PLAY20 非道な戦いと救う力②
「っは。っは。はぁ!」
下り坂となっている場所を走る赤い鎧の王――アルテットミア王。
その背後を走っているのは三人のギルド長。
逃げていく人々がアルテットミア王を見るなり、足を止めて希望に満ちた顔になりながら――
「アルテットミア王だぁ!」
「アルテットミア王が来たぞぉ!」
「ギルド長もいる! これで安心だ!」
アルテットミア王の登場により、この事態を収束してくれると信じている国民の声が聞こえたが、アルテットミア王は走りながら騒ぎの中心となっているその場所に向かって無我夢中で走っていた。
なにせ、あそこは貿易の要として人々が最も多く集まる場所でもある。
そこに人がいて、もし『六芒星』がいたらと考えると……否。もうすでに起こっているこの状況でそんな可能性など無駄話だ。
逃げてきた方向を見たら一目瞭然だった。
「なぜ『六芒星』が……! 警戒は怠っていなかったはずだ!」
ダンゲルが驚いて走る中、マティリーナとマースだけは冷静になりながらも走る速度を落とさず走りながらこう言った。
まずはマティリーナからだ。
「警戒なんて、外での話だろう? 簡単なはなし……。貿易船の荷物に紛れていたとしか考えられないね」
「その言葉には同意見です。街の入り口には私達が居ました。ダンゲルの手違いで落ちているときも、空から一回見渡して見ましたが、怪しい形跡などありませんでしたしね」
一体どんな視力をしているんだ。そうマティリーナは突っ込むことなどしなかった。
自分だってそうだから、というかそう言った索敵は、自分が上だから言わなかった。
それを聞いていたアルテットミア王は、内心自分を責めた。
もっと自分が厳しく見ていれば……。
しかし、後悔など先には立たない。
アルテットミア王は気持ちを切り替え、騒動が大きいその場所へと向かった。
そして……足を止めて……、見上げた瞬間……。
「なんだ……。これは」
王であるにも関わらず、王は呆けた声を出してしまい……、ギルド長三人も、それを見て呆然としてしまった……。
◆ ◆
ハンナの叫びと同時に、それは起きた。
まずはオグトが持っている棍棒がぶわりと吹き上げてきた何かによって、意図的にではなく、自然的にぐいんっと振り上げてしまった。
振り降ろそうとしたのに、振り上げられたのだ。
自然のそれによって。
「――っ!?」
――なんだ? と、オグトは思い、棍棒を見っている手を見た。しかし、そこには何もなかった。
人などいなかった。
――今、何かに押し上げられた。
――感触はなかった。
――つまり……、人間の手によるものでは……ない?
「うわぁ!」
「っ!?」
突然だった。オグトは声がした目の前を見降ろすと、目を疑った。
目の前で食おうとしていた仮面の部下が、慌てながら足をばたつかせていた。
ふわふわと、何かに吊るされているような……、否――何かによって吹き上げられているような……、上昇気流に乗っているようなそんな浮き方なのだ。
それを見たオグトは内心舌打ちをして――ぐあっと手を振り上げた。棍棒を持っていない手を使って掴もうとした時――
ぶわぁっと、横殴りの風が彼らを、アキ達を襲った。
それはまるで……、竜巻の中に入ったような風。
吹き荒れる風に飲まれて吹き飛んでいく仮面の部下達。
アキ達男衆は目を塞いでそれに耐えている。
ララティラ達女衆はスカートを押さえながら「「「ギャアアアアアアアアアッッッ!?」」」と顔を赤くしながら叫んでいた。当然である。
ヘルナイト達はそれを見上げながら、その風を感じて……。そして、言った。
「これは……、この風は……」
トリッキーマジシャンが言い、そして……。
「……魔力……、違う……。これは」
ヘルナイトがその風の暖かさを感じながら、彼は、彼等は言った。
不覚にも、同じことを思っていた……。だから声が揃った。
「「瘴輝石の力!」」
そう。
その風はスキルでは出せないような竜巻……否。
台風だった。
アルテットミアの港を覆うような白い風で取り囲まれた――大きな台風。大きな竜巻は、ところどころの雲を巻き込んで、その一帯を異常地帯に変えていた。
否、それは見立てだろう……。
現に、ヘルナイト達がいるところだけは、台風の目のように段々風が止んでいく。しかし周りを見ると……、台風の風は彼等を閉じ込めるように今も渦巻いている。
まるで風の牢獄だ。
それを見たオグトは、周りを見た。
辺りを見回してみると……、アキ達とヘルナイト、トリッキーマジシャン。そして仲間のオーヴェンしかいなかった。
食料が、いなくなってしまったのだ。
オグトははっとした。
――あの風に!
