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PLAY27 世界(アズール)の動き④

 アルテットミア――未調査地帯。


 未調査地帯とは……、その国にある秘境・絶景・未知の土地・ダンジョン・災害地などの調査の事であり、普通の調査団がいけないところを指す。


 よくある『絶対に入ってはいけない場所』である。可愛く言うとだが……、常人の調査団が言ってしまえばあっという間に魔物の餌食になってしまうので、未調査地帯に入る人物は、調査団と用心棒として雇われた冒険者しか入れず、その解明も砂を一掴みしただけの情報量しかないのも事実。


 だが、その事実も少しずつだが覆され――最近ではその情報量も多くなっている。


 理由は明白。


 異国の冒険者の手によって、未調査地帯がどんどん調査されているのだ。


 確かに、『終焉の瘴気』が蔓延ってからはこのアズールは危険な状態ではあるが、この地に出稼ぎに来ている冒険者がいれば、目の前の危険は回避できる。そして未調査地帯を解明することもでき、そして国がどんどん平和になる。


 冒険者からすれば経験値も溜まり、懐も潤う。


 まさにウィンウィンの条件。


 そして……、未調査地帯の調査は探索クエストにあたるので、冒険者は経験値と利益のために調査をするということである。


 しかし報酬はその地帯によって様々で、色によって判別されるクエストとは違い……、探索クエストは元々の報酬は少ないが、その地帯や危険度によって報酬の変動が異常に激しいことでも有名。最悪殉職者も出るほど。


 それによりその地帯と報酬を見て選ぶ人が多い。と同時に、その時の運によりけりなのか、選んで帰ってきた時には負傷者も多いということもざらではない。


 これぞ……、『探索クエストあるある』である。


 そんな調査地帯で一人の男が紫の魔導液晶(ヴィジョレット)を見、指で操作しながら辺りを見回していた。


 その人物は――エレンである。


 アルテットミアのエストゥガの上。とある廃墟でエレンは一人、ひっそりと調査をしていた。


 廃墟。


 そこは確かに廃墟であったが、昔この廃墟はアムスノーム以上の魔導機器の生産が多かった都市で、とある理由により滅ぼされた――滅亡録によって滅ぼされた都市……。と、語り継がれている。


 アルテットミアではよくある話だ。どの国にもある、滅亡録にまつわる悲しい出来事である。


 なぜこの国が滅んでしまったのか、彼にも、誰にもわからない。なのでここの探索・調査依頼を、『国王会議』に出る前に、アルテットミア王はエレン達に頼んだのだ。


 そのクエストは報酬五百万L。


 金に目がくらんでしまったララティラとダンは、その話を受けてしまった。


 エレンはそんな二人を見て、後悔しても知らないと念を押して渋々承諾した。


 結局……、虫の魔物に出くわしてしまう羽目になったが……。


 そんなことはさておき――


「えっと……」


 エレンは周りを見て、まだ何かあるかなと思いながら以前は家屋だった瓦礫の中を漁る。


 がたがた。ごとごと。ごそごそと――


 しかしどこにもめぼしいものは見当たらなかった。


 エレンは立ち上がって「ない、と」と一言言って、隣の家屋だった瓦礫に目をつけ、漁る。


 だがそれも、めぼしいものは見つからなかった。


 それを何回か繰り返し……、魔導液晶(ヴィジョレット)を開いて彼は、その画面をタップしながら記述する。



『元・魔導生産都市『エルードゥ』について。

 調査結果

 廃墟と化してしまった街には古い書物、記録が一切残されていない。

 街頭らしき鉄棒に、道には剣による切り傷が多数。

 街の中央らしきところに骸骨が無造作に積まれているところから、人為的な殺戮が予想される。

 ところどころに焦げた跡あり。

 滅亡録の件に関して、黒――滅亡録に基づいて執行したと断定。家屋や図書館らしきところ、王宮があった場所を調査した結果。争った形跡あり。

 処刑があったと思われる。

 滅亡録を執行したものの形跡見つからず。

 以上――調査を終了する』



「……で、いいかな?」


 エレンは廃墟のすぐ近くにあった小岩に座りながら、彼は日がある青い空を見上げて言う。


 ちなみにアストラのみんなで来ているが、みんなは周辺の魔物の調査に向かって今はいない。


 ダンとモナ、シャイナは近くにあるダンジョンの調査。ララティラとトリッキーマジシャンは魔物調査 (虫だけはトリッキーマジシャンに任せている) 。なので、彼だけがこの廃墟での調査をしていたのだ。


