4章 17話 閉幕
今日でお披露目会は閉幕です。
璃紗は地面に仰向けとなった寧々子を静かに見つめていた。
寧々子の腹にぽっかりと空いた穴。
こぼれた血液が赤い湖となり、命が流れ出る。
彼女に手を下したのは璃紗ではない。
だが、確実に璃紗の力添えがあって初めて為された結末だった。
つまりこれは、明確な殺しだ。
それも《怪画》という異種族を相手にしたものではなく――
――人間を殺した。
敵だったかもしれない。だが、寧々子は明確に人間であった。
それを知った上で、殺したのだ。
直接的であれ、間接的であれ殺したのだ。
「ちッ……」
(胸糞ワリーな……)
不快な感触に璃紗は表情を歪める。
あの場では必要だったとはいえ、気分が良いはずもない。
「うん。これで一人は殺したね」
一方で、キリエはまったく気にした様子がなかったが。
もっとも《怪画》である彼女にとって、寧々子こそが異種族なので当然の事なのかもしれないのだが。
「これで……うん。残りは一人だ」
そう呟くと、キリエは振り返った。
そして――口の端から一筋の血を垂らした。
「オイ――」
その状況に異常を感じた璃紗は、キリエにそれを指摘しようとして――
「ごぼッ……!」
――吐血した。
璃紗の口から大量の血液が吐き出される。
酷い眩暈に襲われ、彼女はその場で膝をつく。
頭痛が止まらない。寒気がする。体が痺れる。
(……まさか)
璃紗はその場にいる一人の人物へと目を向けた。
先程まで戦いを静観していた少女――天美リリスへと。
「――てめぇの仕業か?」
「人のせいにするとか神経疑うヨネ。全部弱かったお前たちのせいなんだケド」
リリスはそう璃紗たちを嘲笑う。
彼女たちが寧々子と死闘を繰り広げている最中、リリスは殺人ウイルスを散布していたのだ。
それに璃紗たちは感染するまで気付けなかった。
(やべーな)
璃紗だけではない。
キリエもその場で倒れ伏していた。
感染したのは璃紗だけではなかったらしい。
つまり、この場でリリスを迎え撃てる者はいない。
「あーあ。お披露目会で死に晒すとかナンセンスなんだケド」
リリスは璃紗にも目をくれず、寧々子へと歩み寄った。
彼女の掌には――黒い球体が収束している。
「――後処理するこっちの気持ちにもなって欲しいワケ」
そしてリリスは黒い球体を――寧々子へと叩きつけた。
(アイツ……!)
あの黒い魔法には見覚えがある。
あれこそがリリスの魔法である殺人ウイルスだ。
それを寧々子に撃ちこんだということは――
「あの女ッ……仲間を殺しやがったッ……!」
璃紗はリリスの理不尽さに怒りをあらわにした。
「使えなくなったらすぐに処理ってわけか……。うん。人間も大概だね」
キリエも脂汗を掻きながら、リリスの暴挙をそう評した。
掠めただけで手足を切り落とす羽目になるウイルスだ。
あんなものを大量に食らえば、虫の息だった寧々子が生きているはずも――
「絶対殺されると思ったにゃぁあああああああああああッ!」
そんな璃紗の予想を裏切り、寧々子が勢いよく身を起こす。
そして彼女は跳ぶようにして立ち上がると、自分の腹を確認している。
彼女の腹は――黒くなっていた。
黒い魔法が寧々子に開いた穴を埋めているのだ。
「無理矢理アタシの魔法で内臓を作ってるだけだから放っといたら死ぬけど良いヨネ?」
「いや、多分それ良くないにゃん」
寧々子は自分の腹とリリスの間で視線を行き来させる。
「それにしてもウチのヒーラーはすごいにゃん」
感心したように寧々子はそう言った。
――それよりもリリスがヒーラーである事に驚くのだが。
殺人ウイルスの使い手が回復もできるとは思うまい。
「といっても延命処置だケド。多分、あと一時間くらいで死ぬと思うワケ」
「……マジにゃん?」
「アハッ……!」
青ざめる寧々子に、喜色を浮かべるリリス。
二人の態度は正反対だった。
「ウフ……死にかけてる寧々子の表情……良いよネェ」
「いやぁ……全然喜べないにゃん」
「ねぇ? 一旦魔法解除するけどオッケーだヨネ?」
「その一旦の後アタシは生きてるにゃん!? 一旦で逝ったとか笑えないにゃん!」