そう思い、上を見上げた時だった。歓喜と泣く声が聞こえた。
それを聞いて、みんなが後ろを、ハンナがいた場所を振り返った瞬間、目を疑った。
風でシルエットがぼやけているが、とあるところに固まって、喜んだり泣いたりしている声が聞こえいる。そこはまさに、ハンナがいた場所だった。
そう。ハンナや後ろにいた国民を覆うように、風がまるで壁となって守っていたのだ。
それを見たオグトは、ぎりっと歯を食いしばって怒りの咆哮を上げた。
「う、ううううごおおおおおおああああああああああっっっ!」
その声を聞いた瞬間、誰もが思っただろう。獣のような咆哮だと。そのくらいオグトは我を忘れるかのような怒りの咆哮を上げたのだ。
びりびりとくるような叫びを。
それを聞いて、耳を塞いだアキたちだが、ヘルナイトとトリッキーマジシャンは仮面越しで、安心していた。
「……どうやら、あの石は特殊だったようだ」
「まったくです。しかしこれで……」
互いに武器を構えて、彼らは言った。
ギンッと仮面越しでオグトとオーヴェンを睨んで、彼らは鋭く、冷たくも熱い音色でこう言った。
「「心置きなく――戦えるっ!」」
□ □
目を開けた瞬間、私の視界は風だった。
周りを見ても、風が私を包むように渦巻いているようにも見えた。
どうなっているの? これ……。
周りを見ても、みんながいない。そう思っていると……。
「あ! いた! お姉ちゃーんっ!」
「!」
私から見て右から声がした。その方向を見ると、その方向から私に向かって風を受けながらゆっくりと歩いてくる子供達。そしてローブの人も来た。
「え? なんで……?」
理解できない思考で、なんとかどうなっているのかと思いながら聞くと、猫耳の女の子は私を見て笑顔で――こう言った。
「お姉ちゃんなんでしょ? この風を出したの! すごいね!」
「……え?」
まるで理解できない。そんな風に首を傾げると……。
「冒険者の御嬢さん」
後ろから野太いおじさんの声。それを聞いて振り向くと、そこにいたのは……。
怪我をして、そして倒れていた人達がいた。全員が、そこにいて、切り刻まれた服のまま、体の傷が癒えた状態で微笑みながら、野太い声を出したおじさんは代表して、私に言った。
「あんたが俺達を救ってくれたんだろ?」
「あ………でも、私……」
そうは言っても、あの状況は絶対絶命……。そして、国民の皆さんを怖がらせてしまった。私は俯いてしまった。自分の不甲斐なさを嘆いての行動である。しかし――
「御嬢さん」
野太いおじさんは私の肩を叩いた。
私は顔を上げる。そして顔を見て……、目を疑った。
みんな――笑っていた。
心の底から安心した笑顔だ……。青黒いもしゃもしゃがない、黄色いもしゃもしゃだ。
「あんたは胸を張ってもいいんだ。俺達を助けてくれた。この風のおかげで、俺達の傷が治った。この風の盾のおかげで」
と言って、ふっとおじさんは後ろを向いた。私はその方向を見ると……、また目を疑って……、口元を手で押さえた。
当たり前だ。
その向こうには、仮面をつけた部下の人達がその場で座って、土下座をするように黙っていたのだ。
それはまるで謝っているようにも見えて、お礼を体で表現しているようだ。
それをみて、おじさんは言った。
「たくさんの命が救われたんだ」
そう言われて、私はぐっと、唇を噤んで、ぎゅっと込み上げてくる感情を抑えるように、エディレスの瘴輝石を握った。
すると……。
「あ、あ、の……」
後ろから声が聞こえた。
声の主が誰なのかを見るために後ろを振り向くと、そこにはローブの人がフードをとって、私に向かって申し訳なさそうにこう言った。
その人は少し目にクマができている人で、赤黒い肩まである少し跳ねたぼさぼさとしている癖髪に、頭のところにピンッとしている赤黒い耳が生えていた。
その人、右手首に白いバングルを付けた犬人の人は、私を見て……。
「き、君、は……、たく、さんの、ひ、人を、救った……から、な、泣かな、くて、もい、い……」
「……………………………………」
