PLAYOUT REALPARTⅡ CHIPS(情報)
――で? 君が労働過労で死んでしまったっていう久郷改くん?
「はい」
僕は笑顔で明るく、まるで面接をするかのようにそう答えた。
誰に? そんなの僕にだってわからない。
だって、今僕の目に前には光る球体のような、神々しいそれしかなかった。
僕は久郷改。
――ねぇ、ちょっと。
僕はとある極悪上司のパワハラによって過労死してしまい、現在、僕はきっと天国に行く前のところにいると思う。
――ねぇ、君なんか話を勝手に進めていない?
僕は死んでしまった。ということはこれは、よくある異世界転生の流れだ。これ。
――いや、僕神様じゃないんだけど? ねぇ聞いてる?
僕が願う異世界転生は、そうだな、やっぱりチート能力は欲しい! モテるようなチート能力!
――絶対に言ってはいけない発言な気がする……。というか聞いてるっ?
あ! でも世界を滅ぼすような力は欲しくないなぁ。だってそんなことをしたらモテなくなると思うし……。
――聞いてないよね? 聞いてないから話を勝手に進めているよね? ちょっと聞いてるっ!?
そしてゆくゆくは世界を救って、そして……。
――聞こおおおいっっ! ちゃんと人の話を聞こうよっっっ!
「はい?」
僕は目の前で光っているそれを見て聞く。光は僕を見ているのかフヨフヨ浮きながらこう言った。
――というか、なんで君は死んだことを前提に話しているの? 君死んでないじゃん。生きてるじゃん。バリバリ生きているじゃないか。
「ん?」
――いや間を置くなっ!
光は僕に向かって突っ込む。そして僕を見ているのか、僕の近くを飛びながら声を荒げてこう言った。
――君仕事のし過ぎで幻覚を見てるんだよっ!? 依頼を受けて四日経っているけど、大丈夫っ!? 僕心配になってきた! マジで心配になってきたっ!
「そんなことはありません。さぁ、僕を早く転せ」
――いいからはよ起きれっっっ!
まるで漫才芸のような突っ込みに乗せるように――光の怒声がまるで目覚まし時計のように……、って、あれ? このアラーム音、僕の携帯の……目覚まし……?
● ●
「…………っは!」
僕は覚醒した。
目覚めの悪い夢を見た気がする……。
なんだか転生とかなんとか……。思い出せないな……。
そう思いながらしょぼしょぼする目を擦りながら前を見る。最初に見たのは……、ごちゃごちゃの机。
書類とか缶コーヒー(微糖)の山。あとは電源つけっぱのパソコンに、書類についた涎……。
「っ」
僕は頭を掻きながら小さく舌打ちをする。そしてパソコンの画面を見ると、色んな文字が書かれている画面だった。
アラームを止めてパソコンとにらめっこをする。
あれから……事務所の所長である蛇崩さんと一緒に、RCのことについて調べていた。
最初はどうやってRCのことを知るのか。
その点に関しては僕のハッキングを使おうとしたのだけど……、まぁその対策としてちゃんとウォールがかかっていた。
ウォールとは、ハッキングを防止するデータの壁。しかもレベルがあってRCに会ったウォールは……最高レベルの十だった。僕のレベルでは到底ハッキングできないそれだった。
なのでハッキング作戦失敗。
次の日にやったのは、プレイヤー扮装作戦。
要はプレイヤーとなって、内部からRCを探る作戦。プレイヤーとも出会えて一石二鳥と考えていた。早速登録を開始して、自分のアバターを決めようとした時だった……。
それをしたのは蛇崩さん。
蛇崩さんはきっと可愛いアバターになって入ろうとしたのだけど……。
顔写真はできた。そして次に行ったのは……。百の質問……。
それを最初から、一門一門答えていき……、否、大体四十六問くらいのところで……。
蛇崩さんは僕のパソコンを掴んで、持ち上げたと思ったら……、それを……。
『どっせーっいっっ!』
――ガッシャーンッッ!
『あああああああああぁぁぁぁーっっっ! 僕のパソコォオオオオオンッッ!』
…………結局……。新しいパソコンを買うのに一日使って……、そして現在に至っている。というか、振り出しに戻った……。いや、僕に大きな傷を残してこの日は終わってしまった……っ!