 エレンは見上げながら思い出に浸る。


 おじいさんみたいだと、彼は後から思ったが、それでも……、ここに来てから、この世界に来てからは……、濃密すぎる毎日だった。


 アップロードと同時に閉じ込められて、そのゲームの世界の住人のように、戦ったりしてお金を稼いで、そしてアルテットミアと言う場所基エリアの冒険者となり、今も王様の命令で動いている。


 普通の会社と同じと思うが、この世界だ。


 普通のゲーマーなら……、すごい。夢のような世界だ。そう思うかもしれない。


 アルテットミアを歩いている冒険者のことを思い出すエレン。それを横目で見てみた時……、その冒険者は、普通に歩いて、明るく話して、あろうことかそのゲームの世界の人と気さくに話しかけて挨拶をしていた。


 ()()()()()()()()()()()


 頭を抱えて、彼は溜息を吐く。


 ――頭、おかしいのかな……? 俺。


 そうエレンは思う。自分が異常で、他の人が普通なのかと……。みんなが普通で、自分が変なのか。順応しているつもりなのだが、エレンはその順応こそが……。


 呪いのように、重くのしかかってくるのだ。


「……マジ、どうなってんだ……?」


 エレンは小さく、か細く言いながら、衝撃的なことを口走った。



()()()()()()()()……っ!」



 刹那。



「おいおい。そんなことを人前で言うでないぞ」



「っ!?」


 女の声がした。


 その声を聞いてエレンは前を向くと、目を見開いてその人物を見た。


 その女は、ウェーブラのような上半身は人間の姿だったが、下半身だけは違った。魚の尾びれではなく、蛇の尻尾でもない……。緑黴のような色をしたうねっている何か。それは……。


 ()()の下半身だった。


 大きなスカートで隠しても隠し切れていない大きさのそれで、ずりずりとエレンに近づいてきている女性。癖がうねっている腰まである茶色い長髪で、片目を前髪で隠している。ふわっと震える唇には真っ赤な口紅がついており、ぴっちりとしたへそ出しの長そでを着ている女性が、エレンを見ながら、くつくつと喉で笑いながらこう言った。


「なんじゃ? もののけでも見たかのような驚きっぷりじゃのぉ」


 女性は笑いながら、若い女性とは思えない古風な言い方をしてエレンを見た。


「…………お前」


 エレンが言うと、女性はん? と、首を傾げる。それを見てエレンは疑問を口にした。


「なんで……、こんなところにいるんだ……? お前は」

「そうじゃ。妾はここの管轄ではない。お前さんはよくもまぁ、こんな辺鄙なところで勤勉っぷりを発揮しとるのぉ」


 エレンは女性の言葉を聞いても、武器を手に取らない。勝てないと思っているのではない。以下ここにいる彼女に、殺意などはない。あくまで同じもの同士――話をしに来たのだと察してしまったから、武器を手に取らなかったのだ。