「命は不可逆で破滅的だからアートなんだヨォ」
「一番握らせたらダメな相手に生殺与奪の権利を与えてしまったにゃん……!」
寧々子は頭を抱える。
「……ま。どうしても死にたくなかったら紫に『作って』もらえばいいんじゃないかと思うんだケド?」
「ぅぅ……それはそれで嫌にゃん……」
寧々子は肩を落としている。
――よく分からないが、あの傷を治す手段が彼女たちにはあるらしい。
(つくづくヤベー奴らだな)
最低でも三人。
あのレベルの魔法少女がいる。
しかもその三人とは敵対関係になる可能性が高い。
頭の痛くなる話だ。
――とはいえ、今は物理的に頭が痛いのだが。
「げぼっ……」
璃紗は口から血の塊を吐いた。
彼女の体は今もウイルスに蝕まれているのだ。
窮状は何も変わらない。
(どーしたもんか)
璃紗は思考する。
こういうタイプの魔法はいくつかの対処法がある。
術者を倒す。
魔法の効果範囲から離れる。
自力で治す。
魔法を解除させる。
といったところか。
幸いにして璃紗には超速再生がある事で、これ以上ウイルスを取り込まなければ死にはしないだろう。
しかしそれはこれ以上攻撃をされないことを前提にすればの話だ。
それに何より――
「随分、余裕だよね」
――キリエが黙っているわけがない。
彼女もまたウイルスに侵されている。
そして彼女自身に治癒能力はない。
つまりキリエが生き延びるにはリリスを殺すか、さっさと彼女たちを追い返して治療のできる仲間の所に帰還するしかないのだ。
言い換えれば、璃紗のように時間稼ぎをするメリットがない。
この状況で仕掛けないという選択肢がキリエにはないのだ。
「はぁッ!」
キリエは鉤爪をリリスに向かって振り上げる。
鉤爪は深々と地面を抉り、リリスの体へと迫る。
「ッッ!」
――リリスの左腕が宙を舞った。
肘から斬り飛ばされた左腕は空中で回転し、地面へと落ちる。
「チッ……体の前半分を斬り飛ばすつもりだったんだけどね。外れたか」
キリエは苦々しげな表情となる。
完全にリリスたちがこちらから意識を外していたタイミング。
キリエとしては一発で決めたかったのだろう。
しかしウイルスのせいで鈍ったスピードが。
リリスが持つ反射神経が。
それらの要素が現在の状況を生み出していた。
「ぁ、ぎ、がァァァッ!」
リリスが獣のような声を漏らして後ずさる。
彼女は腕の切り口を右手で掴み、圧迫により止血を促す。
リリスの視線がキリエへと注がれた。
その目には抑えきれない怒りが宿っていた。
「フザけたマネしやがってッ……!」
明らかにリリスはキレていた。
彼女の体から黒い魔力が放出される。
(まさか――)
すさまじい魔力の上昇率。
それにより、璃紗は事態を察した。
そして這いずりながらも戦場から逃げ出そうとする。
もしも璃紗の予想が間違っていなければ、この場にいるだけで死にかねない。
「――絶対殺ス」
リリスが怨嗟の言葉を放つ。
彼女が纏う魔力は黒だ。
しかしそれは闇の黒ではない。例えるのならば混沌か。
漆のような純粋な黒ではなく、世界中の絵の具を混ぜ合わせたような穢れさえ感じさせる不気味な黒だ。
そんな代物をリリスは身に纏う。
「アハ、アハハハハ、ァヒハヒハハハハハッッッッッ!」
汚泥のような魔力に体を穢されながら、リリスは笑う。
狂い咲くように満面の笑みで。
「アーティスティックに滅んでよ! Maria――――」
「――やめなさい」
リリスが狂気に浮かされるままに《花嫁戦形》を発動させようとした時、声が聞こえてきた。
聞き慣れない声。
そこにいたのは――姫騎士を思わせる少女だった。
ドレスと融合したような鎧。
両刃の大剣。
姫のように美しいだけでなく、騎士のごとく凛とした佇まい。
見れば分かる。
――彼女は魔法少女だ。
――それも、この場にいる誰よりも強い。
なぜなら――誰にも気付かれることなく、少女はリリスの肩に手を置いて彼女を制しているのだから。
この場で彼女の出現に反応できた者はいない。
それほど唐突に彼女は現れたのだ。
「――倫世」
リリスはそんな少女――美珠倫世を睨みつける。
