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バシッ。
私はガルディア皇帝の手を叩き落とした。
「・・・・・・へえ?」
酷薄な目をしたガルディア皇帝を私は睨みつけた。
「そんなことしちゃうんだ?」
「うるさくてよ!!」
やけくそになって、ゴウエンが持っていた剣を持ち上げる。
そしてその切っ先をガルディア皇帝に向けた。
(こいつの手を取れば、自分の力の使い方や戦争が回避されるかもしれないの。でも、それは全て「かもしれない」こと。信用できない人に着いて行くなんて馬鹿のすることだわ。今、私が捨てるべきものはない! しいて言うなら、今迷っているこの心!)
本当に迷うけど、本当にこれでよいのか不安だけど、私はこっちを選ぶ。間違っていたら、その時はその時になったら考える。
「戦争になるかもよ? お優しいお姫様は耐えられるの?」
「そうね。でも、あなたに付いて行って戦争にならない保証がどこにあるの。今までの自分を振り返ってみなさいよ。倫理も何もない非道な行い。あなたに付いて行けるだけの信頼もクソもないわ!! 自分の存在や力に違和感を覚えても、どれだけ不安になっても、私は、あなたの手だけは取らない!」
そう言った瞬間、ガルディア皇帝は一瞬顔を歪めた。何かを失った、そんな表情だった。
(なんでそんな顔するのよ・・・・・・)
「ガルディア皇帝。何かを守るには確かに、何かを捨てなきゃだめかもしれないわ。でも、私はまだ、何も捨てずに、すべてを守れて幸せになる方法をあきらめたくない。あがいてみせる!」
「・・・・・・やっぱり、君は変わっているよ。なら、何も守れず、幸せになれないって選択もいれておきなよ。ラルム、お前、お姫様を殺さない程度に痛めつけろ」
ラルムの体がびくっとはねた。
(こいつ・・・・・・)
「大層なことを言ったのはいいけど、結局、状況は何も変わってない。力を操れない君のその小さな体では何も守れやしない。ちょっと痛い目を見たらいいよ。大丈夫、殺しはしない。ちゃんと手当てをしてあげる。ラルム、立て」
ラルムはいやだと泣きそうな顔で首を振った。
「姫、様」
「ラルム」
ラルムは顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。「ゴウエンが心配」と言っていたあの言葉も思いもきっと嘘じゃない。自分がスパイだと認識しても彼は・・・・・・。
「ラルム、大丈夫よ」
「え?」
「私はあなたを許すわ。あなたがどんな思いで、今日、ここまで生きてきたのか。今、どんなにつらいのか、ちゃんとわかっているわ。だから、そんな顔しなくていいの。どうか、泣かないで」
ラルムの瞳から、さらに涙が出てくる。苦しいのがよくわかる。
「私はあなたを恨まないわ。大丈夫。一緒にお家に帰りましょう。また、元通りだわ」
「姫様・・・・・・」
(そう、元通りにできる。今ならまだ・・・・・・)
「ラルム、あなたはどうしたいの?」
「俺は・・・・・・」
「こちらに来たいなら、今すぐ私のもとに来なさい!!」
(こちら側に付いて!!)
「本当にムカつくなあ」
「ごほっ!」
ガルディア皇帝は、忌々しいとばかりにラルムを足で蹴り飛ばした。
「やっぱり、僕がやる」
ガルディア皇帝が残酷な笑みを浮かべ、私に向かって手を伸ばしてくる。
「やるならやればよいわ! あなたなんかに負けない!」
(負けてたまるか!)
私はガルディア皇帝を睨みつけた。
ガシッ。
ラルムがガルディア皇帝の手を掴んだ。
「放しなよ。君の主人だよ?」
「違う! お前は違う! ・・・・・・今、決めた。俺の主人は、お前じゃない! 俺の主人は姫様だ!」
ラルムはそう言うと、ガルディア皇帝に向かって剣を振りぬいた。
しかし、それはあっさりと避けられた。
「やれやれ・・・・・・まいったね」
そう言う割に、全くまいったという顔をしていない。
「姫様、俺は・・・・・・」
「言い訳は後よ!」
今はそれどころではない。何とかして逃げなくてはならない。
「なら、二人まとめてにするよ」
「とにかく逃げるのよ!!」
ガルディア皇帝はそう言うと、手のひらに作り出した氷の刃をこちらに向けて放った。




