第36話 些細な違和感
それは、よくあるディズニー系統のお芝居だった。
ある日、人間だった王子様が魔女の悪戯によって動物にされ、混沌とした日常を送りながらも村に住んでいた若い女性に出会うという物語。
人ではない生き物として、大変な毎日を過ごす王子様。
城に居る者達に話す言葉も通じないことから、何をしても無駄だと悟った彼は、昔に読んだことのある書庫の本を思い出す。
動物から人間に戻してくれる、天才の少女がその村に居るということを。
そんな本を頼りに、王子様は実在しているかを確かめるためにその場所まで赴いたのだが――。
そこは、貧困とした村で、食料や水も行き届かない所だった。
だが、たった一つの望みにかけて、自分の姿を変えてくれる存在が、この村のどこかに居ると願っていたはずなのに。
そう落ち込むとともに、王子様はもう一生人には戻れないと諦めかけていたその時。
偶然にも、王子様は一人の少女と出会った。
飼育にも手間がかかることが理由で、最初は多くの村人が反対していた。
しかし、その村長の娘である『マリナ』という少女は、そんな多数の意見を押し切って自身が受け入れることを宣言する。
動物を育てるということに慣れていなかった彼女は、失敗ばかりの日々を過ごしていた。
相手が必死に訴えている意味を汲み取れず、数か月間、口を聞いてくれなかった時期もあった。
だが、その後。
新しい魔女からマリナにある魔法をかけたことによって、その動物の言語が理解出来るようになったのだ。
それから数週間。
生き物として飼っていたイメージが、完全に人間だったということを彼女が知ってから、お互いの心が通じ合うようになった。
思えば、その時からだっただろうか。
彼が、知らぬ間にその女性に恋をするようになったのは。
貧しい生活を送りながらも、この自分を必死に育ててくれた恩を感じながら、感情に変化が現れる。
そして数年後。魔法の修行もしながら、上級レベルまで扱えるようになってから一気に成長した。
不死の病を抱えていた老人も助け、難病を患っていた子供たちも救った。
しかし、動物を人間に変えるには、膨大な魔力と緻密な技術力が備わっていることが必須条件ということらしい。
マリナはその王子様を人間に戻すべく、過酷な修行を積んでいくのだが――。
これが、中々上手くいかない。
途中で敵対勢力からの横槍が入ったり、邪悪な魔女からの邪魔があったりと。
そんないざこざが起きながらも、治療を成し遂げるために前に突き進むマリナの行方は果たして――。
と、見応えのある所で前半の第一幕が終わる。
全体的な感想として、序盤から引き込まれるキャラクター性と演技力にはとても魅力的なものがあった。
特に脇役であるあの兵士Bモブにはかなり驚かされた。
うん。俺もあんな目立たない役に転生できるなら、今にでもやり遂げたいぐらいだ。
現実世界でもなるべく大人しく生活はしているものの、ここ最近は厄介事ばかり起きているからな……。
く、本当にあのモブ役が羨ましいぜ。畜生。
まあ、そんな自己願望が一先ず置いといて――。
マリナ役として活躍していた演者、『影山蜜柑』のことについて少し話をしよう。
あのビッチの演技は俺が芸能界に在籍していた時からよく知っている。
普段は小悪魔っぷり全開であざとい性格を持ち合わせているため、非常にうざい以外の何物でもないんだけれども。
役者として演じる時だけは、プロとしての意識が周りとは段違いだった。
常に冷静沈着で、ミスを一つも起こすことなく淡々とこなしていくその姿を俺は何度も見てきた。
だからこそ。
今日だって、どうせ完璧な仮面を演じて舞台を盛り上げるのだろうと、そう確信していたはずなんだが――。
「なあ、和也」
「何かな? 大介君」
「お前も、もう気づいてんだろ」
「うん。まあ、微細な部分にしか気づけないし、最前列に居る僕たちだけしか分からないことだろうね」
第一幕と第二幕の間の休憩時間。
先程、前半戦が終了したばかりではあるが、どうやら些細な違和感に和也も勘付いていたらしい。
序盤まではいつも通りだった。
彼女は、普段と同じく。淡々と『マリナ』として完全に演じきっていた。
それは、誰が見ても疑いようのない実力で。
あの国民的女優――水瀬彩夏と張り合うぐらいの注目度を浴びていたことも事実だった。
だが……。
始まってから30分程経過した時からだろうか。
影山の様子に、少し変化が見られたのは。
今まで何年も見てきたプロにしか気づけないその癖は、おそらく大半の人は見抜けない。
幸いにも、俺が最前列に居たためか、影山の方から何度も合図をこちらに送っていたことでそれが確信した。
表情には絶対に出さないタイプなので、二時間近く我慢を続けていたのだろう。
おそらく、根本にある原因は俳優で有名な――。
「え? わ、私には全然よく分からなかったんですけど……何かあるんですか!?」
「あー。川島さんは何も知らなくて良いよ。多分、ちょっとグロいと思うから」
「そうだね。これは、僕たちにしか見ちゃいけないだろうし」
隣でオロオロしている川島さんを横目で見ながらも、目の前に居る和也と意思疎通する。
相変わらず生意気な奴だが、しっかりしている所だけは昔と変わらないのだと感じる。
けれど、問題はこの後にどう解消出来るかがポイントだ。
残念ながら、今の俺はただの一般人。
芸能界に居たほどの力は全く持っていないのが現状。
だからと言って、目の前で起きている事態から逃げることは、なんとなく避けたかった。
「すまん。俺、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「うん、分かったよ。道は大丈夫かい?」
「うるせえよイノシシ。その代わり、後処理はちゃんと頼んだぞ?」
「はははっ。大介君のそういう無茶無謀な所、本当にあの頃から変わらないね」
「バーカ。これが終わったら俺はもう即帰るからな。後は本当に知らんし」
第三者が聞けば、意味不明な会話にしか聞こえないはずだ。
だが、これで良い。
ここで大事を起こしたところで、巨大な権力でまたもみ消されるのだから。
だから、俺は問題の解決ではなく、解消と先ほどから言っているのはそういう理由もある。
これは、先延ばしにしかならないことだが、致し方ない。
俺の目的は、この飾りのないショーを今すぐ終わらせるだけ。
ただ、それだけの話だ。