くそっ!
「っち」
舌打ちをしながら蛇崩さんの机を見ると……、蛇崩さんは机に突っ伏したまま寝ていた。規則正しい寝息を立てて……。
なんだろう、あれを見ていると……。カワイイを通り越して……。
むかつく。と思ってしまう。
なにせ、僕のパソコンをあんなふうにして、僕が徹夜でハッキングをしている時、蛇崩さんはぐっすりと寝ていたのだから……むかつきを通り越して、ぶん殴りたいと思ったのは僕だけだろう……。
そう思った僕は、半分残っている缶コーヒーを手に取って、それを蛇崩さんに向けて投げようとした……。
――ここで、苛立ちを発散っ!
そう思って、某野球選手のように投げようとした時だった。
――がちゃ。
突然ドアが開く音。それを聞いて僕はドアを見る。
ブザーを鳴らさない。それはお客でないという意味でもある。
ドアの向こうを見た時、僕はぎょっとして、即座に缶コーヒーをどんっと机に置いた。
ドアを開けたのは……。
「もぉ! 改くぅんっ! 所長ちゃん起きてるの? というか、徹夜続きだったんでしょ! クマで来ているわっ!」
ぷんぷん怒って、手にバスケットを持ってきた丸坊主オネエ……。
元老院さんが、僕達の事務所に入ってきた……。
元老院さんは応接の机にバスケットを置いて、「まったくぅ」と言いながら、蛇崩さんが寝ている机に近付いて……、蛇崩さんの肩を掴んでゆさゆさ揺らしながらこう言って起こそうとする。
「ほら、みっちー。起きなさいって。ほらみっちー!」
……みっちー。
蛇崩さんの名前は実地莉であるが故、みっちーらしい……。
元老院さんは彼女の肩を揺すりながら起こそうとするけど、蛇崩さんは「うぅーん」と、唸るだけ。というか最後に「まってぇ……、団子食べてからぁ……」と、なんか寝言が聞こえた気がする……。
よし、あとで本当に缶コーヒーシャワーを味あわせてやる。
そう思って残っている缶コーヒーを手に取った時、元老院さんはふぅっと溜息を吐いて、「仕方ないか」と、まったくと言った感じで言ってから、そっと蛇崩さんの耳元にその赤い口紅がついた唇を寄せて……。
「!」
僕ははっとして明後日の方向を向いた。
ま、まさか……っ!
その唇で彼女の頬にキスを……っ!?
いや、僕からしてみれば「どうぞどうぞ。オカマとのキスを楽しんで」なのだけど……。なんだかキスとなると照れくさくなる。
僕が女性と付き合ったことがない歴生きた歳ゆえのそれなのかもしれない……。
耐性的な……うん。
そう思って、なぜか顔を赤くして目をつぶっていると……。
「――いい加減に起きろやくそ餓鬼。鼻の穴に指突っ込むぞ」
「――っ!!!」
今まで聞いたことがないような、元老院さんのどすの利いた声が聞こえた……。
僕はそれを聞いてぶるっと殺気を背中で感じて青ざめていると、後ろからがタンッと大きな音が聞こえた。
僕はその音がした後ろを見ると……。
「はよございまーす……」
蛇崩さんが尻餅をついて元老院さんを見上げながら、青ざめておはようと言った。それを聞いた元老院さんは、ニコッと微笑みながら、うふっと言って……。
「おはようみっちーっ! 今日はおにぎり作ったから! 毎日調べもので疲れているでしょ? 少しは休息も必要よ。ほら、朝ご飯食べなさい。と言っても、おにぎりと簡単なあさりの味噌汁。あとは漬物だけなんだけど……いいかしら?」
「うん」
こくんっと、まるでロボットのように頷いた蛇崩さん。
それを見て、次に僕を見て元老院さんは聞く。
「改くんはたしか……、おかかが好きだったのよね? 作ったから食べなさい」
ほらっと言いながら、バスケットの中から大きめの水筒とおにぎりを出す元老院さん。
僕はそれを見て、心の底から……。
――この人に逆らうことと、この人に反論することは絶対にしないようにしよう。
そう硬く心に誓った。
あれは不良でも一目散に逃げると思う。というか絶対に。
それを見ていた元老院さんは、頭に疑問符を浮かべながらにこっと微笑んで僕を見ていた。
● ●