 女は言った。


「ちょいと話をしようぞ」


 と言って……。


()()()()()()()――仲良く話そうではないか」



 ◆     ◆



 監視者。


 前にヴェルゴラが言っていた――RCの私服監視官のことである。


 その詳細はいたってシンプルなもので、監視者と言っても、正式な社員がプレイヤーに扮しているのもある。しかしその多くがアルバイトなのだ。


 社員もなれるがアルバイトの方が怪しまれなく、且つ情報が手に入る。アルバイトの人はRCに報告するだけでお金が手に入る。


 何とも楽なアルバイトである。汚い話……。


 その言葉に、エレンは言葉を失い、その女の言葉を呑みながら――話をする。


「それで、お前は何でこんなところにいるんだ?」

「つれない話だ。妾のことを知らないで言っておるのか? 妾を誰だと思っているのだ?」


 そう言う女性は自分を指さしながらニヤついた笑みでエレンに聞く。


 エレンはそんな女性を座った目でじろっと睨みながら……、溜息交じりにこう言った。



「イギリスで有名なマフィア――『ネルセス・シュローサ』の女ボス……。ネルセス・シュローサ。だろう……」



「正解じゃ」


 そう。


 今エレンと話しているこの女性こそ、シェーラが言っていた『ネルセス・シュローサ』のボス……、チーム名と同じ名前であるネルセスだったのだ。


 ネルセスはエレンを見て言った。


「そう睨むなエレン……、いやさ。Mr.セキと言った方が」

「ここで苗字を明かすな」


 そうエレンは更に睨みを利かせて、毒を吐く。


 それを見て、ネルセスは己を抱きしめながらふざけ半分に「おぉ。くわばらくわばら」と言う。


 だが、エレンはそのまま睨んでいる。それを見てネルセスは己を抱きしめることを止めて、すぐに腰に手を当てて聞く。


「まぁ、ここではHNで言っておこう。エレンよ。そなたはここでプレイヤーごっこを楽しんでおるようだな」

「……正直、今でも混乱している」

「あぁわかる。人間とは恐ろしい。妾達も人間だが……、人間順応してしまうと苦を忘れてしまうものだ。最初は摩訶不思議な世界、不条理な現実に追い込まれても、一年や半日すれば、その生活に慣れてしまう。恐ろしい生き物だ」

「……………………よく引越しして、知らない土地で暮らしたとしても、半年で順応するのと同じようなものだな」

「おぉ! そうじゃのぉ! その方がわかりやすい。流石は勤勉! いやさ普通の思考回路と言った方がよいのぉ!」


 そう言いながら面白おかしく笑って……ネルセスはエレンに向けて拍手をした。


 それを見て、エレンは内心苛立ちながら、その音と声を聞き流す。


 ネルセスは拍手を止めながら「それでじゃの」と言い、腕を組んで彼女は言う。


「お前さんが思うことは普通が故によくわかる。さっきも言っておったしのぉ。一体なにを考えておるのかのぉ。理事長は」

「………………………あぁ」


 少し黙っていたがその言葉は正しい。


 なのでエレンは頷く。


 ネルセスはそんなエレンを見ながら、ゆるく弧を描いて言った。


「妾達は確かに……理事長の申しつけ通り、RCの犬として監視者の任を全うした。その中には研究員が何人か紛れていたが、何のために監視をするのかと言うことは、あまり語らなかったな。あのお方は」

「……確かに」

「そして何より――二十四時間体制で、何百と言うオペレーターがいる中、なぜ妾達が監視をしなければならんなかったのか……、疑問を抱かなかったのか?」

「……それは……、まぁ最初は思った。でも、オペレーターも人間だ。目を離したすきに不正を行う人だっているだろう」

「そうなればほかのオペレーターが目を光らせる。その方が合理的で、効率がいい。だがな……、童が言いたいことはそうではない。覚えておるか? こうなる前に理事長から告げられた命令」


 ネルセスの言葉を聞いて、エレンは思い出す。


 確かに最初の監視の件に関しては、変だと疑問を僅かながら抱いた。しかしエレンは普通の思考回路で、きっと手が回らないからだという理由で雇ったのだろう。そう思っていたが、確かに……、映像越しだったが、理事長は詳しく説明しなかった。


 ただ、『ゲーム内の監視者をしてくれ』。それだけだった。


 その言葉だけで二文字で肯定してしまった自分が、恥ずかしいと今更思ってしまう。そして今回の件でも、映像越しに理事長は――数人の監視者達にこう告げたのだ。


『今回のアップデートが始まったら、普通のプレイヤーを演じれ』


 だった。


 エレンにとってすれば、変だとは思ったが、そう思った時には、すでにここに飛ばされている時だった。なのでその思いをしまいながらエレンは過ごしていた。


 ネルセスは言う。


「その命令から、妾はこう思っておるのだ。理事長は妾達を見限ったのやもしれない。と――」

「……? 何のために?」

「知らん。だがな。妾達は監視をして報告をしていたが……、ここではそうできない。あの理事長の言葉……、『神になる』と言う言葉も気になるが……」


 彼女は俯く。それを見て、エレンは首を傾げていたが、ネルセスはすぐに顔を上げて――


「理事長は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……どっちだよ……」

「妾とてわからんよ。何分謎が多すぎる人であった。そして今言った言葉は()()()()解明する推測、推理、憶測にすぎないのだからな」

「……これから?」


 その言葉に、エレンは首を傾げる。


 ネルセスはそれを聞いて、にっと口元の端を吊り上げ……、笑みを作った後で彼女はエレンに『ずりっ。ずりっ』と近付きながらこう言った。


「そうじゃ。お前さんのその凡人じみた思考も必要な時もある。妾は今現在。アクアロイアを動かしながら理事長の痕跡を辿っておるのじゃ。此処はゲームの世界。プログラムの世界。よく言うデータの世界。そんな世界でも、情報はカケラとして転がっているに違いない。ゆえに妾はマフィアの幹部達、そして服従させた者達を使って理事長の痕跡を探しながら順風満帆の王族の生活を送っている」