「だ、だから……、これだ、け、は、いわ、せて……、おれ、たちの、ため、に、戦っ、てくれて……」
そう言って、その人は頭を下げて……。言った。みんなが、私に向かって、頭を下げて……。一言。
「――ありがとう」
それを聞いた私は、頬に感じるぬくもりを不思議に思いながら、その言葉を胸にしまって、嬉しさを噛みしめていた。
お礼を言われて嬉しいではなく、ただ、生きててくれてよかったという。その安心と嬉しさだった……。
◆ ◆
「あの小娘っ! 食材を吹き飛ばした! 許せん! あいつは」
「オグトォッッ!」
「!」
突然だった。今まで気怠くしていたオーヴェンは木箱の上に立ち上がって、緊迫した表情で、彼は得物である弦楽器を手に取って構えた。そして――
「耳を塞げぇ!」
「っ! ぐぅ!」
『!』
オーヴェンの言葉に、オグトは苛立ったように耳を塞いで、アキ達も耳を塞いだ。
オーヴェンはぐっと着けた爪に力を入れて……、弾く!
彼も魔女。魔女の力を使おうとした。
ここで説明しておこう……。
魔女にはそれぞれ一つの魔祖と言う力が備わっている。それは火や水が自然界の魔祖であるが、彼等はそれと違う魔祖……、つまりは魔法が使える。
スキルが『八大魔祖』であるのなら……。
魔女の力は『八大魔祖』以外のそれである。
オグトが使えるのは『食』。そして――オーヴェンが使える力は……。
『音』である。
「――『鈍痛の重音』ッ!」
――ギュウウウゥィイイインッッッ!
弦を弾き、まるで演奏でもするかのような低音のそれを弾いた。
オーヴェンを中心に響き渡る音。それはびりびりと体の芯にまで伝わってくる音で、アキ達は耳を塞ぐことしかできなかった。
味方のオグトも耳を塞ぐことしかできない。
そんな中オーヴェンは思った。
――いやな感じはした。
――あのお嬢ちゃんから感じた魔力の大きさもだか……、あのアークティクファクトに埋め込まれた瘴輝石も嫌な感じはした。
――嫌な感じ……なんていう言葉は嫌な響きだが……、あれは、きっと二つの力を有している石だ。
――見るから風と光の力。
――光は回復だろう。飛んでいく部下達の傷が治っていくのが見えた。
――なら。
オーヴェンは弦を弾く力を強めた。
重く響いた音が、より一層重く、強く奏でられる。
……一見してみれば騒音だが……。それでもよかった。
――この音で、この風を吹き飛ばす!
そう思いながら弾いていくオーヴェン。そして風と接触して、そのままかき消すかのように消えてくれればいい。それからはオグトに任せる。
そう彼は思った。
が。
ふっと、音が消えた。
「っっ!?」
オーヴェンはそれを聞いて、上を見上げるが、何もない。というか、しぃんっとした空間に、風の音が混じっているだけのそれだった。
誰もがそれを疑問に思って、上を見上げるが、何も起こらない。オグトもそれを聞いて、頭に疑問符を浮かべていたが、オーヴェンだけは違った。
「音が消えた……っ!? まさか……、風の方が俺の音よりも上……っ!? いいや違うっ! これは……、相殺じゃなくて、かき消された……!」
彼は驚愕のそれに顔を染めて言った。
よく聞く話だ。
音は風によって変わると。
音は空気が振動して伝わる。よく聞く風に運ばれて音が聞こえる。というそれと同じだが、実際は強い風の力によって、音がかき消されるという説もある。諸説あるが、オーヴェンのそれはそれと同じものであった。
オーヴェンが放った音は風の壁に当たったが、それは複雑に入り混じる風によって、かき消されてしまっただけの話だ。
それを驚愕のそれで見上げたオーヴェン。
オグトはそれを見て、苛立ちながら怒鳴った。
「何を狼狽えているっ! ただこの風をなんとかすればいい! それはこれを操っている、あの影の向こうにいる女を」
と言いながら、彼は彼からしてみれば小ぶりのそれを――刀を手にして、それをぐんっと槍投げのように構えて、一気にそれを……。
「――刺せばいいっ!」
と言って、そのまま刀を投擲した!