それから僕らは、応接の机のソファに座り、今現在十時だかが、遅い朝食をとった。
元老院さんが作った味噌汁も、おにぎりも、漬物でさえもおいしくて、どんどん口に保織り込み来位のおいしさだった。この五日間は栄養ゼリーしか食していないから、きっと他の食材を欲していたのかもしれない。
そう思ってもぐもぐと食べている僕等を見て、頬杖を突きながら微笑ましく元老院さんは……。
「ほんと、あの人の頼みとなると、みっちーは一生懸命になるわね」
懐かしみながら言った。
それを聞いた僕は、もぐもぐとおにぎりを頬張りながら聞く。
「それって、もぐもぐ。どういう……もごもご」
それを見た元老院さんはむすっとしながら僕を見て「食べ終わってからにしなさい。お行儀悪い」と注意して、未だに食べまくっている蛇崩さんを見て言う。当の本人はもぐもぐと、一心不乱に食べている。
それを見た僕は、女っけねぇなぁと思いながら見ていた。
「みっちーね。霧崎さんのこと、『旦那』って呼んでいるのはね……。恩義があってああ呼んでいるの」
「恩義……?」
一体何を言っているんだろう。と僕は思った。
だって、圧倒的最底辺のクズインでヒドインの蛇崩さんが……、恩義を抱いているだなんて……っ。
信じられない……っ!
「改くん。今すごく失礼なこと思っていたでしょ?」
「え?」
顔に出ていた。むすっとした顔をして自分の顔を指さす元老院さん。
そして続ける。
「みっちー。言ってもいいかしら? この子だって、これからひどいことに巻き込まれるんだもの。少しはあなたの口から話してもらいたいんだけど……」
その言葉に、蛇崩さんはぴたっと動きを止めて、元老院さんと僕を見て、真剣な目で、口元にご飯粒を着けながら言った。
「いいけど……。その代り、ここに来たんなら情報くれ」
その言葉に、元老院さんはくすくす笑いながら……。
「はいはい」
と、困ったように笑いながら言った。僕はそんな二人を見て、蛇崩さんを見て……。
ご飯粒ついているからシリアス半減ですよ。
なんて、この場では言えなかった……。
元老院さんは僕に言った。
「改くん。彼女……みっちーなんだけど……。見た感じこんな風に大雑把でしょ?」
「もう大雑把なのはアルバイト初めて一日目で認識して、治らないとわかってしまいました」
「そうね……。でもあの人の頼みなら、どんなことをしてでも解決する意思を持っているの。いうなれば……、使命なのかしら」
「使命……? 大袈裟な」
僕がそう言っておにぎりをほおばると……、元老院さんは首を横に振ってこう言った。
「みっちー、改くんがよく使うパソコンとかのデータ関係の仕事、しないでしょう?」
「使えない人なんて、今の時代あまりいませんけど……、蛇崩さんは機械音痴とかそう言った類のものなんでしょ?」
「それも違うの。蛇崩実地莉ちゃんは……。みっちーは……」
一回息を吸った元老院さん。自分の気持ちを落ち着かせるようにして、こう言った。
「RCに吸収されたとある企業の娘でね……。その時助けてくれたのが……、警察庁長官なのよ」
「……吸収? 企業? どういうことですか?」
「それは」
と言った瞬間だった。
ダンッとテーブルを叩く音が聞こえ、僕らはびくっと肩を震わせた。
その音を出したのは……、蛇崩さん。
蛇崩さんはじろっと、僕が今まで見たことがないような目で僕らを見て……、そして言った。
「……情報……」
その音色に、焦りを含んでいるような低い声。
それを聞いて、元老院さんは僕に申し訳なさそうに微笑んで……、蛇崩さんを見て言った。
「そうねぇ……情報という情報は……」
僕は改めておにぎりを頬張りながら……、思った。
蛇崩さんのこと、全然知らない。
僕を雇った理由も、ただ『機械のことを知っている』と言うだけで雇った。僕はそれをただの機械音痴だから持っただけのことだと思っていた。
でも、僕はハッキングできる。
つまりは今の時代において、隠密で犯罪ができる存在と言う僕を雇うことは、デメリットでしかない。