「……待った。待った! 待った待った待った!」


 エレンは事の状況が呑み込めないまま立ち上がり、頭を振り回しながら状況を呑みこもうとした。しかしできない。


 エレンは思った。気になった言葉を思い返そうと。そして思い返す。


 アクアロイア。


 動かす。


 理事長の痕跡。


 情報。


 マフィアの幹部。


 服従させた人達。


 順風満帆の王族生活。


 結果として……、何言っているんだこいつと、エレンは思った。元々頭のねじが壊れてしまっているネルセスだが、こればかりは飲み込めないし、理解ができない。


 エレンはネルセスに聞いた。慌てながらも冷静に聞く。


「一体何を言っているのかわからない。簡潔に言ってくれ」


 その言葉に、ネルセスは首を傾げ、彼を見下すようにして見た後、ネルセスはこう言った。



「妾と手を組め。と言っている」



「……………………っ!? いやいや……」


 エレンは首を横に振って――


 それこそ意味が分からない。そうエレンは言った。


 しかしネルセスはにっと口元をいびつに歪ませながら――


「簡単じゃ。お前に『ネルセス・シュローサ』に入れと言うておるのじゃ。童は寛大である。そして慈悲もある。旧友として、監視者としての好じゃ。妾と一緒に行動しようと提案しておるのじゃ」

「それこそおかしいだろう……」


 エレンは首を横に振りながら俯き、そして静かな怒りを零しながら言う。


 それを聞いて、ネルセスは「?」と首を傾げ、エレンの言葉を待った。


 まるで自分が永遠の優勢に立っているような余裕の笑みだ。エレンはそれを見ないでこう言う。


「お前は馬鹿かっ!? 今はこの状況を何とかする方がいいだろうがっ! 理事長を探す? この世界にいるわけないだろうっ!? あの人のアバターがいるってのか? そんなことありえない!」

「ありえない? なぜそう思う?」

「当たり前だろうっ! あの人はRCのCEOだ! アップデートして閉じ込められてしまったら本末転倒だろうがっ!」

「だが、その当たり前が簡単に崩れる。その()()を知っておるか?」

「……うら?」


 その言葉に、沸騰して爆発しかけていたエレンの感情を急激に沈下させ、ネルセスの次の言葉によって、完全沈下することになったのだ。


 ネルセスは自分の頭を指さして……、こう言う。


「もともと、このVRはどういった概念でこうなっていると思う?」

「……、人間の脳波を読み取り、それを電子超音波で連動させ、一種の麻酔のように人間の精神を電子世界にダイブさせる……だっけ?」

「正解。だがこちらで独自入手した情報ではな……、人間と言うものは肉体と魂で形成されており、魂は精神と言われておる」

「……何カルトじみたことを……」

「いいから話を聞け。その精神をダイブさせる。一種のトリップと言われているが、RCが使っておることは、逸脱していることだ。よく聞けエレン。RCは――」




 () () () () () に 成 功 し て い る 。




「はぁ?」


 素っ頓狂な声尾を上げて言うエレン。


 とうとう頭がおかしくなったのか? 

 それとも自分の脳が故障したのか? と思ってしまったが、ネルセスの顔を見るに、馬鹿にはしているが事実を述べているようだ。


 エレンの素っ頓狂な声にくつくつ笑いながらも、ネルセスは言った。


「あぁ。すまないな。だが事実。厳密には――RCは人の精神をデータにし、コピーして保存しているそうだ。同じ監視者で、研究者がそう言っておった」

「コピー……、すでにオカルトじゃないか……」

「ああ、オカルトで合点がいく話じゃ」


 そう言ってネルセスは続けてこう言う。


「妾達が出会った理事長は、映像越しでの会話だけ。姿など見ておらん。そこから察するに、もしかしたら理事長はすでに雲隠れしているやも知れない。そしてコピーを聞いて、妾は思った。まさか妾達は、理事長の魂のコピーと対話していただけで、実験台だったのかもしれないと」


 ますますと言うよりも……、あまりに逸脱しすぎた、異常にして漫画のような話を聞いたエレンは頭から来る痛みを感じた。


 魂のコピー? 今までの理事長は偽者?