それを見たヘルナイトはしまったと内心焦ったが、それはすぐに消えた。アキも叫ぼうとしたとき……。
刀は確かに、ハンナがいるところに向かって投擲された。
しかし……。
刀の先が風に当たった瞬間、ぐんっとひとりでに軌道を変えて、台風の風に乗るようにぐるんぐるんと回り出したのだ!
「っ!?」
「風に乗って――っ!」
オグトとオーヴェンはそれを見て驚愕に染まった瞬間……。
――どしゅっ!
「っ!」
オーヴェンは、脇に感じた激痛を感じて、震える瞳孔でその痛みがある個所を見降ろした……。
そして、オーヴェンは目を疑った。
それは、オグトが投げた刀で、刀はオーヴェンの背後をとるように、脇腹を深く抉ったのだ。
斜めに来たそれは、腹部も傷つけている。それを見たオーヴェンは、目の前を見た。オグトは驚いて自分を見ている。刀を見て……。彼は察してしまった。傷口を押さえながら、彼は知ってしまった。
刀はこの台風の中をぐるぐるとまわって、戻ってきたのだ。
そんなことがあるのか? そう思った。しかし認めるしかない。なぜなら、今――現に彼に傷をつけた刀が、ここにあるのだから。
「形勢が逆転だな」
「ですね」
「「!」」
二人の騎士はずんっと歩みを進める。
それを見たオグトとオーヴェンは、身構えてしまった。それを見てトリッキーマジシャンは肩を竦めて、嘲笑うようにこう言った。
「おやおや。あなた震えました? それはあなたが最強の種族と言う建前が崩れたと言ってもいいのでじょうのかね?」
「……『六芒星』」
ヘルナイトは大剣を構えて、彼は言った。強張った顔で見るオグトとオーヴェン。
ヘルナイトは、すっと――大剣を持っていない左手の人差し指を、くいくいと、オーヴェンが立っている木箱を指さして……、こう言った。
「周りは、ちゃんと見るべきだ」
と言った瞬間だった。
――ばぎんっと、オーヴェンが乗っていた木箱から出てきたそれを見て、誰もが驚いてそれを見た。
それは――人の手だった。
それを持た誰もが驚く中、そこからバキバキとまるで卵から出る活発な雛のように割って出てきた……人間。否――
「おんどりゃああああああああああああああああっっっ!!」
大声で叫びながら出てきたそれは手ではなかった。先ほど出てきた手はオーヴェンの足を掴んで逃げれないようにしてから、次に出てきたのは――黒が勝った緑色の鞘。
それはオーヴェンの顔目がけて……、めごりっと音が鳴るくらい突きを繰り出したのだ。
それを受けてオーヴェンはよろけてしまう。オーヴェンのその姿を見たオグトはオーヴェンの名を慌てて呼ぶ。するとその隙をついて、木箱から飛んで出てきた黒い何か。
それを見上げて、誰もがそれを見てしまった。
ヘルナイトだけはわかっていたみたいだが、見上げていた。
それは黒い服装で、黒い髪で、黒い長い耳に体に掘られた刺青が印象的な――少年だった。
少年はずたんっと両足でしっかりと地面に着地して、手に持っていた刀を抜刀した。
右手で白い刀身の刀を持ち、左手で逆手に鞘を持つと、少年はその刀でオグト達を指さすようにして叫んだ。
「お前ら……、なにはなっぺを傷つけてんだ! 色んな人を傷つけているところを、木箱の中から見ていたぞぉ!」
その言葉にオーヴェンは顔を手で押さえながら……、少年に聞いた。
「お、お前は……誰だ……っ!?」
その言葉に、少年はふんっと鼻息を荒くして名乗った。
誰もが予想していなかった事態に、困惑していた。
しかし、この場にハンナがいれば、見ていれば……、きっと彼女は嬉しくて、彼の名を呼ぶだろう……。少年は、自分の何者かを名乗った。
「俺はショーマっす! というか、あんた達は誰ですかっ!?」