でも、蛇崩さんは僕を雇った。アルバイトとしてだけど……。
それは、一体どんな理由で、どんな目的で雇ったのか……。
僕には、わからない……。
だから、知りたいと思った。
蛇崩さんの、事を……、その過去を、ただの興味本位で知りたいと、思った……。
「そうね……、強いて言うなら、私の友達から聞いた話だけど、その時RCはとある情報を更新したのよ」
「なに? その情報って……」
蛇崩さんはずずっと味噌汁を飲むと、元老院さんは言う。
「大型アップデートっていうやつなの」
と言いながら、すいすいっとスマホを操作して、その画面を僕達に見せてくれた。
その画面は、トークアプリ『RAIL』というもので、吹き出しみたいな会話ができて、スタンプも押せるというアプリ。ほとんどの人が使っていると言っても過言ではないそれだった。
その画面を見ると……、画面はとある人との会話が記録されていた。
『ねぇカネちゃんっ! 聞いた聞いた?』
『何よむっちー。こっちは今仕込中なのっ!』
『今RCでMCO大型アップデートの情報が更新されたのよっ!』
『大型アップデート? すごいわねー。私はやっていないけど、むっちーがそう言うってことはすごいことなのね?』
『そうなのよっ! しかもアップデートの時にMCOにいたら一万Lもらえるって!』
『えぇ? それほんとぉ? なんかうさんくさぁいっ!』
『でもRCってそんな不祥事あまりないでしょ!? きっとこれ本物よっ! もぉ! 高鳴って男が出そうだわっ!』
『こらこら、それオカマにとって禁忌よ(ハート)』
『わかっているわよっ! それじゃ、アップデートの詳細がわかったら連絡するわね! ばぁーいよ!』
というところで、ムッチーと言う人の会話が途切れていた。
僕はそれを見て、元老院さんに聞く。
「……なんですかこれ?」
「友達とのRAILよ?」
さも平然と言ってのける元老院さん。僕はその画面を見て……、ただのオカマの会話じゃねえか。なんて思いながらその画面を見ていると……。
「…………おかしい」
「は?」
「?」
蛇崩さんがその元老院さんのスマホを手にとって、それを凝視する。蛇崩さんは血走った目でそれを見て、そして元老院さんに聞いた。
「もしかして、このむっちーって人、この後すぐにMCOやった?」
「え? ええ、多分、あの子スゴイゲーマーだから、きっと」
「何で止めなかったのっ!?」
蛇崩さんは声を荒げて元老院さんに向かって怒鳴った。
それを聞いた僕たちは、蛇崩さんの言葉に驚きながら、蛇崩さんに恐る恐る聞いた。
「な、なんでそんなに怒っているんですか? たかがアップデート」
「あのね……、人が入っていないゲームのアップデートなら、それはそれでいいさ。でも、人が入っているアップデートは……、すごいリスクを伴う」
「「?」」
そんなことを言われても、僕らは理解できない顔をして、蛇崩さんを見る。蛇崩さんはそれを見て、ふぅっと溜息を吐いてから、僕等を見て言った。
「いいか? アップデートっていうのは、いうなれば買ったものを置くようなものなんだよ」
「買ったものを置く?」
「そう。従来のゲームだと、アップデートは簡易的なものを。それよりも豪華なものにしたそれをダウンロードコンテンツって言うんだ。とあるパスワードを記入したり、サインインしたら豪華な標品が手に入るっていうのがあるだろう?」
「あぁ。僕それお父さんから聞いたことがあります……。ダウンロードコンテンツがほしかったけど、手続きとかがめんどくさくてできなかったって……」
よく父が言っていた話を思い出しながら言うと、蛇崩さんは続ける。
「でも今の時代は、アップデートはいうなればゲーム内のリフォームとなっている」
「リフォーム? 意外と大袈裟に言うのね」
そう言う元老院さん。
しかし――
「いいや、アップデートっていうのは、ゲーム機なら簡単だけど、今のVRMMOになると訳が違うんだ」
蛇崩さんははっきりとした音色で言った。
というか……、結構コンピューターのこと知ってるよね?
