64話 何時の間にやら次の日に
真っ暗な底が見えない闇の中に漂っている感覚、見渡す限りの闇にも拘らず不思議と恐怖を感じない。むしろ心地良さすら感じる。その柔らかな闇に身を委ねていると、躰が浮き上がっていく。あっそうかこの感覚は目が覚める時のだ。
「……んぁ?」
ボーっとする頭のまま首だけを持ち上げて周りを観察する。いつもと違うけど懐かしい光景。そうか、昨日は母さんの巣に泊まったんだっけ?徐々に意識が覚醒してくると、妙に頭と体が眠りすぎた時の様に重いと言うかだるい。
とりあえず大きく伸びをして洞穴の出口に目を向けると、入って来る日差しが既に朝では無く昼に近い強さだと分かる。うん、寝過ぎたねこりゃ。とりあえず水浴びでもして頭をすっきりさせよう。
這いずるように洞穴から抜け出し、そのまま倒れこむように頭から水場に飛び込む。冷たい水に浸かり、そのまま乾いた喉を潤している内に頭がしっかりと覚醒してきた。
確か昨日、母さんに洞穴に連れ込まれて……
何とかウルズさんの事を説明しようと頑張って……
全然信用してくれない母さんの目が急に光ったと思ったら、急に眠くなって……
気が付いたら朝……と言うか昼前になっていた。
どうやら、母さんの力で眠らされてしまったようだ。それにしてもウルズさんはどうしてしまったのだろう、母さんに紹介した時には全く動かなかった。
息が続かなくなって来たので水の中から頭だけ持ち上げて一呼吸。よし、ここで考えていても何も始まらない、レイテンの事もあるしまずは母さんの所に行って今後の事を相談しよう。あと、誤解を何としても解かないと。
水場から上がり、母さんを探すと小屋の前に居た。でも、なぜか人の姿になっていてその手にはウルズさんが……母さん持ちやすいかもしれませんが指を目の中に入れるのはどうかと……見ているこちらが痛くなってきました。
「もうお昼前の様な気もしますが、お早う御座います。 一緒に朝ご飯と思っていましたが寝過ごしてしまいました」
「ああ、お早う。 気にするな、母も昨日お前を無理やり寝かしつけてから出かけていたからな、ついさっき帰って来たばかりだ」
あ、やっぱり力業で寝かされたんですね。それにしても僕が寝てから出かけていたって言ってたけどどこに行っていたのだろう?もしやあの魔法石をレイテンに持って行ったとかだと、嬉しいなとか思ったりもするけど。
「そんな夜更けにどちらへ行かれていたんですか?」
「ああ、その事だが……まずは、お前に謝らなくてはならない」
「はい?」
「これの事だ、確かルルズさんだったか。 どうやらお前の言う通り、これは動く物だったらしいな」
ウルズさんです。あと、目の前に持ち上げるのは良いのですが、やっぱり指が目の中に入っているのが痛々しいです。母さんの指が目に突き刺さっているのに何も反応せずに揺れているウルズさんはやはり動かない。
「ウルズさんです。 でも、ウルズさん動くって信じてくれていたんですか?」
「いや。 何とかお前の寝ている内に、動く人形に改造出来ないかと知り合いの人形師の所に持って行った」
「なんと!」
案の定信じて貰えていなかったのですね。でも、目の前のウルズさんがこの様という事はその人形師さんでも直すなり改造は無駄だったって事か。でも、元々動くウルズさんが人形師さんの細工で動くようになってしまっては、ややこしいウルズさんが更にややこしいウルズさんに生まれ変わってしまいそうなので、これはこれでよかったのかもしれない。
「それでだ、この人形を見せた所こいつはゴーレムらしくてな。 今は活動を停止しているが、元々動く作りになっていたらしい」
「活動を停止? ここに来るまでは元気に動いていたんですよ? そんな短い時間で壊れちゃうような事してないです、僕」
もしかして、途中で振り落とし掛けた時のせいかも?それ位しか思いつくことが無い。
「母とそいつで一晩掛けてこいつの作りを調べた結果、こいつの動かなくなった理由が分かった」
「非常に嬉しいのですが、そこまでして頂かなくても。 元々動かなかったのを、僕の不注意で動かしてしまっただけですし」
動かなくなった理由は知りたいけど、そのような事で母さんの寝る時間を削って欲しくない。でも、やっぱり動かなくなった理由は聞きたい。
「そのっ動かなくなった理由とは?」
「魔力の吸収過多だ」
「きゅーしゅーかた?」
「魔力の吸い過ぎ。 ゴーレムは魔力で動くが、供給される魔力が多すぎるとパンッとなるらしい。 それを防ぐ為に、魔力を吸収する機能を含め全ての機能を停止したのだろう」
「パンッですか?」
「パンッだ」
母さんの空いた方の手で、拳を握ったと思うと勢いよく開かれる。なるほどパンッですね。僕の頭の上でパンッにならなくって良かった。でも、魔力の吸い過ぎってどう言う事?