それでも倫世は優雅に微笑んでいた。
「言ったでしょう? 今日の戦いはお披露目会だって」
優しい口調で倫世は諭す。
「――貴女の《花嫁戦形》は危険すぎるわ」
そう倫世はリリスを諫めた。
「………………」
二人はしばし見つめ合う。
先に折れたのは――リリスだった。
「分かった。帰れば良いんでショ?」
リリスはため息をつき、千切れた左腕を伸ばした。
すると断面から黒い魔力が伸び、腕の形となった。
そのまま黒い腕はさらに遠くまで伸びて、地面に置いていた左腕を拾い上げる。
「――――これで終わりっト」
リリスは左腕を右手でキャッチすると、そのまま斬られた断面同士を重ねる。
そして数秒後、彼女が手を離したときには――リリスの左腕はつながっていた。
「なッ……!」
異常な事態に璃紗は驚きを隠せない。
リリスの魔法の本質はあの殺傷能力だと考えていた。
しかし、寧々子の内臓を補完した魔法といい、想定以上に彼女の魔法は汎用性が高い。
(しかも増援かよ)
それもよりによって増援はリリスが語っていた紫とは別の人物らしい。
最低で3人と思っていた組織に4人以上いることが確定した。
もしも不幸中の幸いと呼べるものがあるのなら――
「それじゃあ、帰りましょう?」
――倫世に戦いの意思がないことだ。
「……はぁ」
ため息をつくリリス。
しかしそれは、彼女なりの肯定だったのだろう。
リリスが放っていた殺気が霧散する。
「なんか超白けたんだケド。……って」
リリスは不満げに倫世へと向き直り――怪訝そうな表情になった。
「? 倫世さぁ……怪我してるワケ?」
リリスは倫世に尋ねる。
堂々とした立ち姿の倫世。
しかし彼女の顔には一筋の血が流れていた。
頭頂部あたりから流れ出した血液は額を伝い、鼻まで流れている。
「――あら。本当ね」
倫世は気付いていなかったようで、それを手で拭った。
手に付着した血を見て――彼女は微笑む。
「最後の攻撃、止め損なっていたのね」
どこか嬉しそうにさえ見える柔和な笑みを倫世は浮かべている。
どうやら誰かが倫世に一太刀を入れていたらしい。
考えられるとしたら璃紗の仲間たちの誰か、もしくは残党軍の誰かだろう。
誰かは分からないが、もし璃紗の仲間であるのなら無事なのだろうか。
そんな不安が璃紗の胸で渦巻く。
「へぇ……その話ちょっと興味あるカモ」
すでにリリスの関心は璃紗たちから完全に外れているらしく、面白そうに倫世の顔を覗き込んでいた。
「その話は帰って紅茶でも飲みながら……ね?」
そう言うと、倫世は璃紗たちに背を向けて歩き出す。
おそらく帰るのだろう。
――彼女たちの拠点へと。
倫世が歩き出すとリリスと寧々子もそれに追従する。
「オイッ!」
そんな彼女たちを璃紗は呼び止めた。
ウイルスのせいで喉が痛いのも構わず、大声を放つ。
その声に引きとめられるようにしてリリスが立ち止まる。
彼女は首だけで璃紗へと振り返った。
「――何なワケ?」
「テメェらは!」
璃紗は血を吐きながら叫ぶ。
「テメェらは何なんだよッ! 何が目的でこんなことをしやがったんだッ……!」
きっと無事だとは信じている。
だが、彼女たちの襲撃で春陽が深手を負った。
命にかかわりかねない傷を負った。
どこかで戦っていたらしい倫世の存在を思えば、璃紗の大切な友人たちが傷ついているかもしれない。
激情のままに璃紗は問い詰めていた。
そんな彼女を前にリリスは考え込む素振りを見せ――
「――《逆十字魔女団》」
「は……?」
「それがアタシたちの組織名なワケ」
――そして目的は、
リリスはそう続け、言葉を止めた。
再び彼女が口を開くとき――口元は三日月のように弧を描いていた。
「目的は――――世界を滅ぼすこと、カナ?」
リリス「(あーあー。お披露目会で寧々子が死ぬとマズいから治療しなきゃだヨネ?)」
璃紗「アイツ味方を殺しやがったッ!」
キリエ「仲間殺しとか人間も大概だね」
寧々子「殺されるかと思ったにゃん」
リリス「!?!?!?」
4章は残すところエピローグ『嵐のような激闘の後』と、エピローグanother『お披露目会の終演』です。