そう思ってはいたけど、あまり言葉にしないで、蛇崩さんの話を聞いた。
「VRMMOは、人がそのゲームの世界に入って遊ぶ。ゲームウィンドウ越しにするようなことじゃない。完全なるゲームの世界に入って行うことだ」
「そうね。だから最近ではVRの幅が広がっているし、よく小説で読むVRの世界が現実化したって、ニュースでもかなり取り上げられていたもの……」
そう。そのニュースは僕だって知っている。
とある一説だと、MCOがそのVRの基盤となっていて、それをもとにVRの種類が増えたって聞いたことがある。でも、蛇崩さんは何が言いたいんだろう?
どこも異常なんてないはず……。
「その中でも、危険視することがあるんだ」
「なんですか? それって」僕は聞いた。すると蛇崩さんは、一旦間を置いてこう言った。
「――アップデート中のプレイ」
その言葉に、僕等は首を傾げた。
「何言っているの? なんでアップデート集のプレイが危険なの? 意味が分からないわ」
そう元老院さんはむすっとしながら言うと、それを聞いていた蛇崩さんは、飲みかけの味噌汁をそっと置いた。
それを見ている僕らに、蛇崩さんはその味噌汁を指さして――
「いいか? この味噌汁が、ゲーム世界だ」
「すごい喩で来たわね……」
そう元老院さんは言う。蛇崩さんははおにぎりを手にとって、そのご飯粒を一つだけ指に取り、元老院さんに「ごめん」と一言謝った後、元老院さんの疑問の表情を無視して、そのご飯粒を、ぽとんっとそれに入れた。
「あ! ちょっとぉっ!」
元老院さんはぷりぷり怒りながら蛇崩さんに言うと、蛇崩さんはそれを無視して、ご飯粒を指さしてこう言った。
「このご飯粒が私もといプレイヤーだ」
「そのためにご飯粒を? もっといい喩なかったんですか?」
そう僕が突っ込んでも、蛇崩さんは止まらなかった。
蛇崩さんはその味噌汁を指さして……、さらに説明を続ける。
「この味噌汁と言うゲームで遊んでいるのが、このご飯粒の私だ。それも、これはVRMMOで、今まさにプレイ中だ」
「その味噌汁のせいであまりよくわからないんだけど……」
少し怒りの声を剥き出しにして言う元老院さん。すると蛇崩さんはソファから立ち上がって、いそいそと給湯室に向かった。そしてじょぼぼっと言う音が聞こえて、すぐに戻ってきた時、彼女が手にしていたのは……、コップ一杯にたまった水。
それをテーブルに置いて、そして座ってから、再度説明をする。
「んで、今回の大型アップデートは、まさにMCOのリフォームと推理するとして、それは増築ともいえる」
と言いながら、蛇崩さんはすっと、コップを手にとって……。
――まさかっっ!
僕は即座に前のめりになってそのコップを掴もうとしたけど、蛇崩さんはそれをひらりと躱して、そのまま説明をしながら……っ!
「増築。つまりはシステムの多くなる。そのシステムを水にして……こうして」
「やめてええええええええええええええええええっっっ!」
僕は叫んだけど、元老院さんも驚いて口を塞いでいても、蛇崩さんは、そのおいしいお味噌汁に……っ!
どぼんっと水を入れた。
「「ああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」」
僕と元老院さんは、それを見て愕然とした。
蛇崩さんはことりと水が入っていた空のコップを置いて、僕達に言った。
「これがアップデート後」
「なにしてんだクズイイイイイイイイイイイイイイイイイイイインッッ!」
僕は叫んで突っ込んだ。それを聞いた蛇崩さんは「はぁっ?」と言って、そして僕を見下すようにしてこう言った。
「何言ってんの? 私は説明しているだけで」
「今の説明でなんで人が作った食事に手を付ける、あまつさえあんな小汚い水を入れるバカがどこにいるんですかっ! こんのゲロインッ! 外道! 悪魔! お味噌汁返せっ!」
「……お前……、味噌汁に対して情とかあるの……?」
そんな汚いものを見るような目、やめてもらいたいけど……。僕はそれでも蛇崩さんに抗議した。
あんなにおいしい味噌汁が……、あぁ……。小汚い水のせいで台無しだ……っ!
