変わり様は何があったワケ?』

『斎藤……大介さんですね。わたくしも、先日はお世話になりまして……とても紳士ある対応をして下さったことに、非常に好感が持てました』

『は? え、燐火までそーなの? 意外よりも驚きの方が勝ったんだけど』

『オーイ! 皆、アイス買ってきたよー! ってなになに、さっきから何か盛り上がっているようだけど、誰の話してたの!?』


 ある日。撮影の収録にて。

 楽屋で、七から八人グループのアイドルで会話をしていた内容が、丁度私の耳に入ったことがあった。


 その時は、蜜柑はどこにも所属しておらず、友達もまだ少ない方だったから。

 情報収集はあまり満足には出来なかったけれど。


 スタッフさんからお化粧直しで、部屋の隅っこからそれとなく聞こえたその話題が、蜜柑の興味を少し湧かせた。


 斎藤大介。

 あの彩夏先輩の傍付きとして務めている敏腕マネージャー。


 そんな噂が、何処からともなく広まったことに、無関心でいられるはずが無かった。


 最初は、どうせ他の男と同じように、ただのバカな人だと思っていた。


 女の身体にしか興味の無い――無能の社会人だと確信していた。


 だから、徹底的に穴をついて、蹴落とそうと計画していた。


 もうこれ以上、犠牲者を出さないためにも。

 女の敵を増やすことを阻止するためにも。


 だけど――あの人は。

 あの先輩だけは。


 他とは全く違って。


 なぜか、気が付いたら自分も目で追いかけるようになっていて。


 いつの間にか、彩夏先輩に嫉妬するようになって。


 初めて出会った時なんかは、これっぽっちも心が動かなかったはずなのに。


 どうして。なんで蜜柑は。

 こんなにも……。






「ん? ()()()から何か音がする――?」


 現実に戻る。

 襲われているのだと実感し、意識が無くなりかけていたその時。


 突如。

 蜜柑の上に覆いかぶさっていた井上秀太の発言により、異変が生じたことが分かった。


 扉からではない。

 上から物音が徐々に大きくなる。


 何かが壊れるような音とともに、人の足音が聞こえてきた。


 その後、数秒の無音があったが――。


 また、ガンガンと音が鳴り響くようになる。


 え、ちょ。

 何……何なの。


 まさか、ここに来てまた誰か来るっていうの?


 もう、勘弁してよ……。

 蜜柑の身体は、一つしか無いんだから。


 でも、もし。

 万が一、ここで誰かが私のために、助けに来てくれたのだとしたら。


 その時は、蜜柑はどんな感情を抱くのだろう。


 どうせ、来ないことは分かっている。


 こんなに薄暗くて、関係者しか入れないような部屋に救いに来るような異常者は居ないことは理解している。


 だけど、心のどこかで願っている自分も居た。


 今、一番願っているのは。

 ()()()が助けに来てくれることだけ。


 第一幕の時に、最前列で座ってたあの先輩のことが頭の中で思い浮かぶ。


 この状況を解決してくれる人はたった一人だけしかいない。


 こんな時になって、あの先輩に甘えることがどれだけ傲慢であるかも理解はしている。


 彩夏先輩には申し訳ないという気持ちで一杯ではあるけれど。


 こんな自分がどれほど最低なのかも分かっているつもり。


 だから、最後だけ。

 本当に最後のお願いで、彼にしか分からない()()を蜜柑は送ったのだ。


 可能性としては、十パーセントにも満たない確率だったかもしれないけれど。


 それでも、気づいてくれればと思ったのだ。


 あの彩夏先輩を六年間も守ってきたマネージャーなら。


 絶対にその願いを叶えてくれると思ったから――。


「あ? なんだよ……せっかくの蜜柑と俺の愛の時間を邪魔しやがって……」


 そう言って。

 ふと、秀太先輩が上を見上げたその時。


 ドでかい音と一緒に、()()が落ちてきた。


 いや、正確には。

 誰かが、と言った方が正しいだろう。


 ()()()()()()()()()()は、そのまま綺麗な受け身を取りながら床に着地した。


 周囲には白い煙が出ていて、外観で捉えることしか出来ない。


 ただ、次に発した声で、すぐに誰なのかを理解した。

 理解してしまった。



「うっ。流石に臭すぎだろあそこ……。早くこのまま銭湯行きてぇ……」


 一人の男が、頭を搔きながらそう愚痴を零したことは、誰が見ても明白だったのは言うまでも無かった。



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