 もう意味が分からない。提案からのこんな展開。


 普通なら考えられない。理事長の痕跡がそのことを指しているのなら……、わかる気がするが、それでもエレンはない。そう否定しまくった。


 頭の中で否定しまくった。


 だが、今は近未来な時代だ。RCなら……、もしかしたら。そんな言葉が頭の片隅に流れこんだが……、それを不定するかのように頭を振るうエレン。


 ネルセスは「どうだ?」と聞いて、顔を近付けながらこう聞く。


「興味がわかぬか? 理事長の事。ここは一時協力してもらいたい。お前のその思考が、歪んでしまった妾達の良心となり、要となるのだ」


 と言いながら、ネルセスはするりと、エレンの肩に両手を置き、ゆっくりとした動作で彼の耳元に唇を近付けていき――


「この提案を呑め。さもなくば――」と、彼女はエレンの耳元で、妖艶に、残酷な言葉を告げた。



()()()()()()()()――()()()



「ッッッ!!」


 真っ白ではない。頭の中が爆発と言う名の、絶望に染まった。


 ネルセスと言う女は、耳元に唇を近付けながら……、にやりと、まるで口裂け女のように、狂気鳴きな笑みを浮かべながら待っていた。エレンは対照的に、顔を真っ白にし、ネルセスが言った言葉を繰り返し、最悪のケースを映像化してしまった。


 ネルセスは有言実行する女だ。実行するのは部下だが……、それでも有言実行。


 探すなら探す。殺すなら殺す。そして――


 滅ぼすなら、この廃墟のように……、跡形もなく消し去る。


 そう言う女で、マフィアのボス。


 自分の手を汚さないで、恐怖を植え付けて、服従をさせる。王道のような女帝だが、ネルセスはそう言う女なのだ。


 エレンはそんなネルセスのことを知って、あまり関わらなかった。だが、結果としてこうなっている。選択肢は――一つしかない。


「……………………………わかった。条件を呑む。ただし……、アストラには」


 そうエレンが覚悟した瞬間だった。



「エレン?」



「っ!」


 エレンは目を見開いて、声がした方向を見た。ネルセスもその方向を見てみると……、そこにいたのは……。


「なにしとるんや? こんなところで……、って! なんやその女っ! 離れんかっ!」


 ララティラは場違いにも……まさか誘惑しているっ!? と怒りを露わにしながらずんずんっと近付き、あろうことか杖を振りながらスキルを発動させようとしている。


 それを見たエレンは――ネルセスの安否……、ではなく、ララティラのことを気にかけるように、慌てて叫びながら「来るなっ!」と言った。


「え?」


 ララティラがピタッと足と止めて聞こうとした時……。


 ばふぉ! と、上からくる風。


「「っ!?」」


 ララティラとエレンはその風を受けて、目を細めて上を見上げると……、そこにいたのは――


「おーい! マーマァ! おわったぁ?」


 両手が鳥の翼、足が鳥の鉤爪で、ショートパンツに胸元を隠すだけの黒い布を巻いた……薄桃色のミディアムヘアーに大きな赤いリボンをつけたの少女は陽気にネルセスに対してそう言いながらバサバサと両手を動かし、ゆっくりと降下しながら聞く。


 それを聞いてネルセスはまるで母のように微笑みながら――


「おぉ。コココ。待っておったぞ。時間通りじゃ」と言った。すると少女――コココはゆっくりと降下しながら笑顔でこう言う。


「マーマァ。コココ偉い? 帰ったら頭撫でて!」

「おぉ。おぉ。いいぞ。そうじゃコココ。今日から新しい仲間が増えるぞ。ここにいる男じゃ」

「えぇー! コココエルフきらーい!」

「わがまま言うでない。さぁ――帰るぞ」

「うー。はぁい」


 そう言ってコココは頬を膨らませながら不機嫌そうに、ネルセスとエレンの肩を鉤爪で掴んだ。そしてそのまま両手の翼を広げて一気に振り降ろすと――


 ふわりと浮いて、そのままコココは鳥のように空を飛んで行ってしまう。


 ララティラはそれを見上げて……、訳が分からないような顔でエレンを見て、言葉が出ない口をパクパク動かしながら、彼女はその光景を見ることしかできなかった……。


 エレンはそれを、ただただ申し訳なさそうに見降ろすことしかできなかった。


 手を伸ばすこともしない。ましてや声をかけることすらしない。当然だとエレンは思った。


 自分は監視者。


 それすなわち……。



 裏切り者。だから。



 そう思い、エレンはネルセスの提案に乗る形で――アクアロイアに向かって行ってしまった。


 それを見たララティラは、ただ茫然と、その空を見ることしかできなかった……。



 ◆     ◆



 世界は動いている。


 どんどん歪になりながら――動きを進めている……。

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