第12話 最大の逆鱗
ふう……順調だな。
これだけ客を捌くと体力的にも限界がくるものがあるが、上手く接客できたし上々といったところだ。
それよりも今日……最初にまた掃除させられるのかと思ったけどそれは流石に無かったな。
昨日みたいなことが毎回続いたら皆倒れるし。うん。
あの兵藤さんもそこまで鬼ではないってことか。
ま、まあ。なんか金田君から聞いた所によると二週目からやばくなりそうだが……い、いやいや、今は目の前の仕事に集中だ集中。
ちょっとでも気を抜くとさっきみたいにまた注意されるからな……。
く、あのアラサー女。やはり一瞬の隙も無くて怖すぎる……。
「あ、仲森君。氷のストックはどう?」
「うっす。まだ全然あるんで大丈夫っす。仕入れ業者からも十分予算入ってるんで」
「そっか。それならまだ安心して使えるな」
裏方で残りの素材残量チェックをしている仲森君も、何かと忙しい時間を過ごしている。
この人は表向き、俺や金田君のような接客向きではないから、こうして裏で仕事をしていることの方が多い。
まあ、こういうことをやるのも超重要な役割なんだけど、意外と目立たない人ってかっこいいことしてるよな。
どんなに地味な作業でもそつなくこなすタイプだから、おそらくマスターもその辺を見て採用にしたんだろうけど。
でも、一つ気になる点があるとすれば……今日の仲森君の髪型。
いや、ここで髪型というのは少し失礼な言い方になるかもしれないが……。
「え、えーと。仲森君や」
「うっす。急になんすか斎藤パイセン」
「さっきから気になってたから聞こうと思ってたんだけど……その頭、一体何があったんだ?」
「ああ、これっすか……。いや、なんか先日あのパワハラ女が来たじゃないですか。だからっすよ」
「い、いやいや、だからって明らかにその光ってる頭はいくら何でもおかしいだろ!?」
そう。先日までの彼のヘアスタイルは金髪の天パだったのだが、今となってはなぜかそれが無い状態……いわば『つるつるりん』なワケなのである。
今日、開店三十分前に現れた時はこっちもびっくりしたのだが……当の金田君は何か察した表情をしてたし。
理由を聞いても「拙者も、いつかああいう日が来るでござるのだな……」とかなんとか、超意味わからんこと言ってそこからずっと仏像になってたし。
ふ、二人とも。君たちは一体、兵藤さんとどんな闇深い過去を……。
な、なんだかここまで悲惨な有様を見せつけられると、流石にこっちも心が持たなくなってくるぞ……って、あ。
ちょ、ちょっと待ってくれ……。そういえば今、仲森君。
兵藤さんのことをパワハラ女って言ったか……?
ま、まさか労働基準法違反とか?
い、いや。でも流石にあのマスターが俺たちの面倒を見るために頼むほどの人材なんだから、そんなことは多分無いよな。
昨日だって定時でちゃんと帰らせてくれたし……。
って、え?
ちょ、ちょっと待ってくれ。
い、いつの間に後ろに……?
い、今まで全然視界の中に入ってこなかったのに……ま、まさか。
な、仲森君、頼むからこれ以上は――
「まあ、なんすか。これは心機一転というか、また新たに地獄に突き進むための前準備みたいなもんすよ」
「そ、それ。金田君も似たようなことを言っていたような気が……じゃなくて、な、仲森君。う、後ろ――」
「斎藤パイセンにもいずれ分かる時が来るっすよ! あの独身女がいかに恐怖染みた性格をしているのかってことを。ま、そんなんだから、あの人に男が寄り付かないのも分かるっすよねえ……なーんか可哀そうで哀れっていうか、もうほんと、ご愁傷様って感じっすよ! それに――」
あ、ああ……。
こ、これはもうダメだ。ば、バッドエンドだ。
も、もう俺……後ろで腕組みしながらニッコリ笑ってる人のせいで、話の内容が全然頭に入ってこねえ。
な、仲森君……そ、その辺でどうにか話をストップして――
「随分と楽しそうに私のことを語っているなあ……? 仲森?」
そうして、先ほどまで陽気に語っていた仲森君がギギギ……とがい骨か死神のように真っ青な顔をして後ろの方を振り向く。
そこには、満面の笑みを浮かべながら彼を見ているが、目が全然笑っていないという……何ともまあ最大の逆鱗に触れてしまった感じだ。
うん。これ、完全に終わったかもしれん。
「斎藤。私の代わりにカウンターの方に行ってくれ。交代だ」
「は、はいっ! か、かしこまりましたっ!」
「え、じゃ、じゃあオレもそっちに――」
「おい仲森? 貴様はこの後、私とじっくりお話の時間だぞ? まさか……ここまで来て逃げる訳じゃないだろうな? ん?」
「――ヒッ、ヒィィィィッ!! い、イエスッマムッッッ!!」
ど、どうやら俺は対象の範囲外だったらしいが……。
な、仲森君……なんかすまん。
次会う時はちゃんと元気な姿で居てくれよ……。