そう思って、申し訳なく味噌汁を守れなかった僕は、元老院さんを見ると、元老院さんは、その小汚い水が入った味噌汁を凝視して、そして、蛇崩さんに聞いた。
「ねぇ、ご飯粒……、無くなっちゃったけど……?」
「へ?」と、僕はそれを聞いて、すぐに味噌汁の中を見ると、水のせいで薄くなってしまった味噌汁だけど、さっきまで浮いていたご飯粒が……、無くなっていた……。
原理上。
それは下に沈んだという簡単なものなんだけど……、それを聞いて、蛇崩さんは僕たちを見て言った。
「そう。無くなった。つまりはそのシステムに巻き込まれたってことになる」
「「??」」
いったい何を言っているんだろうか。さっきまでの味噌汁の怒りが無くなってしまった僕だけど、僕達は蛇崩さんの話を真剣に聞くことにした。
蛇崩さんは言う。
「つまり、VRMMOのアップデートは、システムの導入やサーバーメンテナンスもやる大掛かりな作業でもあるんだ。本来ならその場合いったんサービスを停止して行うのが普通なんだよ」
「え? でもむっちーは……」
「そう、その人はそんなこと言っていない。むしろ、おかしいのはRCなんだ」
「あ」
そうか。僕はようやく理解した。
通常なら、アップデートの時のVRMMOは、そのシステムの導入やメンテナンスも兼ねて行うから、その時に人がいたらシステムに異常が発生する。そうなってしまっては被害が大きくなって会社問題に発展だ。だからそう言ったアップデートの時だけは、メンテナンスのためにサービスを一旦停止にする。
それが普通なんだ。
なのに……。
「RCは……、それをしなかった」
「むしろ、人を多く集めようとしていたわね……?」
そう言って、二人で顔を見合わせる。互いに顔は顔面蒼白だ。
今聞いた蛇崩さんの情報と、そして今までの情報を照合すると……。
RCは……。もしかして……。
「――MCOをプレイしている人達を、ゲーム内に監禁した……?」
蛇崩さんは、最悪のケースを口にしてしまった……。
僕はそれを聞いて、驚きで言葉を失った。
RCの闇を暴けと言う依頼だったのに、事態は斜め上に脱線だったけど……、まさか蛇崩さんの言うとおり、集団の事件に、まさかRCが深く絡んでいたなんて……。
あまりの情報に、頭がパンクしそうだ……っ。
そう思っていると、蛇崩さんはさらにこう言う。
「そうなると、RCは何でこんなことをしたのか、ますます気になる……」
腕を組んで考える蛇崩さん。
「というか、これ僕達でまかなえるものなんですか? これって警察沙汰」
「その警察も動かせねーって言っていただろ? バックにいるって」
「あ」
そうだ。警察庁長官が言っていたんだ……。
警察は、あてにはできない。
完全に、僕達二人で何とかしなければいけないんだ……。
そう思って項垂れている僕をしり目に、元老院さんは「あ」と言って、蛇崩さんに言った。
「そう言えば……、この前RCに勤めていたっていう人が、うちの店に来たわ」
その言葉に、蛇崩さんは元老院さんに向かって慌てながら大声で「住所聞いたっ!?」と聞くと、元老院さんは首を横に振って――
「それ聞いたら人権侵害。しないけど、名前なら聞いたわ。確か……『堀瓜甚太』って言っていたわ」
その言葉を聞いて蛇崩さんはにやっと顔を歪ませてから僕を見て、邪悪な女帝のように彼女は言った。
「なら……、探偵の初歩。足で稼いで、情報を掴みますか……、居場所を割り当てて」
「え?」
僕を見たってことは、そう言うこと。
そう、僕にその名前を割り当てろと言っているのだ。
ハッキングをして。
僕はそんな不条理なことを強いられているプレイヤーのことなんて知らない。ゆえにこれは報酬目当ての仕事だ。
でも、僕は段々知ってしまう。
蛇崩さんの過去。
RCの闇。
そして……當間理事長の本当の目的。
更には僕らでも知らない組織のことについて。
情報まみれの長い捜査が始まったのだった……。
でもこれだけは言いたい…………。
小汚ねぇ水を使うなっ!!!