「ウルズさんは、また動くようになるのですか?」
「ああ、魔力が溜まり過ぎているなら容量を増やして余裕を持たせてやれば良い」
「おぉ! それならウルズさんに容量を増やす改造をして来たんですか?」
「すまない、残念だが出来なかった。 母も、人形師のそいつも本職では無いが、一般的なゴーレムの作りは理解していたつもりだが……正直こいつの作りがよく解らん。 これは、おかしな作りをしている」
という事は、ウルズさんはもう……でも安心して下さい。僕は、ちゃんと約束は守ります。そこら辺にポイッてせずに、必ずウルズさんを作った人のお墓を探して、その近くに放置しますので。
動かない事も残念だったけど、それ以上に母さんにもウルズさんの事が分からないと言うのが驚いた。実はウルズさんって名の知られた凄い人に作られたのでは?これなら、案外探すのも予想している以上に簡単かも。
「残念ですが、ウルズさんの事は諦めます。 もしかしたヒョコっと動き出しそうな気もしますが……」
色々あったけど頼もしかったので再び動いて欲しい気持ち半分、満タンになるまで魔力を吸収してしまったウルズさんが動き出した際の混乱を考えると動いて欲しくない気持ち半分。
「何を言っている? 諦める必要なんてないぞ」
「え?」
「安心しろ、母が何も策も無くここに戻って来たと思っているのか?」
「え? あっ!」
そうだ、話の流れからどうにもならないんだろうなぁ、何て思っていたけど目の前に居るのは母さんだったんだ。僕は、何を勘違いしていたんだ。道理が通らなければ、力尽くで通してしまうだけの実力を持っている存在だという事を完全に失念していた。
「か、母さん……あのっ無理をなさらずとも、ウルズさんはいつまでも僕の心の中に、とかの方向で問題無いですよ?」
「大丈夫だ。 可愛い娘の悲しむ顔なんて、母は見たくない。 だから全て任せなさい、本体をいじるのが無理なら、身に付けられる補助的な物を作れば良いだけだ」
「ええっ?」
まずい!母さんが非常に晴れやかな顔になって来てる。これは間違いない、母さんに全てお任せしてしまったら、ウルズさんが予想を超えた復活を果たしてしまう。
「母さんっ! そっそうだ……あの、あれです。 昨日一晩ウルズさんのせいでお休みになって居ないのでしょう? でしたら、おっお昼寝を、お昼寝をしませんか? それと、ウルズさんよりレイテンのお水問題を優先しないといけないかな? なんて思ったりしているのですが」
「あれだけ大きい湖があるのだ、あの街は当分干上がる問題は無い。 それに母は二・三日程度睡眠をとらなくてもどうって事ない」
「ち……ちがっ、そ、そうでは無くて……」
いつも以上に母さんが頼もしく見える。でもこの頼もしさは今はダメです、お願いですから落ち着いて下さい。素直にやらなくて良いですって言ってしまうのは簡単だけど、僕の為にこんなにやる気を出してくれているのに直接言うのも憚ってしまう。何かやんわりと遠回しに伝える事は……思いつかない。
「よし、まずは腹ごしらえだな。 昨日約束した通り街にでも出て旨い物でも食おう。 帰ってきたら早速、あのゴーレムに取り掛かろう。 折角だ、そのボロボロの身なりではみすぼらしいからな、装飾品や装備として作るのも悪くないな」
要らない。要らないんですって言わなきゃ……でも僕が精いっぱい振り絞って出した勇気では首を微かに横に振るのが精いっぱいだった。
あと、気合を入れた母さんが力を込めてしまったのか、ウルズさんからミシッって嫌な音が聞こえて来たけどそれは気にしないでおこう。




